大百五十四話 最後の
第百五十四話 最後の
人と神の一手目。剣と槍の衝突は、後者に軍配が上がった。
雷速とさえ思えた魔槍がこちらの剣を躱し、左肩を抉る。そこから更に横へと引き裂かれ、続く石突きによるスイングが腹に直撃した。
「っ……!」
「どけ、凡夫が」
ミシリと、石突きを受けた箇所から音がする。左肩の傷も決して軽傷ではない。
だが、それでもやはり『軽い』。
「おおお!」
両手で刃を振るう。それはあっさりと避けられるが、もう一歩踏み込んで上段から斬りかかった。既に傷口は塞がっている。渾身の力に魔力さえ上乗せして押し込みにかかった。
「ふん」
だが、槍を回転されて受け流されたかと思えば、今度は背を石突きで殴られた。
水面をゴロゴロと転がり、立ち上がった所に顔面目掛けて刺突が迫る。予知により辛うじて鍔の防御が間に合った。
腹に響く金属音を鳴らして数歩分後退し、仕切り直す。
「拙い。語る部分もない技量だな」
槍を肩に担ぎ無表情でロキが告げる。それに対し、視えないとわかりつつも兜の下で笑みを浮かべた。
「そういう貴方は、神と呼ぶには何もかも軽いな」
相手の表情に変化はない。まあ、ロキ相手に腹芸で競えると思っていないが。
これはハッタリではない。自分は、それこそ災害の具現としか思えない戦士を知っている。それと比べ、この神が放つ攻撃はどれも軽いのだ。
仮にも、文化センターで花園さんと打ち合い逃げ切った実力者とは思えない。ましてや、諸々の目撃情報が確かならあの時と今では身体のスペックが違うはずなのに。
奴が伊藤さんを確保してから流した放送。その時に違和感があった。
『神々に任せなさい』
一柱しかいないと言った直後に、まるで複数いる様な言い回し。たったあれだけの文章量ではたしてロキが自分の発言に矛盾を許すだろうか?後世に残る神話のどれもが、彼の質の悪さを物語っているのに。
この準備期間で、赤城さんが奴の放送を撮影した物を見せてくれた。だから、気づけた。
「『脇腹の傷』はどうだ、ロキ」
「………」
否定も肯定もなし。
そんな矛盾を晒してしまった原因。それは単純に本調子ではないから。
その傷がついた理由も想像がつく。伊藤さんを奪取しての飛行中、荒川さんが放った矢。本人から『もしも冥界神がいたのなら、それに近い力がこの鏃には備わっている』と聞いている。
どうやら、彼女の吹かしではなかったらしい。
更には手足の動きもおかしい。さては、ニーズヘッグ辺りに何かされたか?
何にせよ奴は本調子とは程遠い。表面上こそ万全な様に取り繕っているが、その実態は死にかけだ。
「……なるほど。随分と俺の様子を観察していたらしいな。だが」
槍が、迫る。
「っ!?」
速い。魔眼の予知とほとんどラグ無しで突き込まれた穂先に、転がる様にして回避。続けて放たれた横薙ぎに刀身を合わせて防ぐ。
だが、押し切られた。右腕の骨にまで相手の刃が届き、そのまま吹き飛ばされる。
「ぐ、ぅぅ……!」
「だからどうした。俺が弱体化しようが、お前が強くなったわけではないぞ。端役」
冷淡な瞳がこちらを射貫く。ロキは一歩二歩と歩み、急加速して突っ込んできた。
ああ、まったくもってその通りだよ畜生め……!
連続で放たれる刺突と斬撃。機関銃なみの連撃に、当然の様についていけない。レイラの補助を得てさえルーンの刻まれた槍がこの身を食い荒らす。
頭、胸、腹に繰り出される三連突きを剣で撃ち落としたかと思えば横薙ぎの一閃が右腿を斬り裂き、続けて左肩が裂かれていた。ジリジリと後退しながら迎撃を続けるも傷は増えていく。一つの傷が治る頃には、二つ三つと血潮が舞った。
治癒が、間に合わない……!
溢れ出る脳内麻薬がなければ狂うほどの激痛。兜の下で歯を食いしばり、ひたすらに防戦を続ける。
この異界は、恐らく長くない。
郡さんが伊藤さんを救助すれば、自然とこの異界は閉じるだろう。実際、既に崩壊が始まっている箇所さえ見て取れた。
それまでの間に自分がこいつを足止めできればいい。持久戦なら……!
