第十八話 これからの社会
第十八話 これからの社会
サイド 大川 京太朗
剣を肩に担ぎ、ダンジョンを進んでいく。
謎の苔の明かりで照らされたここは、どこか幻想的な雰囲気をもっていた。これがダンジョンなんて危険地帯でなければ、カップルのデートスポットか何かとして有名になったかもしれない。
……今度、レイラと一緒に出掛けてみたいな。こう、人間のカップルみたいに。
そんな事を考えていると、カサカサという不快な音を耳にする。
「くる」
「はい」
両手に剣を持ち直せば、ちょうど前方から向かってくる影が三つ。全てミュルミドンである。
それぞれ金属製の槍を構え、こちらに向かって突撃をしかけてきた。
「『ファイヤーボール』」
初手はレイラの火球が飛び、先頭の一体に着弾する。だが正面からだったからか、相手は咄嗟に槍でガードした。
『ギィィ!?』
槍諸共前足が燃える。虫なのに痛覚があるのか、その個体は動きを止めた。
多少広いと言っても、それでも通路中央に立ち止まった仲間がいれば通りづらいのか、他二体は壁を這うようにして左右を抜けようとした。
その右側に、突きを放つ。両手で柄を握って放たれたそれは、上手いぐあいに頭の中央に。緑色の体液を返り血としてあびながら、刺した状態で剣をぶん回した。
「ふん!」
遠心力で刀身からすっぽ抜けた先の個体が、もう一体の進行方向の壁に衝突。通せんぼされる形となったそいつの首を、一息に近づいて上段から切り落とした。
一撃でやれる……動きがサラマンダーより速い分、体は脆い。
「『フレイムチェイン』」
『ギ、ギィ……!』
視界の端で、最初に炎を受けた個体が赤い鎖に縛られているのが見えた。
赤熱した鎖は触れている甲殻や関節から黒い煙を発しながら締まっていき、数秒ほどでミュルミドンの体を焼き切ってみせる。え、あんな魔法もあるんだ……こわぁ。
返り血もろともその三体が粒子となって消える。ドロップは……流石にすぐには出てこないか。確か、落ちるとしたら顎の部分だっけ?使い道が今の所ないから、三万円ぐらいの価値らしいが。
まあ、今回の探索はあのタクトの性能確認だ。のんびりやろう。何よりサラマンダーのダンジョンでかなり稼げたし。
……今から色々、父さんに確定申告とやらの相談しておかないと。講習会で貰った本を頼りに頑張るが、初年度だし不安である。
それに扶養控除のラインを超えているとかで、父さんの方にも税金の計算とかあるだろうし、それも含めて早めに話した方がいい。
ちょっとだけ思考がズレたが、すぐにダンジョンへと集中する。こういうのは帰ってからでいい。
死にはしないと確信しながらも、それでも『何かあるかも』と警戒しろと講習会ではよく言われたものだ。緊張し過ぎず、油断し過ぎず。
……難しいな。気負わずに集中力を保つって。
再度探索を進めていくが、時折地面からの不意打ちなどがあるぐらいでサラマンダーのダンジョンよりは遭遇頻度が少ない。三十分で十二体ぐらいか。
アリの巣の様に曲がりくねり、少々急な坂を上り下りして行くと、突然魔眼が反応した。
「なっ」
咄嗟に身を引くと、そこに鋭い爪が通り過ぎて行った。ヘルムをかすったのか、甲高い音がダンジョン内に響く。
「っ、『大地よ』!」
レイラが自分と相手を遮る様に土の壁を出現させる。その隙に数歩分距離をとり、剣を構えなおした。
「主様、お怪我は」
「大丈夫。ありがとう、ちょっとビックリした」
物音はしなかった。このダンジョンで無音移動してくる相手……『あれ』か。
油断はしていないつもりだったけど、それでもどこか浮ついていたらしい。
じゅわりと、影が異音を発して溶ける。そうしてできた大穴の先には、一体の異形。
『ガアアアア!!』
獣の咆哮。百獣の王とも呼ばれる、立派な鬣をもったライオンの顔。牛ほどもある体躯のそいつは、しかし腹の途中から先が哺乳類のそれではない。
アリだ。上半身がライオンであるとうのに、下半身はアリ。この世ならざる珍妙な姿をしたモンスターこそ、『ミルメコレオ』。
サラマンダー・ジェネラルと同等である『D+』のモンスターだ。
『ガァッ!』
出来上がった大穴を跳び越えて突っ込んでくる姿はサーカスの火の輪くぐりを連想させるが、奴は空中で体を横回転。アリの尻を向けて来るなり、緑色の『強酸』をぶちまけてきた。それも、回転した分広範囲に広がる様に。
これは魔法ではなく、物理的な攻撃。『抵抗』のステータスで弾けない。
『魔力開放』
だが、それがどうした。勝てると確信があるから、ここに来ている。
