第九十六話 護衛依頼
先日は休ませて頂きありがとうございました。
第九十六話 護衛依頼
サイド 大川 京太朗
矢島さんの電話も終わりダンジョンストアを出て、のんびりと学校に戻る。どうせ急いで戻っても午後の授業には間に合うか微妙だし。大人しく後で補習を受けるとしよう。
帰る時には例の人達も演説はしていなかった。ただ、電車の中でスマホを確認したらやはり彼らは『ユマニテ』だったらしい。団体のホームページを覗いたら駅での様子が活動報告の一つとして載っていた。
あの人達、『金剛』の性能や制作に必要な材料と技術を知ったらなんと言うのだろう?……納得して別の案を考えるのか。正式配備するまで待つのか。それとも、それでも国際協力でどうにかなると突き進むのか。
正直想像がつかないし、それほど興味もない。氾濫に巻き込まれたという過去は同情するが、それまでだ。言っては悪いが……彼らの行動に理解を示す人は多くとも同調するのは少ない。
できたらいいね、止まりだ。一部の声が大きな人達が凄く盛り上がっているけど、それだけ。強いて言うなら、海外で彼らを支援しようという団体が出来始めたぐらい。
それよりも今は優先すべき事がある。帰って早々、人工異界のリビングにて雪音と二人きりになった。理由は勿論彼女の悩みを聞くためである。な、レイラとリーンフォースは探索後に必ずやっている整備中だ。
「えっと、旦那様?なにかご用でしょうか」
「いや……なんというか、今日のダンジョンでやけに張り切っていたから。何かあるのかなぁって」
少し自信なくそう言うと、雪音がクスリと小さく笑った。
「それほどに分かりやすかったですか……それとも、旦那様がそれだけワタクシの事を見ていてくれていたと喜ぶべきでしょうか?」
妖艶な流し目に自分の頬が赤くなるのがわかる。我ながら少し情けない。もう何度も『そういう事』をしてきたのに、こういう仕草だけで心臓がうるさくなる。
「白状しますと……恥ずかしながら、少々焦っております」
「焦る?」
「はい。己の不甲斐なさに、悔やむばかりでございます」
視線を伏せる彼女に、いったいどういう事かと首を捻る。
「不甲斐ないって、どこがさ。今日のダンジョンでだって大活躍だったし」
「しかし、アレはワタクシがおらずとも……それこそ旦那様とレイラ様だけでも問題なかった迷宮にございます。本当に戦力が必要な時。『炎龍』や『ぱずず』と戦う時に、この身がどれほどお役にたてていたか」
……なるほど、そう言う事か。
悩みは理解できた。だが、納得はできない。
「旦那様とレイラ様はもちろん、リーンフォースもあの恐るべき怪異たちに一歩も退かず戦っておられました。しかしワタクシに出来た事はあまりにも少ないと思ったのです」
「いやいや。ファイアードレイクの時は雪音がいなかったら攻めきれなかったし、パズズの時だって閃光で支援してくれたじゃん」
決して戦力外だったなどという事はない。むしろ、いなければ死んでいた。特にファイアードレイク。
そう告げるも、彼女の瞳は曇ったままだ。
「お言葉、ありがたく思います。確かに勝利に貢献できたかもしれませんが、やはり力不足はどうしようもない事実。その事が旦那様の妻として恥ずかしいのです。旦那様はレイラ様と融合し直す事で新たな力を得、リーンフォースには隠し球がある。ワタクシだけ、何もありません」
「そうは言っても……そもそも、戦闘以外では頼りっぱなしだし」
食事は大抵食堂で済ませているけど、それ以外の家事は彼女とレイラがやってくれている。僕も偶に手伝うけど、やはり手際とかでは勝てない。
なんというか、雪音……というか雪女って尽くし過ぎる性質なのかもしれない。ちょっとだけ雪女の互助サイトとやらを覗いたのだが、契約者をヒモにしたい感が文面からヒシヒシと伝わってくる内容がいくつも見受けられたし、それへの否定的な意見は皆無であった。
たぶん、『使い魔だけでダンジョンに行っていい』ってなったら雪女たちは契約者を家に置いて稼ぎに行く気がする。ダメ男製造モンスターかおどれらは。
閑話休題。
とにかく、雪音が己の力不足を嘆こうとも僕からしたら杞憂としか思えない。かといって、『気にする必要はない』の一言で済む気配もない。
困った……自分はそういう異性の悩みを解決するとか、苦手なのだが。
「えっと……これは冒険者として言わせてもらうけど、雪音は契約した頃より強くなっていると思うな。妖術の発動も早くなったし、技の選択も状況に合わせて使っている。頼りになる仲間だよ、本当に」
「……ありがとうございます」
少し儚げに微笑む彼女に、言葉の選択を間違ったかと頭を搔いた。
