第百十二話 英雄
第百十二話 英雄
走馬灯のように蘇るかつての記憶。
そう、あれは小学生の頃。夏休みに一人、学校のプールから帰っている時の事だった。
夏休みシーズンだけやっていたアニメを見るために急いで自転車を走らせていて、その最中に自分の右目に小蠅が跳び込んできたのだ。
眼に感じた痛みに驚いた自分は転倒し、アスファルトの地面で肘を思いっきりすりむいたんだっけ……。
「仕事しろよ走馬灯!?」
いや死んでないけど!死なないけどね!?
他の箇所。兜や胴体に当たったのは衝撃だけでなんの痛痒もないのだが、眼は駄目だ。流石に痛い。
右眼をしばしばさせながら、突然街中でぶっ放してきた馬鹿どもを見る。
「な、覚醒者だと!?」
「構うな、撃て!」
「いや撃つな、わぁ!?」
止める間もなく放たれた二発目。咄嗟に手で目を庇いながら、二人纏めて銃をはたき落とす。
銃が地面に当たった瞬間片方が暴発して自分の腹に当たったが、それはどうでもいい。ただ音に凄く驚いた。鉄砲ってこんな大きい音がでるのか……。
「ぼ、暴力反対!やめろ!やめてください!落ち着いて!」
いや落ち着くのは僕だぁ!?
え、待って。どういう状況?なんで僕撃たれたの?というか撃たれたけど大丈夫?痛覚麻痺っているだけでお腹ぐちゃぐちゃになってない?前に何回かアドレナリンで痛みに鈍化していた事あるんだけど。クソ牛とか馬鹿トカゲとかの時。
慌てて自分の身体を触って確認。よ、よし。生きてる!怪我はない!
未だパニックになっている僕と同様に、なぜか相手も驚愕を露わにしていた。
「ば、馬鹿な。この距離で無傷だと!?」
「この化け物め……!」
「い、いや。なんというかですね。うん、やめましょう。よくわからないけど、アレです。お袋さんが泣くぞ!!」
本当に何を言っているんだろうね、僕は。
更に混乱しているのは周囲も同じようで、悲鳴を上げる人や撮影かと勘違いしてスマホを向ける人、中にはわき目も降らず物陰に跳び込む人もいる。
そんな中、ぞわりと悪寒を感じた。
自分に向けられたものではないが、それでも怖気が走る程の殺気。
「『白雪』」
「殺すな!」
咄嗟にそう叫べば、男達に手をかざしていた雪音が眉間に皺をよせた。
そのまま放たれた妖術は彼らの足だけを凍らせ転倒させる。表面だけ凍らせている様に見えるが、経験からアレはかなり危険な状態だとわかった。
「あ、脚がぁ!?」
「ひ、ひああああああああ!?」
響き渡る絶叫。流石にこれは冗談や演技ではないとわかったのか、周囲にいた人間全員が逃げ始める。いや、初老の夫婦だけ目を白黒させてこちらを見ていた。まあ、怪我はなさそうだしいいだろう。
雪音がこちらに顔を向けた。そこには先ほど見えた鬼の形相はなく、儚げにこちらを心配しているようで、強いギャップを感じる。
「大丈夫ですか、旦那様!!」
「うん。大丈夫。だから落ち着いて」
右目も無事である。痛みはあるけど、それは幻痛みたいなものだ。彼らは自分にとって脅威足りえない。というか、それを魔眼で視えていたからこそ前に出られたのだ。他人の為に命はるほど聖人なつもりはない。
なにはともあれ。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい……あ、あの一体なにが……」
「僕にもわかりません。とにかく警察と救急車をお願いします」
首を小さく振り返らせるが、兜の下の視線を男達に固定したまま初老の夫婦に告げる。
少しだけ落ち着いて来た。通り魔やひったくりは警戒していたが、まさかショットガンを撃たれるのは想定外である。
魔眼で夫妻が頭を弾けさせる姿を視た時は、一瞬周囲にモンスターでも現れたのかと思ったほどだ。
とりあえず、脚を押さえて未だ悲鳴を上げている男達に近づいて服の上からペタペタと触りながらレイラを実体化させる。
「レイラと雪音は周囲の警戒。僕はこいつらのボディチェックが終わり次第そっちに加わる」
「了解」
「かしこまりました」
いつの間にか着物姿に変わった雪音とレイラが頷く。リーンフォースは……流石に今はいいか。
どこに目があるかわからない。既に物陰や周囲の店からスマホを向けている人達がいる。戦力の全出しはしたくない。
……いやお前ら逃げろよと野次馬に言いたいが。もしくは誰か戦える奴助けに来いよマジで。
「ひ、さ、触るな化け物ぉ!」
「痛い痛い痛い痛い!!」
「黙れ。他に武器は?仲間も来ているのか?なんで僕たちを……いや、あの夫婦を狙ったのか?」
そう言えば銃を撃つ前に緒方夫妻の名前を聞いていた気がする。前に時代劇で、明治維新の頃は相手の名前を聞いて本人か確認してから斬りかかっていたシーンがあったな。
まさかそんな感じで?
