第四章 エピローグ 後
第四章 エピローグ 後
サイド なし
獅子の男と『鋼王』が戦っている場所とはまた別の地点では、死者の群れが進軍していた。
皮も肉も削げ落ちた白骨死体はスケルトンそのままだったが、しかし身に纏うのはTシャツやジャージなど、普通の衣服ばかり。
「め、『冥王』様!?そんな、まだ我々が」
「ち、違う!俺は覚醒者だ!仲間だ!待て!待って!」
そんな死者たちの足元に流れる黒い霧。それが急速に広がっていき、自衛隊と戦っていた『賢者の会』側の覚醒者達に近づいていた。
黒い霧が触れるや否やその者達は脱力したように座り込み、悲鳴をあげながら取り込まれていく。
そして、ほんの数秒後には黒い骨のスケルトンへと姿を変えた。身に纏う武装は、先ほどまで覚醒者達が着ていた魔装のままに。
通常のスケルトンとは明らかに魔力の密度が違う。カタカタと歯を鳴らしながら、それらは他のスケルトンと共に戦列へと加わった。
「黙れ。たかが猿の兵隊とそれに従う愚か者共にも勝てぬ雑魚どもが。せめて我が兵士となれた事を光栄に思うがいい」
霧の中央。死者の群れに守られた位置に、一人の男が立っている。
髑髏をかたどったマスクで顔を隠し、豪奢な金の装飾で彩ったローブを着たその男。四天王が一角、『冥王』。本名、佐藤玄田。
彼が髑髏の飾られた金色の杖を動かせば、空を覆う程にどこかから死霊の群れが飛んでくる。
これらは彼の固有異能にて改造、貯蔵されていた元信者達。『冥王』を名乗る彼には、人間をアンデッドに変えて使役する事が可能だった。それも、通常の死霊魔法とは違い生前の強さそのままに。
「さあ、来るがいい政府の犬どもよ。もっとも、我が配下を目にする事ができているのはどれほどか。あいにくと、猿にも視える様にしてやるほど優しくは――」
「聖水散布!」
「聖水散布!」
佐藤の声を遮り、自衛隊の一部がグレネードを発射する。それらが空中で炸裂し、内部の聖水を降らせていった。
「……くだらん。凡百な聖水では我の……!?」
髑髏マスクの下で佐藤が目を見開く。彼の予想とは裏腹に、せっせと普段からため込んでいた兵士も死霊も溶けて消えていっているのだから。なんなら、今しがたアンデッドにした部下も消えている。
どういう事だと彼は慌てて視線を巡らせた。そして、散布された聖水の中にキラキラと光る粉末を佐藤は目撃する。
「まさか、高純度のミスリルを粉末に!?あ、ありえん!そこまで加工技術、制作系の異能持ちですら……!」
「半装填、よし!」
彼の覚醒者として優れた聴覚は、驚愕しながらもそんな声を遠くから拾っていた。
だが聞こえたからと言って、反応できるかは別の話。至近距離に落ちてきた榴弾の爆発に、まるで玩具の様に十メートル以上吹き飛ばされた。
「が、ああああああああ!!舐めるなよ猿どもがぁあああああ!!」
ボロボロになったローブの内側から、四体の亡霊が現れる。
それぞれがその輪郭を朧気にしているというのに、圧倒的な存在感を自衛隊の覚醒者達に与えた。警戒し武器を構える彼らに、佐藤は嘲りと焦りの混じった笑い声をあげる。
「は、はははは!これなるは死の四騎士!この我が手ずから作り上げた、死の具現である!たとえミスリル入りの聖水と言えど時間稼ぎにもならん!そしてぇ、こやつらのランクは『A』相当!貴様らに対応できるかな!?」
