第百七話 熊井信夫の筋肉恋路 3 前編
※ギャグ回です。深く考えたら負けです。
※長くなってしまったので前後編にしました。
第百七話 熊井信夫の筋肉恋路 3 前編
よし、お祓いも無事済んだぞ!!
神社を出て鳥居に一礼し、ルンルン気分で歩き出す。
いやぁ、それにしても。まさか予約をしようとしたら前にお世話になった神職のお爺さんがいる神社には、『その日は大事な用事があるからお祓いができる人は全員外に出ている』と断られ、ならばと他の神社やお寺にも電話をしたらその日は無理と言われしまうとは。
そんな中、比較的若い神主さんの管理するこの神社ではお祓いが受けられたのである。もしかして京都の神職の人達は何か会合があるのかと思って、日をずらすべきかと考えていたのだ。ただそうすると日程の調整が難しくなると悩んでいたものの……。
捨てる神あれば拾う神あり、とは少し違うが、とんだ幸運だ。きっと神様がいるなら僕のスーパーでウルトラなデートを応援してくれているのだろう。今日の僕は恋愛関係の御利益が凄まじいに違いない。
「ねえ、見てあれぇ!」
「わっ、こわぁい。老朽化かな?」
ふと、近くで女子高生らしき人達が騒いでいたのでその視線を追ってみる。
「え?」
それは自分の背後。先ほど拝んだ大きな鳥居に、ハッキリとヒビが入っていたのである。
そう言えばここ、ネットで調べたらかなり古い神社だって書いてあったな。今の神主さんが元は別の所で働いていたけど数年前にお父さんの前神主さんが病気で亡くなったから、その歴史を途絶えさせないために戻って来たとか。
それだけ古い神社だし、神主さんが代わってとかで点検が疎かになっていたのが重なった結果かな?幸い倒れてはこなさそうだし、近くの人が神社の人を呼びに行ったから大丈夫そうかな?
いくら覚醒者とは言えできる事もないだろうと、もう一度一礼してから帰りの駅に向かう。
「っ……っ……っ……」
ふと、今度は何やらお経みたいなのが聞こえてきてそちらに視線を向けた。
そこではお坊さんが熱心に数珠をこすりながら、ゆっくりと何かを唱えつつ歩いている。こんな夜中だというのに、一人や二人ではない。十人以上の御年輩なお坊さんたちが、だ。
こんなご時世でも観光客はいるのであちこちで写真を撮られているが、一切無視してひたすらに何かを唱えながら京都の街を巡回している。何かの行事だろうか?ネットには特に書いていなかったし、来る途中で見たのを例の神社で聞いたら『老人たちが思いつきでやっているだけ』としか言われなかったけど。
……ただの思い付きにしては、妙に真剣な様子だ。まるで何かに怯えている様でもある。
ここ、京都は現在日本で最も安全な土地と言われている。古くから残る神社仏閣が可能な限り保護されていたおかげか、龍脈が類を見ない程に綺麗なのだとか。それらは大昔から残る文献を元に活動してきた神職の人達やお坊さん達のおかげと聞く。
もしかしたら、この京都を守るため龍脈でも調整しているのかもしれない。あいにくと魔力探知には疎いので、具体的に何をどうとかわからないけど。
ついでに言えば見かけたお坊さんの半分は非覚醒者だったから、魔力にそんな干渉できるとも思えない。いや、一応非覚醒者も修行次第で魔法が使えるらしいけど、それには数十年かかるし使えるようになっている頃には覚醒しているとか。
なんにせよ、安全な土地があるというのは日本に住む身としてはありがたい。
もしも日本がやばくなったら、ここに逃げ込むとしよう。
「っ!?」
突然、お坊さんの数珠がはじけ飛ぶ。どうしたのかと驚いていれば、彼は手伝う間もないぐらい素早く落ちた物を拾い集め、新しい数珠を手にまた歩き出した。
……こすり過ぎたのかな、数珠。
何はともあれ、これでデートの準備は万全である。お守りも買ったし、問題ないだろう。
* * *
京都から帰り寮の門についた頃。もうすぐお昼時かと今日のメニューは何かなと考えている時だった。
「うん?」
突然スマホが鳴り出したので画面を見れば、そこには熊井君の名前が。どうしたのかと思いながら、道の端により通話に出る。
「はいもしも――」
『すまん、助けてくれ!』
「――何があった。その場所は安全か?」
こちらの声を遮る熊井君の声にすぐさま思考を切り替える。この声音を自分は知っている。氾濫の時によく聞く、心の底から助けを求める声だ。
『俺はいいんだよ!その、何から説明していいかわからねぇけど、えっと』