「だ、黙れ!くそ、お前こそどこで俺達の計画を知った!」
「母さん!助けて母さんんんん!!」
……これは、まともに話が通じそうにないな。かといって上手い事会話を誘導できるほど、自分は口がまわらないし冷静でもない。未だ心臓がバクバクと音を立てていた。
モンスターと相対した時とは別の緊張が全身を支配している。思考が纏まらない。
駅からそう遠くなかったおかげだろう。お巡りさん達が走ってくるのを見て、ようやく安堵のため息をついた。
お願いだから、誰かこの状況を説明してほしい。
* * *
サイド 緒方 勇祢
「………」
「すぐに答えが出せないのはわかる。だが、時間的な余裕はあまりないというのは知っていてほしい」
「一週間は待つ。その間にこの話を受けるか否か決めろ」
大山長官と統合幕僚長の言葉に動揺を隠しきれない。
警察と自衛隊の中核たる人物の口から出て来たとは思えない内容。しかし二人とも素面である事は一目瞭然であり、冗談や酒の勢いでの発言でもないのだろう。だからこそ問題なのだ。
警察学校で習ってきた事を下手すれば全否定しかねない彼らの言葉に、しかしその後にされた説明もあって納得してしまいそうな自分もいる。今の日本に……世界には、そういう考えが必要なのだろうとも。
だが、それでも……。
「私は――」
その時、突然部屋の襖が開かれる。そこにはスーツ姿の男性がおり、理知的な顔に冷や汗を流していた。
「お話し中失礼します」
「どうした、斎藤」
統合幕僚長の問いかけにその男性は彼の傍へと近寄って、小声で耳打ちした。
内容は聞き取れなかったが、彼は眉をピクリと動かせた後こちらに視線を向けてくる。
「話は一時中断だ。私と大山はそれぞれの職場に戻る。緒方、お前は病院に行け」
「え、あの、いったい何が?」
こちらの問いに、統合幕僚長が一瞬だけ間をおいてから口を開いた。
「……落ち着いて聞け。緒方警部。お前のご両親が謎の二人組に発砲される事件が発生した」
「は?」
意味が分からない。理解が追い付かず、呆然とする。
本当に今日の出来事は夢なのか?本当は今この時、自分はベッドの上でうなされているのではないだろうか。
荒唐無稽な展開の連続に、脳の許容量をとっくに超えていた。
「落ち着けと言ったぞ。詳細はまだわかっていないが、二人とも偶然居合わせた民間人のおかげで無事だ。車は用意してやるから、それに乗って顔を見せに行ってやれ」
大山長官と立ち上がりながら告げてくる彼を見上げ、口をパクパクとさせる。
だが、いつまでもそう呆けているわけにはいかない。勢いよく自分の頬を張って立ち上がり、二人に敬礼した。
「了解しました!」
大丈夫……両親は無事だと今言われたではないか。だから、大丈夫だ。
グルグルと回る思考を強引に一本に絞り、行動に移す。まずは両親の安否を確認。その後、警察官として正しい行動をする。それだけを考えろ。
警察庁長官と統合幕僚長に一礼し、先ほど耳うちしていた男性に案内されて部屋を出て行く。
何かをしていないと、『あの日』散々見た死体袋の中に両親がいる姿を想像してしまいそうだったから。
* * *
「お父さん、お母さん!」
「勇祢!」
病院につくなり通された上の階にあるホテルの様な病室。そこにいる両親に駆け寄った。
抱き合い、二人が本当に無事かを確かめる。よかった、怪我はない。
