第百話 実家
第百話 実家
サイド 大川 京太朗
ゴリラの恋愛相談を受けた翌日、自分は実家に向かっていた。
というのも、家近くのダンジョンを間引くためである。一日目はサラマンダーのダンジョンを、そして二日目はこの前入るのが許可されたらしいドラウグルのダンジョンの氾濫が不安だったからだ。
こういう時、冒険者専門学校は便利である。なんせ『ダンジョンの間引きに行ってきます』と申請すれば授業を休んでいいし外泊もOKなのだから。
……補習があるし宿題が地味にきついけど。その辺免除にならねぇかな。
『大変だろうが、いつかお前達の将来に役立つはずだ』
酒井先生がそう言っていた事を思い出す。いや言いたい事はわかるんだけれども。
一応、可能なら普通の大学へ進学するつもりの身としてはありがたくはある。補習する側だって大変なんだから。けどそれはそれ、これはこれ。遊びたい盛りの高校生としては苦行以外のなにものでもない。
英単語の洪水に飲まれる自分を幻視しながら、電車に揺られて懐かしの地元に。
当然建物とかは変わっていないけど……平日というのを加味しても駅前だと言うのに人通りが随分と減った気がした。よく見れば、空き家になっている店舗も見える。
これもドラウグルのダンジョンが出来た影響か。なんだか、少しだけ寂しい。今更になって、東京駅を悲しそうに見ていた赤城さんの気持ちがわかった。
久々……と言うほど時間は経っていないが、せっかくだしのんびりと歩いて家に向かう。一度実家に顔を出してから、置いてあるチャリでサラマンダーのダンジョンに行くつもりだ。
そうして歩く事三十分ほど。そろそろ建物が減って田んぼや畑が目立ちだす所まで来た時だった。
「スミマセーン」
「はい?」
突然声を掛けられ、驚きながらも振り返る。
そこにいたのはかなり綺麗な女の子だった。長い金髪と不安そうに揺れる碧眼。透き通る様に白い肌に日本人よりもはっきりした目鼻立ち。
西洋人形を彷彿とさせる外国人の少女が、不安そうにスマホを両手で持っていた。
「私、アノ、道ワカラナクテ……」
「え、あ、ああ。はい」
どうやら迷子らしい。歳は自分より少し下ぐらいだろうか?今にも泣きだしてしまいそうで、その大きな瞳をウルウルとさせている。
というかこの子年下だろうに乳でかいな……いやいや。初対面かつ不安がっている子にその様な不躾な眼を向けてはならない。気合で彼女の眼へと視線を合わせる。
「えっと、どこに行きたいんですか?それと日本語ってどれぐらい喋れますか?」
「アウ……私、マダ日本ニ来タバカリデ」
「あ、いや。大丈夫!落ち着いて!」
やべぇ、本当に決壊寸前だぞ!
美少女が泣く。近くにモブ顔の挙動不審な男。少女は日本語が苦手……これ、下手したら手に輪っかが嵌められるパターンでは……!?
「オ願イシマス。助ケテクダサイ……」
「わ、わかった。わかりました。OKです。道案内しますね」
「本当デスカ!?」
瞬間、華が開いたかのように満面の笑みを浮かべる少女。よかった、これで通報される可能性は大きく減った。
そう安堵していると、何故か少女がこちらの手を握ってきた。ひんやりとした小さく柔らかい手の感触に、疑問符を浮かべる。
「あの、これは?」
「………?」
いやそんな不思議そうな顔をされましても。こっちの方が不思議なのですが。
だがここで下手に拒否してまた泣かれても困る。これぐらいなら雪音も怒らないだろうし、役得とでも思って流すとしよう。
「えっと、それでどこに――」
「どうしましたかー?」
「うそやん」
思わずそんな声が出たのも、無理からぬ事であろう。
――そのもの青き衣まといて、白黒の車より降り立たん。法と秩序によって檻の中へと咎人を導くために。
そう、ミニパトに乗った婦警さんである。
ガッデム!!いったいいつの間に近づいた!というか最悪過ぎるぞこの状況!
「ア、アノ」
「あのこれ、これはですね!この子が迷子で!そう迷子で!道案内を頼まれまして!!」
日本語が苦手らしいこの少女が変な事を言って誤解される前に、先制して状況説明をしなくては!さもなければ『ちょっとお話しいいですか?』からの檻の中コースに違いない!!