「落ち着け。鼻から息を吸って、口から出すんだ。腹に空気をいれるつもりで、ゆっくり呼吸しろ」
『そんな暇は!!』
「やれ。大丈夫だ。安心しろ」
『……すぅ………はぁ……』
有無を言わさぬこちらの言葉に、彼も一応は納得してくれたらしい。電話越しに深呼吸の音を聞きながら、念のため周囲を見回した。
電話が通じるから熊井君が氾濫に飲まれているわけではない。それに、電話越しに彼以外の声は聞こえないから、周囲がパニックになっていたり戦闘が起きているとも考えづらい。
ついでに言えば、魔眼で強化された視力で近隣に氾濫時特有の天蓋もなし。富士演習場の方でも動きがあった様には見えない。この辺で何かあれば、あそこに動きがあるはずだ。
……近くではない。先ほど『俺はいい』と彼は言った。では誰の危機なのか。
『すまん、手間をかけた』
「構わないよ。それより、誰に、いつ、何が起きた。それを説明してくれ」
『……実は、昨日の夜から車谷さんと連絡が取れないんだ。妹さん達ご家族も所在がわからないって言っていて、今皆で探している』
ゆっくりと、しぼり出す様にして熊井君が語る。
『警察にも言ったんだけど、成人。それも覚醒者だ。妹さんのスマホに『友達の家に泊まる』ってメールが来ていたし、事件性はないだろうって』
「そうか。なら、どうして君達はそんなに焦っているんだ」
『車谷さんにそんな友達はいないんだよ!前に色々あって、そういう間柄の人はいないんだって妹さんが!』
「……その妹さん、他にはなんて」
『最近妙な奴らが車谷さんの周りをうろついているって。外国人らしいんだけど、車谷さん本人に聞いても誤魔化されるし、直接そいつらを調べようとしても気づいたら見失っているとかで』
普通に考えれば色々とツッコミどころはある。妹さん何してんだとか、別に兄弟姉妹が知らない交友関係があっても不思議ではないだろうとか、考えすぎにもほどがあるとか。
だが、それらは全てを脇にやる。友達が本気で誰かを思っているのだ。ただの杞憂だったのなら、後で迷惑をかけた方々に一緒に謝りに行けばいい。
「とりあえずこの電話の後僕の知り合いにも掛け合ってみる。熊井君達は今なにをしているんだ?」
『家族でつけているGPSの最後の反応があった場所を教えてもらって、周辺を魚山も呼んで探している所だ』
「わかった。位置情報を僕にも送ってくれ。すぐに向かう」
『わるい、こんな突然』
「いいよ。友達だろうが」
『すまない……妹さんと最近仲良くなって、車谷さんに相応しい男だって認めてもらえて、彼女からもアドバイスを貰って今度こそって時に、どうしてこんな……』
いつになく混乱し、弱っているのだろう。熊井君が泣き声混じりに感情を吐き出していく。迅速な行動をと急かすのは、流石に酷か。
とりあえず寮に向かい、寮母さんにタクシーを呼んでもらうか……いや。いっそ自分で走った方が速いか?最悪捕まるが、緊急事態だ。バレなきゃセーフと考えよう。
『何度もどうやったら告白が成功するか考えて、練習して、筋トレして、それで……それで……』
聞いているだけで心が辛い。友人の涙声というのは、精神衛生上よくないものだ。
それにしても、意中の相手の妹さんとそんなに仲良くなって恋愛相談まで受けてもらえているとは。随分と気に入られたものだな。今日日、そんなギャルゲーみたいな……。
……ん?
「……まさかっ」
『京太朗?』
ありえない……いいや。逆にありえるか?
脳裏に駆け巡る、最近テレビで見てきた事。ネットの記事。それらが今回の『事件』と、ぴたりと噛み合ってしまう。そして、とんでもない答えが浮かんできた。
「……港は?」
『は?』
「そこから一番近い位置にある港はどこだ。そこはもう確認したのか」
『え、いや。この辺の地理には詳しくなくて』
「すぐに地名と地図を送れ。知り合いに聞く。杞憂ならいいが、急いでくれ」
『わ、わかった。今メールで送る』
一度通話が切れ、熊井君からメールが届く。そして地名を確認するなり最も頼りにしている大人の番号を入力した。
二コール目で電話が繋がる。
『はい、こちら東郷。どうしたのかな、京太朗君』
「すみません、助けてください」
靴だけ魔装を部分展開しながら走り出し、トップスピードにのりながら状況を説明した。
もしも自分の推理が正しいのなら、断じて許す事は出来ない。持てるコネ、全て使ってでも阻止しなくては……!!
