第九十九話 熊井信夫の筋肉恋路 2
第九十九話 熊井信夫の筋肉恋路 2
サイド 大川 京太朗
『北京がキョンシーの大群に占拠され一夜が明けました。現在北京周辺に動きはなく、中国軍による包囲が続いています。邦人の安全確認について――』
『ホワイトハウス前で発生した暴動が一時的な落ち着きを取り戻しました。しかし地面には生々しい血が未だ残っており、銃撃戦の激しさを――』
『アメリカで発生したデモ隊と日本から来た覚醒者の衝突。それにより覚醒者側の親族二人が死亡、デモ隊側に十四人の死傷者が出た事が問題となっており――』
『国連で提案されている覚醒者の派遣組織について。有川ダンジョン対策大臣が日本への多大な負担が想定されるとして否定的な発言をした事に野党から国際協調を乱すと――』
『桜井コーポより人工異界にて作った食料の発売が発表されました!安全面は全てクリアしているとの事で、既に多くの問い合わせが――』
『英国の探偵少女がまたまた大活躍!!ドイツで発生したAランクダンジョンの氾濫を食い止め、縮小させる事に成功し――』
『中国で発生している第三次キョンシー事変。それに対し日本から覚醒者による援助をすべきだと宇津木外務大臣が国会にて――』
『もしも中国の混乱が続き、ダンジョンの氾濫が複数起きればその被害は更に広がるでしょう!既に日本の経済的損失は無視できない範囲で――』
『賢者の会幹部達の裁判が始まり、あの宗教団体が行った犯罪について明らかになってまいりました。この番組では独自に取材した被害者の声を――』
等々と、世間ではそれ一つでビッグニュースと呼んでいい話題に溢れている。
九月も下旬に入り秋が近づいて来たものの、夏と冬に飲み込まれ始めた季節。まだ蒸し暑く感じる上に来週からは一気に気温が急降下するとも言われ始めた頃。
それでも学校はいつも通りに運営され、授業を終えて放課後。自分と魚山君は熊井君の部屋に呼び出されていた。
熊井君の神妙な面持ちが彼の抱える悩みの深刻さを物語っている。
沈黙が続く事、五分。ついに彼が口を開いた。
「車谷さんにアタックしようと思う……!」
「わかった。裁判での証言だな?」
「弁護士費用は三割だしてやる」
「お前ら友達だよな???」
何を言っているんだ。友達じゃなかったら既に警察に相談しているぞ、このゴリラ。
「何を言っているんだ。友達じゃなかったら既に保健所に通報しているぞ、このゴリラ」
「ふんっ」
「あがぁ!?」
ゴリラの拳により撃沈する眼鏡。南無。
「で、それを僕らに相談してどうしろと……?」
「恐いから、一緒に来て♡」
「一人で散ってこい、ゴリラ」
「そう言うなよ親友ぅぅううう!!」
えぇい縋りつくなこの老け顔!僕はアフリカの木じゃないぞ!
眼の幅に涙を流して抱き着こうとしてくる熊井君を押しとどめる。この時ほど自分の筋力が『A』でよかったと思った事はない。
「……ついて来いと言われても、よく知らない男が三人も行ったら相手に迷惑じゃないか?」
「そうだそうだ」
復活した魚山君に同調する。
「よく考えろ。いかにお相手が戦士として完成された肉体の持ち主とは言え、車谷さんは二十代の女性だ。それが年下とは言え男三人に囲まれてみろ。恐怖でしかないぞ」
「通報されてもしょうがない。社会的な常識で考えるんだ。ここはアフリカのジャングルじゃない」
「ぐ、ぐぅぅ……」
ぐぅの音しか出ない様子の熊井君。
よし、これで彼も考え直してくれるだろう。安心してくれ。君が玉砕した後はちゃんと骨ぐらい拾ってやる。やけ食いとかなら付きあうから。
「……本音は?」
「「めんどい」」
「てめぇらぁ!!」
しまった!なんという巧みな誘導尋問。流石は森の賢者と呼ばれるだけはある……!