体の力が抜けてへたり込みそうになるのを気合で堪え、両親に問いかける。聞きたい事は山ほどあるのだ。
「二人ともどうしてここに?撃たれたって本当なの?」
「貴女に会いに行こうと思って……それで、ええっと。確かに撃たれた……と思う。よくわからなかったけど。でも一緒にいた子が庇ってくれて、その子が銃弾を……」
困惑した様子のお母さんに、頭がガツンと殴られた様な衝撃を受けた。
そうだ。総合幕僚長が言っていたではないか。『偶然居合わせた民間人のおかげで』と。
恐らく覚醒者なのだろう、その人物が身代わりになったのだ。今の今まで、両親の代わりに銃撃を受けた人物の事を失念していた。
あれだけ『己は罰を受けるべきだ』などと考えていたくせに、自分はどれだけ浅ましいのか。
……自問自答は後回しだ。どうにか唇を動かす。
「その人は……」
「あ、僕です」
無事なのか。そう言おうとして、言葉を遮って聞こえてきた声。それにギョッとして視線を向ける。
自分から見て右側に移動してきた、その少年の顔を認識して更に目を見開いた。
「いや、なんというか……お久しぶりです」
「大川、くん……?」
「はい。その節はどうも」
『大川京太朗』
特徴がないのが特徴とさえ言えない、街中では存在を認識できても個人を識別できないだろう顔立ち。
平凡という言葉を擬人化したらこういう顔になるだろうという少年――そして、偽りの英雄である自分とは違う、『本当の英雄』。
私が死地に送り出し、生き残り、脅威に立ち向かい勝利した存在。
そして、謝罪に行ったあの日からずっと避けてきた人物。
そんな彼が、居心地悪そうに体を縮こまらせていた。
* * *
サイド 大川 京太朗
他人様のご家庭で発生した『感動の再会』ってどうリアクションすればいいんだろうね。
右目を見開いてこちらを見つめてくる緒方さんに、なんと言っていいのかわからずそっと視線を逸らす。
なんか気の利いた事を言えとでもいうのか?だとしたら人選ミスだ。我コミュ障ぞ?
「あら、勇祢ってば京太朗君と知り合いだったの?」
「……うん。前に、『クレタのダンジョン』で」
「はい。その時緒方さんにはお世話になりまして」
いやぁ。思い返せば、あの時この人が『全員で間引きしよう』と言ってくれなかったら生き残れなかっただろう。
ミノタウロスを倒す事こそできたものの、間引きが出来ていなければ直後の疲労困憊な時にスパルトイ共に囲まれていただろうし。逆に引きこもって救助を待っていたらじり貧だった。
結果論ではあるが、この人には本当に感謝している。英雄と呼ばれるだけあって、天運というのがあるのだろう。
……で、なんでその英雄様が泣きそうになっているの?あれか、ご両親が無事な事に安堵して、的な?
だったらやっぱり僕お邪魔虫じゃねぇかな、これ。病院の人やお巡りさん達にここへ押し込まれたんだけど、正直帰りたい。
怪我なんてしていないと言ったのに『それでも一応検査を受けて』と言われ病院に運ばれたと思ったら、これだ。混乱する。
というか未だにあのスーツの男達が何者だったのかわかっていなんですけど?誰か説明して?
「親子水入らずの会話もあるでしょうし、僕は席を外して――」
「いえ、申し訳ありませんがもうしばらくここでお待ちください」
と、こちらを遮る緒方さんと一緒に来たスーツの人。いや、この人はこの人で誰?