「その治癒力……魔力パターン……お前……」
ロキの眼が細められ、僅かに連撃が緩んだ。それを好機として踏み込む。
カウンターとして頭部狙いで繰り出された刺突。その軌道を魔眼の予知を頼りに読み切り、横回転。右足を軸に回避してそのまま切りかかる。
引き戻された槍の柄が刀身を受け止め、一瞬だけ両者の動きが止まった。
「あの林檎を食べたのか?いいや、それにしては……」
どうやら、考えに耽る余裕まであるらしい。両手で柄を握り鍔で槍の柄に『噛みつく』。
バインド。このまま武器を絡めとって───。
「拙いと言った」
「がっ」
膝蹴りが腹を打ち、鎧を陥没させ内臓を押しつぶす。
浮いた体に青い拳が突き刺さり、ゴムボールの様に吹き飛ばされた。世界樹の根に叩きつけられ、衝撃で肺が潰れる。
『主様!』
意識が飛びかけるも、レイラの声に体を動かす。直後、自分がいた位置を爆炎が包んだ。黒煙からロキが飛び出し、突きを放ってくる。
それを叩き落とし、続く攻撃を弾き上げ、鍔で受け、ひたすらに対応。先ほどの再演のように連撃が続く。
だが同じ様にはならない。この身に先の戦い以上に傷が刻まれていく。
徐々に、しかし確実に動きが鈍るのが避けられない。腕の治癒が間に合わず剣を構えるのが遅れた瞬間。兜の下部を突き破り、左頬がその下の歯ごと抉り飛ばされた。
「……!!??」
激痛に今度こそ意識がコンマ数秒飛ぶ。レイラの叫びで目を覚ました時、自分は湖面に踏みつけられロキが槍を振りかぶっていた。
まずっ……!?
反射で藻掻こうとするも、踏みつけられている箇所以外まで動かない。空間ごと縫い付けられている!
「むっ」
だが、ロキが攻撃を中断して左手を掲げた。そこに氷の槍が飛んできて掴まれる。
『水よ!』
その隙に左右で湖面が盛り上がり、槌となって両側から挟み込む様にロキを狙った。
宙に飛んで回避した奴に、炎をまき散らしながら突貫する黒い影。空中で激突し、質量差で相手を吹き飛ばした。
彼女たちが助けに来てくれたのだ。視界の端で氷の船に乗った雪音と、湖面に着水するリーンフォースが視える。
「ぐ、ぅぅ……!」
『主様!』
「旦那様!」
『マイスター』
膝に手をついて立ち上がる。
ああ、まったく我ながら情けない。無策で突っ込んで、助けられて。彼女たちの助けを借りている。ある意味で自分らしい。
だが、これなら。
「全員、まだ戦える……?」
答えは、間髪入れずに返ってきた。
「はい!」
『問題ありません』
『やれます』
少し、冷静になれた。
何が『時間を稼げればいい』だ。自分はとうに、あの神に喧嘩を売っている。
ニーズヘッグの解放も少し魔力を探れば自分がやったと知られるだろう。であれば、ロキに自分を生かしておく理由などない。逆に殺す理由ならば万を超えるだろう。それこそ、死に土産に首を狙われるぐらいには。
ここで仕留める。さもなければ、明日はない。
「全力でいく。正真正銘、これが最後だ」
魔力を全開で噴かしたのと、ロキが突っ込んできたのが同時。
ルーンの刻まれた槍とツヴァイヘンダーがぶつかり合う。
衝撃で飛ばされそうな体を魔力で前へと押し込み、踵で相手の足の甲を狙った。だが逆に足首を蹴り砕かれ、槍の柄で押しやられる。
直後にリーンフォースが切りかかり、一合、二合と打ち合ってその左腕を抉り飛ばされた。
彼女の首が掴まれ、こちら目掛けて投擲される。受け止めるも衝撃に纏めて転がされた。
「『氷牙・槍衾』!」
『水よ』
だがロキの真上から迫る無数の槍が、そして前後左右を囲う水の壁が迫る。
槍の二振りでどちらも蹴散らされるも、想定内。重心を可能な限り低くして接近、胴体目掛けて剣を振るう。
魔眼が発動。魔力の逆噴射を利用して体を反転させ、繰り出された膝蹴りを回避し回転斬りで背を狙う。
それもまた、石突きで弾かれた。
だが、こちらに意識が向き過ぎたから奴のこめかみに氷の槍が着弾する。浅かったのかかすり傷しかつけられなかったが、僅かに赤い血が散った。
