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第五章 プロローグ

第五章 プロローグ


サイド 大川 京太朗



 あの依頼から少し経ち、九月の中旬と下旬の間ぐらいの頃。ようやく気温も下がりはじめた様な、そうでもない様な今。世間ではとあるニュースが話題になっていた。


『賢者の会の闇が暴露!元信者の悲痛な叫び!!』


『上位覚醒者が集まるはずのあの宗教団体が対処できなかったダンジョンの氾濫に、自衛隊と警察だけで解決できた事について軍事評論家の加藤さんから意見を――』


『いやぁ、こんな都合のいいタイミングで自衛隊が近くを通りますか?私はあのダンジョンの氾濫は人為的に起こされたんじゃないかと――』


『賢者の会の悪事を突き止めた英雄。それはなんとクレタのダンジョンで多くの命を救った女性警官が――』


『自衛隊で導入されたという対モンスター用の装備について。防衛省の高山さんにお話しを――』


 などなど。大体こんな感じのが連日報道されている。寮の食堂でテレビをつけたら基本的にこんな感じだ。


 九月の中旬。『ちょうど自分達が依頼で富士演習場での間引きをしている頃』に、『賢者の会』がダンジョンの氾濫に巻き込まれた。


 元々『ゲート隠し』の魔道具が流行っていた事もあり、あそこがプライベートダンジョンを保有していた事に驚きはない。そして、この氾濫を鎮めたのが来年の日米合同演習のため準備中だった自衛隊の部隊だと言う。


 何やら『賢者の会』の闇について調査をしていた緒方さんと自衛隊の部隊が協力し、逃げ遅れた信者達を救助。無事にダンジョンの拡大を止めたのだとか。


 だがその際に、『人権を無視されて牢に繋がれていた信者』や『違法な薬物を育てている畑』を発見。更に救助した人からの証言で『賢者の会』が異能を使って誘拐や強制猥褻、器物損壊や殺人までしていた事が発覚したのである。


 その出来過ぎな展開を不審に思う人もいるが、それ以上に『覚醒者集団の犯罪を暴いた』『覚醒者集団でも対処できなかったダンジョンの氾濫を国の組織が解決した』事が重要に思われている気がしないでもない。


 自分は詳しくないのだが、日本の株が世界的に見てもかなり上がっているとか。それだけ、非覚醒者でも強いモンスターを倒せるというのが魅力的に聞こえたのだろう。


 あの『金剛』でも使ったのだろうか?しかしアレだけで『賢者の会』が壊滅……それも『A+』覚醒者の小山耕助が死亡するほどの氾濫に対処できるだろうか?


 いや、ファイアードレイクとかでも、弾頭をダンジョン産金属にした戦車砲を撃ちまくれば倒せるか?けどなぁ。


 脳裏に浮かぶ、少し前に東郷さんと電話をしてから様子がおかしくなった花園さんの姿が浮かぶ。そして、気が付けばスマホのカレンダーと『賢者の会』で氾濫が起きた日を見比べてしまう。


 ………やめとこ。


 こういうのは考えるだけ損な場合が多い。ワタシ、一般ピープル。ナニモ知リマセーン。


 色々とアレな考えが頭をよぎるが、個人的にも『賢者の会』が潰れたのは喜ばしい事だ。あいつらのせいで世の真っ当に生きている覚醒者の評判まで落ちていたし。


 ただそれでも気になってしまうのが、東郷さんの事。


 花園さんと何を話したのか知らないが、彼は今回の事を知っていた?ただの県庁職員なのに?


 ………アニメでも見て寝よ。


 これまた考えるのをやめて、スマホの画面を切り替える。


 寮暮らしになってから、アニメはネットで視るようになった。流石に寮の部屋にテレビはなぁ。いや、この前相原君が業者さんに頼んで取り付けたって聞いたけども。


 僕はどうすっかなぁ。懐は温かいけど、流石に躊躇する。金銭的にというより、ものぐさな理由だ。ぶっちゃけ面倒くさい。


 そんな事を考えつつ、『おっぱい魔法少女☆マジカルパイネ!』を見始める。ふぅ、やはり深夜枠の魔法少女は無法だぜぇ!!



