第百二十話 動き出す者達 後
※時系列
1.夜、有川大臣が街頭演説中に襲撃される。
2.早朝、東郷さん達が病院に乗り込む。
3.昼近く、有川大臣が官房長官の会見を乗っ取り。
今話は『2』の所からスタートです。
第百二十話 動き出す者達 後
時は僅かに遡る────
サイド 伊藤 胡桃
「凛ちゃん、その……」
出かける準備を整えて、凛ちゃんの部屋の扉をノックする。
寮に移った結果別の部屋になってしまったけど、毎日どちらかの部屋で過ごしている。けれど、今日だけは別の用事があった。
「はいはーい。どうしたの、胡桃」
扉を開けて出て来てくれた彼女。スウェットにハーフパンツというラフな格好の凛ちゃんは、私の服装を見てニッコリとほほ笑んでくれた。
「うん、よく似合ってる。これから親御さんに会いに行くんだよね?」
「う、うん……」
褒められた事は嬉しい。けど、それ以上に罪悪感がある。
「その……私」
「いいんだよ、胡桃。気にしないで」
そっと、彼女の指が私の髪に触れる。そのまま優しく撫でられて、心地よさに目を細めた。
「家族を大事にする事に罪悪感を覚える必要なんてない。なんて、私が言ってもあんまり説得力ないかもしれないけど。それでも、ね?」
慈愛に満ちた、凛ちゃんの笑み。それを私は直視できない。する資格なんて、ない。
「会えるうちに会わないと駄目だよ?」
「……うん、ごめんなさい」
「だから、謝る必要ないんだってば」
苦笑を浮かべて、彼女は私を自分の胸に抱きしめた。
私と違って豊な胸に包まれ、つい耳まで赤くなってしまう。凛ちゃんにその気はないとわかっていても、この不意打ちは卑怯だ。
「り、凛ちゃん!」
「胡桃は気にし過ぎだし考え過ぎ。もっと気楽に生きていいんだよ」
ぽんぽんと私の頭と背中を撫でた後腕の中から解放して、彼女はウインクまでしてきた。
「行ってらっしゃい!お土産はしょっぱい物か辛い物がいいな!」
「もう……行ってきます、凛ちゃん」
「くれぐれも気を付けてね。途中で知らない人について行っちゃダメだよ~」
「凛ちゃん!」
「あっはっはっは」
笑いながら扉を閉められて、小さく肩をすくめる。
……違うんだよ、凛ちゃん。
貴女が考える私の罪悪感は、きっと『父親が死に、母親も精神を病んでまともに会えない自分へのもの』だって勘違いしているんだと思う。
でも、違うの。私が凛ちゃんに抱える罪悪感は……。
『変えてしまった貴女を置いて、自分だけ楽になってしまっていいのか』
……言えるわけがない。こんな自分勝手な事。
踵を返し両親との待ち合わせ場所に向かう。
有川大臣が襲われたってニュースが流れて、一夜明けた。まだ全然状況がわからないけど、食堂のテレビでは今日のうちに官房長官が会見をすると言っていた。
そんな中でと少し思うけど、両親だって働いている。その合間を縫って今日の予定を組んでくれたのだ。急に変更もできない。
バスから駅に向かって、東京に向かう。
電車を降りてホームを出ると、ちょうど駅員さんに道を聞いている両親の姿が。
「お父さん、お母さん!」
「あ、胡桃!」
駅員さんに会釈してこちらに駆けてくる両親。
……今日は流石に襟元を汚している事はないらしい。だが、さては迷子になっていたな?