やれる。血が流れるなら、殺せる。
「っ……邪魔だ、有象無象が!」
ロキの左拳がこちら目掛けて打ち下ろされた。咄嗟に跳び退り回避。湖面が爆発したように水しぶきが辺りを包む。
視界が塞がれる中、また魔眼が発動した。視えた未来に目を見開く。
「全員防御!」
咄嗟に叫ぶも自分以外は防御が間に合わずリーンフォースは吹き飛ばされ、雪音が乗る船は砕かれた。
霧のように舞った水しぶきの中から突き出されたのは、槍ではない。
両手で握る剣で受け止めたのは、『蠍の尾』。リーンフォースを殴り飛ばしたのは『龍の尾』であり、雪音に襲い掛かったのは『数十体の蛇』。
「くっ……!」
リーンフォースの剣は折られ、雪音も大量の血を流し湖面に転がっていった。今すぐ駆け寄りたい感情が沸き上がるが、理性で抑え込む。
奴から。ロキから目を離してはならない。
「これ以上、端役の群れに構っている暇はない」
視えてきたロキのシルエットは、先ほどまでの人型のそれとは別物となっていた。
「見せてやろう。千変万化の力を持つ、神とはどういうものかを」
長い金髪の先はメドゥーサの様に蛇へと変わり、背からは蠍の尾と二本の爪が。腰から下は巨大な馬となり、その尾は龍のそれになっている。
槍をこちらに向け、ロキは告げた。
「お前達を殺し尽くし、イドゥンもどきを回収する。そうすれば、まだやれる。時間さえあれば……何千年かかろうともオーディン達を見つけ出せるはずだ。そうすればもう一度我らの世界が戻ってくる」
オーディンを見つける?……なるほど。あの龍の背に。
ふと、そこで疑問に思った事があった。あわよくばと思ってあの龍を解放したのだが……。
「そう言えば、貴方はニーズヘッグの背に乗せられなかったんだな」
「───」
本当に、ただの疑問。息を整える間を得られれば重畳と口にした問いに、何故かロキの表情が固まった。
好機と、深呼吸を一回。事情はわからないが、とにかく『運がいい』。
完全に異形の姿と成り果てたロキが、小さく唇を震わせた。
「そうか……お前だな?あの龍を解き放ったのは」
「……そうだと言ったら?」
「殺す」
「さっきまでと変わらないな」
「殺す!!」
ロキの眼に、これまでとは比べ物にならない殺意の光が宿る。恐らく、途中からこちらの声が届いていない。
水面が弾けた。そう思ったのと同時に、眼前へとルーン文字が刻まれた槍がきている。これまでで最速。雷速すらも上回る神速で、槍が繰り出された。
それを予知の力で弾くも、加速と質量が増した分後退させられる。そこへ、後ろ足で立ち上がった馬体の前脚が振り上げられた。
更には左右から迫る数十の蛇。槍を受けた衝撃もあり後退は間に合わない。
通常であればありえない、人ならざる存在だけが繰り出される連撃と連携。それも、どれ一つとっても自分より強大な力の塊。
───だからこそ、反応できた。
「ふぅ……!」
振り下ろされた馬蹄を右と左と順に弾き、その反動で僅かに下がったところで髪の蛇を纏めて切り払う。
馬蹄の重さはそれだけで空間を歪める程であり、蛇どもの鱗は鋼よりも硬かった。衝撃で腕の骨が歪み、刀身はひび割れる。大気も湖面もこの身の骨と共に悲鳴をあげた。
だが、『視える』。
「なっ」
「レイラ」
『水よ!』
左腕を湖面に叩きつければ、馬の無防備な腹に水の槍が突き上げられた。抉り込み、血肉が散らされる。
「ちぃ!」
舌打ちしながら馬を消し、人と同じ足となったロキが蹴りを放ってきた。
それに柄頭をぶつけて爪先を砕き、続けてバネ仕掛けの様に剣を縦に回す。それは槍の柄で防がれるも、轟音をあげてロキの体が吹き飛ばされ二度湖面でバウンドした。
「おのれ!」
左手と蠍の爪を湖面につけて衝撃を逃がしながら、ロキが蠍の尾を伸ばす。音速を超えて迫るそれにあえてこちらから接近し、衝突直前でスライディングする様に体を傾け回避。真上を通り過ぎる甲殻の隙間に剣を入れ、魔力を纏った刀身で切断した。