「友達が恋愛で不安を感じているのにめんどいってなぁ!!」
「だって実際めんどいし」
「後から面白おかしく話すのは良いけど、近づきすぎるのはNG」
他人の恋愛話なんて一歩も二歩も離れた所が一番面白いのだ。それを何が悲しくて最前列に立たねばならんのか。
あと恋愛話と言ってもこのゴリラのだし。ぶっちゃけそんな甘酸っぱいものに思えんのよ。むしろ汗臭い。
「ちなみにどんなアタックを考えているん?」
「え、そりゃあまずあの素晴らしい筋肉を褒めようかと」
「はい終了。はい解散」
「同意」
「待ってぇ!?」
立ち上がる僕と魚山君のズボンを掴んでくるゴリラ。
「無理だって。玉砕にしてもせめて散り方を考えろよ」
「悪い事は言わないから、それしか浮かばないならやめておけ。冗談抜きで捕まるぞ」
「何が悪いんだよぉ!あんな筋肉、マッスルが好きじゃなければ身につかねぇよぉ!」
む……それは確かに。
筋肉を育てるというのはとても大変らしい。更にはバランスよく鍛え、体脂肪率も戦いを想定した状態で保つと言うのは並大抵の努力では無理だろう。覚醒者とは言え、限度がある。
これが自衛隊とか警察の人だったら『仕事のために維持している』と思うが、車谷さんは冒険者。戦いを仕事にしているが、それでも覚醒者が筋トレで筋肉を育てるのは難しい。自力でやっていると考えられる。
というか、覚醒者って物理的な筋肉は重要じゃないし。どっちかというと魂から溢れた魔力が肉体に影響を与えているわけで……それでもわざわざあの体つきを維持しているとなると、もう趣味の領域だろう。あるいは執念。
「相手の好きなものを褒める!口説き文句としては常道だろう!?」
「いやそうだとしてもキモイ」
これに尽きる。たとえそうだとしても、ほぼ初対面の相手に体つきを褒められて恋愛感情を抱く女性は早々いねぇよ。セクハラでしかねぇもん。
「熊井、想像してみるんだ」
「そうだ。言われた側の事を考えろ」
「京太朗が『それほどの巨乳、育てるのは大変でしょう!素晴らしいですね!』とナンパしている姿を」
「ちょっと?」
「うわキッツ」
「殴るぞ?」
何を突然流れ弾撃ち込んでやがりますかこの眼鏡とゴリラ。
「言わねぇよ。そもそも僕が碌に喋った事のない女性に話しかけられると思うか?」
「「ごめん……」」
「そこは否定しろよ」
ガチトーンで謝るな。これでもハーレム主だぞ。
「なら、どういう風に話しかければいいかを教えてくれ。参考にするから」
「えぇ……僕らだってそういうの詳しくないんだぞ」
「それでも三人寄れば文殊の知恵って言うだろ?頼むよ、後でなんか奢るから」
「しゃーないなー」
「失敗して通報されても恨むなよ?」
「なんでお前らの中で俺は通報される可能性がそんな高いの?」
それはね、お前がストーカー一歩手前の存在だからだよ?
老け顔ストーカー予備軍ゴリラの懇願に、渋々ながら座り直してやる。だが、困った。僕も魚山君も異性への口説き文句など詳しくないというのに。
それでも友人からの頼みだ。どうにか無い知恵を絞りだしてやろうとも。
……なんかヤバすぎる世界情勢から現実逃避するのにちょうど良さそうだし。
* * *
週末。善は急げと乙女の様にモジモジしだしたゴリラのケツを蹴り上げて、車谷さんの所へと向かった。
ゴリラがストーカー一歩……いいや半歩手前な手段で割り出した彼女が通うダンジョン。そのストアの前で待ち伏せたのである。
「あ、あの」
「あん?」
ストアの周囲には放置された家々が多数並んでいる。そのブロック塀の陰から、魚山君と二人熊井君の様子を見守った。
筋肉でパツパツのTシャツとジーパン姿な車谷鉄子さん。日焼けにより褐色になった肌とドレッドヘアがその長身も相まって日本人離れした雰囲気をもつ。
対するは非モテ三人衆が総力を挙げて考えた清潔感のある服装をしたゴリラ。そう、僕も彼らと同じ非モテに分類されたのだ。
悲しきかな……僕はハーレム主ではあるが、雪音曰く『雪女的にとても信用できる方』と評されてしまった身。モテ川モテ太朗の名は返上せざるを得ない。
当然ながら不審そうな車谷さんを前に、熊井君は黙ったままだ。
落ち着け、落ち着くんだゴリラ。まずは仕事の話、つまり冒険者としての話を振るんだ。
奴が車谷さんの妹さんがやっているSNSから集めた情報が確かなら、かなり実直な性格の女性のはず。であれば、軽薄な言葉よりもまず仕事人として信頼を高めるのが吉。
そんな感じの事をエロゲで言っていた気がする!というわけでGOだ、熊井君!!
「素晴らしい筋肉ですね!!!」
バーカ!!バァァァアアアアカ!!
