第百八話 熊井信夫の筋肉恋路 3 後編
※ギャグ回です。深く考えたら負けです。
※作者は特に政治的な思想とかありません。ほぼノリと勢いで書いています。
第百八話 熊井信夫の筋肉恋路 3 後編
―――そして時は現在に。
サイド 車谷 鉄子
「うぅ……」
頭が痛い。焦点が定まらず、吐き気も酷い。二日酔い?いや、覚醒者が普通の酒でそんな事になるはずない。
そう思うも、体にうまく力が入らなかった。どこかに横たわっているのか、硬く冷たい物に全身が触れている。
道路にでも転がっているのか?いや、待て。これ、縛られていないか?
手をついて立ち上がろうとしているのに、腕が動かない。何かが巻き付いている様だが、普段ならともかく今の状態では引き千切る事ができなかった。
『同志たちよ。遂に我々の大いなる目標に一歩踏み出す事ができた。それを祝わせてほしい』
この声は、シャルルさん?
徐々に定まって来た視界には、彼がグラスを手に見知らぬ者達と立っている姿が映った。
『今、我らの先祖が成し遂げた民主主義は危機にさらされている。その事は皆知っての通りだろう。だからこそ、政府も公式には認めていないこの作戦に参加してくれたのだから』
フランス語?前に国際大会に出るためにと一通り海外の言葉は学んだ。意外と才能があったのか、四カ国語を喋れる。その一つがフランス語だ。
私が目を覚ました事に気づいていないのか、彼は続ける。
『邪悪なるイギリスにはホームズを自称する気狂いが現れ、その凄まじい力を王室の為だけに使う愚かな子供だ。しかし、それを正してやるだけの力が我らにはない。我らがフランスに、ジャンヌ・ダルクもド・ゴールも再び現れてはくれなかった』
……港の近くなのか?波の音が聞こえてくる。どうやらここは、港近くの倉庫街らしい。
少しずつ思い出す。たしかあの後、私は彼に勧められるままお酒を飲んでいたのだ。途中から飲んだ事のないワインを飲まされて、その時周りにいたのがここにいる男達だった気がする。
『だが、我々がいる!新たなナポレオンに僕たちはなるのだ!一人では大業を成せずとも、皆の力を合わせれば彼の英雄すら超えられる!!』
『『『おおっ!!』』』
『強力な覚醒者を我が国に引き入れる第一計画。そして、我々が担当する優秀な遺伝子をもつ覚醒者を苗床にする第二計画。その一つが成就する。もうすぐやってくる迎えの船に乗れば、我々は祖国を救えるのだ』
感極まったように泣く男達に、シャルルさんがグラスを掲げた。
『まだ泣くには早い。その涙は凱旋門を潜るまでとっておけ。代わりに、神の血を頂くとしよう。乾杯』
そう言って、彼らはグラスのワインを飲みほした。
そこでようやく私が目を覚ました事に気が付いたのだろう。こちらに視線を向けてくる。
今までの優し気な、あるいは敬意を感じるそれではない。私を侮蔑する、見慣れた瞳。
「ああ、ようやく目覚めたんですね、鉄子さん」
「しゃるる、さん……」
まだ呂律が上手く回らない。そんなこちらに彼は満足げに頷いた後、大股で近づいてくるなり頭を踏みつけてきた。
「いやぁ、ここまで大変でしたよ。まさか貴女の様な男なのか女なのかわからない気持ちの悪い生き物を相手に、色仕掛けなんてしなくちゃいけないなんて。いくら祖国を守るためとは言え、とてつもない苦行でした」
ぐりぐりと靴底を押し付けながら、彼は続ける。
「しかしこれでようやくその苦労も報われます。貴女は世にも珍しい『家族全員が覚醒者』の一族。きっと覚醒する因子が強いのでしょう。貴女みたいな化け物に種付けする酔狂を探すのは大変ですが、産まれてくる子供にしっかりと我が国の素晴らしさを教えてあげれば、良い戦士になる」
どうにか彼を見上げれば、私を踏みつけながら大仰に天を仰いでいる所だった。
