第四章エピローグ 前
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サイド 大川 京太朗
ゆっくりと床に落ちていくパズズのドロップアイテムを視ながら、レイラとの融合を解除する。
「お、ぐぅぅぅ……」
「主様!」
「だ、旦那様!?」
直後、剣を落としながらその場に跪いた。
慌ててレイラと雪音がしゃがみこんでこちらの背を撫でてくれるが、ちょっと反応できそうにない。
『モード:樹王』
レイラと融合し、自分の出せる限界を彼女の力を借りて引き出すあの状態。それにより普段ではありえないぐらい『綺麗な動き』をした影響で、全身がやばい。筋肉や関節どころか骨や内臓まで戦闘中異音を発していた様に感じたのは、気のせいだと思いたい。
痛みも苦しみも、肉体的には全て治療済みのはずである。『白銀の林檎』は問題なく作用している。だがしかし。肉体が治ろうと『そこを怪我した』という記憶や感覚に引っ張られて幻痛みたいなのが襲ってくるのだ。
超つらい。吐きそう。
だがこんな所でいつまでも跪いているわけにはいかない。彼女らに片手をあげて応えながら、剣を手に立ち上がる。
うん、問題なく立てた。やはり肉体的には万全である。ダメージは大量に消費した魔力だけだ。
それはそれとして帰ったら寝よう。ゆっくりと、ベッドの上で。ちゃんと寝て脳をリセットしないとマジでやばい。
「全員、体調と魔力残量を教えて」
「私は肉体、魔力ともに消耗はありません。戦えます」
「ワタクシも同じく。ほとんど消耗はありません」
心配そうにこちらを見ながらも、切り替えてくれた様でレイラも雪音もすぐさま答えてくれた。ありがたい。
『本体の損傷は軽微。各関節に負荷がかかっている程度です。外装及び武装は小破。魔力残量は32%です』
「そうか……」
リーンフォースの報告に小さく頷く。
視れば、確かに鎧や剣は多少削れたりへこんだりしているだけだ。パズズ相手によく持ちこたえたものである。流石だ。
だが魔力残量は厳しい。やはり『コード:F』は魔力消費が大きすぎる。
『コード:F』
ファイアードレイクの力の再現。四肢に炎を纏わせ、それを推進力に変えての移動性、機動性、そして攻撃能力の向上を図った機能である。だが、何度も言うがひたすらに燃費が悪い。
いや、やって得られる効果を考えれば妥当なのかもしれないが……それでも、ダンジョン内で軽々に使えるものではない。
ついでに言えば、対外的にはリーンフォースのコアは『炎龍の逆鱗』って事にしているのだ。この能力まで明らかになったら、『なんかおかしくね?』『リソースどうなってんの?』と疑われかねない……らしい。よくわからんが、レイラがそう言っていた。
そこから『白銀の林檎』に行きつかれては困る。二つの意味で使いどころの難しい力だ。
「パズズがいた部屋で一時休憩をとる。僕と雪音が最初に周囲を警戒するから、レイラはリーンフォースに補給を。その後交代で」
「はい!」
「わかりました」
『了解』
パズズのいた部屋はかなり広い。それこそ学校の体育館幾つ分だというほどに。それでいて出入り口となるのは扉付きの二カ所のみ。比較的見張り易くなっている。
レイラにアイテム袋を渡し、言葉通り周囲を警戒しながら頭の端でこれからの事を考えた。
恐らく、もうすぐ依頼にあった二時間を過ぎる。ゲートを見つけ次第、撤退すべきだ。一応燃料を補給してリーンフォースはすぐには問題なくなる。だが自分の魔力残量は四割前後。次にパズズと戦ったら厳しい。四人がかりなら、もっと簡単にいけるか?