「お初にお目にかかります。私は斎藤と申します」
「あ、これはご丁寧に……大川です」
綺麗なお辞儀をしてくる斎藤さん。でも名刺は出してこない。
……ははん。この人の素性、探ったらアカン感じだな?ふふっ……怖い。
「その、大川君」
「あ、はい」
冷や汗を掻いている所に声を掛けられ、緒方さんの方に向き直る。
「ありがとう」
深く頭を下げてきた彼女に、逆にこちらが慌てた。
感謝されて然るべき行動をとった自覚はあるが、相手は命の恩人。そこまで畏まられると居心地が悪い。
なにより。自分にとってこの人も『尊敬できる大人』なのだから。
「ちょ、顔をあげてください。僕もミノタウロスのダンジョンでは貴女に助けられたんですから、そんな風にしなくても!」
「っ……!!」
緒方さんの肩がびくりと震える。え、なに?
ゆっくりと頭をあげた彼女は、ビックリするほど無表情だった。まるで内側から溢れそうになる感情を全力で堪えている様で、凛々しくも痛々しい。
「……ごめん」
「いや、謝られましても……」
そして流れる沈黙。
……助けて、レイラ。雪音。リーンフォース。僕この人が本気でわからない。なんか前にあった時はサバサバした人だと思っていたのに、今は凄い湿度を感じるんだけど。誰か除湿器持って来て。
失礼承知で聞きたいんだけど、あの後カウンセリングとか受けた?誰かに相談した?メンタル大変な事になってない?
「勇祢。この大川君がね、私達を庇ってくれたの」
「うん。皆無事でよかった。彼には感謝してもしきれないよ」
おばさんの言葉に、緒方さんがどうにか笑みを浮かべる。それに夫妻は心配そうな表情で彼女の肩に触れた。寄り添うその姿は、誰が見ても娘への愛情を感じられる。
……緒方さんは、それをちゃんと感じ取れているのだろうか。
「勇祢、どうしたの?様子が変よ?」
「母さん、当たり前だろう。突然親が撃たれたって話を聞いたんだ」
「それは、そうだけど」
「それより勇祢。お前の方こそ大丈夫なのか?」
「え?うん……」
首を傾げる緒方さんをおじさんが心配そうに見つめる。
「撃って来た奴ら、事前に私達の名前を聞いてきたんだ。もしかしてお前が狙われているんじゃないか?」
「えっ」
「ちょっとお父さん!勇祢を責める気!?」
「違う!もしもそうだったなら、この子の方こそ注意しないと思ってだな……」
「ふ、二人とも落ち着いて」
い、居づらい。こんな事ならレイラ達を自分の中に戻すんじゃなかった。
例のスーツの男性……仮称『斎藤さん』も扉の前で門番の様に立っているし、話しかけ辛い。けどあの姿勢の良さや隙のなさといい、自衛隊の人かな?それも結構強い気がする。
と、その時。部屋の扉がノックされる。斎藤さんが僅かに扉をあけて確認し、すぐにこちらに顔を向けた。
「事情聴取の準備が整ったそうです。移動しますので、ご同行お願いします。もしも精神的、肉体的に不安があるようでしたら、日を改めますのでこのまま病院で診察をお受けください」
「あ、はい」
返事をしてから、思う。
……デートは?
そんな場合ではないと自覚しながら、しかしそう思わずにはいられなかった。
僕の完璧で究極で最強なデートプラン、どこ?ここ?
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.ショットガン受けて無傷ってなに?そこは死んでおけよ人として。
A.本筋には関係ないので言ってしまうと、旧式かつ粗悪品。そのうえ口径が比較的小さめだったおかげですね。これが米軍とかで正式採用されている様な物だった場合、流石に視力が一時的に低下していたと思います。
Q.至近距離なら撃つより先に覚醒者なら対応できたんじゃないの?
A.結論から言うと、京太朗が対人戦のド素人だから対応できませんでした。
肉体的には相手が銃を抜いたのを幻視した段階で殴り飛ばせましたが、それをやると素手でも殺してしまうので理性が急ブレーキを踏んで、更に少し止まってしまった間に状況の不可解さに混乱して発砲を許してしまった感じですね。
作中世界のアメリカに移住した日本の覚醒者あるあるです。