「ああ!それにしても、どうせ捕らえるなら妹の方がよかったなぁ。あちらは黄色い猿にしてはいい見てくれだったし、体つきも文句ない。こんなむさくるしいのには一切興奮できないが、あっちなら僕自ら種を恵んでやってもよかったのに」
「しゃるる、さん、どうし、て……」
「まだわからないのか?本当に愚鈍だな」
足がどけられ、代わりに髪の毛を掴まれて彼と視線を合わせられる。
酷く淀んだ青い瞳が、こちらを蔑んでくる。
「お前が誰かに惚れられるわけないだろう?鏡を見ろよ、男女」
「………」
もう、何も言えない。乱暴にコンクリの床に叩きつけられて、傷一つつかない額。だけど、胸が張り裂けそうなほどに痛かった。
私って、本当に馬鹿だ。彼の言う通り、私を好きになってくれる人なんていない。
だって、こんな――。
――ドォォォン……。
『な、なんだ!?』
突然聞こえてきた轟音に、シャルル達が慌てる。
その轟音は一度では終わらず、軽い地響きすらこちらまで伝えてきていた。
『く、どうなっている!誰か応答しろ!』
無線に怒鳴る彼に、ノイズ混じりに返答があった。
『ば、バケツだ!!』
『はぁ!?』
『バケツが!バケツの何かが!う、うわあああああああ!?』
悲鳴が倉庫内に響いた後、一瞬だけ流れた沈黙。その後、無線機から聞こえてきたのは日本語だった。
『聞こえるか。お前がこいつらのボスだな?』
何かを被っているのか、くぐもった声。それにシャルルが冷や汗を流しながらも応える。
『お前は何者だ。日本の警察か?』
『違う。だが、お前の企みを見抜き、止めに来た者だ』
『っ……企み、ねぇ。いったい僕が何を企んでいると?』
無線に答えながらシャルルが仲間たちにハンドサインを送り、半分が魔装を纏い走っていった。
『そんなもの決まっている。彼女を改造する気なんだろう?』
『……んん?』
『モンスターと融合させて『ピー』を生やさせて『ピー』で『ピー』な感じにして妹さんを脅迫し攫って来て『ピー』で『ピー』な感じで『ピー』にする気なんだろう!!』
『まて、いったいなにを』
『僕はそういうのに詳しいんだ!!そういうエロゲを何本もやってきた!!』
『????』
????
この場にいる全員が宇宙に投げ出された猫の様な顔になる。言っている事の半分もわからない。何かの暗号だろうか?
『そうして生まれた覚醒者の子供たちを洗脳でもする気か?この変態め!!』
『……ほう。意味はわからないが、正解は引き当てたらしい』
『やはり貴様、ロリコンか!!』
『どうしてそうなった?』
『なんて遠回しなペド野郎だ……YESロリータ、NOタッチ!!それすら守れない貴様には、何も成し遂げる事などできない!!それをわかるんだよ!!』
『い、いや。待て。なんなんだいったい。ふざけているのか?』
『ふざけているのはお前達だ。覚悟しろよ、お前の仲間は右乳首引きずりの刑に処してやったからな……』
右乳首引きずりの刑ってなんだ……。
『お、落ち着け。貴様はなんだ。何者なんだ!』
『なんだ、だと?なら教えてやる』
再度響く轟音。しかしそれは遠くではなく、すぐ近くで。
倉庫の壁が崩れ、そこから太陽の光と共に現れる人影。
『そこのゴリラの友達だ』
「うおおおおおおおおお!!!」
黒い道着姿の男性が、駆ける。
「くまい、さん……?」
どうして彼がここに?
『くっ、奴を殺せ!』
シャルルの言葉に従い、残った男達全員が魔装を纏ってそれぞれ武器を構える。
だが全てが遅い。構え自体は堂に入っているのに、単純に基礎能力が足りていないのだ。
ならば、同等か僅かに劣る程度の足運びをしながら身体能力で圧倒している熊井さんが彼らを薙ぎ払うのは当然の結果だった。
「らぁっ!!」
『ぐわぁ!?』
「はぁ!!」
『ぎゃあ!?』
次々と吹き飛ばされる男達。それを見て、シャルルが懐から拳銃を取り出してから騎士服の様な魔装を展開する。
待って、銃!?