レイラが最適化して動かしてくれていたとは言え、『魔力開放』と『自然魔法』を派手に使うのは流石に堪えた。出来る事なら二度とやりたくない。
鎧を外し、うなじ辺りに何かの魔道具を刺してタンクから『白銀の林檎』の果汁をベースに作った燃料を補給するリーンフォースをチラリと見る。あの様子も、できるだけ他の人に見せるべきではないな。
彼女の戦闘能力の秘密は燃料にあると思って、根掘り葉掘り聞かれたら面倒だ。誰もここに来ない事を祈ろう。
そんな思いが通じたのかは知らないが、人もモンスターも来る事なく補給は完了。レイラとリーンフォースが見張りをしてくれている中、自分も休憩する。
といっても、カロリーバーとお茶を口に流し込んで瞑想するだけだが。高難易度のダンジョンでの休憩だとしたらこれでも上等な方である。
十分ほどでそんな休憩を終えて、再度探索を開始。脱出できたのはそれから一時間以上後の事であり、合計時間はまさかの三時間半であった。
* * *
どうにかこうにか脱出してみれば、自分が午前の部最後の一人だったらしい。幸いな事に、全員無事の帰還の様だ。流石、民間の中でとは言え腕利きを揃えただけはある。
なお、討伐報酬を計算したいからカメラを渡してくれと言われたので、電池を抜きっぱなしで何も映っていないカメラを渡しておいた。当然そこを疑問に思われたが、ただのうっかりだったと誤魔化す。
少し不審な眼を向けられたが、疲労困憊なのが功を奏したのか『頭からすっぽ抜けてました』と気だるげに言うと信じてもらえた。あるいは、自衛隊側の配慮もあるのかもしれない。
まあ討伐報酬に関しては、実は少しだけ惜しいとは思う。なんせ、リーンフォースが数えていてくれたのだがナーガの合計討伐数は『二百四十体』。それでドロップは三体目のあれ一個。パズズが二体だけで一個落ちたあたり、これが確率の偏りってやつか……。
何はともあれ、依頼は無事に完了。報酬は後日口座に振り込まれるらしい。
午後の部の人達が終わるまで施設内で待機だが、それでもやーっと帰れる。そう思い待合室に並べられたパイプ椅子の一つで体をぐったりとさせていれば、水無瀬三佐が入って来た。
すぐに姿勢を正そうとすると、彼が手で制してくる。
「どうか皆さん、くつろいだ状態でお聞きください。まず初めに、全員が無事帰って来てくださった事を心より嬉しく思います。そして、この様な依頼を受けてくださった事に改めて感謝を」
深く頭を下げてくる彼に、少し気恥しくなって視線をそらした。それで眼が他の参加者にもいったのだが、どうにも駄騎士さん以外は似た様な反応である。
……まさか、戦闘能力だけじゃなく御し易いってのも選別理由だったりする?けど駄騎士さんは……いや彼女も根は真面目そうだしな。
「皆さんのご協力への感謝も兼ねて、後日ささやかながら祝勝会を開きたいと思っております。出席が可能な方は、是非参加して頂ければと……」
……祝勝会?
内心で冷や汗をかく。そいうキラキラした場所はどうにも苦手だ。しかし、ここには『Bランクダンジョン』を五体満足で踏破できる冒険者ばかり。縁を作るにはもってこいでもある。
けどなー。行きたくねぇなー。
これからの事を考える理性と、陰キャの本能が対立する。よもや依頼を終えた後にこの様な難関が待ち構えていようとは思わなんだ。
チラリと室内を視れば、元々疲労でぐったりしていた他の冒険者達も更に沈んでいる気がする。さてはマジでそういう奴を選んで呼んだな?
……まあ『ヒャハー!』とまではいかずとも、強気な奴をこの施設に呼んで何か問題があったら困るだろうから理解はできるけども。
「なるほど。騎士団の結束を強めようというわけですね。いつやります?音頭は任せてください。原稿用紙三枚分の演説を用意しておきます!」
なお、ただ一人だけノリノリな様子の駄騎士さん。あんたはそりゃそうでしょうねー。
その後、午後の部の人達も恙なく依頼を終了。マジで強い人だけ集めたらしい。その上で人格面も選んだのなら、日本の覚醒者もなんだかんだ層が厚い。
全員が無事帰還した事もあって、水無瀬三佐も本当に嬉しそうだ。五、六人殺してそうな顔のわりに、優しく微笑んでいる。失礼かもしれないが少し不気味だ。
……それはそうと、祝勝会ねぇ。いやだけど、腹をくくるか。
行きたくはないが、またとない機会でもある。行きたくないけど。
後日予定が届くというので、それが来ない事を祈りながら自衛官さんに送られて帰路についた。
……そう言えば、この依頼をもってきた東郷さんって今何をしているんだろう。できるなら、来たる祝勝会とやらに向けて会話デッキを組むのを手伝ってほしいのだが。こんなきつい依頼を受けたのだから、それぐらいの個人的なサービスを要求しても許されるはずだ。
……許されるかな?彼は実質ただのメッセンジャーだったわけだし、図々しいと思われたりしない?
い、いや。流石に『Bランクダンジョン』の依頼を受けたのだ。これぐらいはセーフのはず!