僕の様なモブ顔男子に世間は厳しい。そんな事は百も承知である。
いざとなれば持てるコネ全てに頼らなくてはならないが……!
「あ、そうなんですか!もしよければ、私達がその子の道案内を代わりますよ?」
ニッコリとほほ笑む婦警さん。ご、誤解はされていないって事でOK?豚箱ルートは回避できたのか?
必死に頷くこちらをよそに、何故か少女が腕に抱き着いてきた。
ほう、これは中々の感触……じゃねぇよ今は!?
「え、なに、ええ?」
「私、コノ人ガイイ。警察、恐イ」
「なんでぇ?」
僕人生で初めてだよ?お巡りさんより信頼されたの。
……あぁ、そうか。外国だと悪い警官も多いと聞いた事がある。もしかしたらその辺を警戒しているのかもしれない。
それはそうと何故僕をそこまで信頼するのかがわからないが。人畜無害な陰キャオーラが出ているとでも?
「ええ?お姉さん達恐くないよー?そこのお兄さんも困っているみたいだし、私達に案内させてくれないかなぁ」
「イヤ」
更に押し付けられるおっぱい。なるほど、これはこれで……けどね、少女よ。その乳に負け安易に頷くわけにはいかんのだ。
そっと、出来るだけ傷つけない様に。されど『覚醒者であり、多少の武術の心得があろう少女なら大丈夫な範囲で』抱き着いてくる腕をほどいた。
驚いて目を見開く少女に、我ながらぎこちない笑みを向ける。
「日本の警察は大丈夫だから!安心だから!確実に目的地につけるから!グッバイ!!」
「え、あの」
「それじゃあお巡りさん達お願いします!僕これから用事があるので!!」
「あ、はい」
そして法律に引っかからない程度の速度でダッシュ!
あの少女、外国の覚醒者な様でアルトゥールさん達に会っていなければ気づけないほど魔力とかが薄かったが、なんにせよこういう場合は婦警さんに任せるに限る。
正直に言おう。道案内とか……自信ない。いや決して僕が方向音痴なわけではないのだが。不安そうな少女を無暗に連れまわすのは気が引ける。道案内のプロたるお巡りさんに任せるのが安パイだ。
ついでに、あんまり腕組んでいると雪音が少し怖いし……彼女を不安にさせないのもハーレム主の義務かなっと。
というわけでさらば少女よ。日本のお巡りさんは海外よりモラルが良いから安心してくれ!
何やら背後から『邪魔をするな、黄色い雌猿共』とか『ウチのシマでいい度胸だなモヤシ』と聞こえた気がするが、きっと近くを通る車や店のラジオの声が混じって聞こえたのだろう。
あんな華奢で可憐な少女と、優しそうな婦警さんから任侠映画みたいなドスの利いた声が出るはずないし。
そんなこんなで、のんびり家に帰るはずが逮捕される可能性を恐れて慌ただしいものになってしまった。
* * *
そんな感じでスタートから大変だった帰省一日目だが、その後も大変だった。
家に帰ったら両親が笑顔で迎えてくれたのは良い。父さんもわざわざ休みをとってくれたらしいから。
ただ、即ダンジョンに行かなきゃと言ったら滅茶苦茶渋られたのは『ですよねー』としか言いようがない。けどこっちも冒険者活動するから授業ぶっちして来られたわけだし。
そんなこんなでサラマンダーのダンジョンを半日ほど間引いた。そっちに関しては語る事もない。せいぜいレイラが『あの少女は……いえ、主様が良いのなら、はい。大丈夫です』と何か言いた気だったぐらいだ。
問題はその後。夕食は母さんが僕の好物ばかり作ってくれたのだが……冒険者をまだ続けるのかと聞かれてしまった。両親はそれとなく聞いたつもりなのだろうけど、親子だけあって僕同様演技が下手糞である。
とりあえずまだ続けるつもりだと答えたら、二人とも複雑な顔をしていたのが印象的だった。
両親の心配もわかる。テレビやネットでは『反覚醒者』な思想を度々目にする様になった。やはりアメリカであった人体実験や中国の元人間のモンスター。そして『賢者の会』の蛮行のせいだろう。
そして、冒険者とは己が覚醒者であると明言している様な職である。実際、冒険者の家に落書きとかされる事が最近多いらしい。不幸中の幸いか、うちがそういう被害にあった事はないらしいけど。
だから両親が僕に冒険者を辞めてほしいのは、わかる。しかし無理な相談だ。