* * *
――――時は遡る
サイド 車谷 鉄子
小さい頃から、私は体が大きかった。
学生時代クラスの男子よりも背が高かったし、運動も大得意だった。体を動かすのも好きで、男子に混ざってよく遊んだものである。
小学校中学年の頃までは楽しかった。余計な事を考えずに済んでいたから。周りも、そんな私を受け入れてくれていたから。
『男女!』
そう呼ばれ始めたのは、小学五年生になった頃。
男子と女子で体つきに違いが出始めたのに、私の背はクラスで一番高いままで体つきも男ぽかった。今思えばホルモンバランスがどうこうって話なんだろうけど、小学生には関係ない。
最初に女子たちから避けられこちらを見ては小声で笑われていた。それがいつしか男子にも広がり、クラスで私は孤立するようになったのだ。
原因は私の女らしさのない体つきか、体育でクラスの中心人物な男子を負かした事か。イジメのきっかけはよくわからないし、相手側も覚えてはいないだろう。
男子には囲んで囃し立てられ、女子には無視され嘲笑われる。学校の先生たちは何もしてくれないし、反論して取っ組み合いになれば私が悪者にされて親が呼び出される。
『鉄子ちゃんは体が大きいんだから、周りの子を傷つけちゃダメでしょ』
当時の教師によく言われた言葉である。両親はその言葉に反論してくれたし、私は悪くないと言ってくれた。けれど、それが原因で近所から孤立する両親の姿を視ていて辛かったのを覚えている。
そんな私とは対照的に、妹の『車谷心』はとても女の子らしい女の子に育った。
父さん似の私とは違い、母さんに似たのだろう。小柄で可愛らしい顔立ちで、運動は並みぐらいだけど頭がいい。
そんなだから余計に私は『男女』と呼ばれるようになった。その事についてあの子を恨むつもりはない。可愛い子には可愛い子の苦労がある。心がクラスの男子たちにちょっかいをかけられて困っている時、助けてあげた事もあるから知っている。
でも、羨ましかった。可愛いあの子が妬ましかった。
けど何よりも、私の事を『お姉ちゃん』と慕ってくれるあの子にそんな感情をもつ自分が醜くて、嫌いで……。
そんなコンプレックスを誤魔化すために、より一層体を動かした。ボクシングに、柔道に、レスリング。特にレスリングに私はのめり込んでいった。
男女と呼ばれようと、スポーツの世界ではこの体はアドバンテージ。羨まれる事はあれ、蔑まれる事は……まあ、他の場所よりは少ない。
家族も私の事を応援してくれた。その甲斐あってか、私はレスリングでいくつもの賞を取れるようになったのだ。
そして、次第にオリンピックも見えてくるほどに強くなれた。次の大会の結果次第では、出場もありえると。そんな時に、あの日がやってきたのだ。
『神代回帰』
その瞬間をよく覚えている。練習の最中に起きた体の変化により、私は対戦相手の子の腕を『破壊』してしまったのだ。
腕から骨を突き出して、大量の血が流れる様子を。対戦相手の子があげる悲鳴と、コーチたちの慌てた声。私はそれを、ただ見ている事しかできなかった。
それからは、『転げ落ちる様に』というやつだ。
覚醒者はフェアじゃないから。危ないから。公式の大会に出てはいけない。非覚醒者と試合をしてはいけない。
そんな風にオリンピック委員会を始め各協会や連盟から言われるようになった。それに不満の声をあげる選手達もいたけど、あの日の光景を忘れられない私が否定する事なんてできるわけがない。
あの時の対戦相手は、命に別状はなかったし私と同じく覚醒していた母さんが『青魔法』で傷を治してくれた。
でも、精神の傷は治せない。あの子は、二度とレスリングに戻ってくる事はなかった。
唯一私を認めてくれる場所まで失ったのは言うまでもない。家族は優しかったけど、皆の容姿を私は見たくなかった。
父さんは、クマの獣人。母さんは、ドワーフ。妹は、そのハーフ。私も、ハーフ。
けれど同じハーフでもその姿は大きく異なる。父さん似の私はクマの獣人に近くて、妹はドワーフに近い。その上で、もう片方の種族の特性をもっている。
獣人の大柄な体は、男の父さんにとっては良いものだろう。
ドワーフの小柄なのに出る所の出た体は、女の妹や母さんには良いものだろう。
では……私はどうしてこうなんだ?
