第二十一話 愚者の英断
第二十一話 愚者の英断
サイド 大川 京太朗
酷い違和感だ。物の配置だけそのままなのに、壁や天井。そして明かりだけがダンジョンのそれに入れ替わっている。
戦闘により崩れた眼前の一角以外は現代の商品棚が理路整然と並べられ、物言わぬマネキンはお洒落な服装を松明に照らされながら披露していた。
現実と空想がごっちゃになった様な、不思議な感覚。危機的状況なのに、思考が逸れてしまう。
「とりあえず……駅のホームに向かおう。確か、魔物避けや魔力濃度を下げる結界が用意されているはず」
「はい!」
と言っても、駅が避難所として完璧に機能するとは限らないが。なんせ、そこまで強固な結界を作るどうこうはまだ国会で検討中だ。今あるのは、それこそ『ないよりはマシ』程度の物だろう。
それでもあてもなく彷徨うよりはマシだと信じる。何より、他の覚醒者もいるかもしれない。いざという時戦力になるはずだ。
レイラも同意してくれたので、駅の方へと向かう事に。
「とっ、その前に」
そう言って、一端魔装を解いて荷物からアイテム袋を手に取り、再度展開。手の中に残った袋を腰に装備し、中からこの前作った『茨の種子』が入った別の袋を取り出してレイラに渡す。
「持って来ておいてよかった。使うタイミングは、そっちでお願い」
「お任せください」
これで最低限の準備はできた。こんな事なら探索用のライトも持ってくるべきだったと思うが、明かりは松明があるだけマシと思おう。
周囲を警戒しながら進んでいく。意外なほど例のスケルトンとは遭遇しない。次第に人の話し声が大きくなっていく。
道順が変わってしまってわかり辛かったが、声を辿れば簡単に到着できた。それだけ、混乱に満ちた大声が発せられていたという事でもあるが。
「ちょっとどういう事よ!あんた駅員でしょ!?どうにかしなさいよ!」
「おかーさーん!どこー!おーかーあーさーんんん!!」
「くっそ、スマホもつながらないじゃん。どうなってんだよ」
「この動画持って帰れたら再生数稼げっかな。国の失態じゃん」
「お、落ち着いてください!冷静に!大声はモンスターを引き寄せるかもしれません!」
駅員らしき人に詰め寄るおばさん。泣きながら親を探す子供。スマホを手に悪態をつく青年。同じくスマホを手にしているが、何故か半笑いを浮かべる少年。そして小声で叫ぶという器用な事をしているスーツ姿の女性。
広告の貼られたコンクリート製の柱や床は石造りのそれへと変わり、自動ドアの類は古びた木製の扉に。そのままの改札口が、逆に浮いている。
広いはずのホームはかなりの人がつめかけており、中央の方はそれこそとんでもない密集率だ。あれでは、何かあった時まともに動けないのではと思ってしまう。
……とりあえず、あのスーツを着た女の人が一番冷静そうだな。
「すみません、ちょっとお話いいでしょうか」
「え?わ、私?」
突然兜を被った奴が現れたからか、女性は少し狼狽えた様子でちょっと距離をとってくる。
だが、ちゃんと会話はできそうだ。この混乱した状況で、かなり肝の据わった人らしい。
「今って、どういう状況なんでしょうか。ダンジョンの氾濫が起きたのはわかるんですが、これからどういう行動に出るとか決まってたり……」
「……いいえ。皆混乱していて、それどころではないわ。こんなに大声を出していたら、いつモンスターが来るかもわからないのに……冷静では、いられないのも当然だけど」
「そう、ですか……」
困った。ここに来ればとりあえず何かしら脱出の糸口が見えるかと思ったが。
……いっそ、ここを離れて自力での脱出を目指すか?それもいいかもしれない。
この人達は警察とか自衛隊が助けるだろう。僕の様な一般人は自分の身を助けるだけで精一杯だ。
そう思って、移動しようとした時の事。
「わっ」
「きゃぁ!?」
突然、ずしんと、大きな音が響き足元が小さく揺れた。
反響してわかりづらいが、音の出所は少し遠い様に思える。その音を聞いてここにいた人達も体をびくりと跳ねさせ、一斉に口をつぐむ。
本能的に理解したのだ。この音の主に、自分達の存在を知られてはならないと。
背中に冷や汗が流れる。このダンジョン、色々とやばい。ランクにしたらどれほどなのか。
