第九十一話 悪い大人
第九十一話 悪い大人
サイド 大川 京太朗
広い演習場にて、獣と人を足したような石くれの怪物が暴れ回る。
狼に似た頭部。しかし首から下は人に近いのはライカンスロープを連想させるが、その尻尾はまるで槍の様に鋭く長い。
体高は二メートル半ほどで、前腕が異様に大きく爪も大型の鉈めいた厚さを持っていた。
それと戦うクラスメイトのパーティー。だが、自分以外は一斉に模擬戦を始まったというのに既に戦闘音は『一つ』しかない。
「彼ら、もしかして大川君のお友達ですか?」
「はい、まあ……」
で、その光景を何故か黄瀬さんの隣で見学させられていた。
余っているゴーレムを椅子にし、更には別のゴーレムに漫画でしか見ない大きな草のうちわを扇がせている姿は幼女の様な見た目に反し女帝の風格が。
最初は各パーティーがゴーレムとそれぞれ一体ずつ戦闘を始めたのだが、大半が瞬殺。相原君みたいに粘る奴もいたけど、彼もゴーレムの突破力に敗北を喫した。
まあ、あの残念イケメンの場合雪女を召喚していなかったし、手札を隠した結果だったけど。
それを踏まえた上で考えても、黄瀬さんのゴーレムは異様に強い。獣の俊敏性と人の理性を併せ持つその動きは捉えるのが難しい。
で、そんなのと『五分』以上戦っている唯一のパーティーが熊井君と魚山君である。
他のクラスメイト達も離れて見学をするなか、彼らの戦闘は続く。
「しゃらああああああああああ!!」
空気をビリビリと響かせながら熊井君がゴーレムの脇腹に蹴りを叩きこむ。アレはたしか、三日月蹴りか。
そして出来上がった距離に二体の『シーモンク』が割って入り、更にはその後方から魚山君の放った水の槍が放たれる。
だが、それをゴーレムは軽快な動きで避けるなり壁役たちを迂回する様にして弧を描いて駆けた。その速度は競走馬すら上回る。なんなら、その軌道にはフェイントまで織り交ぜられていた。
異様に大きい前腕も使っての四足移動。舌打ちしながらそれに対応しようと魚山君との間に入る熊井君だが、彼に放たれたのは爪でも体当たりでもなく『砂煙』。
勢いよく振るわれた尻尾が巻き上げたそれに彼が視界を奪われる中、ゴーレムは跳躍。落下先は、当然ながら魚山君がいる。
右腕を振りかぶるゴーレム。しかし、そこに水の塊が飛来した。
空中では避けられない様で、石くれで作られた巨体が弾かれて落ちていく。猫の様に着地したそいつを見ながら、魚山君が眼鏡をかけ直した。
「……なるほど。そういう事か」
彼が一度こちら……黄瀬さんを見てそう呟く。そこからは面白い様に魚山君の魔法がゴーレムに当たりだした。
「時に大川君」
「え、はい」
その光景に内心でガッツポーズをしていたら突然黄瀬さんに話しかけられたので、慌てて答える。
睨まれるかと思ったが、彼女は微笑みを浮かべていた。
「君はニュースや新聞はちゃんと見ていますか?」
「あーっと、偶にですが……」
「なるほど。出来る限り色々な媒体で情報を取る事をお勧めします。『知っている』というのは武器ですから。冒険者だからと言って、モンスターの情報ばかりでは駄目ですよ?」
「はい、わかりました」
「それと、当然ながら受け取った情報を鵜呑みにしてはいけません。その辺は皆さんにもまとめて言いますが」
「は、はい」
そうこう話している間に魚山君が水の縄でゴーレムを拘束し、そこを熊井君がラッシュを叩き込んで破壊した所だった。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅぅぅ……」
肩で息をする二人に、ゴーレムから降りた黄瀬さんが拍手を送る。
「よく頑張りました!皆さん、雄姿を見せた級友に拍手を!」
黄瀬さんの声に、まばらながらクラスメイト達が熊井君達に拍手を送る。当然自分と相原君も手を叩いた。
「はい、ではそちらの眼鏡君。お名前は?」
「……魚山健吾です」
「魚山君。なぜ途中から私が操るゴーレムの動きがわかったのですか?」
「糸がある事に気が付いたので」
「糸?」
熊井君をはじめ生徒達が疑問符を浮かべる中、黄瀬さんが軽く手を振るった。
すると、彼女の五指から細い魔力の糸が出ている事に気づく。いや、視えるようにしたのか。
自分は『元々視えていた』ので、どっちかはわからないが。
「その通り。魔眼持ちでもないのによくわかりましたね!」
「前衛が時間を稼いでくれたおかげですが」
「はい。そっちの筋肉の君もとても頑張りました」
「うっす」
黄瀬さんが椅子にしていたゴーレムを隣に移動させる。
「まず、この中の何人かは『ただのゴーレム』と油断していましたね。そういうのはよくないですよ?」
