第八十八話 王者
第八十八話 王者
サイド 大川 京太朗
一歩踏み出した瞬間、リーンフォースが声を上げる。
『魔力反応を探知。数は二。七時方向、上から来ます』
「各員迎撃!」
振り返りながらレイラ達と敵との間に入る。壁沿いにある足場から、こちらに向かって飛びかかってくる影が二つ。それらをそれぞれリーンフォースと受け止めた。
振り下ろされた『爪』。紫色のそれをツヴァイヘンダーで弾けば、そのモンスターは音もなく後退する。両腕にかなりの衝撃を与えた重さがあるにも関わらず、着地の音すらしなかった。
『シャァァ………』
長い舌を唇のない口から出して揺らす、人に似た顔。しかし似ているだけだ。どう見ても人のそれではない。鼻が削げ落ち鱗の生えた皮膚。耳も瞼もなく、髪の毛に視えているのは頭部を守るために他の部位より発達した鱗である。
それの上半身は人間の男の骨格に似ているが、やはり皮膚は全て鱗に覆われていた。そしてその下半身は巨大な『蛇』そのものである。
『ナーガ』
薄黄色と黒で彩られた鱗を魔法の光に照らさせながら、縦に長い瞳孔をこちらに向ける異形。この迷宮における『Bランクモンスター』。
半人半蛇。かつて戦った『ラミア』と同じ特徴を持つものの、インド神話に伝わるこの怪物は曲がりなりにも神の一族として語られる存在。その脅威度は比べ物にならない。
ずるりと、ナーガがこちらに這いよる。音もなく、予備動作などもない。ともすれば正面に立っているのに近づかれた事に気づけぬほどに、その動きは人の常識から外れていた。
『シャァッ!』
五指に揃えられた鋭く伸びた爪。それが高速で振り下ろされてきた。
なるほど、これは覚醒者でも厳しい斬撃である。だが、自分にはむしろ丁度いい。そういった『人以外』の動きには、もうだいぶ慣れてきているのだから。
魔眼で予知した位置に剣を合わせて爪を弾く。息継ぎするまもなく放たれた二撃、三撃目も受けきり、右足の爪先を相手の腹に蹴り込んだ。
臓腑を抉る感触。しかしナーガは目を見開き苦悶の声をあげながらも、蛇の下半身でもって不規則な回避運動を見せながらさがる。
だが、距離ができれば!
「『大地よ』!」
石畳が隆起し、その形を変える。牙の様になったそれらがナーガの身体に多数食い込んだ。
『ジ、ァァ』
赤黒い血を流しながら動きを止めたその個体に一足で間合いを詰め、首を刎ねようとした。
その瞬間、ナーガの胸が大きく膨らむ。そして間髪入れずに吐き出された紫色の霧が自分を飲み込んだ。
これは、人の身で浴びれば瞬く間に死に至る毒の霧。たとえ覚醒者であっても無事ではすまないと、事前に渡された資料に書かれていた。
「らぁっ!」
だが関係ない。毒霧を無視して振り抜いた剣がナーガの首に当たり一瞬だけ火花を散らして鱗を断って肉を裂き、骨をへし折って頭部を飛ばす。
……やはり硬い。鱗もそうだが、その下の肉質も骨も。
首を失った個体から念のため距離をとりながら視線を巡らせれば、リーンフォースと雪音ももう一体のナーガと戦っている。氷の槍を何本も体に突き刺したせいか、その動きは今しがた切り伏せた個体より鈍い。それでもなお、リーンフォースを圧倒するに足る速度をもっていた。
まだ『奥の手』は使わないらしい。まあ、あれは燃料の消費が激しいから当然か。
両手の連撃からのカポエラの様に上下反転して叩きつけられた蛇の身体。それを左の籠手で受けたものの、重く鈍い音と共にリーンフォースが押しのけられた。
ナーガの視線が雪音に向かう。やらせはしないと、隙だらけなその背後に駆け死角から剣を振るった。
だが床に体を押し付ける様に回避される。そう言えば、こいつらは目が悪い代わりに他の器官で補っているのだったか。だが、その回避方法は『視えていた』。斬り込んだ勢いのまま相手の腰に踵を叩き込んで踏みつける。
『ガッ!?』
「よっ」
素早く剣を持ち替え心臓に一突き。抉りながら引き抜きもう一度刺してから離れれば、蛇の下半身が自分のいた位置に絡みつこうと動く。
「『氷牙』!」
止めとして突き立つ氷の槍。二体ともに把握できる位置に立ちながら周囲を警戒していれば、数秒ほどで奴らの身体は粒子となって消えていった。
兜の下で小さく息を吐く。出だしをくじかれるとは、幸先の悪い。
「全員無事?」
「はい」
「問題ありません!」
『支障ありません』
「よし。なら探索を再開する。リーンフォース、ここからも警戒を」
『了解』
ナーガの消えた後をチラリと見るが、ドロップはなし。そう簡単に落ちはしないか。
リカッソを左手で握り槍の様に構えなおす。先頭からリーンフォース、自分、雪音とレイラの順で通路に入った。
リーンフォースの斜め後ろにつき、周囲を警戒しながら進む。暗闇を魔法の明かりが照らしてくれるが、それでもやはり見づらい。砂が薄っすらと舞っているのも、意外と煩わしく思えた。光に反射して視界を邪魔するのである。
警戒しながらの歩みはどうしても遅く感じた。ランクの危険さもあり、兜の下で意識して呼吸をする。
今まで巻き込まれて『Bランクダンジョン』と関わる事はあったが、こうして自ら踏み込んだのは初めてかもしれない。今まで経験したものよりも異質なこの場所に、息がつまる。
だが、当然ながらこちらの事情など敵にとっては関係ない。
『魔力反応有り。数一、正面。来ます』
「迎撃」
『了解』
相も変わらず音もなく迫る影。決して奴らにとっても広い通路ではないだろうに、壁も天井も関係なく這うその速度は尋常ではない。
『シィィ!』
ナーガが通路に螺旋を描くようにこちらへ這いよる。それの爪をリーンフォースが受けるも、奴はそこで鍔競り合うでもなく通り抜けた。
狙いは後衛か!