「み、皆さん。どうか、お聞きください」
子供も含めて黙り込んだ状況で、先ほどの女性が手を上げる。彼女は懐から何かを取り出し、掲げてみせた。
金色に輝く桜の代紋。警察手帳であった。
……なんか、僕の勘がやべぇと告げているのでそっと距離をとる。いや特にやましい事をした覚えはないのだが、何故か危機感を覚えたのだ。
静まり返ったこの場所に彼女の声はよく響き、視線を集める。
「私は警察の者です。先日からこの地下街近辺で行方不明者が出ていると通報を受け、調査に来ていました」
その言葉に、何人かが『どういう事だ』『警察はこの事を知っていたのか』と声をあげるが、すぐに近くの人が口を塞いだりジェスチャーで黙る様に指示をしていた。
「ここに来る途中、私もモンスターを目撃しました。あれは『スパルトイ』。Bランクのモンスターです」
だが、先ほど黙らされた人達も、黙らせた人達も全員小さく悲鳴を上げたり困惑の声を口にする。
自分とて、兜の下で顔を引きつらせていた。
そりゃ強いと感じるはずだよ。実質自分と同格じゃないか。異能とレイラのおかげで倒せたが、普通に死んでいた可能性もある。
「このモンスターと、周囲の状況から……全員の脱出は困難と考えます」
「ふ、ふざけんな!警察ならなんとかしろよ!」
「そうだ!助けてくれよ、仕事だろぉ!?」
「私一人の力では無理です!!」
耐え切れなくなって大声で非難の声を上げる人達に、女性警官が更に大きな声で応えた。
先ほどの音の主が来るんじゃないかと冷や冷やするが、止められる空気でもない。駅のホーム周辺に視線を向け、できる範囲で警戒する。
「だから、皆さんの協力が必要です!」
「な、なにを」
「この中に、覚醒者の方はいませんか?どうか名乗り出てください」
そっと魔装を解除して私服に戻る。この後の展開が読めた。
あの女性警官の眼がこちらに向く前に、人混みに紛れなくては。
「私も覚醒者です。一緒に、このダンジョンの『間引き』を今からやって頂きたい」
やっぱりー?
女性警官の服が、魔装に切り替わる。女騎士然とした、軽鎧にタイトスカート。腰にはレイピアを提げている。
彼女は腰から細剣を引き抜くと、掲げてみせた。
「まだこのダンジョンは、氾濫の第二段階初期のはずです。今からなら、内部のモンスターを削り魔力を消費させる事で拡大を防ぎ、元の大きさにする事ができます。そうすれば、この場にいる全員が生きて帰れる」
毅然とした様子で言うが……無茶だ。
氾濫が起きた段階で、ダンジョン内のモンスター数はかなりのものになる。それもBランクのモンスターだ。今からそんな事をして、間に合うと思えない。ダンジョンが拡大するペースの方が速いだろう。
これはやっぱり、自分達だけで逃げた方がいいか。
「お願いします。守るべき市民に戦う事を求めるのは間違っていると、一警官として自覚しています。この件が終わり次第、この警察手帳は国に返上する覚悟です。だから、どうか。手を貸してください」
そう言って頭をさげる警官から、目を逸らす。
彼女の警官としての矜持は、尊敬する。この状況で身分を明かし、市民に協力を求めるのはかなり勇気のいる行為だ。人として、敬意を払いたい。
だが、それで命を懸けるかと言われたらNOだ。ダンジョンを元のサイズに戻すより、自分達だけで脱出を試みた方がまだ生存率が高い。
そう思って、ホームから離れようとした。
「………」
その時。さっきまで泣きわめていた子供と、目が合ってしまう。
幸運にも母親と再会できたのだろう。女性の胸に抱かれたその子供が、どうして僕を見ているのかわからない。もしかして、魔装から私服に戻るのを目撃されていたのだろうか。
その子供は何を言うでもなく、ただじっとこちらを見ている。期待しているのか、不思議がっているのか。その感情を読み取る事は出来ない。
ただ……ただ。それは卑怯だよなぁと思った。子供は、駄目じゃん。こういう時にさ。
頭をかいて、小さくため息をつく。最悪だ。眼を閉じて動けばよかった。
「お、俺はやるぞ!」
「わ、私だって!」
蛮勇か。はたまた周りの視線に耐えられなかったか。ここまで逃げるまでに戦っていたのだろう、魔装から着替え遅れた覚醒者達が手を上げる。