「すみません旦那様。困らせるつもりはなかったのですが……」
「いや、こっちから聞いた事だし……」
パンと音をたてて彼女が己の頬を両手で叩く。白い頬を少し赤くして、彼女は眩しい笑みをこちらに向けてきた。
「ワタクシの話を聞いてくださり、ありがとうございました!少し心が軽くなりました」
「……ごめん、こういうの苦手で」
「良いのです。そういう旦那様だから、ワタクシも心をざわつかせずに済むのですから。本来嫉妬深い雪女がこうも信頼できるお方など、そうはおりません」
「うん……え、それ褒めてる?」
「雪女が契約者に対して言うものとしては、最上級の賛辞です!」
「そうなんだ……」
今遠回しに『女心がわからない奴』と言われた気がするが、その笑顔が無理してつくったものではないのは察せた。
複雑ではあるがそれでよしとしよう。だが、雪音が力不足ねぇ……。
ここで蒸し返すのがいかに空気の読めない事かわかっているので、言わない。だが、もしも彼女の懸念通り足りないものがあるとしたらそれは『速度』かもしれない。
ランクが上がるごとに戦闘速度というのは上がっていく。大地を砕いて前進し、刹那の見切りが明暗を分ける……かも?別に自分は戦闘のプロではないのでわからない。学生兼バイトみたいな存在である。
雪音の出せる魔法の破壊力や応用性は高ランク帯でも通用するが、当たらなければ意味がないのも事実。パズズの様な相性の悪い相手ならともかく、例えばドラウグルの融合体の様に素早く技量もある相手に通じるかと言うと……。
回避と命中率に大きく関わる速度。前者は自分とリーンフォースが対応すればいい。その為の前衛だ。では後者。これを解決できれば雪音が己を力不足だなどと思うまい。
それができれば僕としても戦力向上により安全性が上がって一石二鳥……まあ、それが簡単にできないから悩んでいるわけだが。
「旦那様」
「おっほ」
頭の中でぐるぐると考えを煮詰まらせていたら、後ろから冷たくも柔らかく感触が。雪音がいわゆる『あすなろ抱き』をしてきたのだ。
後頭部から伝わるおっぱいの感触。これは間違いなく生乳!いつの間に着物をはだけたのか。見ていなかったとは言え、なんという早業か。気づけなんだ。
誰だよ彼女が遅いって言った奴。
「ワタクシの為に色々と考えてくださりありがとうございます。それで……できれば、その疲れを癒させて頂きたく」
「よろしくお願いします!!」
即答する自分の上から、クスリと笑う声が聞こえてくる。
「ふふっ。はい、お任せください。旦那様」
更に押し付けられ、頭が谷間に埋められる。おっぱい!!
* * *
そんなこんなで、日曜日。
早朝から寮の正門に迎えに来てくれた自衛隊の車に乗りこむ。別に場所を教えてもらっているのだから自分で行ってもいいのだが、警備の都合でこっちの方がいいとか。そう言われると断りづらい。
だが、寮の一階にいた他の生徒達からやたら見られたので次があるなら勘弁してほしいけど。
最近僕が移動するだけでクラスメイトが道をあけてくるし、プリントの受け渡しの時とか妙にへりくだられている気がする。犬山君とか特に。
アレかな?僕が化け物にでも見えているのかな?だとしたらとんだ勘違いだ。どこぞの似非シスターどころか、赤城さんと彼女率いる蛮族集団に比べれば自分などどこにでもいる凡人である。林檎以外。
いや、もう一つ特異な点があったな。巨乳美女ハーレムパーティーの主をやっている所も普通ではなかった!かぁっー……モテモテですまんな!クラスの皆!溢れちゃっているかもしれん、僕の『モテ力』ってやつが。
「く、ふふ……」
「………!?」
いけない。突然笑い声がもれたせいで運転している自衛隊の人がミラー越しに顔を引き攣らせている。引かれてしまっただろうか。
少し恥ずかしくなり、視線を窓の外に向けて『自分、別になんともないっすけど?』感を出す。お願いだから触れないでください。死んでしまいます。
そもそもこの人とか山崎さんとか、長身マッチョというゴリゴリのスポーツマンは苦手だ。自分も覚醒の影響で発育がいい方だが、それでも陰キャとスポーツマンではオーラが違うのだ。できる事なら関わりたくない。
いかに『モテ川モテ太朗』の自分とて、陽キャの象徴であるスポーツマンには勝てないのだ。近づかれただけで塩をかけられたナメクジの様になるのは必至。
え、熊井君?アレはスポーツマン以前に陰のオーラを放出する変態なので問題ない。
空気……自分は空気であると思い込むのだ。世界と一体となり、誰にも視認されない存在に……関わられる事なく、話しかけられる事なく。目的地につくまで無となるのだ京太朗……!