それぞれの得物を構え、突撃姿勢に入る四体の亡霊。それを前に、自衛隊の覚醒者達は動けずにいた。
下手に踏み込めば死ぬ。そう直感したのである。故にその場に留まる事を選択した。
「今更後悔してももう遅い!愚かにも死の王たるこの我に歯向かった事を後悔して――」
亡霊たちの身体がぐらつき、遅れて銃声が響く。
「……は?」
ありえない事だ。魔力の集合体である使い魔を普通の弾丸が捉える事はできない。
では、これが意味する事は――。
「狙撃班の射線を確保し続けろ。奴に近づかせるな」
「「「了解」」」
自衛隊の覚醒者達は動けなかったのではない。動かなかったのだ。自分達の役目を『壁』と決めていたゆえに。
続けて放たれる『聖別されたミスリル銀で覆われた弾丸』が、対物ライフルにより放たれていく。それらは四体の亡霊を消し飛ばす事はできずとも、徐々に霊体を削り動く事すらもできなくさせていた。
「ま、待て!こんな、ありえない!僕が負けるなんて!ふざけるな!ずるいぞ!」
仮面の下で、佐藤が吠える。だがそんな言葉に耳を傾ける者などおらず、ただ一方的に弾丸が放たれ続けた。
* * *
サイド 山崎二曹
「これは……」
続けざまに届く狙撃の命中報告に、絶句する。
今作戦の指揮所にて、護衛対象である矢島部長の傍で思わず呆然としてしまっていた。
まだ、通常の覚醒者に対物ライフルが通用するのはわかる。彼らとて人間だ。弾丸より速くは動けないし、一定以上の質量を音速でぶつけられれば無事では済まない。
だが、覚醒者達が使役する使い魔や亡霊までもが非覚醒者の隊員に撃破されていっている。『Cランクモンスター』の雪女すらだ。
それでいて現在警官、隊員の死者はゼロ。捕まり洗脳されていた人々も、無事保護されたと報告が来ている。
「いやぁ、良いデータが揃うねぇ!やっぱり実戦は大事だな!」
すぐ隣で、アドバイザー兼『整備責任者』として来ている矢島部長が呑気な声でそんな事を宣っていた。
そう、この戦果をあげられている理由は、彼にある。
一キロから一キロ五百メートルの距離より狙撃している部隊。彼らには『金剛』の着用かそのメインカメラ部分の装備が言い渡されている。
大川京太朗……『B+覚醒者』の動きを手加減があったとは言え追う事ができたカメラでもって、魔力の塊である使い魔達を捕捉し、撃ちぬいているのだ。
狙撃を成功させる『S』の練度もさることながら、彼らを戦いの舞台に引き上げた装備も驚嘆に値する。
ミスリルの高度な加工も、使い魔に通用する弾丸もこの人が編み出した。異能だけでは足りないと現代技術と融合させ、見事成し遂げたのである。
異能、魔法と言えどアカシックレコードとやらから引っ張ってきた『かつての神代の技術・知識』が限界。未来についてまでは、覚醒者達には知りえない。これができたのは、世界でも矢島部長だけだ。
理由は不明ながら大川京太朗と会ってからと言うもの、彼の意欲は今までの比ではない。モンスターに通用する弾丸を作る事は困難とされていたのに、今はこうして実戦に投入されていた。
視線を矢島部長に向ける。やはり、この人は必要な人間だ。自分達『戦えなかった者達』の希望になりうる存在だ……!