そんな彼らを視ながら。自分も魔装を再展開し、剣を掲げた。
「主様……!?」
「ごめん、レイラ。けどさ……ここで見捨てるのは、無理だよ」
視てしまった。
泣き跡の残る子供の顔を。それを強く抱きしめる母親の姿を。老夫婦が手を握り合っているのを。中学生ぐらいの少女たちが身を寄せ合って泣いているのを。
咄嗟に視線を逸らした先で、彼らを視てしまった。たったそれだけの少ない時間、首をめぐらせた視界の中に……これだけの『助けを求める誰か』がいるのだ。
これを見捨てたら、きっと一生後悔する。そんな人生はごめんだ。
これは愚かな選択だろう。賢人ぶって、外部の助けを待つか自分達だけを助けるか。でも、僕は愚者であると自覚している。
手を上げた覚醒者は、およそ三十人。それを前に、女性警官が薄っすらと目に涙を浮かべた。
「皆さん……ありがとうございます!!」
もう一度深く頭を下げる彼女に、自分はただ、静かに頷いた。
やってやろうじゃないか……この掲げた剣に、後悔などない。男として生まれたからには、カッコつけるべき時がある。
それは、今だ。
* * *
三十分後。
「もうやだおうち帰る!!!」
レイラと二人っきりで全力疾走しながら、兜の下で涙を流していた。
そんな僕らをガシャガシャと音をたてて追いかけてくる『スパルトイ』。その数、およそ五十。
そう、五十体。僕ら二人に、五十体。
……ふざけんなっ!?
「主様。まだ無辜の民を見捨てられませんか?」
「ごめんなさい一時のテンションに流されてやらかしたと反省しております!!」
「ですが、結果的に英断だったかもしれませんね」
「この状況で!!??」
「説明は後ほど。狭い道に行かなければ、あの数は対処しきれません」
「けど『道が全然わからない』んだよぉおおお!?」
さっき通ったはずの道が、いつの間にか別の物になっている。直進だった通路は分かれ道が複数でき、坂道だった所は階段が別方向に建っていたりするのだ。来た道を引き返す事すらできない。
意味不明に過ぎる。確かにダンジョンはその配置を変えるものだが、こうも頻繁にだなんて聞いた事がない。氾濫の場合は違うのか!?
「主様。私に秘策があります」
「えぇ!?どんな!?」
レイラがクールな笑みを浮かべる。さっすがレイラぁ!
「勘で曲がればどこかしらいい感じの所にそのうち出ます」
「そんなこったろうと思ったよちくしょう!!」
「他に代案がおありで?」
「ないでーす!お願いします神様仏様レイラ様ぁ!」
次に見えた十字路。そこを右に曲がり、突っ走る。すると、本当に細い道に出てきた。
「まさかレイラ、これを知っていて……!」
「勘ってすごいですね」
「本当に勘だった!?」
だが、道幅が狭まったのは事実。今まで三、四列で走っていた後方のスパルトイどもが、僅かに速度を落とす。
「主様!」
「え?あ、うん!」
レイラが振り返り、『茨の種子』を投げつける。それらは先頭を走るスパルトイの目の前で芽吹き、瞬く間に急成長。通路を覆う程の壁となる。
いかに『抵抗』のランクが高かろうが、『魔法によって引き起こされた二次的な効果』までは消せない。奴らは後続に押されるまま、茨の中に絡み取られた。
だがそれでもスパルトイの膂力は凄まじい。ワイヤーなみの強度をもつ茨の壁も、すぐに引き千切ってしまうだろう。
ならば、その一瞬に全力を叩き込む。
『魔力開放』
「ぶっ飛べぇぇえ!」
横薙ぎの大ぶり。道幅が狭くなろうが、それはああも大勢で通ろうとしたらの話。自分一人が剣を振り回すには、十分すぎる。
引きちぎられる寸前の茨ごと、先頭の十体をまとめて粉砕した。更におまけと、今度は大上段からの振りおろし。これまた五、六体ほどバラバラに砕け散った。
「よし!」
「よしではありません、走りましょう!」
「だよね!?」
まだ普通にたくさんいたわ!スパルトイどもの光のない眼窩がこちらを睨みつけ、笑い声の様に歯を鳴らしている。
回れ右して全力疾走。背中を槍や剣がかすめるのを感じながら、同じ要領でなんとかこの集団を潰せたのは五分後の事。
「お、おぇ……つ、つかれ……」