首をコテンと傾げながら笑みを浮かべたままの黄瀬さんだが、彼女の眼は笑っていない。
「これらがただのゴーレムではないと気付ける情報はいくつもありました。まず額に文字がない。この段階でよほど高性能か、逆に低品質か、あるいは『裏技』があるか。それらの可能性を考えるべきでした」
彼女は傍らにゴーレムを跪かせ、その額を軽く撫でる。
「低品質という可能性は、戦っていればすぐにないとわかるでしょう。では高性能かどうかについてですが、学生である皆さんに『壊していいよ』と出した段階でありえません。一体いくらするかわかりませんから」
あのゴーレム達は『C+』相当。魔法使いの用意した陣地以外で動かすとなれば、かなりのコストが必要になる。そのうえ、額の文字まで隠蔽済み。
たしかに、これを十体も用意したらそれだけでビルが建つだろう。
「では消去法で何かしらの絡繰りがあると気付くべきです。それこそ、操っている私の方を見れば時々指を動かしていたのがわかるはずですからね」
「……それ、ずるくないっすか」
むすっとした顔で、犬山が呟く。
「はい、なんでしょう」
「だってこれって『対モンスター戦』の訓練すよね。それで人間の黄瀬さんの方を見て判断するのは違くないっすか」
露骨に不機嫌そうな彼に、黄瀬さんが笑顔で手を叩いた。
「すごい!正に私が求めていた『不正解』です!」
「はぁ?」
「だって私は、一度も『対モンスター戦の授業』なんて言っていませんよ?」
「……え?」
そうなの?
思わず黄瀬さんの方を二度見したら、例の笑っていない目を向けられた。あ、これやべぇ。
「……ゴーレムの姿を視て勘違いした人もいれば、そもそも冒険者が相手するのはモンスターだけという考えが皆さんの中にあったのでしょうね。前者はともかく、後者は正しいです。『正しいだけ』です」
黄瀬さんの笑みが、純真な少女のものから性悪な悪党のそれへと変わる。
「世の中、正直者だけなわけないでしょう?人は、簡単に人を騙します」
明らかに堅気じゃないその笑みに、酒井先生以外の面々が顔を強張らせる。当然、自分もだ。
というか未だ隣に立たされている身としては一番恐怖を感じている自信がある。帰りたい!
すぐに元の笑みに戻り、黄瀬さんが続けた。
「世間でどのように言われようとも、覚醒者の力は非常に強力です。それこそ、やり方次第では都市機能なんて簡単に破壊できますし、強い人が本気になったら国としての機能に甚大な被害が出るでしょう」
「で、でもテレビで覚醒者はもういらないって……」
犬山君がぼそぼそと喋るが、その声に力はない。彼も苦し紛れに噛みついただけなのだろう。
「そうですねー。政府がどの程度の兵器を持っているのか私も把握しかねますが、じゃあ覚醒者が弱くなったかと言えば、違うでしょう?」
「あ……」
「警官が新しく機関銃を持っているから、誰かが機関銃を持っていても安心だとはなりません。そして、民間人なのに合法的にそんな武器を持っている存在がいたら、わるーい大人は絶対に声をかけてきます」
ようやく、彼女の言いたい事がわかった。
「ゲームとかでもいるでしょう?嘘の依頼で主人公に悪い事させるクライアントって。あるいは、騙して引き込んだあと罠に嵌めるとか。私達覚醒者は、常にそういった事を警戒しなければなりません」
言われてみれば、反社会的な組織に所属する覚醒者が多いと聞いた事がある。『賢者の会』関連のニュースで覆い隠されているけども、そっちに走る奴も多いのだ。
だからこそ、『覚醒者=危険な人』なんて考えを持つ人もいるわけだけど。
「今回の授業では、『戦闘中に思考を止めない』事と、『疑う事を覚えてね』っていうのを学んでくれればOKです!戦闘経験は、まあおまけかな?」
そう言ってから、彼女はするりと犬山君の方に近づいてそのまま彼の手を取った。
「君は純粋ですね。お姉さん心配です。ちゃんと悪い大人は世の中にいるって、考えなきゃだめですよ?」
「は、はい!」
犬山君が顔を真っ赤にして答える。うん、その人見た目はいいからね。上目づかいで心配そうに、幼い顔立ちなのにお姉さんぽく『めっ』ってされたらロリコンでなくともちょっとトキメキを感じちゃうのはわかる。
だが忠告が二つある。その人は脳みそ蛮族っていうのと、彼女さんの存在を忘れてはならないという事だ。めっちゃ睨まれているぞ。
犬山君の今後に心の中で合掌していれば、これまたするりと黄瀬さんがこっちに戻って来た。
何気に、この人の足さばきも『恐い』な。自然過ぎる。