左手を湖面につけ、レイラの魔法で反発させ加速。その勢いで跳ね起きて全速力で距離を詰めロキに斬りかかる。
時間稼ぎの考えも、『読めない』事への恐怖もない今は、先ほどまでとは速度が違う。
「なんだ、さっきまでと……!」
考えさせる時間は与えない。自分が『単に人型の動きを読みづらい』だけと見破られれば、圧倒される。手数も地力もあちらが上だ。
故に───圧倒する。
「おおおおお!」
剣で槍を弾き上げ、腹に前蹴りを叩き込んで更に押しやる。戦場が湖面から地面に移り、土煙が舞った。
「人間、風情が!」
振り下ろされる蠍の爪。それを横へのステップで回避し、背後に回って斬りかかる。
それをすぐさま引き戻された爪が受け止めた。衝撃で足元に小さなクレーターを作りながら、すぐに弾いて体を回転。遠心力ものせて剣を打ち込む。
地面に二本線をつくり後退させられるロキの足首から先が猛禽類のそれに変わり、大地にその爪を突き立てて急停止した。
追撃に迫る自分にカウンターで槍が繰り出される。
だが、その速度は最初に打ち合った時よりも遅い気がした。
わき腹を抉られながら前進。袈裟懸けに斬りかかれば蠍の爪に防がれる。
それは読めていた。刀身がぶつかると同時に左手を離し、勢いを殺さず拳を下からすくい上げる様にロキの顎へ。
「がっ!?」
ようやく、クリーンヒット。
もう一本の蠍の爪が左側から襲いかかってくるのに、後退して回避。剣を両手で握って引き絞る。
「しゃぁ!」
裂帛の気合と共に、突きを放つ。
足首まで埋まる程地面に踏み込んだ一撃は、甲殻を打ち砕きロキの頭部を狙う。
「っぅ……!」
僅かにずれたか、切っ先が頭蓋骨の上を滑る感覚。
甲殻を蹴りつけて刀身を抜き、上段、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟と剣を振るう。
こちらの猛攻に風穴の空いた奴の右肩甲骨から生える蠍の爪は完全に破壊され、驚愕に目を見開くロキと視線が合った。
おかしな事じゃない。手足を増やそうが、力の総量は同じ。その分局所的に見れば奴の力は落ちる。
更に言えば。
「らぁ!」
「このっ」
横薙ぎの一閃を槍で受け止めた瞬間、この戦いで一度も被弾していないはずの左わき腹が崩れた。
ロキのそこは、荒川さんの矢で砕けている。それを取り繕っていたのが剥がれたのだ。
「おおおおおおおおお!!」
ここで、仕留めきる!
ひたすらに繰り出す斬撃。関節各所から告げられる激痛に脳がスパークする中、両目を血走らせてロキの繰り出す攻撃を、『未来』を視つづけた。
カウンターで首を落とされる。心臓を殴り壊される。頭蓋を貫かれる。
数々の死を幻視し、対処。それでなお、捌ききれない。
攻勢に出た分こちらもまた奴の槍を受ける。右の二の腕は抉られ、左足は貫かれ、左目を斬って潰された。
だが、半瞬後にはその機能を回復させる。痛みはあるし、動きは鈍る。だが、それでも動かせるのならば。
不撓不屈を、この瞬間だけ体現させる!
「ふざけるな!その眼!その魔力!貴様、未来が視えているな!?」
激情を露にしたロキが吠え、ルーンが手の甲に浮かび上がった拳を右頬に叩き込んできた。
脳が揺さぶられるも、奥歯を噛み砕いて耐える。
「まただ!またその瞳を持つ者が立ちはだかる!!」
「何を……!」
「この、『ヘイムダルもどき』が!!」
訳の分からない事を叫び、ロキが袈裟懸けに斬られるのも厭わず槍を繰り出してきた。近づかれた分刀身の力が減少させられる。
未来が視えていても、回避できなければ意味がない。左肩を槍で貫かれ、衝撃で押しやられた。
「俺の前から消えろ!人間がぁ!」
貫手で脇腹を抉られ、肉が抉り取られた。続けて蹴りが膝を打ち抜き、横薙ぎの槍に両目を纏めて潰される。
まずい、未来視が!?
