最終章 プロローグ
最終章 プロローグ
「……東郷さんがこのダンジョンにいて、有川大臣に化けているモンスターを追っている。そう判断していいんですね?」
一度だけ目を閉じた後、酒井先生に問いかける。
だいぶ傷も癒えたらしい。顔色がマシになり呼吸も安定してきた彼が頷く。
「ああ。だが無謀が過ぎる。奴は対モンスター用の弾丸を持っているが、それだけだ。自衛能力すらない……」
「魔力濃度で死なないというのは」
「魔法薬に、大気中から体内に入る魔力を抑制する物がある。試験段階のものだが、念のためと持ってきているのを見た」
「なるほど、効果時間は?」
「わからん……奴の場所を探る為の魔道具も壊れてしまった」
そう言って酒井先生が千切れた巾着袋を見せてくる。チラリと、割れた貝殻のような物が見えた。
「わかりました。『最優先とはいきませんが』、可能な範囲でお助けします」
「ああ……すまない」
「酒井先生はこのままこの辺りで隠れていてください。まだ回復しきってはいないでしょう」
いくら『白魔法』で傷を治したからと言って、失った血や魔力がすぐに戻るわけではない。それでも動くぐらいなら問題ないだろうが、ここのランクが推定『B』となれば戦闘は厳しいだろう。
失礼は承知の上だが、自衛能力が危ぶまれるのは先生も同じだ。
「すまん……」
「謝らないでください。先生には、まだまだ教えてほしい事がたくさんあるんです。お互い、死ねませんよ」
三割お世辞だが、七割は本気だ。
授業が特別分かり易いとかはないけれど、毎回真剣かつ全力で僕たちに教鞭をとってくれているのは伝わっている。この人は良い先生だ。たぶん、今までのどの先生よりも。
あと自衛隊式の野営術とかマジでこの先必要になる気がするので、そこの所本当にお願いしたい。色々爆弾を持っている身なので。
「そう、だな……まだ死ねないな」
何やら苦笑を浮かべた後、彼が自力で立ち上がる。少しふらついているが、わりと大丈夫そうだ。
「大川。頼んでおいてなんだが、一番に優先すべきなのはお前の命だ。それを忘れないでくれ」
「はい」
力強く頷き、酒井先生から距離をとって雪音達と合流する。
「皆ごめん、周囲に異常は?」
『問題ありません』
「ワタクシも特には。それより、あちらの教員の方との会話が聞こえてきたのですが……」
少し不安そうに視線を彷徨わせる雪音。たぶん、言うべきか迷っているのだろう。
だから先に自分から言う。
「レイラ、雪音、リーンフォース。僕ら四人で生きて帰る。それがこの場での最優先事項だ」
きっぱりと言い切り、三人の顔を見る。レイラは当然とばかりに頷き、雪音は目を見開いて、すぐに何度も頷いた。リーンフォースは、兜でわかり辛かったけど同意してくれているっぽい。
「そのうえで言う。このダンジョンのランクが『B』だとすると、二手に分かれて行動した方がいい」
「理由を窺っても?」
「このダンジョン。『林檎』が関係している」
雪音が小さく息をのんだ。リーンフォースの方も常日頃一番の秘匿事項だと伝えている事柄なだけに、じっとこちらを見つめてきた。
レイラの顔からも笑みが消え、能面のような無表情に。視線だけで続きを促してくる。
「僕のが盗まれた感じはない。たぶん似たような力の人が関わっている。龍脈とここが直接繋がっている以上、今回の件を仕組んだ奴はとんでもない事を企んでいる。どれだけ猶予時間があるかわからないから、すぐにでも首謀者を排除。ないし無力化したい」
無いとは思うが、それこそ日本を丸ごと更地にするなんて事も出来かねない。それだけのポテンシャルをここからは感じる。
「かしこまりました。では、振り分けはどのように?」
「僕とレイラ、雪音とリーンフォースでいく。雪音、一応これを持って行って」
一瞬だけ酒井先生がこちらを見ていない事を確認して、自分達の身体で隠す様にアイテム袋から『白銀の林檎』を取り出す。
「これは……」
そっと彼女の耳元に顔を寄せる。
「────、────」
「……よろしいのですか?」
真剣な面持ちの彼女に、力強く頷いた。
「ああ。色々考えた結果だ」
「……かしこまりました。確かに、その方が良いかもしれません」
「それと、ポーションの類は持っている?」
「はい。旦那様より頂いた物ですので大事にしております」
そう言って着物の袖からアイテム袋を取り出す彼女。そこに『林檎』をしまうのを見て、頷いて返す。
「色々、いざとなったら任せた。リーンフォースも雪音の事をお願い」
「はい、お任せください旦那様!!」
『了解』
この選択で間違っていない……はず。そうだと思いたい。
頭もお腹もグルグルする。考える事が多すぎだ。せめて順番に一カ月おきぐらいで来てほしい。
だが世の中こういう問題こそ一度にくるものだ。最善手をとれる気がしないが、せめて次善……も無理かもしれないけど、悪手以外の選択をしたい。
「レイラもこれでいい?」
「はい。主様のお考えが正しいと思います。ただし、この場にいる全員の予測を上回る事態もありえると、頭の片隅にいれておいてください」
「努力する……」
そこまで考える余裕がないかもなので、少し言葉を濁した。