どれだけ慰めてくれようと、あの人達に私の気持ちなんてわからない。どれだけ温かくても、あそこを居場所だと思いたくない。
何よりも、そんな自分が惨めだった。容姿が醜いのに、心根まで醜い自分を認めたくなかったから。
そんな中に出来た冒険者制度。そこでならまた自分の居場所がと思ったけれど、やはり向けられるのは奇異の視線ばかり。ここも違ったのだと、そう思っていた。
『一目惚れでした!!結婚を前提にお付き合いしてください!!』
そう、告白してきてくれた人がいた。
熊井信夫さん。名前以外はわからないけど、顔からしてたぶん年上。正直告白の仕方はあまりにもあんまりだったけど、異性にそんな事を言われたのは初めてだった。
あの時はパニックになって、思わず殴ってしまったけれど。その事を謝りたかったのにどこかに行ってしまい、どうしたものかと途方にくれたものである。
でも嬉しかった。恋愛的な意味で私を好きになってくれる人が、いるんだって。
――だけど、それは私にとって都合のいい妄想だったのだ。
視てしまった。妹と熊井さんが仲良さそうに話している姿を。『告白』とか『結婚式』とか、よく聞き取れなかったけど……。
思い出すのは高校の頃。突然男子たちが私によく話しかけるようになって、ドギマギしたものだ。しかし、彼らの目的は全員妹の心。私を出汁にしたかっただけだ。
彼も、そうだったのか。結局私なんて、誰かに好きになってもらえるはずなんて……。
「鉄子さん」
「あっ……」
街を歩いて行く二人を呆然と見送る私に声をかけた男性に、振り返る。
キラキラと光る金髪。空のように青い瞳。日本人ではありえない純白の肌。海外の有名俳優と言われても納得しそうな美男子。
「シャルルさん……」
シャルル・マルタン。フランスから来た覚醒者で、前にダンジョンで苦戦していたのを助けた事がきっかけで時々話す様になった人。
彼は妙に私に優しい。それを鼻にかける事もなく、親切にしてくれる。そのうえ、私の事を怖がる事も蔑む事もない。
自然と耳が熱くなる。住む世界の違う人だと理解しているが、それでもこういう異性とどう接していいかわからない。
「どうしたんですか、鉄子さん。浮かない顔していましたけど……」
「……なんでもないです。気にしないでください」
「気にします」
「きゃっ」
立ち去ろうとした手を掴まれて、思わず変な声が出た。私なんかがこんな声を出しても、不気味なだけなのに。
恐る恐る彼の顔を見るが、そこに浮かんでいたのはこちらへの心配だけだった。
「貴女は僕の命の恩人です。何よりも素敵な女性だ。そんな方が困っているのに何もしないなんて、紳士の風上にもおけません」
「す、素敵な女性って、そういうのは」
「言わせて頂きます。貴女がどれだけご自分を卑下しようと、僕にとって貴女は……いえ、その。なんでもありません」
我に返ったようにシャルルさんが顔を赤くさせて視線を逸らした。白人だからか、頬が朱に染まっている事を隠しようもない。
なんとも言えない空気が流れる中、しかし彼の手は私の手を掴んだままだった。
「……話辛いなら、場所を移しませんか?雰囲気のいいバーを知っているんです」
「え、いえ。それは……」
流石にまだ会って間もない男性と二人で飲みに行くのは気が引ける。私が性的に狙われるなんてありえないけど、変な契約とかさせられたら恐いし。
困惑する私に、彼は苦笑を浮かべた。
「そうですよね、僕が貴女を酔わせてよからぬ事をするかもって思うのは当たり前です」
「そ、そんなこと」
「いいえ。貴女ほど魅力的な女性なら、警戒して当たり前です。けど信じてください。知り合いのカップルもよくあの店にいるので、その人達もいれば安心でしょう?」
どきりと、心臓が跳ねる。
これは……やはり彼は私に気があるのだろうか。けど、揶揄っているだけかもしれない。今まで何度もそう勘違いして、結局は妹目当てで。
……熊井さんも、そうだったから。
「……わかりました、行きます」
「本当ですか!?」
ぱっと、太陽のように笑うシャルルさん。
もう、いいや。あれだけ真剣に告白してくれたと思った相手も、結局は私なんてそういう目で見ていなかった。なら、何を警戒する必要があるのか。
どうでもいい。覚醒者になって酔いづらくなってしまったし、どれだけ飲んでも大丈夫だろう。冒険者としての稼ぎもあるから、あこぎな店でも問題ない。
もしも彼が私を騙す気ならば、どうか最後まで騙してほしい。けど、もしも本気なら……。
楽し気にこちらの手を引く彼に連れられて、私はそのバーとやらに向かった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
この少し後に後編を投稿させていただきますので、そちらも見て頂ければ幸いです。
※京都の龍脈は無事です。