「うん、けどダメダメだね」
「はい?」
と、思っていたら。その本人が手元のタブレットを視ながらそんな事を呟いた。
「カメラも聖水もコストに比べて性能が足りていない。ここならいいが、魔力濃度が高ければどうなるか……なによりカメラの方が魔法薬での塗装がとれてきて……ああ、そもそも速度と精度が」
ぶつぶつと呟きながら、画面を操作していく矢島部長。あいにくと彼が見ているグラフの意味はわからないが、どうにも結果に対して不満があるらしい。
良い事だ。より強力な装備をこれからも彼には作ってもらわねばならない。そうでなければ、残念な事に我々は戦えないのだから。
……唯一この状況で心にしこりがあるとしたら、今回の作戦が国民を相手にしたものだと言う事か。
どれだけ綺麗ごとで誤魔化そうと、人を撃つために鍛えてきたのが我々自衛隊だ。それでも、まさかこの様な事になるとは……。
今回の作戦は、陸自の特殊作戦群。通称『S』を主体に各部署から信用のおける者だけが集められた極秘作戦。国民を相手に戦闘行動をする事になった彼らのメンタルが心配だ。
精神を病んでしまうか……それとも『血の味を覚えてしまう』か。なんにせよ、カウンセラーはダースで必要だろう。できるだけ名医が揃っている事を祈る。
「裏から逃げようとしていた四天王の『風王』、山下楓を確保!拘束中です!」
「『鋼王』、現在も交戦中。しかし我が方が優勢とのこと!救援は必要なし!」
「『冥王』佐藤の沈黙を確認!拘束に成功するも、医療班に彼の治療が必要と連絡が!」
次々と上がってくる報告に指揮官の一佐が指示を飛ばすのを視ながら、いつでも矢島部長の盾になれるように身構えておく。
この作戦に思う所があろうとも、彼の頭脳は今後の日本に必要不可欠だ。何があろうと、守らねばならない。
「……いっそ生体部品とか」
「蹴りますよ」
「冗談!冗談だからね!?」
それはそれとして、やらかしそうになったらケツをしばくが。
* * *
サイド なし
賢者の会本部。その奥を、一人の男が歩く。
外からの轟音も悲鳴も届かないこの場所で、彼は――小山耕助は鼻歌でも歌いだしそうなほどに上機嫌だった。
なんせ、初めて女神の方から彼を呼び出したのである。指揮だのなんだのは『些事』と部下に押し付けて、彼はスキップでもしそうな足取りでここに訪れていた。
「主上!今参りました!」
「ええ、耕助。忙しいのによく来てくれました」
最後の扉を開け放ち、小山は部屋に入る。鼻息荒い彼に、眼帯の少女は微笑みかけた。
「何をおっしゃいますか!御身の為ならば火の中水の中!どこへなりとも駆けつけましょう!」
「駆けつけるだなんて……私は、貴方を傍に置いておきたいのに」
「そ、それは……!」
くすりと笑う少女に、小山は耳まで赤くしながら口をパクパクと動かす。
「も、もったいなきお言葉……!」
「耕助……今、外では戦いが起きているのですね」
「は、はい!ですがご安心を。この私が出れば全て終わります。自衛隊だの警察だの。その様な雑兵の群れでは私を止める事はできません」
「頼もしい限りです。ですが、貴方も生きてここに戻ってこられる保証もない。だから……どうか、近くに」
「は、はい!!」
微笑みながら差し伸べられた、白く美しい手。それに導かれて、小山はふらふらと歩み寄る。
彼の脳内には、これから映画のワンシーンの様に口づけをしてくる女神の姿が浮かんでいた。これまで幾度も体を重ねてきたが、キスだけはなかったのに。
遂に女神の心を手に入れたのだと、小山はよりいっそう鼻息を荒くし、少女の前で直立不動になる。
「こ、これでよろしいでしょうか!」
「駄目です。もっと力を抜いて、そして腰をかがめてください」
「こ、腰を……そうですね。わかりました」
キスしやすい角度があるのだと考え、小山は言われたままに腰を曲げる。
それに少女は笑みを深め、まるで童女の様に純粋な瞳のまま――。
「ありがとう。とても刺しやすいです」
「えっ」
いつの間にか持っていた槍で、小山の首を貫いていた。
愕然と目を見開く小山だが、彼がそれ以上の反応をするよりも速く槍が横に振りぬかれた。