沈黙の中走る車。二十分ほどで目的地に到着し、駐車場に。
「到着しました」
「はい、ありがとうございます」
短くそう言ってさっさと車から降りる。やっと脱出できる!さらば陽キャの方。貴方は強敵だった……。
我ながら変なテンションになっていると思いながら、顔をあげた。
「きょ、う、た、ろ、う、くぅううううんん!!!」
車の中に戻りたくなった。
汗を流しながら駆け寄ってくる小太りのおっさん。手を大きく振って跳ねる様に走る姿は漫画のヒロインの様である。
だがおっさんだ。眼鏡と白衣がトレードマークな小太りのおっさんだ。現実は非情である。どうかうちの嫁たちでその動きをやり直してほしい。
「待っていたよ君ぃ!一日千秋の思いと言うが、正にそれだったとも!」
「えっと、おはようございます、矢島さん」
「ああ、おはよう!!」
今にも抱き着いてきそうな彼に、僅かながら重心をおとす。いつでも回避できる様にしなくては……。
じりじりと距離を取ろうとするこちらをよそに、彼はずかずかと間合いをつめてきた。くっ、背後の車が邪魔でこれ以上さがれない!
「落ち着いてください、矢島部長」
「あ、山崎さん。おはようございます」
「おはようございます」
矢島さんの斜め後ろで駆け足をしていた山崎さんに軽く頭をさげる。息も切れている矢島さんと違い、こっちは汗一つ掻いていない。いったいどういう鍛え方をしているのか。
「さあ、早速ついて来てくれたまえ」
「あ、はい」
急かしてくる矢島さんに応え、彼の後に続く。ここのダンジョン、人気でも不人気でもない普通ぐらいのダンジョンと聞いていたが……周囲には自衛隊の車両以外見当たらない。
歩き回っているのも自衛隊員ばかり。まさか、ストアを貸し切りにしたのか?いや貸し切りって言い方も変だけども。
やる事が派手だなと思いながら自動ドアを潜れば、やはりそこも自衛隊員だらけ。机やらなんやら置いて、そこにパソコンを並べたり何かの計器をつけたりと忙しなく動いている。
そんな中を早足で進んでいく矢島さん達に続き、ロッカールームへ。
「では、ここで着替えたらすぐにゲートのある部屋に来てくれ。こちらの準備はできている」
「あ、はい」
さっきの人達、まだ色々と作業していたけどいいのか……?
そう心の中で疑問符を浮かべていると、矢島さんがぐいっと距離をつめてきた。え、なに?
「ここには私と山崎君。そして君しかいない。だから言ってしまうが――今回の探索ではとにかく、『全員生きて帰る』事を最優先してくれ」
「え、はい。それは当然ながら……」
そりゃ勿論そうするつもりだ。今更そこまで念を押さなくても。
困惑しながら答えると、矢島さんは大きく肩をすくめる。
「実はね、どこから漏れたのか『ユマニテ』とかいう団体が『金剛』の事を中途半端に知ったらしいんだ。それで一部界隈ではウチの名前がひっきりなしに出ていてね。電話がひっきりなしにかかってくるんだよ」
「ああ、確かに。この前もその団体の人達が演説しているのを見ましたよ。『自衛隊の秘密兵器を自治体に配れ』的な事を言っていました」
「君もそれを聞いたのか……大半の議員方は無視を決め込んでいるんだが、少数ながらこれは選挙に使えると動き出している人達もいてね。ウチに向けられる期待が凄いのなんの。もはや過剰だよ。その上、色んな所でもめ事も起きている様だし」
「それは、また……」
なんとも難儀な話だ。だがそれならストアの貸し切りなんて派手な事をした理由も察せられる。
恐らく、『金剛』を利用したい派閥の人が動いたのだ。もしくはそういう人達を黙らせるためのガス抜きか性能確認。どちらにせよ、矢島さんからしたら面白くはないのだろう。
「どうしても結果を出したいお偉方には悪いが、私は『金剛』が彼らの望む物ではないと知っている。だから『Cランクダンジョン』で実験なんて反対なんだが、給料を貰っている身では逆らえなくてね。せめて君に装着者達を守ってほしいのさ」
「なるほど、そういう事でしたか」
「それに、君と戦った後に『金剛』、いいや『金剛二式』もかなり強くはなってね……少しだけ、アルトゥール君達装着者もやる気が出過ぎてしまっている。それでも彼らなら引き時を間違えないだろうが、万が一は考えていてくれ」
「はい」
