第百十八話 動き出す者達 前
第百十八話 動き出す者達 前
サイド 東郷 美代吉──西園寺 康夫
「どうなっている、東郷!」
高速道路を車で走りながら、助手席の酒井が声を荒げる。
「『どの陣営』がやったか知らないが、先手を取られた。人員が白かどうかの調査で時間をかけ過ぎたらしい」
できるだけ声に感情がのらない様にしながら返答する。ここで自分まで焦りを出せば、不毛な言い争いが始まってしまう。そんな時間はない。
こちらの意図を察したのか、酒井も強く目を閉じた後に小さく深呼吸をする。
「すまん、動揺し過ぎた」
「構わないよ。それより悪いがこのまま付き合ってくれ」
「俺が必要になる事態が想定される、って事でいいんだな?」
「そうだ」
断言する。『誰が』『何故』やったのかはわからないながら、確実に荒事は起きる。
現職の大臣の暗殺……『未遂』が発生したのだから。
「現在有川はドクターヘリに乗せられて都内の病院に向かっている。かなりの重症だそうだ。残念だが詳しい状態はわからないが、生きているのは確実らしい」
「……なあ、東郷」
「どうした酒井。今我々はその病院に向かっている所だが」
「有川は『顔に傷を負ったか』?」
酒井の言葉に、少しだけハンドルを握る手に力が入る。
「不明だ。だが、現場にいた一般人による『有川大臣の額から大量の出血があった』という書き込みがSNSに複数あった」
「……その情報の確度は」
「不明だ」
数秒、車内に沈黙が流れる。
「東郷。もしかして、有川は──」
「不明だ」
「……そう、だな」
……いけない。今度は自分の方が声を荒げそうになっている。
酒井が言いたい事はわかっている。この世の誰よりも、同じ事を考えているのだから。
ドッペルゲンガーの識別方法は四つ。『魔眼持ちが直視で確認する』『霊薬を含んだ煙への反応を見る』『レントゲンで人の脳との違いを医学的に識別する』。
そして──『顔に傷がつけられた場合の反応を見る』。
ドッペルゲンガーもモンスターである。そしてモンスターは共通して魔力の塊である。彼らは切り離された部位、血液であっても一定時間放置されれば消滅する。本体の生存の有無に関わらず、だ。
そうでなくとも一定以上の損傷があれば擬態を維持する事ができず、怪物としての本性を露わにして近くにいる人間に本能のまま襲い掛かる。
それらを踏まえた上で考えた場合。不特定多数に見られている中で頭部を負傷し、誰にも違和感を抱かれていないのだとしたら……。
喉に力を入れる。
「それを確認する為にも、直接行かなければならない」
「ああ、そうだな」
「奴が運び込まれた病院は元々我々が疑っていた場所でもある。有川が時々訪れている事はわかっていたが、しかし何をしているのかまでは掴めていない。敵地だと思って行動してくれ」
「わかった」
酒井の纏う空気がいつの間にか変わっている。
人格面が『率直かつ善良過ぎる』という理由で『S』の候補から外された男だ。時には自衛隊の理念にすら背かなくてはならないあの部隊はこいつに向いていなかった。
だが、敵がこの国に害する怪物ならば別である。
絵本に出てくるクマの様だった表情が獰猛な、それでいて獲物を前に気配を消す肉食獣のものへと変わる酒井。
そんな彼を頼もしく思いながら、薄っすらと浮かんだ『願望』を脳から追い払う。
代わりに、『あいつ』の……殉職した友人が残した言葉を思い出す。
『俺は後悔していないよ……これが、自分で選んだ道なんだから』
そうだ。私達は選んだ。『あいつ』も、有川も、私も。別の道に進む事もできたのに、それでも各々が自分の道を進んだのだ。
迷ってもいい。蹲っても、引き返してしまってもいい。だが、自分の意思で選んだその道の否定だけは絶対にしてはならない。
懐のライターが重くなる。その存在に勇気づけられて、アクセルを踏む足を維持し続けた。
この道を否定しないのなら、歩みを止めるのは今ではないのだから。
* * *
サイド 扇子 純
「ど、どうなっているんだ!!」
緊急で開いた会議室にて頭を抱える。
有川大臣襲撃事件。それを行った犯人が『ユマニテ』の所属だとネット上で噂になっているのだ。それもあって、今も電話が鳴りやまない。事務所の周囲にはマスコミや民衆が押しかけてきている。
いいや、それだけじゃない。『覚醒者による脅迫文』が複数届いているのだ。
そう断言できる理由は単純。非覚醒者ではできない方法で届けられるからである。突然壁に文字が彫り込まれたり、さっきまで何もなかったのに自分の机の上に手紙が置いてあったり。
まずい。あんな『化け物』ども……い、いや。超能力じみた力を持った人達に狙われたら、自分は……!!