あっさりと肉が引きちぎられ、盛大に血しぶきが舞う。
「ああ、もったいない」
倒れてくる小山を恋人の様に抱き留め、少女は彼の首筋に顔をうずめた。
それから数秒。ぴちゃぴちゃと湿った音だけが室内に響く。
「ふぅ……ご馳走様、耕助」
ゆっくりと、丁寧に小山の身体を床に横たえさせる少女。上位覚醒者ゆえに未だ意識を保っている小山が、ヒュウヒュウと空気を傷口から出しながら視線で問いかけた。何故、と。
それに眼帯の少女は笑顔のまま答える。それこそ、夕食の献立でも語る様な口調で。その様子が血濡れた槍を持つ姿とあまりにも不釣り合いだった。
そう、木製の柄に鋼の穂先がついた槍。その一見なんの変哲もない古ぼけた槍で、唯一目立つ所と言えば先端にルーン文字が刻まれている事のみ。
だというのに、その槍は『A+』覚醒者である小山の首を簡単に貫いてみせたのである。
「残念ながら、貴方ではここに来ている存在に勝てません。ですがワルキューレもいない今、その魂を回収はできないのです。ですから、幾度も交わる事で魔力の性質を似せたあと、こうして直接頂く事にしました。本当はもっと後にするつもりだったのですが……」
「こっ、ひゅぅぅ……」
「安心しなさい。『エインヘルヤル』にはできませんでしたが、貴方の力は私の中で永遠に残ります。ずっと一緒ですよ」
少女の言っている事を、小山は理解できなかった。
なぜ、どうして。あんなに愛し合っていたのに。あんなに尽くしてきたのに。
そう疑問を浮かべるも、少女はただ笑みを浮かべるだけ。そこに一切の罪悪感も、それどころか蔑みも悪意もない。あるのは、慈愛と感謝だけ。
その表情に、ようやく彼は気づいたのだ。
これは、自分とは全く異なる生物なのだと。
人と似た姿。人と同じ言葉。人と同じ動作。それ以外にもどれだけ人と同じ部分、似ている部分があろうとも。この存在は、絶対に人とは相いれない。同じ時を歩けない。
散々『神』とこの存在を呼んでいたにも関わらず、今の今まで、小山耕助はコレを『ただ凄まじい力と美貌を持つだけの女』としか考えていなかったのである。
あまりにも遅すぎた認識の修正を最期に、彼は息を引き取った。
* * *
『東棟、クリア』
『西棟、クリア』
次々と制圧が完了した旨が通信機越しに届く。それを無線で聞きながら、緒方警部は『賢者の会』本部……その奥へと進んでいた。
彼女を中心に覚醒者の警官、自衛官が二名ずつ付いている。護衛兼、とある人物が『やり過ぎない』かの監視である。
そのある意味で最も警戒されている人物は、先頭を歩きながら優し気な声で緒方警部に話しかけた。
「緒方勇祢さん……でしたか?よい名前ですね。勇ましさと女性らしさが同居した、貴女に相応しい響きです」
「は、はぁ……」
敵地だというのに、あまりにも気の抜けた雰囲気を出す鎧の騎士。花園加恋。
普段ならば、恐らく緒方警部も彼女の気配に委縮していた事だろう。それこそ、大蛇を前にした鼠のように。
だが、まだ戦闘は終わっていないはずなのに花園加恋はその闘気を全力で抑えていた。そして、優しく語りかける。
「失礼ですが、その眼帯の下と左腕は作り物でしょうか?魔装や異能の類ではなく、ゴーレムの一種に思えますが」
「……はい。数カ月前に負傷しまして」
彼女の雰囲気に面食らいながら、緒方警部が答える。
足を止める事なく、花園加恋は言葉を選ぶようにゆっくりと会話を続けた。無論、その右手は鉄槌を担いだままである。
「なるほど。それは大変でしたね。ところで、治療はなさらないのですか?私、視ての通り『白魔法』が使えるんです。失った手足や眼球。内臓だろうと治してみせますよ?」
もしもこの場にバケツ頭がいれば『どこを視たらそう思うんだ』と言うかもしれないが、緒方警部から見れば聖騎士らしい装いの彼女は、確かに見た目から白魔法が使えても違和感がなかった。
だが。
「……申し訳ありません。お気遣いは感謝します。ですが、これは『罪の証』なんです。消す事はできません」
「罪の証?」