つまりそっちの方も勇み足になっている可能性があると。だが、矢島さんの口ぶりからして『可能性があるだけ』っぽい。まあ、こちらとしても彼らはそこまで調子に乗るタイプには思えない。
特にエミリアさんとか、かなり強かな人だったし。
「よろしく頼むよ。最悪機体はダンジョン内に放棄しても構わない。とにかく彼らを連れて帰ってくれ。それが私の依頼だ」
「承りました」
彼の言葉に力強く頷く。
政治とかそういうのはわからないが、人命第一なのはよくわかっているつもりだ。何より、装着者の命を優先する姿勢は好感がもてる。全力は諸事情により出せないが、本気は出すつもりだ。
「それにしても。せっっっかく機体のコンセプトも固まりだした時にこんな実験……もしもテスター達を失う事になったらどうするつもりなのか、お偉いさん達は!」
「矢島さん……」
本気で怒りを覚えているらしい矢島さんに、彼らの間にも強い仲間意識があるのだなと少しだけ心が温かくなった。
「一番高くて貴重な部品はパイロットだというのは既存の兵器でわかっているだろうに!彼らはちょうどいい弱さの覚醒者で、ちょうどよく他に行き場所がなく、ちょうどいい冒険者だったんだぞ!!」
「矢島さん?」
「機体は金さえあれば作れるが、装着者は金と時間両方かかるんだぞぅ……!『ケモノ狩りの武器』を一刻も早く完成させたいのに、そんな事になったらこの仕事を辞めて桜井自動車かアメリカにでも行ってやる!」
「矢島さんェ……」
……いや、うん。いいんだけどね。
人命第一というより開発に支障が出るのが嫌らしい。それでも結果的にアルトゥールさん達を心配しているから、自分から何か言うつもりはないが。
ただ、矢島さんの背後で山崎さんがぼそりと『タイキックカウンター、84%。95%を超え次第ケツに叩き込む』とか呟いているが、気づいていないのだろうか。
歯ぎしりしながら天井を睨んだかと思えば、がばりと矢島さんがこちらの肩を掴んでくる。
「くれぐれも頼むよぉ。彼らは良いテスターなんだ。今失うのは『金剛』四機を失うよりも酷い損失になる!」
「わ、わかりました。頑張ります」
……と言っても、護衛任務なんてした事ないんだよなぁ。
ロッカールームから退出した矢島さん達を見送り、小さくため息をはく。
こういうのは、たぶん赤城さんの方が詳しいと思う。勝手なイメージながら、あの人ってオールラウンダーだけど守りが一番上手そうだ。だって前に会った時、常に『桜井さんを守れる位置』にいたし。
ただの勘だけどな。けど時々警戒する様に僕の事を見ては、桜井さんの立ち位置を気にしていた様に思えた。桜井さんは桜井自動車代表のお孫さんらしいし、不思議な話でもない。
そんな人がわざわざ自分に?矢島さんの希望もあったかもしれないが、たぶん赤城さんだって『金剛』や彼の事は重要に思っているはず。なんせあの人は、今度の神代は早々終わらないと語っていた。ならば、『金剛』の様な装備が今後重要になってくるはずである。
本人でなくとも、黄瀬姉妹や……なんかあの青メッシュ眼鏡の人でも僕よりは適任に思えるのだ。それなのに僕に白羽の矢が立った。
中々連絡がつかないし、どうにもかなり忙しいらしい。専属とは言えバイトに等しい身としては詳しく知りようもないが、いったい何があったのやら。
同時期に東郷さんとの連絡も取れなくなった。いやメールは偶に届くけど、彼もまた忙しいらしい。文章では氾濫の復興とかで県庁の仕事が大変と書いていたけど。
……よそう。これ以上考えても意味はないし、大して興味もない。
赤城さんも東郷さんも信用できる人だ。であれば、自分は任された仕事に集中しよう。
東郷さんは『恩人』。赤城さんは『上司』。矢島さんは今回の『依頼主』。アルトゥールさん達が『護衛対象』。
今はそれだけ頭に叩き込んでおけば、後はなる様になれだ。黄瀬さんには怒られそうだが、あいにくと自分は頭のいい方ではない。難しい話など、探索前に考えていては脳がゆだってしまう。それはいけない。
ロッカーを開け、着替えを始める。
思考を完全にダンジョンでの探索に切り替えながら。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
ルーキーと言うには濃すぎる経験を積んできて、熟達と言うには技量含め足りない部分の多い珍獣。それが京太朗ですね。