思わず頭を抱える。おい魚山君。勝負あったとばかりにスマホゲーをし始めるのはやめてやれ。
案の定ポカンとする車谷さんに、耳まで赤くなったゴリラが続ける。やめろゴリラ!踏みとどまれ!
「重機が乗っているかの様な肩!大地を揺らす大腿筋!魔装を纏っている時拝見した腹筋は、どんな甘味より魅惑的な板チョコでした!!」
不幸中の幸いな事に、今日はストア駐車場に他の人はいない。だが肝心の車谷さんがストアに逃げ込んで中の交番に直行すれば熊井君はジ・エンド。ゴリラらしく檻の中で過ごす事になるだろう。
やむを得ない。友人として、まずあのゴリラの息の根……じゃない意識を刈り取って回収し、撤退する!
「なによりそれだけの筋肉を育て維持する精神性!一目惚れでした!!結婚を前提にお付き合いしてください!!」
「ば、馬鹿かお前は!?」
本当にね!!
魔装を展開した所で、最低最悪の告白とそれの答えが聞こえてきた。
「と、というか……こ、こんな所で告白とか、正気か!?」
……んん?
「正気ですし本気です!大好きです!!」
「す、好きとか言うな!だ、第一あたしはお前の事を全然知らないし、け、結婚って……!」
「これから知っていってください!俺の名前は熊井信夫!筋肉に関しては絶対に嘘をつかない男です。もちろん、貴女への愛も!!」
「う、うぁ……!?」
……なんか、脈ありじゃね?
そっと隠れ直して様子を窺えば、褐色な肌のせいでわかりづらいものの顔を真っ赤にしている車谷さん。鷹の様に鋭い眼光は小魚の様に忙しなく動いている。
え、嘘やん。あれでこんな効果出るの?大丈夫かあの人。
「こ、告白とか……ふ、普通あたしの妹の方にするべきだろ……なんであたしなんだよ……」
「今は他の人間の話をしないでください。俺と、俺の筋肉だけ見てほしい!!」
「ひゃぁ!?」
脱ぐなゴリラ。そんなにケージの中に入りたいか。
それにしても妹さんの方に、ねぇ。随分と卑屈な物言いだが、熊井君が調べた妹さんのSNSを見た感じコンプレックスを覚えてしまうのも無理はあるまい。
熊獣人の父親とドワーフの母親というかなり珍しい覚醒者一家。車谷鉄子さんの妹さんもまた、覚醒者である。
だがその容姿はドワーフよりと言うか……ぶっちゃけると、『熊耳ロリ巨乳』である。顔も結構美人。どうも、車谷鉄子さんは父親似で妹さんは母親似だった様だ。
世間一般の価値観から見れば妹さんの方が異性に好かれやすい容姿であり、交友関係も広い所謂リア充な人なので己と比べてしまうと色々思う所はあるだろうさ。
だが車谷鉄子さん。貴女の眼の前にいる霊長類ゴリラ科熊井信夫属に分類される珍獣は普通の性癖では語り合えない存在だ。
「毎日一緒に……筋トレしませんか……?」
サイドチェストをする変態。それを前に乙女の様に狼狽える車谷さん。
……どうしよう。僕の理性が『今すぐあのゴリラを殴ってでも回収しろ』と言い、直感の方は『友としてこのまま見届けてやれ』と告げている。
通常なら被害者の事も考えて前者を選択するのだが、今だけは後者を選んだ。
「お、お……」
「お?」
「一昨日きやがれ、この筋肉馬鹿ぁ!!」
「あべぇし!?」
おおっ、なんと綺麗な右ストレートか。冒険者としてとても参考になる腰の捻り。いいや注目すべきは上半身ではなく下半身の動きか?