「……詳しくはお話しできません。どうか、お気になさらず。これでも問題なく戦闘が――」
「できませんよね?」
言葉を遮られ、緒方警部が眉をピクリと動かす。怒りからではない。突然心の奥底をつく様な彼女の声音に、驚いたのだ。
「重心の変化。視界は半分以下。遠近感の狂い。他にも色々あるでしょう。今の貴女は、とても弱い」
「……未熟は百も承知。ですが」
「原点を忘れてはなりませんよ?」
「は?」
何が言いたいのだと、緒方警部が花園加恋の背を見つめる。
だが聖騎士は振り返らない。穏やかな口調で。和やかな雰囲気で。しかし甘えなど許さぬと、心に刃を突き付ける。
「貴女のそれは自己満足です。誰もそんな事を望んではいないでしょう。貴女自身でさえも」
『自己満足』
その言葉に、今度こそ緒方勇祢は眦をつり上げた。細剣を握る手に力が入り、犬歯をむき出しにする。
敵地ゆえに大声で怒鳴る事まではしないが、その声音には殺意さえのっていた。
「貴女に……貴女に何がわかるんですか……!それほどの力を。才能をもっている、貴女に……!」
緒方警部は花園加恋の戦う姿を知らないが、通信で四天王の一角を捕縛し、囚われていた人達を全員無事に救出した事は聞いていた。そのうえ、動けない『賢者の会』信者を戦いに巻き込まれない様に助けて回っていたとも。
自分が戦う事すらできなかった相手を圧倒したうえで、誰かを助ける余裕すらある人物。それが緒方警部の持つ花園加恋の情報である。
他の誰かに言われたのなら、己が不徳と受け入れられた。むしろそう思われた自分の非才を恥じ入っていただろう。
だが、明らかに格上である花園加恋にそれを指摘されるのは緒方勇祢には許しがたかった。
周囲の警官も自衛隊員もそれを止めはしない。この場にいる緒方警部以外の全員が、万に一つも花園加恋の敗北を考えていないからこの会話を邪魔する気がないのだ。無論、周囲の警戒は油断なく続けているが。
あるいは、ほんの少しだが緒方警部の気持ちも理解できたのも口を挟まない理由の一つかもしれない。
「その力があれば、私は……私は……!」
「何をしたいのですか?」
「なにって」
「力を持ったら、何をしたいのですか?」
花園加恋の言葉に、緒方警部は言葉を詰まらせた。
何かを言おうとして、しかしただの息しか出てこない。彼女の脳が答えを探そうと必死に動くも、言語化する事はできなかった。
「今日の所はここまででいいでしょう。もうすぐ到着しますから」
背後の様子などお構いなしに、花園加恋は会話を打ち切る。彼女の前方には頑丈そうな扉があった。
電子錠と物理的な鍵で閉じられたそれを前に、彼女は数秒ほど思案する。
「……この奥にいますね。これは、油断できそうにありません」
先ほどとは打って変わって硬い声を出す花園加恋に、自衛隊員が武器を持つ手に力を籠めた。
「それほどの相手ですか。小山耕助は」
この自衛隊員は国からの依頼で『Aランクダンジョン』の間引きを行う花園加恋の姿を視た事がある。
絶対的強者である彼女が、ここまで警戒心をあらわにした事が信じられなかったのだ。
「いいえ。そちらは『もうどうでもいい』」
「え?」
「他に、何かいます。私の後ろから絶対に出ないでくださいね?きっと、『行き掛けの駄賃』として殺されてしまいますから」
そう言うや否や、花園加恋は鉄槌を振りかぶった。
その姿に隊員も警官も顔を引き攣らせて緒方警部を守る様に防御態勢をとる。唯一いったいどうしたのかと困惑する緒方警部だけが、電子錠のロック解除の方法を真面目に考えていた。
だが、花園加恋の出した開け方はあまりにもシンプルである。
「やっ」
軽い掛け声と共に――視界の全てが、吹き飛んだ。
「は?」
本部その物が物理的に震える。大地震でも起きたのかと錯覚するほどの衝撃を感じ、緒方警部は咄嗟に転ばない様にするのが精一杯だった。
そして、彼女が砂埃を浴びながらも顔をあげた時には随分と見晴らしが良くなっている。なんせ、本当に粗方吹き飛んだのだから。
「なに、これ……」
壁も天井も、目の前の扉もろとも無くなっている。床だけが残っているが、それも外装がはがされて剥き出しのコンクリートがヒビだらけの状態だ。