「死ぃねぇええええええええ!」
眼が再生した瞬間、自分の頭部を槍が貫通する未来を視る。
「っ───!?」
『主様!』
瞬間、体が勝手に動いた。レイラが片手だけ支配権を握ったのを感知する。
割り込まれた左掌が貫かれ、僅かに槍の軌道を逸れた。兜の側面で火花が散る。
「ぉぉぉおおお!」
渾身の力を籠めて、ロキの腹を蹴り飛ばす。槍が引き抜かれ、再生を始めた手で拳を握った。
「魔力を回せ!」
『っ!?』
これだけで意味が伝わると信じる。
突き出された拳は蠍の爪で防がれた。それと同時に、腕の内側で魔力を暴走させる。
『魔力開放』
腕そのものが、爆弾へと変わった。
レイラの異能も合わせて即席の兵器と変わった肘から先が弾け、蠍の爪を吹き飛ばす。
血の混じった爆炎の中、剣を振りかぶった。腕が再生するのを待つ暇もない。
「が、ぁああああああ!」
「おおおおおおおおお!」
ロキもまた、爆炎を突き破って槍を突きだしてきた。
刀身と穂先が衝突し、それを魔力の放出で押し込もうとする。
だが、それは相手が先を行った。
槍に刻まれたルーン文字が輝き、暴風が発せられる。ツヴァイヘンダーが弾かれ、腕ごと仰け反らされた。
「終わりだ……!」
狂気としか言えない殺意を迸らせ、ロキが左手を伸ばす。その甲に二つのルーン文字が浮かんだ拳が、自分を殺せる威力を持つと直感的に理解した。
だが、己が死ぬ未来は視えていない。
「『氷牙』」
横合いから放たれた氷の槍が、拳を逸らす。
「っ───死にぞこないが!」
視界の端で、リーンフォースに支えられた雪音が映る。
槍が一閃され、魔力の斬撃が飛ぶ。それを鎧に包まれた背でリーンフォースが受けるも、二人纏めて吹き飛ばされた。
「お゛お゛!」
再生され、魔装が展開された左腕でロキの顔面を殴り飛ばす。
数メートル距離ができるも、奴は二本の脚で踏みとどまった。直後。
「がぁ……!?」
その右足が崩壊する。見れば、残りの四肢も青い肌が黒く爛れていた。
「あの、クソ蜥蜴が……!」
ニーズヘッグの置き土産。
それを理解したのは、剣を構えた直後。ただ、これが最後の好機とだけは肉体が理解していた。
「ごぼっ」
こみ上げてきた血が喉をせり上がる。
癒えない傷を誤魔化しているのはこちらも同じ。再生の間に合っていない内臓は、今も激痛を発している。
だが、まだ止まれない。戦え……戦え!!
両手でツヴァイヘンダーの柄を握り、駆ける。ほぼ同時に、ロキも背から黒翼を出現させ飛んだ。
お互いに、正面から突貫する。
「死ね、人間!」
「落ちろ、『神もどき』!」
突き出される槍と、振るわれる剣。先手を取ったのは───槍。
正確無比に放たれた雷速の一撃。それはぴたりと自分の眉間に狙いが定められている。
魔眼でもっても追いきれない速度。されど、『どこを貫くか視えている』のなら。
「づ、ぁぁぁ!」
剣の腹で、受ける。
切っ先が火花を散らし刀身を滑っていき、それに合わせて自分も腕を動かした。
押し込まれる力に逆らわず、しかし軌道だけをこちらの剣に合わせて変える。普段ならばこんな芸当できない。
しかし、レイラがいてくれるなら!
「馬鹿なっ」
「ぁぁぁあああああ!」
すれ違いざま。後ろにやる様に伸ばされた剣を振るう。
ロキの腹に吸い付くように刀身を合わせ、魔力を纏った刃で皮膚を破り肉を裂いて骨を断つ。
神を名乗る怪物の胴が、両断された。
まだだ!
右足を強く踏み込み、駆けた分の衝撃を殺す。
まだ、あれでは死なない!奴は生きている!