それはそれとして赤城さんにも相談するかと考えながら、車の揺れに身を任せゆっくりと瞳を閉じた。
* * *
サイド 『賢者の会』幹部・下山直人
某県某所。山々に囲まれ、アクセスが非常に悪いその場所に『賢者の会』本部が存在している。
七階建ての大きな洋館こそが本部であるのだが、その周囲にはいくつもの建物と『集落』ができあがっていた。
本部周辺の建物はそれぞれ修行場であったり、信者達の娯楽施設。あるいは異能の研究を行う実験場でもある。そして集落にはダンジョンの出現により行き場を失った住民たちが、『賢者の会』を頼って集まってきたのが始まりだった。
慈悲深くもそれを受け入れた小山耕助――アカツキ様に感謝し、住民は田畑つくり生計をたてながら覚醒修行にいそしんでいるのだ。
そんな本部近くにある、建物の一つ。五階建ての『修行用宿舎』というものがある。田畑もそうだが、この建物もまた会に所属する覚醒者が異能でもって建てたもの。その強度は従来の建築物に匹敵。あるいは上回るほどだ。
そんな宿舎にて。
「ぅぅ……」
「あ~……」
薬で朦朧とした『猿共』がすし詰めにされた牢屋の前に立ちそれらを眺めながら、小さく鼻をならす。
なんで幹部である自分が……それも『四天王筆頭』であるこの『炎王』が見張りなんぞをしなければならないのか。
部下達も適当な猿を選んで部屋に連れて行ったり自前の雪女とよろしくやっている様だ。かくいう俺も、檻の中から多少はマシな猿を選定中である。
雪女は確かに美しい容姿をしているが、所詮は化け物が人の皮を被っているだけに過ぎない。そんなものを抱く奴の気が知れないし、なにより最初から従順過ぎて味気ない。一度は契約したが、すぐに燃やして処分した。
今晩の相手は誰にするかと目を凝らし、ようやく好みに合致する猿を見つける。だが、アカツキ様に渡された資料を思い出しため息をついた。
今は薬の影響で呆然としているが、快活そうな顔立ちの少し幼さが残る女子高生。非常にそそる少女なのだが、彼から『大事な人質』と言われている女である。たしか、名前は金谷美咲だったか?
人質、ねぇ。誰に対してのかは聞かされていないが、そんな物が『賢者の会』に必要なのだろうか?甚だ疑問である。
劣等種……外人の覚醒者と、子供や老人で構成された『Dランク』が24名。
それを戦力外として考えても『Cランク』113名。『Bランク』8名。そして、自分を含めた『Aランク』が5名。『+』はそれぞれのランクに入れてあるから、実際の戦力は更に上である。
現代兵器は確かに強力ではあるが、アガシオン――霊体タイプの使い魔や、雪女をはじめとしたモンスターならばそんな物は関係ない。そもそも、非覚醒者の猿共と我々では強さのケタが違う。
なんなら、攻め込んでくる輩が銃なりなんなり持っているなら倒して奪えばいい。それだけの余裕はあるはずだ。武器が同じなら、後は地力の差で圧倒できる。
だから、この娘で遊んでもいいのではないか?なぁに、命さえあれば人質として使えるはずだ。
あぁ……思い出す。気にくわない近所の美形家族を襲い、娘に俺へ奉仕しなければ両親を嬲り殺すと伝えた時の事を。
ずっと家にいた俺の事を見下していた、エリート一家。話した事はなかったが、内心で俺の事を馬鹿にしていたに違いない。選ばれし者である俺になんたる不遜か。その罪を償う機会をくれてやったのだから、我ながら慈悲深いことよ。
それにしても。両目を潰された父親が娘に『お前がもっと早くしゃぶらないから!』と怒声をあげる姿は滑稽だったし、泣きながら媚びた顔で腰を躍らせる娘も実に興奮した。
たしかあの家族は……その後、証拠隠滅も兼ねて『融合ゴーレム』の実験場に送られたはず。まあ、どうでもいい。他にも玩具は手に入ったからな。
だがここ最近はご無沙汰だ。上位の覚醒者という『これからの世界を牽引する貴族』である自分がこうも不自由するのは間違っている。ようやく俺に相応しい時代が来たのだから、これまでの屈辱を晴らすべく存分に楽しむべきだ。
早速牢の鍵を開けようと、看守に声をかけようとした所だった。
「緊急!緊急です!」
どたどたと扉を開けて入ってくる部下の一人に、眉をひそめる。
「なんだ騒々しい。これからお楽しみなんだ。くだらない理由なら――」
「周囲の監視をしていた村田が、自衛隊の装甲車と戦闘ヘリをのせたトラックを視たと!こちらに向かっています!」
「……は?」
この近辺に自衛隊の演習場などない。見張りの奴、よほど強い酒でも飲んだのか?