大きな館だったはずの本部は、その体積を半分近く失っていた。緒方警部も花園加恋を強いとは思っていたが、ここまでとは想定していない。まるで戦術兵器でも使った後のようだ。
しかし、先の一撃は扉の破壊を目的にした攻撃ではない。『迎撃』である。
「……逃がしてしまいましたか」
そう言って、花園加恋は軽く鉄槌を振るう。びちゃりと、そこについていた血が床に落ちた。
「な、なにを……というか、その血ってまさか小山耕助の!」
「違いますよ。その人物は、どうやら既に死んでいるようですから」
そう言って花園加恋が指さす先。そこには、一人の人間が横たわっていた。
慌てて緒方達が近寄るも、それは既にこと切れた小山耕助の死体。首の鋭利な刃物でつけられた傷を確認し、先の一撃に巻き込まれての事ではないと察する。
そんな彼女らをよそに、花園加恋は己の右肩を見ていた。
美しい白銀の鎧。金色の装飾もされたそこには傷一つない……はずだった。
――ピシリ。
小さな。親指大の傷が遅れて出来上がる。それをしげしげと見つめた後、花園加恋は床についた血へと視線を移す。
それらは粒子となって消え去り、跡形も残っていなかった。
「困りました。これでは、海外に行っている暇はなさそうですね……」
その呟きは誰にも届く事はなく。
彼女が見上げた黒い天蓋に覆われた空に消えていった。
* * *
九月中旬のとある日。日本でその力を急速に伸ばしていた宗教団体『賢者の会』が壊滅した。
某日、賢者の会が秘密裏に有していたダンジョンが氾濫。来年に控えた米軍との合同演習の準備のため移動中の自衛隊がその解決に動く。
その際に賢者の会について元々調査していた緒方勇祢警部とその部下十二名が合流し、緊急事態と判断して警察と自衛隊が組織の垣根を超え協力して対処。抑え込みに成功する。
しかし、逃げ遅れた信者の救助活動中に数々の違法行為の証拠を発見。また、拉致監禁されていた元信者達も見つかり、後日一斉捜査が行われた。
ダンジョンの氾濫時に代表の小山耕助は死亡が確認され、賢者の会内部で『四天王』と呼ばれていた幹部達からの事情聴取が行われている。
また、賢者の会の強力な覚醒者達の裁判が終わるまでの拘束場所は桜井自動車から提供された人工異界が使われる事になっており、有罪の場合は同型の異界にて収容される事が発表された。
これらの事から、頼りないという声が多数上がっていた警察、自衛隊の威信は回復。治安の向上が感じられたのか、日本の株価が世界的に上昇を見せていた。
なにより、『A+』や『A』ランクの覚醒者が揃う賢者の会がどうにもできなかったダンジョンの氾濫を、自衛隊主導で解決できた事が大きい。
この株価の動きは、『もう彼らさえいれば日本は大丈夫』と思えるほどに民衆が警察と自衛隊の活躍を喜んだ証拠でもあった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。今章の設定は、また明日投稿させて頂く予定です。
読み飛ばした人向けのまとめ。
・賢者の会、陥落。謎の少女が教祖である小山耕助を殺害。
・花園加恋、緒方さんに少しだけカウンセリングをする。
・謎の存在が逃亡した事以外、無事に解決。
・民衆、自衛隊と警察の表向きの活躍に大歓喜。『彼らがいれば日本は大丈夫!』
Q.賢者の会、やべぇ奴しかいなくない?
A.あの宗教団体は覚醒者至上主義かつ、覚醒者としての力で序列を決めます。
で、その中のトップ連中はとてつもなく強いのに海外勢から放置されて日本に留まっています。
何が言いたいかというと、『海外勢すら能力と人格を比べて声をかけるのをやめたぐらいに、やべぇ奴らが集まった結果できた組織』が賢者の会です。もしかしたら末端はまともなのがいたかもしれませんが、環境は人を変えますから。
Q.なんでそんな弱体化するのに片目と片手を緒方は治さないの?
A.本人の罪悪感が六割。警察上層部の『この方が話題としていいんでね?』が四割って感じですね。直属の上司は最近眉間の皺が凄い事になっています。