魔力が暴風となって剣をつつみ、その状態で一閃。酸を逆に相手へと叩きつけ、突貫。
アリの下半身に酸を浴びて絶叫し、不安定な姿勢で地面に落ちるミルメコレオ。その胴へと剣を振り降ろし、獅子とアリを分割する。
赤い返り血を浴びながら、上半身の方を蹴り飛ばして宙に浮かせた。
「『フレイムチェイン』」
空中で縫い留められるように、赤熱した鎖が小さな魔法陣から複数飛び出してミルメコレオを縛り上げる。
当然もがき爪で引き裂こうとする。相手の『抵抗』のランクもあり、数秒ほどで引きちぎられるだろうが――それよりも早くこちらの剣が相手の胸を貫いた。
そのまま捻って、斜め上に切り上げる。心臓から鬣にむかって振りぬかれ、怪物は断末魔の声をあげた。
粒子となって消えていくミルメコレオを見送り、残心。
敵増援がない事を確認し、兜の下でため息をつく。
「ご無事ですか、主様」
「うん。そっちこそ大丈夫、レイラ」
「はい。私は後ろにいましたので」
お互い怪我はないらしい。よかったよかった。
なんだかんだ、『D+』のモンスターに攻撃されたらかすり傷ぐらいは負う。痛いのは勘弁願いたい。
「その杖、やっぱり実戦でも問題なさそうだね」
「はい。それでも火力がやや足りないので、牽制や妨害がメインとなりますが」
「うーん……Cランク行ったら、そうかも」
ゆくゆくはもう一個上のランクでの活動も考えているので、確かに火力の向上は考えた方がいいかもしれない。
なんでランクアップしたいかって?そっちの方がドロップアイテムや宝箱が豪華だからである。お金、大事。
「それより、本当に大丈夫ですか?主様」
「え?いやだから怪我もないし大丈夫だけど……」
「心の方でございます」
「あー……」
確かにミュルミドンは哺乳類っぽい上半身で、血も赤かった。その辺りの事で精神的にきてないか確認しているらしい。
「……特に感じないな。相手が露骨に化け物の見た目だったからかも」
というかそう思いたい。
びっくりするほどなんも感じないというか……むしろ倒した達成感すらある。なんかこう言うとシリアルキラーみたいだな。
「精神も大事ないならよかったです。人間相手ならともかく、敵として現れたモンスターを倒して心を痛める必要はありませんから」
「だよ、ね。うん」
笑顔でそう言ってくるレイラに、少しだけ複雑な思いを抱く。
それはそうなのだが、それでも一切罪悪感を覚えないのもどうなのだろうかと、少しだけ思う。
……価値観崩れないよう、意識した方がいいかもなぁ。
「あ、主様。ご覧ください」
「うん?」
レイラの指さす先。斜め下の地面に視線をやる。
「ミルメコレオのドロップアイテムです」
「しゃあああああ!!!」
すぐさまドロップ品の爪を掴み上げる。大きさはちょっとした鉈ほどもあり、ずっしりと重さを感じた。
こっちはミュルミドンの歯と違い、二十万で取引されると言う。ラッキー!
気づけばちょっとだけ感じた葛藤は綺麗に消え去っていた。それはそれ、これはこれ。
害獣駆除みたいなもんだし、深く悩む必要はねぇべ。人相手にやらかさなきゃセーフセーフ。
「せっかく来たんだしガンガンいこう!命大事にな範囲で!」
「はい!やりましょう、主様!」
なお、その後ゴールデンウイーク中にこれ以上ドロップはなかったし宝箱もミミックばかりだった
運の偏りって、恐いね。
* * *
ゴールデンウイークも終了し、学校が再開する。
正直だるいなぁという感情と、友人達とまた顔を合わせる事への楽しみで半々……いややっぱだるい気持ちが勝るわ。もう二週間ぐらい休みになんねぇかな。
「あれ、京太郎」
「ん?どったの母さん」
玄関で靴を履いていたい所に、母さんが呼び止めてくる。
「あんた背ぇまた伸びた?」
「え、そうかな……そうかも」
言われてみれば、という程度だが。
どうにも、覚醒者になってから身長の伸びがいい。男は十七歳まで背は伸びるって言うけど、『神代回帰』のあたりから年に十センチ近く伸びているんじゃないだろうか。
覚醒で頑丈になってなかったら、成長痛とかありそうなペースだ。
「また裾なおすから、帰ったら言ってね」
「うん、お願い。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そんな会話をして学校に向かったわけだが……。
「育ち過ぎだろぉ……」
「いや俺もびっくりなんだがな」
バスケ漫画から飛び出してきたのかと言いたくなる体格+老け顔な熊井君に、顔を引きつらせる。