*  *   *



サイド 東郷美代吉――本名:西園寺康夫



 夜のレインボーブリッジを少し遠くに視ながら、紫煙を吐き出す。


 ダンジョンの氾濫で人の住めない土地となった新宿から港区もそう遠くない。そのせいか、あの橋を渡る車も随分と少なくなってしまった。


 その事にどこか寂しさを覚えながら、目当ての人物がやってきたのを足音で察する。


「やあ、南条君」


「……東郷さん」


 真面目を擬人化したような部下に、笑顔で振り返る。


 細面に細い体つき。しかし視る物が視れば、スーツの下には最低限『戦える』だけの筋肉がつけられている事がわかるだろう。


 視線を細める彼に、軽く肩をすくめた。


「君と待ち合わせしていた記者さんだが、体調不良らしくてね。代わりに私が来たよ」


「……殺したんですか?」


「おいおい。物騒な事を言わないでくれよ。彼なら今頃、病院で体を診てもらっているはずさ」


 嘘は言っていない。嘘は。


 こちらがまともに喋る気がないと察したのだろう。五メートルほどの距離をたもったまま、彼は小さくため息をついた。


「私を止めに来たんですか」


「そうだね……正直驚いているよ。君らしくない行動だ」


 こちらも笑みを消し、右手を差し出す。


「スマホと、例の資料を渡しなさい。そうすれば見なかった事にする。君が別の場所、別の人間に預けた物は全て回収済みだ。残るは、それだけだよ」


「……らしくない、ですか」


 自嘲するような笑みを浮かべ、南条君がこちらを見る。


「私らしいってなんですか。私は、本来『正義の味方』になりたくて警察になったんです。そして、必要なら法を破っても来ました。あの作戦についても、許容できるぐらいに」


「……そうか。だったら、なおさらその資料を渡してくれ」


「渡せませんよ。これは、『賢者の会』が『ゲート隠し』を広めた証拠なんです」


 そう。南条君が持ち出したそれは、あの宗教団体がダンジョンの氾濫を各地で引き起こす計画を記した書類。


 あの団体の力を強めるために行われた非道の証拠。まさか残っているとは思っていなかったが、『裏』で彼らを使っていた者はその辺に頓着しない奴なのかもしれない。


「正義のために行う悪は飲み込みましょう。ですが、これは見過ごせない!何人の国民が奴らのせいで死んだと思うんですか!この資料は世に出すべきです。そして法によって裁かれなければならない!!」