強引な方向転換に足の骨が砕けるのを感じながら、反転。背にいるロキへと視線を向けた。
翼にて宙に留まったロキの背中が見える。あちらもまた、こちらへと振り返ろうとしていた。
『魔力開放』
渾身の魔力。身に残る全てを使い、加速。
左足で地面を蹴り、八双に似た構えで突っ込んだ。
今度は、こちらの方が先に届く!
ロキが振り返るよりも先に、自分の剣が振り下ろされる。そう、確信した瞬間だった。
魔眼が、発動する。
「───」
ロキは、振り返らない。振り返らずに、雷速でもって槍を『後ろに突いた』。
石突きによる刺突。ロキが持つ槍のそれは丸みをおびた鋼に覆われ、貫通力を持たない。だからこそ、重量を持つ。
咄嗟に放ったものであろうと……額に直撃させれば頭蓋を陥没させる事など容易いほどに。
ぐらりと、体が傾いた。
衝撃で仰け反りながら、こちらに振り返る奴の顔を見る。
勝利を確信した笑みを浮かべるロキ。いかに高い再生力を持とうと、脳を潰されれば動きは止まる。その事を、ここまでの戦いで奴は確信していたのだ。
槍が、引き絞られる。
―――バケツと称される、グレートヘルム。中でも旧式に分類される円筒型の物には、特徴がある。
「終わりだ、人間」
───バケツの底の様な頭部には皮膚との間に他の兜と比べ多く隙間が空いており、綿や布を大量に仕込める事から。
砕けた右足で、地面に踏み込む。
───額および側頭部への打撃に、強い耐性を持つ。
「は?」
「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛───っ!!」
剣を、振り下ろした。
ロキの想定とは違う体勢となった事で槍はそれて心臓の真横を通り。
ツヴァイヘンダーは、頭頂部から入って神を名乗るモンスターを両断した。
ずるりと、指から柄が滑り落ちる。
地面に剣が落ちていくのと一緒に、両断されたロキの体も重力に従いはじめた。
だが、その落下はあまりにも緩やかで。まるでシャボン玉の様に思えた。
「ぁ……ぁ……いやだ……きえたくない……だって、まだ……まだ……」
粒子に変わりながら、ロキが天へと右手を伸ばす。
「まだ、ちゃんと……あやまれて」
地面に落ちると共に、その身体は粒子なって散った。
あまりにも、あっけなく───神代から生きた存在は、眼の前で消え失せたのだ。
「ぁ……」
それを見届けて、こちらもまた力が抜けた。
自分も、仰向けに倒れていく。限界だ。肉体は再生の追いつかぬほどに傷を負い、魔力はほぼ使い果たした。
背中から地面に近づいていき、しかし。誰かに受け止められる。
「……実体化する魔力、まだあったんだ」
「張りぼて同然ですが、ええ」
白銀の髪に蒼と金のオッドアイを輝かせる彼女に支えられたまま、世界樹を見上げた。
黄金の葉が散っていき、それと共に異界そのものが崩れていく。
消えていく世界樹。その中腹から、飛んでいく影を見つけた。
御者台を空にした白銀のチャリオットに乗せられた二人の少女が、眼に涙を浮かべて抱き合っているのが視える。
あの人……どこにチャリオットを置いて来たのかと思っていたが、さては眼の前に現れた時には別行動させていたな?
だったらこっちの援護にでも回してくれと言いたくなるが、どうせ聞く耳をもたないだろうとため息一つで許す事にした。
とち狂った変人には慣れている。
そう思い視線を動かせば、リーンフォースに抱えられて片手で傷口を押さえながら手を振ってくる雪音と目が合う。
続けて、別方向からこちらに向かってくるオークに担がれた神輿とその上に乗った変態どもにも視線を向けた。
……あ゛~、まったく。
「疲れた、本当に」
「はい。お疲れ様でした、主様」
いつの間にか兜が砕けていたらしく、外気にさらされた頭をレイラが撫でてくれる。
その心地よさに身を任せ、遠くから聞こえてくる勝鬨に笑みを浮かべた。
やっと……帰れる。
───『神代回帰』より二年六カ月。
まだまだ世界の混乱は続くなか、しかし。一つの節目が迎えられた。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
次回、最終章エピローグとなります。どうか、最後までお付き合いしてください。