お前あとちょっとで二メートルいきそうじゃん。アメリカかよ。
「めっちゃ目立ってるんだけど……縮め」
「無茶を言うな無茶を。けどまあ、これで理想の筋肉美女とつり合いが取れる身長になったと思えば」
「お、おう」
気持ちの悪い笑みを浮かべる彼からちょっと距離をとる。怖い。
「おはよ……でっか」
「おはよう」
「おう」
やってきた魚山君に挨拶を返す。よかった、彼は普通だ。
「いやお前は昨日も俺と会っていただろうが」
「ブレザー姿にすごい違和感覚えちゃったから、つい」
「それ、この前のダンジョン探索で着替えている時も言っていただろ」
「逆にそのガタイの高校生見慣れる方が無理あるでしょ」
やべぇ、話の流れが僕の知らん場所と時間の事に。
あと微妙に覚醒者バレしそうな会話だから少し軌道修正しないと。
え?高校からその辺開示するんじゃなかったのかって?Aグループのイケメン様とキャラ被りとか死ぞ?一瞬であかん事になるわ。
「そう言えば、覚醒者って身長とか伸びやすいのかな」
「うん?どうだろうな。ネットではそんな感じの事を聞いたが」
「……あ、今気づいた。京太郎も背がのびてる」
「なに?本当か?」
「気づくのおせぇよ」
いや比較対象が熊井君な段階でしょうがないけども。
「けどお前は全然伸びないな」
「うるさいな触手を手に入れても触らせないぞ」
「いやいらんわ」
「同じく」
魚山君は確かに身長が変わった様子がない。個人差だろうか?
「けどさ、これは夢のある話だと思うんだ」
「え、お前そんな身長欲しがっていたっけ?」
「覚醒者は発育がよくなる……つまり、女子は?」
「っ!?そういう、事か……!」
「くだらない事を言い出すのだけは察した」
「覚醒者の女子は『色々』発育がよくなる。そう思うと、世界は輝いて見えないだろうか」
「見えるぜ……身長二メートル越えでナイスバルクな女子の姿が……!」
「違う、そうじゃない」
「いやもう逆にそうしといた方が健全かもしれない」
熊井君や何故かそっちに付いてしまった魚山君を否定したいが、しかしここは教室。猥談を大声でするわけにはいかない。
というかこれ以上この話は危ういかも。明日から『エロ川エロ太朗』とクラスで呼ばれかねないから、自重する。
「話は変わるんだけどさ、『クエスト制度』って聞いた?」
「え、なにそれ知らん」
「同じく」
魚山君の言葉に首を傾げる。名前からして、冒険者に関係がありそうだが。
「なんでも、色んな企業から『こういうアイテムを獲って来て』とか、『この道具のテストやって』みたいな依頼をストアが仲介するんだって」
「へぇ、そんなんが」
「マジでラノベの冒険者みたいだな」
「うん。それと、市や県からも間引きの依頼が出るかもだってさ」
「あー。そういうの必要だよね、やっぱ」
「あん?間引きについてなんか心当たりでもあるのか、京太朗」
「それが……いや、今はやめとこ」
教室であんまりダンジョン内の話をしたくない。
既にクラスメイト達は熊井君の身長に興味を失って、それぞれのゴールデンウイーク中について話している。その内容は、もっぱら覚醒修行についてだ。
どうにも皆上手くいっていないらしい。これはまた、覚醒者アピできない理由が増えたな。嫉妬が怖い。
「その制度っていつからはじまんの?」
「今年の六月からじゃないかって」
「はっや。もうすぐじゃん」
「なんか有川大臣が他の法案の隙間に挟み込んだとかテレビでやってたよ」
「へー。色々やってんなあの人」
ダンジョンの氾濫までは悪い意味でしか目立った所のない政治家だと思っていたけど、今はなんか凄い精力的だな。
それにしても、企業からの依頼ねぇ……。
なんだか、どんどん社会の中心がダンジョンになっていっている気がする。実際にある脅威なんだし、当然と言えば当然だけど。
「社会はこれからどうなっていくのかねぇ」
「さぁなぁ……」
「どうなんだろうねぇ」
三人揃って、気の抜けた声をあげる。
あいにくと、自分達にとってはこれからの社会より直近の物事の方が大事だ。
具体的に言うと。
「それはそうと授業だるい……」
「ホームルーム前から憂鬱だぜ」
「正直ずっと休みであってほしい」
三人揃ってため息をつく。
教室の扉が開かれ、先生が入ってくる。あ゛~、連休明けの一限目から数学とか勘弁してほしいわ、まったく。
読んで頂きありがとうございます。
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