「正義のための悪を許容するというのなら、未来のための悪も許容しろ。南条」


 我ながら硬い声が出たと自覚する。


 正義、ね。私も彼も、この言葉を口にする資格があるのやら。たとえ国民のためだとしても、悪をなした段階でその権利はなくなっているだろうに。


 それでも、それを理由にしなければ心が壊れてしまいそうになるのは理解できるがね。


「その資料が世に出れば、『賢者の会』どころか覚醒者への敵意は抑えきれなくなる。非覚醒者と覚醒者の殺し合いが始まるぞ」


「だとしても!それを決めるのは国民であるべきです。それに、今更ではないですか。東郷さんだってわかっているはずだ。もう止められない!既に導火線に火はついている!」


 南条君の大声が響く。人払いは既に済んでいる故に問題ないが、やはり普段冷静な彼らしくない姿に思えた。


「自衛隊は活躍し過ぎました。警察も上層部の保身のため英雄を祭り上げ過ぎた。『覚醒者なんていらない』。そんな声が、どれだけ広まっていると思います?」


「……否定はしないよ。だが、だからと言って導火線を切り詰める行為を見逃すと思うか?」


「東郷さん……貴方だって、正義を志して警察官になったんじゃないんですか……!」


「だからこそ。私は今こうしている」


 後悔は、ある。だがそれでも、私はこの道をゆくと決めている。


 南条君の手がスーツの内側に入るのを視ながら、タバコをもう一度咥えて大きく吸い込んだ。


 ……ああ。その行動が、『君の正義』故になされた事なのならば。私はその銃弾を潔く受けよう。『見誤る』様な愚か者ならば、私の道はここまでだったに過ぎない。


 風が吹く。私が風上で、彼が風下。その状況で、南条君が拳銃を引き抜くと同時に。



 私は持っていた煙草を彼に弾いた。



 公安として鍛え上げた動体視力が、己に飛んでくる煙草を冷静に捉える南条君の瞳を視る。


 彼は最小限の動きで煙草を回避しながら、視線は私から逸らしていない。煙草の先端が耳をかすめようと、気にするほどの痛みはないと踏んだから。


 それは正しい判断だ。『公安の人間としては』。



「が、あああああああああああ!!??」



 悲鳴が響く。それは当然私のものではなく、そして南条君のものでもない。


 聞き覚えのない……いいや。『複数の人間が同時にあげた様な悲鳴』。それを発しながら南条君は銃を取り落とし、両手で顔を覆う。


 その様子を視界におさめながら、片目だけ地面に落ちた煙草を視る。


 古代より、人ならざるモノが煙草を嫌う伝承は多く語り継がれてきた。そして、アレには少量ながら魔除けの薬草も混ぜておいた。酷い味だったが、効果はあったらしい。


 あって、しまったらしい。


『ギ、アア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!』


 南条君の顔が歪む。比喩ではない。本当に歪んでいるのだ。


 左半分は斜め上に伸び、右半分は真横に伸びる。そして顔の中央から上下左右に開き、いくつもの目玉とずらりと並んだ鋭い牙を覗かせた。


 明らかに人間ではないその様相。それを黙って見つめる自分に、南条君だった何かは両手を前に突き出して襲いかかってくる。


 鍛えた人間程度の速度。なるほど、どうやら身体能力は元になった人間と同程度らしい。


 直後、化け物の頭が吹き飛ぶ。首から上を失った身体は数歩だけ踏み出した後、地面に崩れ落ちた。


 赤い血が地面に飛び散る中、物陰から一人の鎧武者が現れる。黒塗りの甲冑は闇夜に紛れ、彼の姿を視え辛くしていた。たしか、そういう異能も持っているはずだ。


「悪いね、酒井。こんな所に呼び出して」


「離れろ、東郷。まだ消滅していない」


 弓を魔力に戻しながら腰の刀を引き抜く酒井が自分と南条君の身体との間に立つ。


 だが、その必要はない。


「いいや、消滅したよ。君が弓矢で吹き飛ばした頭は、確かに粒子となって消えた」


「切り離された部位がそうなるのは当たり前だ。だが、体が残っている」


「当たり前だ。アレは人間の体だからな」


「……なに?」


 不思議な話だ。戦闘を生業にする自衛隊の彼より、殺さない事を生業とする警官の自分の方が人の死体に詳しいのだから。


「この血の臭いは間違いなく人間のそれだし、頭を失った人間の死体そのものだよ、アレは」


 酒井の脇を通り、南条君の身体に近づく。しゃがみこんで手首を掴めば、まだ温かい。先ほどまで生きていたのだ。


 油断なく刀を構えながら、酒井が傍に立つ。


「どういう事だ……確かにさっきのは人間ではなかったぞ」


「ああ。それは間違いない。だが、非覚醒者の私にも視えていたのは気になるね」


 スーツの懐を漁り、スマホと資料の入ったUSBメモリを確保。これでひとまずはこの国を延命できる。


「聞いた事がないぞ。人間に擬態したモンスター?それに、ここはダンジョンの外だ。いったいどうやって魔力を……」


「それを考えるのは我々の仕事ではないさ。餅は餅屋に頼むべきだろう」


 一瞬だけ、南条君の左薬指を視る。そこには何もない。彼がかつて失った奥さんとの思い出は、なにも。


「悪い予想ばかりが当たるな、人生というやつは」


「……これからどうするんだ、東郷。人に化ける怪物がいるという事は」


「彼一人の犠牲だったなら、不謹慎ながら『良かった』と言えるんだがね」


 自分が投げた煙草を回収し、携帯灰皿にねじ込みながら立ち上がる。


「忙しくなるぞ、酒井。手伝ってくれるか?」


「……そういう所は『あいつ』に似たな。お前も」


「よしてくれよ。あいつほど熱血馬鹿ではないさ」


 胸ポケットにしまってあるライターに、スーツの上から触れる。


 ああ、本当に。嫌な大人になってしまったよ。部下の死体を前にして、涙一つ出てこない。


「ここまで知ってしまって、無関係ではいられんさ。ただでさえ今は生徒の命を預かる教師なんだぞ……教師を名乗っていいか、わからんがな」


「聖職者から程遠いからな、私も君も」


 若者に戦いを強制する我らは、間違いなく『悪』だ。


 正義の定義はわからない。それでも、これだけは断言できる。最悪な大人達だ。ここまでくると逆に笑えてくる。


「だから裏でこっそり動くとしよう。日陰者らしく、な」


「わかった。だがとりあえず、普段通りに振る舞えばいいのか?」


「ああ。それでいい」


 彼の死体を回収する為にも、スマホを操作する。ついでに、あの奇妙なモンスターについても知るために。


 南条君がそうだった以上、もはや政府内部は信用できない。であれば、外部に頼るしかないだろう。


『やあ、東郷さん。まさかこんなに早く秘密の電話が来るとは思わなかったよ』


「ええ。私も、こんなに早くこの番号に掛けるとは思っていませんでしたよ」


 電話越しに聞こえる女性の声に、苦笑いで答える。


「赤城さん。ちょっとばかり、力を貸していただきたい。とりあえず、桜井家のご当主に繋げて頂けますか?」


 彼が作ってくれた縁。大切に使わせてもらうとしよう。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスさん働きすぎ。過労死しない?
[一言] 寄生獣
[一言] いやな予感。 京太郎は対人戦なしとのことだけど、人に化けたモンスターとの戦いはあるのかな。 悪友たちがすり替えられていたら、京太郎は戦えるのだろうか? いや、あんな異常に濃い連中が黙ってやら…
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