そう思っていると、また別の部下が入って来た。
「大変です!本部上空が黒の天蓋に覆われています!電波障害も起きており、ダンジョンの氾濫が発生しています!!」
「なにぃ!?」
これには目を剥く。
我が組織では、資金調達と魔法薬の素材集めでダンジョンを地下に隠している。だがそこにはほぼ毎日『賢者の会』の覚醒者が入っているのだ。氾濫など起きるはずがない。
いや、そもそも。
「馬鹿を言うな!氾濫が起きたにしては大気中の魔力濃度が低すぎる!ありえん!」
「で、ですが確かにスマホもテレビも使えなくなって……」
「……幻術と、妨害電波?」
自衛隊がどうのと言っていた部下が、顔を青ざめさせた。
「え、炎王様!攻撃を受けています!政府の奴ら、既に動き出して――」
それを言い終えるよりも先に、轟音が響いた。自分の背後で起きた衝撃波にたたらを踏みながら、どうにか距離をとる。
慌てて背後を振り返れば、分厚い天井が砕けて吹き抜けになっているではないか。そこからは、上の階どころかその先の空まで穴が開いている。
ありえない。この建物は本部に次いで頑強に作られているはずだ。二十七の結界に九種のダンジョン産素材を使っている。それが、どうして……。
落ちてきた天井の瓦礫。その中央に立つ『白銀の騎士』が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「はじめまして。『賢者の会』の皆さま」
豪奢ながら過美と言えない範囲で金細工を施された白の鎧。それを纏う、二メートルはあろう長躯の騎士。だが、その声は兜でくぐもっているが確かに女のものだった。
右手に巨大な鉄槌を握りながら、その女は優し気に語り掛けてくる。
「突然ですが……その場に伏せて頂けませんか?協力者からは『速攻で何をさせる間も与えず、生きて拘束してくれ』と言われておりますが、私も神に仕える身。たとえ相手が度し難い罪人だとしても、無暗な暴力は好みません」
内容に反して幼子にでも語り掛ける様な口調。だが、その声に体の震えが止まらなかった。覚醒者として有する第六感が、この眼前の化け物の異常さを理解しているのだ。
いいや、本当に理解しているのか?自分が今、巨大な山脈の様に感じているこいつの力は、ただの氷山の一角ではないのか?
その力の奥底を視ようとしただけで、意識が深淵へと引きずり込まれそうになる。ありえない。俺は『Aランク』覚醒者だぞ……!?
歯の奥がガタガタとなる。嘘だ。こんな、嘘だ……!
「もう一度言います。どうか降伏してください。武器を捨て、法の裁きを受けるのであれば聖騎士の名に懸けて必要以上の暴力を振るわないと約束しましょう」
慈愛に満ちた声で語り掛けてくる、化け物。その瞳は視えないが、確かに『哀れみ』の感情を抱いているのがわかった。
……哀れまれた?俺が?
脳裏によぎる、かつて俺をそんな目で見てきた者達の顔。学校の教師。親。親戚。自分よりも下の者に向ける、瞳。
ぶちりと、血管がきれたのを自覚する。
「ふざけるな!!俺を、俺を見下すな!俺は本来、もっと上にいるべき人間だったんだ!それが、周りがグズなせいで、俺は!」
その目を向けるな!俺は変わったんだ。本来あるべき存在に。超常の力を持つ、選ばれし者に!
魔装を展開し、右腕へと魔力を流し込む。
「『デュアルスペル』!『ヘルフレイム』!『ガイアノッカー』!」
赤魔法と黄魔法の最上位呪文の二重発動。これこそが俺の異能『デュアルスペル』!
顕現するのはこの世の地獄。右腕をつつみ込む、溶岩で構成された巨人の腕。振りかぶったそれが壁を壊し部下共が悲鳴をあげているが、構うものか。
この世の理から外れた超常の炎。俺が『炎王』と呼ばれる所以である。こいつで殺せなかった存在はいない。時折ダンジョンで戦う『C+』のモンスターすら、一秒もたない熱量をもっているのだ。
室温が一気に上昇し、流れた溶岩が床を溶かす。そこから室内に炎が凄まじい速さで広がっていく中、騎士はただ悠然と立ったままだ。
「……一刻も早くそれを解除してください。そちらに囚われている非覚醒の方々では、呼吸すらできません」
「斬新な命乞いだな!正直に言えよ、恐いからやめてくれってなぁ!!」
そのまま溶岩の拳を奴目掛けて振りかぶる。
余裕ぶったその態度が気に入らない。『こいつには勝てない』などと一瞬でも思ったのは、ただの錯覚だ。あるいは相手にそう思わせるだけの姑息で矮小な異能が原因かもしれない。なんにせよ、俺の敵ではないのだ。こんな奴は。
確実に殺す。この力を得てから気にくわない奴は親だろうと潰してきた。全員最後には、泣いて俺に縋るのだ。どうか殺さないでくれと。
こいつもそうなる。そして、一度助かるかもしれないと希望を与えてから、絶望の中火あぶりにしてやる!!