踏み込んだ足の力がちゃんと拳にのっているのがわかる。アレはパンチとキック同時に打ち込んだ様なものだ。まるで大砲の様な音がここまで響いたほどである。
拳を放った後『しまった』という顔をして、少し迷った後車谷さんはストアの中に駆けこんでいった。
数メートルほど吹き飛んだゴリラ。その脇を魚山君と抱えて、引きずって物陰に移動する。
「無事かゴリラ。人語は喋れるか」
「ウホウーホウーホホ」
「俺は人間だ……!」
「いや、人間はあんな未知の言語を発しねぇ」
「コミュニケーションというのをご存じ?」
「ぐぅ……」
左頬を腫らした熊井君が、よろよろと立ち上がる。
「だがアレは……手ごたえがあったぞ」
「え、どこが?殴られていたけど」
「いや……不本意ながら車谷さんも満更ではなかった様に見えた」
「マジで?」
認めがたいが、どうにか頷く。よもやあんな最低な告白……というか性癖の暴露で乙女の様な反応をする女性がいようとは。この元・モテ川モテ太朗の眼をもってしても見抜けなんだ。
だがそれはそれとして。
「お前TPOを考えろや。マジで変態だぞおい」
「普通の人ならトラウマ不可避。最低か君は」
ゲシゲシと左右からゴリラの脛にローキックを入れる。
アレは擁護できねぇぞマジで。裁判になったら弁護士費用を少し出してやる以外なにも援護しねぇからな。
「すまない。彼女を前にしたら頭が真っ白になって……」
「謝るのは僕らじゃないだろ」
「次会えたら土下座しろ土下座」
「うっす……」
そう言えばと、こっそりストアの方を見やる。ちょうど自動ドアが開いて車谷さんが出てきた所だった。
止めをさしに来たかと一瞬考えるも、その手にはタオルと水のペットボトル。まさか介抱しに?
……どうやら、本当にあの性癖の暴露が功を奏したらしい。あるいは単純に彼女の心が聖女としか言いようのない綺麗さなのか。
なんにせよ、これは攻め時だ。
そっとゴリラの背中を押してやる。決めてこい。今度はちゃんと普通に告白するんだぞ?
「見つけたぁ……」
ぞわりと、背筋に怖気が走る。
魔装を展開したまま振り返れば、そこには一人の少女……いいや女性がいた。
小さな背丈と華奢な肩に、それでいて幼女の様な体躯に反し大きく実った乳と尻。それはまるでグラマーな大人の女性をそのまま小柄にした様だ。そして、セミロングの柔らかそうな茶髪の中で動くクマの耳。
間違いない。一度だけ熊井君のスマホで視た、車谷さんの妹さんその人である。
「あんた達ね。最近姉さんの周りをうろついている怪しい奴らは……!」
今時の女子大生らしい服装から、魔装に切り替える車谷さんの妹さん――たしか、車谷心さん。
お姉さん同様ビキニアーマーに動物の革めいたマント姿な魔装は、彼女の顔立ちとスタイルも相まってエッチなコスプレに視える。
だが、その手に持った巨大な斧と『手足の一本ぐらいは覚悟せぇよ』という眼光が嫌らしい気持ちなどかき消した。
「手足の二、三本は覚悟しなさい……!」
一、二本多かったわ。
魔装を展開したまま、重心を落とす。隣では振り返る事もなく魚山君も魔装を展開しフードを深くかぶっていた。
合図など必要ない。一切の乱れなく同時に仕掛けられる。
明らかに臨戦態勢の僕らに、熊井君が目を見開いた。
「ま、待てお前ら!荒事は―――!!」
「僕ら無関係です!!」
「ワターシ、タダノ通リスガリデース!!」
「あっるぇぇえええ!?」
すまんな熊井君。流石に友情の為に同じ檻に入るのは勘弁である。
三十六計逃げるに如かず。偉い人も素晴らしい言葉を残してくれたものだ。それに従い、変態ストーカーゴリラを放置して僕と魚山君は脱兎のごとく逃げ出した。
「なるほど、殿ね。いいわ、あんたの前歯全部折ってから奴らを追いかける」
「ま、待った!ちょっと待ってくれ。俺は怪しい者じゃ」
「どこからどう見ても怪しさしかないわ!!」
「ぐわー!?」
さらば、友よ……面会には行くからな!!
* * *
なお、何故か車谷心さんと熊井君は鉄子さんの魅力について語り合い意気投合したらしく、彼が逮捕される事はなかった。
その顛末をゴリラに腕ひしぎ十字固めをされながら聞いた。なお、魚山君は出会いがしらにラリアットを受けてダウン中である。南無。
……それにしても。
『最近姉さんの周りをうろついている怪しい奴ら』
ねぇ。熊井君に僕ら以外の協力者はいないだろうに、何故……。
「ちょっと待ったギブギブギブ!?なんかマジで痛くなってきたんだけど!」
「痛くしてんだよおらぁん」
「理不尽過ぎない!?」
元はと言えばてめぇの不審者行為のせいだろうがゴリラぁ!
そのまま復活した魚山君も交えた協議の結果、ゴリラの恋路にまだまだ協力する事を約束させられた。
てめぇラーメンだけじゃなく餃子とチャーハンも奢れよマジで……。
読んで頂きありがとうございます。
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相原
「ねぇ、俺は?なんで俺だけ呼んでくれないの?ナンパ成功率100%の男だよ?」