覚醒者になってから、これだけ走ったのも魔力を使ったのも初めてだ。固有異能のおかげでスタミナには自信があったけど……これは、きつい。
「お疲れ様です、主様。周囲の警戒をしつつですが、小休憩としましょう」
「う、うん……あ、これ拾ったから。レイラ使って」
そう言って、スパルトイのドロップアイテムである両手剣をレイラに差し出す。
魔法が効きづらい相手なら、護身用にあった方がいいだろう。どこまでの効果かは、わからないが。
「ありがたく使わせて頂きます」
「……レイラ。他の人達、どこにいったと思う?」
「わかりません。ですが、脱出はできていないかと」
「その心は?」
「このダンジョンの性質です。この『迷宮』は、恐らく特定の条件を満たさなければ出られない仕組みになっています。土地の影響か、あるいは出現するモンスターの力が関わっているか」
「……そんなんありかぁ」
壁に背をつけ、天井を見上げる。
やけに高い天井だ。二階まで吹き抜けにしたのかと言いたい。松明の明かりではよく見えないほどだ。
「詳しくはありませんが、このダンジョンは時折壁や通路の配置が入れ替わっているようです。それも、その間隔は徐々に短くなっていますね」
「うん。それは感じた」
例の警官の演説によって参戦した覚醒者達。最初は全員かたまって行動しようとしたのだが、一人。また一人とどこかに消えてしまい、五分もしないうちに僕もレイラと二人だけになってしまった。
もうある種のホラーである。場所とモンスターも相まって、映画みたいとすら思えた。とんだB級ホラーだけどな。
「ですので、脱出しようと思えばそれこそゲートを見つけるか、モンスターを間引きし続けて元のそれに縮小させる必要があります」
「……興味本位で聞くけど、通常のダンジョンもモンスターを狩りまくったら小さくなるの?」
「いいえ。普段のアレが最小ですので、それ以上は変わりません。地脈と直結している以上、消滅する事もないかと」
「そっかぁ……」
「なんにせよ、あそこで手を上げたのは結果的に正しかったですね。不必要に敵を作る事もなく、迅速に脱出への道のりを作る事ができますから!」
ニッコリと笑顔で励ましてくれるレイラに、兜の下で苦笑する。
間違った選択をしたと、後悔している状況ではない。結果的にあの警官の作戦が正しいというのなら、それをやり遂げよう。
「ありがとう……がんばる」
「主様はもう十分頑張っていますが……そうですね。もうひと踏ん張り、やっていきましょう!」
休憩は終わりだとばかりに、壁から背を離す。
その時、新作ゲームや映画の広告が張り付けられた中世風の石壁という、不自然極まるそれらが蠢くのが視えた。また通路が切り替わるらしい。
そうして空気の通り道ができたからか――悲鳴が、聞こえてきた。
『きゃああああああああああ!?』
「!?」
びくりと肩を跳ねさせる。どこだ、どこから……ダメだ。音が反響してわからない。
けど、あの女性警官の声な気がする。
『た、たすけ、い、いやっ――――ごべっ』
ずしんと、重い音が響く。最後に、まるで潰されたかの様な声を残して……彼女の悲鳴も途絶えてしまった。
ごくりと、喉を硬い唾が通る。
何が、このダンジョンにいる?いったいあの女性警官に何があった。スパルトイ以外に、どんな化け物がいるというのか。
恐怖を覚えながら、しかしレイラと頷きあって道を進む。戦わなければ、脱出は不可能。外部からの助けを待つ受動的な姿勢では、生きて帰れない。物量ですり潰される。
敵を屠り、自分の手で己の命を守り抜くのだ。これまでのダンジョンと同じ様に、この剣で。
* * *
――このすぐ後に、自分は知る事となる。
幾度もダンジョンに潜り、おとぎ話に出てくるような怪物たちを退治してきたからと、勘違いしていたのだ。
自分は戦いに慣れたのだと。人を助け、そして人が死ぬところを目撃した自分は、既に戦士と名乗れる存在なのだと。
僕が斬り倒してきた相手は、全て『格下』でしかなく。戦いではなく作業でしかなかったのに。
今日、僕は初めて。
『ダンジョンに挑む』。
読んで頂きありがとうございます。
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