第百二話 フラグ
今話から試しにサイド表記を無くしてみました。書いていてわかり辛かったら戻すかもしれませんが。
第百二話 フラグ
いつもの喫茶店に、彼の車で向かう。帰りにまた高校……だった場所に送ってもらえるので、その時に自転車に乗って帰るつもりだ。
注文したコーヒーとジュースが届いて、東郷さんが何もいれずにコーヒーを飲む。
「……突然すまないね。偶然仕事でこちらに来たものだから、せっかくだし君に会っておこうかと」
「それはいいんですけど……大丈夫ですか?凄く疲れているようですが」
「ははっ。やっぱりそう見えてしまうかい?」
苦笑する彼だが、やはりその目元にあるクマが目立つ。魔眼もちとしては、メイクで薄く見えるようにしているだけで、実際はかなり濃いクマだとわかってしまう。正直運転させていいのか迷ったほどだ。
カチャリとカップを置いて、東郷さんは少しだけ目元を押さえた。
「最近仕事が忙しくてね。部下が一人、突然辞めてしまったものだから」
「そうなんですか?」
「ああ……本当に突然でね。私も驚いてしまったよ」
冗談めいた様子で彼は肩をすくめた。
突然辞めた、ねぇ。彼の『本来の仕事』が自分の予想通りなら、とても笑い話にはならないと思うが。
じっと彼の顔を見るも、あいにくとその内心を読み取る事はできない。
「……まあ、君も気づいているよね。私の仕事について」
逆にこちらの内心が読み取られたらしい。東郷さんは少し寂しそうに笑った。
「あそこまで露骨に振る舞ったんだから当たり前か。思い返せば、我ながら余裕が無かったらしい」
「……なんか、お疲れ様です。色々と」
なんと言っていいのかわからず、どうにかそれだけ絞り出す。
そんな自分に何故か東郷さんが小さく噴き出した。いや本当になんでだ。
「すまない。君はやはり面白いな」
「そ、それはどうも?」
「くくっ……」
何やらツボに入ったらしい彼を暫く見ながらジュースを飲んでいれば、落ち着いたらしく薄っすらと浮かんだ涙を拭ってから東郷さんはコーヒーを一口飲んで唇を濡らす。
その時間が、まるで何かを『溜めている』様に思えた。自然と背筋が伸びる。
「……さて。私に聞きたい事があるんじゃないかな?あるいは、糾弾したい事があるはずだ」
「はぁ……」
やけに静かな瞳でこちらを見てくる東郷さん。
彼の言葉に少し考えてから、そう言えば聞きたい事も怒りたい事もあったと思い出す。
「メールでもお聞きしたんですけど、今度自衛隊主催の祝勝会があるじゃないですか。その時の会話デッキについてアドバイスを欲しいんですよ」
「……は?」
「どうして全然電話に出てくれなかったんですかと言うのは、お仕事が忙しかった様なので仕方がないですけど。でも『あの仕事』を持ってきたのは東郷さんなんだから、それぐらい面倒見てくれてもいいじゃないですか」
「い、いや。待ってくれ」
「何ですか。こちらとしては本気で困っているんですけど」
「それだけ、かい?」
なにが『それだけ』か。見るからにコミュ強な貴方と違い僕にとっては死活問題なんですよ、マジで。
まあ、そういう意味ではないとわかるが。
「私は君を騙したし、利用した。その事について思う所はないのかい?」
「いえ、特には」
本気で驚いた様子で、東郷さんが目を見開いたままフリーズする。ちょっと面白い。
まさか彼のそんな顔を見られるとは。少し得した気分である。
「だって僕は別に大した被害は受けていませんから。回された仕事は正当な報酬が払われていましたし、冒険者になった事についてならそもそも僕が言い出した事です。『自分で選んだ道』ですよ?」
「っ……!?」
何をそんなに驚くのか。彼が少しだけ椅子を引いた音が、静かな店内に響く。
というかこの店、もしかしてそっち系?東郷さんが場所を移すでもなく会話を続けているし、マスターも我関せずとコップを磨いているし。
スパイ……じゃないけど、裏の社会を知る者達が集まる喫茶店。やだ、めっちぇかっけぇ。中二心が刺激される。
「むしろ、何度も貴方には助けられたぐらいですから。感謝こそすれ、実害がないのに怒る理由もないでしょ?」
「……君、悪い大人に利用されるよ?」
「悪い大人が格好いい大人の顔しか見せない様にしてくれるなら、別にいいですよ。世の中綺麗なだけじゃやっていけないって、少しですが知っているつもりですし」
そう、綺麗ごとだけじゃ社会というやつは成り立たない。学生の冒険者という存在もまた、その中にある。
倫理的に考えれば未成年が武器を持ってダンジョンという危険地帯に跳び込み、モンスターを殺すのを社会が容認するのはどう考えても『悪』だ。それを斡旋する立場の東郷さんも薄汚れた存在と言える。
だが、それをしなかったらこの国はどうなっていただろうか?十中八九、今頃全土がダンジョンに飲まれて滅んでいた事だろう。
勿論、倫理道徳を大切にするのは間違いではない。むしろ正しい。『人間社会』という大きな群れが生き残るのに必要なものが、道徳心というやつだ。
白と黒、どっちに偏り過ぎても社会は回らない……と、思う。
なんだか中二というか高二病めいた事をつらつらと考えてしまった。このロマンあふれる喫茶店の影響かもしれない。
「嘘でも優しい人なら、僕にとっては優しい人だし、凄い人です」
「……驚いた。これは私の負けかな?」
「勝負したつもりはありませんが、貴方に口で勝てる機会が今後なさそうですし、そういう事ならその勝ちはありがたく頂きます」
いやほんと。こっちとしては『え、これ勝ちなの?なんでそんな驚いているの?』案件である。大人ってわっかんねぇ。
けどとりあえずドヤ顔しておく。東郷さんに口で勝てたと言うのは、かなり嬉しい。
「まったく……けど、利用されるだけでいいなんて考えは駄目だよ。私だって欲はある。君を都合よく利用して私腹を肥やすかもしれないだろう?」
「そう言ってくる段階でそういう人には思えませんが?」
「アルカポネを騙した詐欺師についてネットで調べてみるといい。誠実なふりをした人間が大きな罠を張っている事なんて、今の世の中ザラだよ」
「あー……はい。今後気を付けます……」
「素直でよろしい」
そう言えばどっかのラノベでそんな話聞いた気がする。投資話かなんか持ちかけて、一回目の失敗を誠実に補填した後、二回目の投資の時大金持ってとんずらしたんだっけ?