それに対しレイラがいつもの微笑みに戻り、杖を握り直す。
「では行きましょう、主様」
「ああ。全員、生きて帰ろう!」
「はい!」
「もちろんですとも!」
『任務了解』
一階フロアにあった階段と、奥に続く通路。階段の方を使い進みながら、後ろに続くレイラが問いかけてきた。
「東郷何某の件、本当によろしいのですか?」
「東郷さんは心配だけど、それでも僕は皆の方が大事だから」
人に順位をつけるのは好きではない。だが、命がかかっている場では例外だ。
彼には恩がある。情もある。借りもある。しかし、だからと言って彼女らの存在より優先する事はありえない。
「それに」
「それに?」
少しだけ、兜の下で笑う。
「あの人なら、意外と一人でも何とかしてそうだから」
* * *
サイド 東郷 美代吉──西園寺 康夫
「酷い言い草だな、東郷。電話では何度かやり取りしていたが、顔を合わせたのは久しぶりだろう?もう少し仲良くしようじゃないか。昔みたいに」
胡散臭い笑みを張り付けた化け物に、吐き捨てる様に答える。
「その昔の記憶。お前にはどこまであるんだ?」
歩み寄ってこようとした奴の足が、ピタリと止まった。
「………ふむ。薄々は感じていたが、我々には予想外の弱点があったのかな?」
ドッペルゲンガーとの識別方法。それは四つあるが、もう一つ。かなり曖昧なため明確な手段として数え難いものがある。
『思い出の品と、それにまつわる記憶』
入れ替わられた者にとって代わりなどない大切な記憶を、奴らは継承できない。そして、手元にあったその思い出に関わる品をどうでもいい物だと捨ててしまう。
人の感情など正確に推し量れるものではない故に、識別方法としては信用できない。だが、自分達にとっての『あのライター』だけは別だ。
「できれば教えて欲しいな。そうすれば私達と君達人類が共存―――」
発砲。一発目が右目から後頭部へ貫通し、二発目が眉間を撃ち抜く。
衝撃で後ろに倒れていくドッペルゲンガー。仰向けに倒れ、その頭部が破裂した。
それとほぼ同時。一歩後退する。すると自分の眼の前で樹に覆われた壁が僅かに弾けた。
遅れて大きな銃声が響く。壁に身を隠しながら素早く顔を出して撃ってきた方向を確認。しゃがんで先ほどより下の位置から頭を出せば、上の方で弾丸が通り過ぎて行った。
お返しに一発撃つが、当たった様子はない。撃ってきた奴の通路が暗すぎる。マズルフラッシュだけでは、自分の技量だと難しいか。
「容赦がないな。余裕がないのはお互い様なんじゃないか、東郷」
「ふぅぅ………」
壁に体を隠しながら、胸を押さえる。
心臓がいつになく脈打ち、汗が止まらない。だというのに全身を悪寒が走っており、気を抜くとそのまま意識を手放してしまいそうな倦怠感も重くのしかかっていた。
試験段階の薬を無理して譲ってもらったが、ここまで副作用があるとは。あるいは、自分の鍛え方が足りていないせいかな。
だが、気合でねじ伏せられない事はない。懐からスタングレネードを取り出し、体を隠した状態から投擲。炸裂とほとんど同時に自分も跳び出した。
「っ!」
よろめいた影に三発。胴体に一、頭部に二発入った。仕留めたと確信を得ながら、前転する様に通路から狙いやすい位置から逃れる。
直後にまた発砲音。自分がいた箇所に銃弾が飛んできた。かなりの大口径を相手は持っているらしい。
「二番煎じが通じるとでも思ったか?」
「これは手厳しい。なにか、本体とそれ以外の見分けるコツとかあるのかな?」
答えてやる義理はないと銃弾で返しながら、ジグザグに走って壁に近づく。足音が遠ざかっていくのを感じながらマガジンを交換した。
ここに来る途中で補充をしたが、用意できた対モンスター用の弾はマガジン二つだけ。ついでにスタンが二つに煙幕が一つ。魔力で相手を識別するモンスターだが、目くらましの類なら数瞬は効くのは冒険者達からの報告で確認済み。
正面からの撃ち合いは不利だ。どうにかして隙を作り、そこを仕留める。
チラリと、視線をフロア中央にある柱に向けた。緑色に発光するそこに誰かが囚われているのはわかるのだが、自分の今の装備ではどうする事もできない。
「ぐっ……!」
それに、何かをする余裕もなさそうだ。
せめてもと壁にチョークで印をつくっておく。後で覚醒者が来たなら、あの子を助けてくれるといいが。
銃を構えなおし、警戒しながらドッペルゲンガーを追いかける。
やはり、ここ周辺の階には『あのモンスター』はいない。もしやと思い下ではなく上に向かったが、正解だったな。
ドッペルゲンガーたちを人間と区別するのは難しい。それはモンスターとて同じ事。であれば、奴らも他のモンスターに襲われる可能性があるのだ。
どういう手段を使ったのかは不明だが、多少なりともこのダンジョンのモンスターを誘導できるのならドッペルゲンガー達がいる所には奴らしかいない。
絶対にここで決着をつける。奴を終わらせるのは、私でなければならない。
懐にあるライターが重くなるのを感じながら、薄暗い通路を走った。
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