「いけ、ない!逃げて!」
ようやく舌が動くようになってきた。必死にそう叫ぶも、既に銃口は熊井さんに向いている。
『死ねぇ!』
放たれる弾丸。響き渡る銃声。そして、鉛玉が熊井さんの眉間に直撃する。
「なんだ、音がリアルなだけのエアガンか?」
『は?』
「脅かしやがって。そんな玩具が効くわけねぇだろ」
何の痛痒もない様に……いいや、実際なんの傷もないのだろう。額に巻いた赤い鉢巻には焦げ目すらないのだから。
金属製の薬莢がカラカラと転がる音が響く。
『ば、ばけも』
「うるせぇぞこのモヤシがぁ!!」
『うぼらばっ!?』
放たれた正拳突きがシャルルの顔面をとらえる。明らかに人体が出してはいけない音を出しながら飛んでいった彼が、コンクリの地面を何度かバウンドして転がっていった。前歯と思しき白い物がその辺に散らばる。
ぽかんとその光景を眺めていたら、熊井さんが私を抱き起してきた。
「ご無事ですか車谷さん!」
彼が本気で心配した様子で、こちらの手足に巻かれた鎖を引きちぎる。
「熊井さん、どうしてここに……」
「妹さんから貴女が行方不明になったと聞き、探していたんです。そしたら友人が『港を探せ』と。まさか本当にいるとは」
妹、か……。
腑に落ちた。あの子が頼んだから危険を冒してまでここに来てくれたのだろう。感謝をしなければならないが、少しだけがっかりした自分がいた。
……なんだ。まだ期待しているのか、私と言うやつは。
「ありがとうございます。妹の頼みで、こんな事まで」
「いいえ。貴女のためならたとえ火の中水の中!この筋肉愛に誓って助けに行きますとも!!」
まだそのキャラを続けているのか。
「無理、しなくていいんです」
「はい?」
「気持ち悪いでしょ、本当は。私の事」
まだ体に力が入らなくって抱きかかえられたまま、ぽつぽつと呟く。
本当に優しい人なのだろう。こちらを気遣ってか、さりげなく二の腕や肩を撫でてきている。その手つきに違和感を覚えるのは、たぶん気のせいだ。
「妹と仲良くなる口実が欲しかったんですよね。嘘をつかれたのはショックでしたが、応援しています。ですから」
「車谷さん!!」
「っ!?」
突然至近距離で放たれた大声に目を丸くする。
「俺は筋肉に対してだけは嘘をついた事がありません!俺は貴女の筋肉と、筋肉と真摯に向き合う姿勢に惚れたんです!俺は全身全霊全筋肉から、貴女が欲しいと思った!貴女が好きだ!!」
「な、えっ」
「信じてくれないのなら信じてもらえるまで叫び続けます!俺がどれだけ貴女と、貴女の筋肉に恋しているかを!」
わけがわからない。何を言っているんだこの人は。
だけど、それでも……その瞳は、嘘じゃないって思えたから。信じたいって、思ったから。
だからこそ。
「……ごめんなさい」
「……そう、ですか。いえ、やっぱり俺告白とか苦手で。というか貴女にしかした事なくって」
「そうじゃない。そうじゃないんです」
この人が言っている事が本当だとしたら、勘違いがあるのだ。
「私はこの体の事を、筋肉だらけの自分の体を好きだなんて思った事はない。真摯に向きあうなんて事、していない」
そうだ。私はそんな綺麗な心なんて持っていない。
ただこの醜い身体に意味が欲しかった。認めてもらえる理由が欲しかっただけなんだ。
「だから、ごめんなさい。貴方が思う様な人間じゃないんです。私は……」
「……たしかに俺は、まだ貴女の事を全然知らない。妹さんにたくさん貴女の事を聞いて、ご両親ともお話しして、かつてのレスリング仲間の人達も訪ねて……それでも、まだ知らない事だらけです」
……ん?妹に両親に、昔の仲間まで?
これは驚いた方がいいのだろうか。異性にこうして好かれた事がないから、おかしな事なのかどうかがわからない。
「でも、俺は今の貴女なら知っている。今も、鍛え続けている貴女を」
「……覚醒者の力は概念的なものです。物理的な筋肉は」
「では、なぜ筋肉を落とさないのですか?」
「っ……」
「貴女なら知っているはずだ。筋肉は育て維持するのは大変でも、捨て去るのは簡単だと。ただ日課のトレーニングをやめて、好きな物を好きな時に食べればいい。それだけで、筋肉は離れてしまう」
「ただ、筋肉が付きやすい体質なだけです」
「嘘だ。それだけでこれだけの筋肉がつくものか」
ぎゅっと、彼が私の手を握ってくる。
父の知り合いである土建屋さんの伝手で巨岩相手に格闘技の練習をしてデコボコとした私の指を、彼のタコだらけの手がしっかりと包み込んだ。
「世の中、ゼロと百では語れない事だらけです。鉄子さんが筋肉に向ける気持ちも、嫌悪だけではないはずだ」
「……熊井さん」
そう、なのかもしれない。
疎ましいと思っているのなら、捨ててしまえばいい。最初は意地になってやっていた格闘技の練習も体づくりも投げ出してしまえば、それでいいのに。
私は自分の身体が嫌いだ。なのに、時々鏡を見ては己の筋肉を確認する。
そうか……私、嫌いだけど好きだったんだ。この大好きな体を、誰かに否定されるのが嫌いだったんだ。