その後にどうなったのかは忘れたけど。
「お待たせしました」
前に読んだラノベの知識を思い出していたら、マスターが特盛パフェを二つテーブルに運んできた。
え、二つ?
「ありがとう、マスター。久々にここのパフェが食べたくなってね」
「糖分は脳を労わるのに良いですからね。しかし、酷使し過ぎるのはよくありませんよ?貴方もそう若くはないのですから」
「ははっ。最近は禁煙を心掛けているよ。偶に吸う事もあるがね」
それは禁煙できてなくね?禁煙十回目の禁煙プロとかのセリフでは?
長いスプーンを持ってパフェを食べて、東郷さんが頬を緩める。
「うん。本当に懐かしい。昔は友人達と馬鹿な話をした後は、こうして喫茶店のパフェを食べていたものさ。流石に別の店だったがね」
「は、はぁ……」
「それで、祝勝会での立ち回りだったかな。聞きたかったのは」
少しだけマナーが悪いが、彼が机に肘をついて顎をその掌にのせる。どこか今までよりもリラックスした様子の東郷さんに、慌てて口を開いた。
「あ、はい。そうです。できればコネの一つも作りたいなぁって。集まるのは強い人ばかりですし。ただ僕含めコミュ力に難がありそうな人ばかりというか……」
「うーん、少し難しいね。コミュニケーション力というのは一朝一夕で身につくものでもないし……」
「そ、そこをなんとか……」
野郎二人がパフェを突きながら喫茶店でだべるのは、随分と見苦しい光景かもしれない。
だけど自分にとっては、とても楽しい時間だった。
* * *
「東郷美代吉許すまじ!!!!」
「どうしたの突然」
寮の自室に戻って異界に入るなり、実体化した雪音が天井に向かって吠えた。
「いえ、彼女がああなるのも当然かと。私ももしや本当にそっちの趣味かと戦々恐々としたほどです」
「いやレイラまでなにさ」
同じく実体化したレイラに、彼女らが懸念しているだろう事を想像して顔をしかめる。
「僕と東郷さんはそういうのじゃないし、そもそもそっちの気はないんだけど」
「それでも!それでもなんですかあの『らぶこめ』なる本の様な雰囲気は!!ああいう空気を出すべきはワタクシとでしょう!?百歩譲ってもレイラ様やリーンフォース相手にするべきではないですか旦那様!!」
「いや全然そんな雰囲気じゃなかったけど」
いくら東郷さん相手でも野郎二人でラブコメ時空は嫌だわ。
別に同性愛を否定するつもりはないし、なんなら百合カップルに『尊……』と感じて思わず浄化されかける時もある。だが僕自身はゴリゴリに女体好きだ。
YESおっぱい。YESタッチ。ただし合意の上で。が僕の信条である。
「いーやーでーすー!!旦那様はワタクシ達以外には誰とも甘い空気にならない、『いい人ではあるけど』とか『恋人としてはちょっと無理』なお方でないとダメなのでーすー!!」
「とうとう明言したなこの雪女」
今までも遠回しに『非モテ川非モテ太朗』扱いをされていたのは知っていたが、遂にはっきりと『お断り』扱いされる人間として断言しやがった。
この美女三人を侍らせるハーレム主のどこがモテないと???
「今度逢引いたしましょう!そうしましょう!あやつといた時以上の『はーとふる』で『らぶらぶ』な空気を放出し周囲の方々を砂糖一貫分食べさせた様な状態にするのです!!」
「いや、それはいいけども。デートは嬉しいけども」
こちらの胸倉を掴んで涙目で見上げてくる雪音。可愛い。
まあ彼女とデートというのは良い。最近野郎ばっかりと外食とかしている気がするので潤いが欲しいのである。
そして、レイラが困った様な笑みを浮かべながら僕の袖をひいてきた。まさか嫉妬か?『私ともデートしてくれないと、駄目ですよ?』的な。
安心してほしい。ハーレムは全員平等に愛すように努力しなければならないと聞いた事がある。
「主様」
「うん、わかってる。デートするなら三に――」
「デートをするのなら、必ずいつでも全力戦闘ができる状態と状況を意識しておいてくださいね?」
「ごっめん、どういう意味?」
僕がデートすると何かしら起きるとでも?
……くっ、あながち否定できねぇ!けどレイラと二回目のデートの時は何も起きなかったし!お祓いの効果はあったわけだし!
いいだろう、そこまで言うのならお見せしようじゃないか!
完璧で究極な最強のデート三本セットってやつをなぁ!
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
京太朗
「僕のデートプランは完璧です。もしも一人目のデートの段階で無理なナンパ以外の荒事に巻き込まれるようなら超危険ダンジョンに放り込んでくれても構いませんよ!!」