第一にして最も重要な理由だが、冒険者でないと使い魔契約には厳しい条件が国から出されている。事実上、未成年の学生が使い魔を持つには冒険者である他ない。
今更雪音を手放せられるものか。精神的にも、戦力的にも。
次いで、今の社会情勢があげられる。
追いついていない間引き。着々と広がる不況の波。その他諸々から、冒険者という職を手放すのは恐い。
僕の頭では学生のうちから法に触れずに大金を貯金するには冒険者しかなく、また『腕が鈍る』のが嫌だった。
モンスターとの戦闘経験というのは、氾濫に巻き込まれた時重要である。一手一瞬が生死を分けると言っても過言ではない。間引きが追い付いているとは思えない現状、対策はしておきたかった。
最後に、国が僕を簡単に手放してくれるとは思えないのがある。自分は『B+』覚醒者で、その上同ランクモンスターとの戦闘経験まで民間人だというのにある特殊事例。
こういうと自慢に聞こえてしまうが、僕は割と強い方だと思う。あの学校にいるとなおさらそう感じられた。だからこそ、政府が冒険者以外の道に行かせてくれるとも思えない。
別に、国が本気で僕を縛るとは考えるほど自惚れているつもりはないが。ただ相手のジャブはこっちにとってのボディブローぐらい重いってだけで。なんせ個人と国だ。比べる方がおかしい。
以上の理由から今辞めるわけにはいかない。両親には余計な心配させそうだから、一個目の理由以外は言わないけど。
そんな少し悶々とする一日目を終えて、二日目。
出勤時間を気にしながらも心配そうな父さんや、ストアまで送ると言っていた母さんに苦笑しながら見慣れた道を自転車で進んでいく。
ほんの少し前まで通学路として使っていた道は、しかし人通りがまるでない。同級生の姿はおろか、ご近所さんの生活音すら存在しない。
たどり着いた高校は、予算の都合か時間的な問題かその外観をほとんど変えずに残していた。
ただし、薄っすら感じられる魔力から通常のストア同様に結界は施してあるのだろう。ついでに割れた窓やひび割れた壁も直したらしい。
……ふと、何の気なしに校門だった場所から街を振り返った。
人の気配のない街並み。校舎から聞こえるのは学生の声ではなく、ストアの作業音。そんな光景を見ていて、自分が昨日ベッドの中で並べ立てた冒険者を辞めない理由を思い出す。雪音以外の理由は、本来高校生が考えるものではないそれらを。
今までこんな光景は散々見てきた。ダンジョンが出来てしまった場所なんてどこもこんな感じだ。それが自分のよく知る場所になって、ようやく『遠い場所の出来事』ではなく当事者としての視点で見えるようになる。
もしかしたら……若者が物事を大げさに考えているだけかもしれないけど。
この国は、とっくの昔に壊れてしまっていたのだろうか?
そんな風に思ってから、駐輪場に自転車を停めて中に入る。
空間魔法でも使ったのか、ゲートの場所は屋上から体育館に移されていた。万が一の時抑え込みしづらい場所より、結界や人員の配置で氾濫を抑えやすい場所にしたかったのだろう。
なんにせよ、仕事の時間だ。家に氾濫の被害が行かない様にする為にも、しっかり間引きしないと。
土足であがる事に少しだけ抵抗を覚えながら、校舎に貼られた矢印に従って体育館の中に。元々あった更衣室で準備を整えた後、まだ出来上がっていないのかパイプ椅子と長机に機械を置いただけの受付を通ってからゲートに向かう。
ゲートの位置は、舞台横の扉。本来パイプ椅子がしまわれる場所に移されていた。
「ははっ……」
本当に、なんの因果やら。脳裏にかつてここへ突入した後の事が浮かんでくる。
思わず乾いた笑いをこぼしながら、白いゲートを潜った。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.あの迷子?はどうなったの?
A.日本語が上手く通じず大変でしたが、婦警さんと『お話し』中に偶然通りがかった桜井自動車の人が『通訳』したおかげで大人しく警察署で保護できました。
Q.あの迷子は何者?
A.東郷さん「ただの迷子じゃないかな?」
赤城さん「ただの迷子だと思うよ」
ただの迷子なようです。