「いやぁ、東京の駅って複雑だなぁ」
「そうねぇ。人が多すぎて目がまわっちゃいそうで」
「もぅ……」
朗らかに笑う二人に毒気を抜かれてしまう。
まるで、昔に戻ったみたいだ。凛ちゃんのお父さんがああなる前は、二人ともこんな感じだったと思う。
「じゃ、早速行こうか!」
「そうね。今日中に行きたい所回らないと」
そう言って、二人そろってこちらに手を差し伸べてきた。
「……なに」
「なにって、はぐれない様に」
「手を繋いでおこうかと」
「もうそんな歳じゃないもん!」
仏頂面で怒るこちらにお父さんもお母さんも笑って、それでも手を握って来た。
まったくこの人達は本当に……。
だが、まあ。また迷子になられても困る。仕方なく。本当に仕方なく、このまま手を繋いでいてあげる事にした。世話のかかる両親である。
……普段手を繋いで歩くのは凛ちゃんだから、そこが少しだけ気になった。なんだか、彼女に不義理を働いている様な、そんな気持ちを抱く。
自分勝手だって、わかっているのに。
* * *
タクシーやバスで色んな所を回っては、やたらと写真を撮る両親。二人に挟まれて辟易しながらも、気づけば私まで笑っていた。
本当に、あの頃と同じだ。ここに凛ちゃんとその家族も加わって、皆で旅行に何度も行ったものである。
ただ、二人はもうその時の事を覚えていないのかもしれないけど。
『一生大切にする!』
携帯の待ち受けに皆で撮った写真を使う両親に、恥ずかしいからやめてと何度も言ったのを覚えている。だが、チラリと見た二人のスマホの待ち受けは別の無難なものに変わっていた。
確かにまだ幼稚園だった頃、初めて行った家族旅行の写真をそのまま使われるのは抵抗があったけど、改めてそれがなくなっているのを見ると思う所がある。
指摘しないけど。二人そろって調子にのって子ども扱いしてきそうだし。
そんな事を考えながら到着したのは、公立の文化センター。大きなホールや展示があるここは、観光にはうってつけかもしれない。
「はー、ここの柱ってなんでこういう形なのかしら」
「さぁなぁ……きっと何か意味があるんだろう」
ただし特に何かを見ると決めて来たわけでもないので、中をぶらぶらと回るだけだが。
私もここの現代建築だとか現代アートだとかそういうデザインについてはさっぱりだ。凛ちゃんやそのお父さんなら、何かわかったのかな……。
少しだけしんみりする私をよそに、二人は窓の方に駆けていく。子供か。
「おお、やっぱり東京はビルばっかりだな!」
「そうね!すごいビルばっかりだわ!」
「語彙なさすぎでしょ……」
年甲斐もなくはしゃぐ二人にやっぱり恥ずかしさを覚え、手を離して少しだけ距離をとる。
ちらりと周りを見れば、そこまで注目は浴びていないらしい。ここにくる観光客には従業員さんも慣れているのだろうか。
いや……そもそもお客さんの数自体少ない気がする。やっぱりああいう事件が起きたから皆家にいるのかな。
そもそも東京の人口が減っているのは有名な話だ。私も今は神奈川の寮に住んでいるし。
そんな事を考えていると、妙に襟の辺りが気になった。なんだか、やけに『ケチャップ』っぽいのをつけている人多くない?
いくらなんでもこれはおかしい気がする。そう思って視線を彷徨わせていると、それらとは別の赤色が目に留まった。
「赤城さん……?」
ビシッとしたスーツ姿に、光に反射して輝く赤い髪。マスクで口元が隠れているけど、あのキリッとした目元と赤毛は彼女だと思った。
どうしてここにいるのだろう?前にお世話になったし声をかけた方がいいかな。
そう思って彼女の方に近づいて、その手に握っている物にようやく気付く。
「え?」
だけど、眼が捉えたそれを脳が理解できない。
「なんで、銃を?」
日本ではまず見慣れる事のないそれが、彼女の手に握られていたのだ。
あまりにも自然な動作で構えられた銃に誰も反応できず、その銃口の先に何があるのかもよくわからなかった。
銃声が響く。それに肩を震わせて硬直するも、一発では鳴りやまない。二発、三発と撃たれ、合計で五発撃たれたのだろうか?
連続して響いた音が止んで静寂が一瞬だけ辺りをつつむ。しかし、すぐに絹を裂いた様な悲鳴がフロア中に広がった。
「きゃあああああああ!?」
「な、なんだ!?テロか!?」
「逃げろ!逃げろおお!!」
逃げ惑う人々。それに紛れるようにして赤城さんも姿をくらませた。
「あ、赤城さん!?」
咄嗟に彼女を追おうとするも、すぐに両親に振り返った。とにかく、二人にはどこか安全な所に移動してもらわないと。
わけがわからないからこそ、逃げないといけない。『あの日』、それを学んだのだ。
「おかあさ……」
言葉が、詰まる。
かすれた声しか出てこない私に代わる様に、うめき声が二つ。
「ぇ……」
二人が血を流しながら倒れている。胸とお腹を真っ赤に染めて、その場から動かない。
「お、お母さん!お父さん!」
慌てて駆け寄り、二人の傍に跪く。
なんで、どうして。わけがわからない。赤城さんが撃ったの?お母さんとお父さんを?理由は?
違う、今はそんなことより!
「だ、誰か!誰か助けて!」
そう叫びながら二人の傷口を押さえようとするが、私の小さすぎる手ではいくつもつけられた傷を覆えない。
それでもと傷口を押さえつけながら周囲を見回すが、フロアには誰もいなかった。皆とっくに逃げたのだ。
「あ、あぁ……!?」
どうしよう。きゅ、救急車。そうだ、救急車を……!