「か、確認はしたのか!?本当にうちのメンバーなのか!?違うよな、なぁ!」
「いいえ。『ユマニテ』創設メンバーの一人であり、現在も幹部として活動していた者だと確認がとれました」
「そんな……」
瀬本の言葉に、脱力して椅子に体を投げだす。
自分には不相応に高級な素材でできたそれは、柔らかく俺の身を受け止めた。だがその座り心地を楽しむ気分になどなれるはずがない。
「嘘だ……どうして……」
「もうすぐマスコミもこの情報の確証を得るでしょう」
やけに落ち着いた声で言う瀬本。そう言えば、会議室が妙に静かだ。
普段もっと騒ぐ奴がいるはずなのに、今は自分しか狼狽えた様子を見せていない。全員が全員、無言のまま俯いている。
どうしたんだ、いったい。まさか、俺に全ての責任を押し付ける気じゃ──。
「扇子さん」
「瀬本……?」
突然、瀬本がこちらの肩に手を置いてきた。
こんな状況だというのにニッコリとほほ笑む彼女の表情に困惑していると、他のメンバーも立ち上がってこちらに笑いかけてくる。
「ここまでご苦労様でした。貴方の役目はここまでで十分です」
「は、え?」
どういう意味だろうか。まさか、俺だけでも覚醒者達から逃がしてくれるって意味じゃ……いや、そうに違いない。
ここのリーダーは俺だ!俺さえ生き残れば、きっとなんとかなる!皆の思いを無駄にはしない!
だ、だが瀬本まで死なせるわけには……。
「せ、瀬本。お前は」
視界一杯に、何かが広がる。
……口?
* * *
サイド 赤城 萌恵
車の後部座席で、スマホの向こうにいる人物に答える。
「はい。有川大臣襲撃の犯人は『ユマニテ』の一員だったようです。爆発の衝撃で亡くなった様で、自分の意思なのか操られていたかはわかりません。遺体は警察が回収しましたので」
『よい。後で大山から聞く』
「はい」
電話越しに聞こえるしわがれた声。明らかに老人のものなのに、そこには異様なまでに覇気が満ち溢れている。
「それで、『桜井会長』。我々はいかがいたしましょうか」
桜井自動車会長──桜井一心
もう八十を超えているのに未だ全盛期とばかりに日本の……いいや世界の財界でその辣腕を振るう妖怪。そして、『Aランク覚醒者』。
もしも『神代回帰』が四十年早く起きていれば、彼こそが日本最強の覚醒者になっていたかもしれない。
『『狩人』を呼べ』
「彼を、ですか?」
少し意外に思い聞き返すと、電話越しにやや不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『まだまだ小童と呼べる年齢ではあるが、使えるものは使わねばならん。お主から見て、腕は確かなのだろう?』
「はい。化け物を狩る事にかけては世界でも五十のうちに入るかと」
『ならば予定を繰り上げ、本家に呼び出せ。万一に備え移動経路はこちらで決めた上でな。その後、戦うべき場所に送り込む』
「承知しました」
大川君には悪いが、会長の決定ならば従う他ない。それに個人ではなく、赤城家の人間として考えれば会長と全くの同意見だ。
彼は歳相応の少年であるが、同時に新たなる神代においては新進気鋭の『狩人』でもある。
恵まれた覚醒者としての才。悪運にまみれた強敵達との死闘。それらを乗り越え、絶望するでも驕るでもなく死なない為に地道な準備を行う臆病さ。
一流の戦士ではない。だが、一流の狩人ではある。
「それと、『ユマニテ』を監視していた部下から報告です。恐らく内部はドッペルゲンガーの巣窟となっていますが、公安の一部がこちらの妨害に動いています。また、有川大臣の動きも掴みきれていません」