十分すぎる殺意をのせて放った超高温の拳。それを前に、騎士は軽く右腕を動かした。腕の力だけで振るったメイスで迎撃しようと言うのか。
速度は、精々『B』相当。大したものではない。どんな異能をもっているのか知らないが、やはりただの見掛け倒しで―――。
「は?」
気が付けば、宙を舞っていた。聴覚は耳鳴りしか感じられず、五体の感覚もない。唯一機能している視界では、急速に景色が動いていく。
「が、げぇ」
数秒後、背中から地面に叩きつけられた。ここは、どこだ?外?空は黒く染まっているが、魔力の流れからしてどう見ても幻影だ。なんで俺は外に転がっている?
疑問はつきないが、無意識に手をついて立ち上がろうとする。そして、何も掴む事ができずにバランスを崩した。
「え……」
視線を右腕にやって、しかしそこには何もない。肩から先がなくなっているのだ。代わりに、赤い血がアスファルトの地面にダラダラと流れている。
遅れて、全身が激痛を訴えてきた。当然――それには右腕の欠損も含まれる。
「あ、があああああああああ!?腕ぇ!俺の、俺の腕ぇ!?」
左手で傷口を押さえるが、その程度では出血は止まらない。ぶわりとあぶら汗が顔中から流れ、腰が抜けて立てないままずりずりと移動する。
わからない。理解が追い付かない。だが本能が訴えかけてくるのだ。あの建物から離れなければならないと!
「なに、何が、起きている!おい、誰か!誰か俺を助けろ!おい!!」
「ご安心なさい。覚醒者ならその程度では死にません」
上から聞こえてきたその声に、呼吸が止まる。
見たくない。見上げたくない。だというのに、身体が勝って動いていく。
頑強に作られたはずなのに、全体にヒビの入った五階建ての宿舎。その三階からこちらを見下ろす白銀の騎士と、目が合った。合ってしまった。
風穴の開いた壁に立つ騎士が、淡々と言葉を紡ぐ。その声はやけに周囲へと響いた。
「無益な殺生は好みません。故に、この声の聞こえる全ての者よ。今すぐ降伏するのです。無論、『我々』も殺さぬように加減はしますが、絶対などないのですから」
騒動を聞きつけてか。あるいは上空の異変を確かめるためか。各施設から『賢者の会』の信者たちが姿を現し、一様にあの騎士を見上げた。
ある者は困惑に眉をしかめ。ある者はその力量を察知し顔を青ざめさせ。ある者はただ呆然とするだけ。
そんな中、白銀の騎士は声に少しずつ熱をこめていく。
「これは聖戦なり!汝らはこの世に芽生えた貴重な百合園を踏み荒らした。白銀の月に照らされし天上の百合の園におわす我が女神も、怒り狂っていらっしゃる!その蛮行、決して許されぬ事だと知りなさい!!」
女神?聖戦?なんの事を言っている。意味が分からない。頭がどうかしているんじゃないか。
そう反論する気力など存在しない。流れ出る出血と喪失感に、視界が暗くなっていく。
「もう一度言いましょう!これは聖戦なり!これは神罰なり!!汝らの罪を償う時がきた!百合園の聖騎士として、誅罰を下す!」
鉄槌を振り上げる白銀の騎士。その威容に恐怖しながら。
自分の意識は、闇に落ちていった。
「我が鉄槌を受けたくない者よ!!人の世の法に縋るがいい!!さもなくば、血でもって罪を雪ぐ事になると知れ!!!」
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
リアルの都合で、明日の投稿は休ませていただきます。申し訳ございません。夏は、やばい。
Q,京太朗が最後って、他の人達そんなに強いの?
A.いえ、強いは強いですが、単純に本日パズズに遭遇したのが京太朗達だけな上に全然ゲートが見つからなかったからですね。要は主人公一行の運がやけに悪かっただけです。代わりにドロップ運はありましたが。