「改めて言わせてください。俺は貴女を愛している。知らない事だらけで、至らない所だらけの俺ですけど……お付き合いして、いただけませんか?」
「……はい」
握られている手を、精一杯の力で握り返す。
「え、ほ、本当ですか!?」
「はい」
「本当に本当ですか!?」
「はい」
「本当の本当の本当に!!??」
「本当の本当の本当に、です」
「や、やったあああああああああ!!」
滂沱の涙を流し喜ぶ彼に、思わず笑ってしまう。
まるで高校生が初めての彼女ができた時みたいなリアクションだ。
「案外、子供っぽいんですね。ずっと年上だと思っていましたけど、もしかして意外と近いんでしょうか?」
「え?いえ。俺は貴女より年下ですよ?」
「は?」
「よく勘違いされますが、高校生です。というか一年です」
「は?」
頭が真っ白になった。
私、二十中盤。彼、推定十代中盤。
幻聴か……いいや確かに、サイレンの音が近付いてきていた。
「……付き合うのは、やっぱりなしで」
「なぜぇ!?」
「お友達からで!お友達からで!!」
「な、なんでですか車谷さん、いいえ鉄子さん!!恋愛に年齢は関係ないでしょう!?」
「恋愛に関係がなくても法律には関係があります!!」
ぎゃあぎゃあと二人で叫んでいるうちにやってきたお巡りさん達が困惑するなか、私達は延々と年齢差について話し合っていた。
* * *
サイド 大川 京太朗
どうやら、無事に終わったらしいな。
廃倉庫の中で痴話げんかをする二人を確認し、魚山君とそこから距離をとる。じきに警察がやってくるが、説明は熊井君と車谷一家に丸投げさせてもらうとしよう。使えるコネ全部使って、かなり横紙破りな事を仕出かしたからな。
それにしても……アメリカや中国で話題になっていた人体実験。それを日本の覚醒者で行い、あまつさえ『ピー』で『ピー』な『ピーガガガッ』な事をやろうとする者達がこんなにいたとは。
エロゲで似た様なシチュエーションを知っていた僕でなければ見抜けなかった……よもや、何度もパッケージ詐欺に引っかかった事がこんな形で功を奏すとはな。
犯人たちも所詮特殊性癖をもっているだけのチンピラ集団。どいつこいつも『やけにできのいいモデルガン』でこけおどしをするだけで、一発も撃ってこなかった。まあ、単純にこちらの動きを捉えられていなかった様だけど。撃たれてもせいぜいBB弾か何かだし気にする事はないが。
自分が遭遇した奴は例外なく右乳首をつまんでジェットコースターばりの速度で引き回してやれば大人しくなった。人に暴力を振るうのは気が引けるが、誘拐と高跳びまで考えた変態どもである。慈悲はない。
それはそうと魚山君。敵の顔の表面に水の膜を作って気絶するまで溺れさせるってえげつない事するね……。
「じゃ、帰るか」
「だね。馬に蹴られて死にたくないし」
魚山君と二人、帰路につく。道中で熊井君に何を奢らせるか話しながら。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.シャルル達は何者?
A.フランスから来た変態達です。我らが主人公もそう断言していますし、作中フランスの大使も『ただの犯罪者。知らない。奴らが勝手にやった。済んだ事』と言っています。
後で『フランスから来た変態達が二十代女性を誘拐した』とだけ報道されます。
Q.覚醒者を薬で眠らせる事ができるの?
A.一部のドロップアイテムを然るべき方法で加工すれば可能です。ただし、効果はそう長くないので国外に連れて行こうとしたら十中八九途中で目が覚めます。よほど強力な、それこそ普通なら手に入らない物でもない限り。
Q.右乳首引きずりの刑ってなに?
A.右乳首を引きちぎる勢いでつまんでその辺を引き回す刑です。
Q.主人公これ、犯罪者じゃない?
A.京太朗
「バレなきゃセーフ。バレても正当防衛でゴリ押す所存」
この後京太朗達が裁判に呼ばれる事もありませんでしたし、熊井も正当防衛と現行犯逮捕ゆえ云々かんぬんって事で表彰だけされました。
Q.使ったコネってなに?
A.公安のエリート。陸自の三佐。防衛装備庁の部長職。大企業の次期後継者と現役部長。って感じですね。
まあ前者三人は『いやこれ勇気ある市民からのただの通報だな。むしろ感謝だわ』と思っていますし、なんなら某エリートは『あの一帯で活動している同僚たち何してんだ』と軽くキレています。
Q.妹さんGPSとか色々なにやってんの?クレイジーサイコレズシスコンなの?
A.実は、車谷両親と妹は『あれ、一家全員覚醒ってやばくね?』となりそれなりに周りを警戒していたからですね。ただ、『神代回帰』で起きた事故で心に傷を負いそれどころじゃなかった鉄子さんには心配させまいと黙っていた感じです。なので彼女だけ警戒心が足らず、シャルル達に狙われました。
なお、妹さんは姉に真実を伝えていない分彼女の周りを睨んでいましたが、シスコンなのは事実です。熊井に対しては『視る目あるなこいつ』と認めてくれましたが。