「どうして……!?」
慌てて取り出したスマホには『圏外』の二文字がアンテナの代わりに表示されている。ありえない。ここは東京都内なのに!
「くる、み……」
「っ、お母さん!」
今にも目を閉じてしまいそうなお母さんが、うめくように私の名前を呼ぶ。
「ぶじ、なの……?」
「私は無事だよ!けど、けどお母さんも、お父さんも……!」
「にげ、て……きっと、てろ……」
「できないよ!ふ、二人を一階まで連れてく!そうだ、そうすれば誰かいるはずだから……!」
両親を抱え上げようとする。覚醒者のこの身体なら体格差なんて関係ないはずだ。
だが、それをお父さんの手が阻んでくる。
「いい……もう、助からない……」
「なんで!そんな事わからないでしょ!?」
「いいんだ、胡桃……逃げ、なさい……」
「嘘だ……嫌だよ……!」
こんなのってないよ……!やっと、やっと大人だって信じていいんだって、頼っていいんだって思えて。その矢先に、こんな……!
だというのに、わかってしまう。『あの日』見た光景が、これだけの血を流してしまえば通常の医術ではどうにもならないと。
それでも異能なら。魔法の力ならどうにかできる。
でも一階に逃げられたとして、その場に『白魔法』や『青魔法』が使える人がいる可能性はどれだけあるだろうか?
奇跡はある。ただ、手元にないだけで。
―――本当に?
どくりと、自分の心臓が高鳴るのがわかった。
『ある』
死が確定した者だろうと、確実に生かす術が。私にはある。
だけど、本当にいいの?あれがもたらした結果を、自分は知っているのに。
思い出すのは、『神代回帰』から半年経った新宿での事。あの日、自分が凛ちゃんを誘って買い物に行ったのだ。
そして発生した氾濫に巻き込まれた。それでも、私なら彼女を連れて逃げるぐらいできたはずなのに。それなのに、何も出来なかった。
突然人が死んで、物語の中の怪物たちが街を壊して。そんな光景に、ただ立ち尽くしてしまったのだ。
そして、棒立ちになった私を庇って凛ちゃんは―――。
「くる、み……」
「にげ、て……」
それ、でも……っ!
同じ過ちを繰り返すのだとしても、二人を失いたくない!迷っている暇は、ない!
自分の内側から、魔力をくみ取るイメージ。それがゆっくりと形を成していき、自分の掌で固まっていく。
顕現するのは、黄金の輝き。この世にあらざる神秘の集合体。神話にだけ描かれる、絵物語の果物。
『黄金の林檎』
私が持つ固有異能。それを実体化させれば、他者に食べさせる事ができる。
ギリシャ神話、北欧神話で語られる神々の果実。その力は、不老不死さえ食べた者に与えるほど。
これならば死にかけの人間だろうと確実に癒す事ができる!私はそれを知っている!
「お母さん、口をあけ――」
だから、これさえ使えば両親を助けられると思っていた。
『キシャアアアアアアアアア!!』
「え?」
ばかりと、両親の顔が開く。
顔のパーツがいくつもあって、それが奇妙な肉塊に張りつけられている。肌色の触手を生やしたそれは、まるで餌を前にした肉食獣のように触手を伸ばしてきた。
「ひっ」
恐怖と驚愕で腰が抜け、尻もちをつきながら後退る。首から下が動かないのか、それらは追ってくる事はない。ただ触手だけを蠢かせる。
ただ、その首から下……未だちを流す、その身体は。
「おかあ、さん……?」
「そうだね。君のご両親だ」
するりと、手に持っていた林檎が誰かにとられた。
私の後ろに立つ誰か。その人を無意識に見上げれば、返って来たのは酷く胡散臭い笑み。
「有川、大臣……?」
「ええ。この国を導く男、有川琉璃雄です」
ニッコリとほほ笑む有川大臣。いつものスーツ姿に、魔法陣の描かれた黒い革手袋。
なんでここに。病院にいるはずじゃ、いや。違う。今、なんて。
「ち、違う。私の両親は、こんな化け物じゃ」
「さて。それは――きっと、君の解釈しだいさ」
こちらに笑みを浮かべたまま、彼がその手に握る林檎に力を加える。あっさりと、黄金の果実は革手袋に包まれた指が砕き握りつぶした。
飛び散る金色の飛沫。そして、それが落ちた床が異様な輝きを放ち始めた。
「え、なに、これ……」
「君が考える必要はないよ。伊藤胡桃君」
幾重にも浮かぶ幾何学的な模様。そこから生えて来た巨大な樹の根が私達を飲み込んでいく。
咄嗟に手を伸ばすも『両親だった何か』はすり抜けて、樹木に押しつぶされていった。
そして私もまた、圧殺せんと迫る木々に取り込まれる。抗おうにも質量と物量の暴力に、あっさりと押し負けてしまった。