武道というのはよくわからないが、それでもかなり洗練されているのはわかった。いわゆる『遊び』ってやつはあるのに、隙がない。戦士というか、暗殺者?いや本物の暗殺者なんて見た事ないけど。
「それではおまたせしました大川君!この授業のしめとして、最後に特別なゴーレムと戦って頂きます!皆さんも、こっちのは純粋に戦闘訓練の一環として見ていてくださいね?」
「はい」
黄瀬さんに手で示された場所に移動し、魔装を展開する。
それにしても、恐い人ではあるが意外といい人なのかもしれない。なんだかんだ生徒に怪我人はいないし、ためになる事も教えてくれている。
これならやはり自分が感じた恐怖など杞憂だろうと思えた。あるいは、黄瀬さんが授業に緊張感をもたせるためにそう振る舞ったか。
そんな感じで、リラックスしてツヴァイヘンダーを構える。レイラ達は当然出さない。やはり独占欲があるし、手札を見せたくないのもあった。
黄瀬さんが、笑顔でアイテム袋から何かを取り出した。
「……椅子?」
それは一脚の安楽椅子。高そうではあるが、魔力の類は感じられない。
……何かがおかしい。このタイミングで何故それを?緩みかけていた気を引き締め直す。
「安心してください。これは本当にただの椅子ですから」
そう笑って彼女が椅子に腰かけ、無防備に体を預ける。
あまりにも隙だらけな姿だ。これから模擬戦をする様には思えない。だが、何故だろう。
「京太朗……?」
熊井君の疑問の声が聞こえる。だが答えている余裕はない。
重心を落としていつでも動けるようにしながら、剣を八双に近い構えに。そして兜の下では魔眼である瞳に限界まで集中する。
やばい。なにかわからないけど、やばい。
この空気を知っている。魔眼が『とびっきりやばい未来』を見せてくる直前の空気だ。それこそ、ドラウグルの融合体やミノタウロスと戦う直前みたいな。
「良い反応です。赤城さんが警戒するだけありますね」
そうほほ笑んだ後、黄瀬さんが目を閉じる。同時に、彼女と自分の間に立ちふさがる様にして歩み出た一体のゴーレム。
クラスメイト達と模擬戦をしていた他のやつらと同じ様に見えるそれは、しかし異様な迫力を放っていた。
今すぐ斬りかかりたい。これが模擬戦でなければ、何かをする前に破壊しなければと吠え立てる本能に従って突貫しているところだ。
「ちゃんと『待て』もできているのですね。偉い偉い。けどあんまり待たせるのも可哀想だから、ちゃっちゃと始めちゃいましょう」
瞬間、ゴーレムの姿が変わる。
全身は固まった溶岩の様に黒く染まり、瞳の様な部分は血の様に赤く染まる。前腕に生えた大ぶりな爪は紫色に彩られ、ばきりと、口元の意匠が裂けて本当の口の様に開いた。
そして、その背中。丸められて少しだけ見えているそこが、どんどんひび割れていく。
黒い装甲を割りひらいて出てきたのは、いくつもの赤い帯。一つ一つは幅五センチほどで、長さも一メートルいくかどうか。それが九本ぐらい生えていて、まるで海水に揺蕩う海藻の様に動く。
『さあ、特別授業です』
瞬間、魔眼が発動した。
咄嗟に動かした剣の鍔が凄まじい衝撃を受け、身体が後方に吹き飛ばされる。二度、三度と足を地面につけた後、両の足裏でしっかりと土を踏みしめ砂煙をあげながら停止する。
その間、決して視線は『敵』からそらさない。自分が先ほどまで立っていた位置で振り抜いた爪を引き戻す、黒いゴーレムを。
『流石にこれぐらいは防ぎますよね。けど、姿勢を崩してもくれないのは少しショックです』
可愛らしい声が、ゴーレムのずらりと並んだ牙の奥から聞こえてくる。それは間違いなく黄瀬さんの声だ。
だが彼女は安楽椅子に座り目も口も閉じたまま。そして、その指先から魔力の糸は出ていない。
『もちろん、手加減はします。私『も』手札を全て晒す気はないので。で、もぉ』
ゆらりと、黒いゴーレムは重心を落とした。だらりと脱力しながらも、しかし次の瞬間には襲いかかって来そうなその姿は野生の獣を連想させる。
だが、獣とは違いその歪な笑みはあまりにも人間的だ。
『ちょっとだけ、興が乗ってしまいました。少し大人気ないかもしれませんけど……死なないで、くださいね?』
「………」
無言で剣を構えなおしながら、内心でごちる。
やっぱり蛮族じゃないかな、この人。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.緑色なんか京太朗に厳しくない?
A.緑色の認識としては
他の子『学生』、京太朗『プロ』+ほぼ身内判定って感じなので、
黄瀬翠
「おめぇは『一人前の冒険者』なのか『まだ青い若造』なのかどっちなんだよ……」
と困惑した結果ですね。