『己が意思で鞍替えしたか、あるいは化け物どもに首輪を繋がれたか。海の向こうの者達はどうしている』
「乱戦ですね。どこの国もこれを機に日本の覚醒者を引き抜くつもりです。ただしお互いに牽制している事もあってそこまで素早い動きではありません」
『西園寺の小僧があらかじめ何かを仕込んでいたか……良い。これよりお主と荒川は東京の守りにつけ。桃花には黄瀬姉妹をつかせ、有川を追わせよ』
ピクリと、片眉を動かす。
「桃花をですか?彼女が死ねば桜井家の血筋が途絶えますが」
『ここで死ぬのなら、それまでよぉ。後継者は分家より養子を貰う事にするまで』
なんともまあ、薄情な事を言う。
これで本当に桃花が死ねば今度こそ会長の心は死ぬだろうに。そんな事は、私の父と桃花の両親が死んだ時の事を思い出せば誰でもわかる。
相も変わらず不器用な人だ。だがまだ真の妖怪ではなく、人であってもらわねば下にいる者として困る。これは、こちらで大川君のルートに手を加える他ないな。
「承知しました。国会の護衛には何人送りますか?」
『不要だ。どうせ有川が罠を仕掛けておる。警察に任せておけばよい』
ですよねー。
あの化け物は確実に二重三重の罠をあちらこちらに仕掛けている。その内の一割でも起動すれば御の字、五分役に立っただけでも十分と考える手合いだ。
もっとも、『本物だった頃の有川琉璃雄』も未熟ながら決して侮れる人間ではなかったらしいが。
『それより、あの珍妙な格好の女を緒方のもとに送ったのだな?』
「はい。彼女の精神を立ち直らせるに足るかはわかりませんが」
『心の問題ばかりはどう転ぶか誰にもわからぬ。だが、お主が賭ける価値はあると考えたのだ。任せよう。これ以降は自己の判断で行動せよ。儂は行かねばならぬ所がある』
「承知しました。ご武運を」
通話を終え、小さく息を吐いて背中をシートに預けた。
緒方勇祢警部。会長からの指示もあって彼女には『舞台』に上がってもらう事になったが、その精神は明らかに弱り切っている。
このままでは壇上に立った瞬間壊れると思い不安視していたが……まさか、大川君の周辺を探っていて意外な繋がりを見つける事ができるとは。
目的のハッキリしている彼女を誘導するのは簡単だったが、はたして緒方警部を立ち直らせる事ができるのかはまだわからない。
だが、これで成功したら大川君の事は青い鳥ではなく足が三本ある烏とでも呼んでやろう。
さて……では早速彼に電話をして、東京に引っ張ってこなくては。心は痛むが、同時に楽しみでもある。
生き残れば栄達は約束されるだろう。会長は報酬を渋る人ではないし、そもそも大川君に今後任せる仕事を考えれば育ってもらわねば困るのだ。彼はとても貴重な人材なのだから。
だが死ねばそれまで。ご家族には多少の支援をするが、大川君のまだまだ続くはずだった道は当然閉ざされる。
十代の若者にこんな道を提示する私も会長も地獄行きは確実な外道だが、彼は死後どこに行くのだろうか?
化け物も英雄も現れた『新たなる神代』。天国や地獄があってもおかしくはない。
……意外と、彼の場合は墓標の後ろからひょっこりと顔を出して『死ぬかと思った』と怯えた顔で言いながらこそこそと家に帰っていきそうでもある。
そんな想像をして小さく笑ってから、電話をかけた。コール音が三回してから、上ずった声が聞こえてくる。
『は、はい!大川です!』
「やあ、赤城だよ。突然で申し訳ないんだが、予定を繰り上げさせてもらいたい」
さて……君はどう動く?英雄でも怪物でもない、『狩人』よ。
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