「凛ちゃ………っ」
飲み込まれる私を見上げる有川大臣だけが、その声を聴き。
その胡散臭い笑みを浮かべたまま、小さく手を振るだけだった。
* * *
サイド 郡 凛
「うーん……」
スマホとスプーンを手に、唸り声をあげる。
「『適量』って、どれくらいなんだろう……」
学校の調理室。作られたはいいけど未だ使われていないそこを、どうにか先生方にお願いしてお借りしたはいいものの。
台にのった材料を前にして、こうして唸り続けるはめになっていた。
「料理ってこんなに難しかったのか……」
前までは胡桃に頼り切りだったし、寮生活が始まってからは食堂に通うだけ。どうやら、自分で考えていた以上に調理スキルが退化していたらしい。
ケーキなんて簡単なやつならスマホを見てやればどうにかなる!そんな甘い考えが、この結果を招いたのだ。反省。
これはもう友達の料理が上手い子に助けを呼んだ方がいいな……。
一端スプーンを置いて、軽く伸びをする。
「胡桃、ご両親と上手くやれてるかな……」
あの子、ああ見えて凄く繊細で不器用だからなぁ。しかも予想外の事が起きると固まるのだ。車を前にした猫みたいに。
彼女が私に謝って来た理由。それはきっと、うちの家庭環境だけが原因ではない。
そっと、自分の口元に触れる。胡桃がずっと辛そうにしていた理由。それは、私のせいだ。
『神代回帰』
それにより世界は変わった。色んな人が覚醒者という存在になり、ダンジョンとかいうのも世界中に現れた。
胡桃もエルフに変わちゃって、だいぶ混乱したけど……それでも日常は変わらないと思っていた。
そんな現実逃避は、しかし半年後に打ち砕かれる事になる。
新宿で起きた大規模氾濫。あれに巻き込まれて、私も胡桃もパニックになってしまったのだ。だって、人が生きたまま食い殺されたり生首が転がってきたりする光景、初めて見たから。
そんな中、とても嫌な予感がしたのを覚えている。何も考えずに胡桃を突き飛ばしたら、私のお腹に黒い槍が突き刺さっていた。
誰が投げたのかも知らないけれど、私を貫いたその槍はすぐに消えて。お腹に空いた穴から大量の血が流れたのだ。
それを見た胡桃は泣き叫んで、『あの林檎』を私に食べさせてきた。
正直、ビックリである。何もかもが理解の外にあった状況だ。ただ、何かわからないけど力が湧いて来たので目についた人を胡桃と一緒に逃がしていって。化け物相手に剣を振り回したんだっけ。
その後も警察とか病院とかで色々聞かれて落ち着く暇もなくって、数日後にようやく一息つける時間ができたのだ。
そしていつもの様に歌っている所を録画して――。
舌に刻まれた文字の力を、ようやく実感する事になる。
我ながら、結構へこんだ。というか今もへこんでいる。どうやら私が歌手になるという夢は、随分と遠くなってしまったらしいと。
最近はとりあえずこの力のコントロールに集中しているから、動画の投稿はやめている。それが、どうにも胡桃を追い詰めてしまっているらしい。
何となくそれに気づく事はできたものの、しかしどうにも切り出しづらい。下手に踏み込んだら、たぶんあの子自暴自棄になっちゃうだろうし……。
そ、こ、で!ケーキ大作戦である!甘い物を食べながらなら、きっと何となるだろう!たぶん!
ケーキの作り方含め、こういう時美咲ちゃんに相談できたらいいのだが……彼女も、今は大変な時期だ。そっとしておこう。
もう少し落ち着いたら、改めて会いに行く。時間が解決してくれる問題も世の中にはあるのだ。
大丈夫。前に進んで行けば、いつかはどこかにたどり着くのだ。そこが気に入らない場所だったなら、引き返すもまた歩き出すも選べばいい。
「よーし、やるぞー!」
そう気合を入れ直して、ケーキの材料を見つめ直した。
……まず、誰かしらにSOSを送ってからにしよ。えーと、こういうのは加奈ちゃんかなぁ。あ、けど円花ちゃんも最近お菓子作りに嵌っているって聞いたし……よし、かたっぱしから聞くか!
待っていて胡桃!世界一……は無理だけど、とびきり美味しいケーキを作ってみせるから!
読んで頂きありがとうございます。
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コメディ後輩
「三話かけてセリフが電話越しに一行分しかない主人公がいるらしいんすよWWW」
「……え、もしかして私。これを言う為だけに職場に拘束されていたんじゃ」