彼女の斜め後ろから捩じり込む様に剣を突き出す。敵がカウンターで出そうとした攻撃を魔眼が予知し、それに合わせた位置へと切っ先を伸ばした。
だが、相手もその速度でもって『見てから』こちらの攻撃を回避しようと動く。心臓を狙った一撃は逸れて左肩に。
「おおっ!」
ならばと更に剣を押し込み、体当たりするつもりで壁にナーガの身体を叩きつけた。
『ギィアッ!!』
藻掻くナーガの爪がこちらの顔面を狙い、それに対して首を傾ける事で回避。頬のあたりで金属音と衝撃が響くのを感じながら、続けて繰り出されようとした尾の一撃を蹴りで防ぐ。
勢いさえのっていなければ片足で凌げる。剣を抉るようにして更にねじ込んで、壁に刀身でもって縫い付けた。
「『大地よ』」
「『氷牙』!」
壁から生えた棘がナーガの身体を固定し、自分の肩をかすめて飛んできた氷の槍がその眉間を貫く。
びくりと震え相手の力が緩んだのを感じながら、念のためダガーを左手で引き抜き首を掻き切ってから後退。剣はそのままにして距離をとれば、数秒程で粒子化が始まった。
「他に敵は?」
『周囲にはありません」
「わかった」
完全に消滅したのを確認してからダガーをしまい、壁からツヴァイヘンダーを引き抜く。
楽をさせてくれないな、このダンジョンは。
兜の表面を軽く撫でて、先ほど出来た傷を確認してから魔力を流して修復。あの爪、鎧越しでも直撃は危険だな。貫通しかねない。たしか毒も塗ってあるんだったか。そちらは自分に関係ないが、雪音は心配である。
「旦那様、ご無事ですか!?」
「大丈夫だよ。皆も無事なら、探索を……お?」
雪音に答えながら床に光る物を見つけ、しゃがんで拾い上げる。
「おぉ……」
まさか三体目で落ちるとは。運がいい。
『蛇神の義眼』
黄色に黒の瞳孔が入った様なピンポン玉ほどの宝玉。ナーガのドロップ品である。
砕いて粉末にして魔法薬として調合すれば飲んだ者の寿命が延びるとも、魔道具として加工すれば毒を無効化する結界を張る事が出来るとも言われている。
薬の方の値段は知らないが、魔道具の方は高値で販売されていると聞いた。その材料であるコレもかなりの価値が期待できる。
それをアイテム袋にしまい、リカッソを持ち直した。
「やりましたね、旦那様」
「ああ。使い道は後で考えるとして、探索を続行しよう」
「はい!」
これだけでも来た価値はあったが、気を抜いてもいられない。
依頼は『このダンジョンでの二時間以上の生存』。つまり、それだけの時間が脱出に必要と言われている様なものであり、ただ中にいるだけで間引きが出来てしまうほど敵が好戦的であるという事だ。
可能なら早めにゲートを発見して、そこを中心に二時間戦う形がいい。最悪は残り時間を無視して撤退だ。
脱出経路を確保しない事の危険さは、よく知っている。
緩やかな坂になっている通路を進んでいくと、また開けた場所に出てきた。
最初に出た部屋よりも明らかに砂が多い。黄色い部屋の中に慎重に入ると、内部が随分と三次元的な事になっている事に気が付く。
急な角度の階段が壁から掘り出される様にあるかと思えば、朽ち果てる寸前の木でできた足場に吊り橋。それが酔っぱらった蜘蛛が糸を引いたみたいに乱雑な様子で張り巡らされているのだ。
吹き抜けは三階……いや四階分か?自分達が今入って来た通路以外だと、木製の足場に繋がった出入り口らしき物が視えている。先へ進むのなら、この入り組んだ部屋を登らないといけないらしい。
……嫌な予感がする。ハンドサインで警戒を伝え、前進。手近な階段をのぼっていく。正面はリーンフォースに警戒を任せ、右にある壁を背にする様に左側を自分が意識を向けながら足を動かした。
石の階段から木製の足場に入った、その時。
『魔力反応有り。数は二。上です』
「くっ」
「『大地よ』!」
リーンフォースの言葉にレイラが石壁を杖で叩く。壁から自分達を隠す様に天井が生え、降ってきていたナーガ達を弾き飛ばした。
二体のナーガは木製の足場や吊り橋に着地するなり、その裏側へと移動する。音もなく移動するその姿をこちらが捉える事はできないと踏んだのかもしれない。
だとしたら早計だ。目でも耳でもない機能でもって、モンスターの動きを追える者がこちらにはいる。
「リーンフォース、位置を!指で示せ!」
『あの位置です』
リーンフォースが指さした二方向。そこへそれぞれレイラと雪音が得物を向けた。
「『大地よ』」
「『氷牢』!」
天井から降ってくる砂が動き、刃の様に揃えられて吊り橋の裏側へと伸びる。短い悲鳴の後、その個体は体の各所から血を流しながら床へと落ちていった。
もう片方では木製の足場に突き刺さった氷の柱が周囲を白く染め上げていき、視えない位置のナーガさえも諸共に凍り付かせようとしていた。
『ジィァ!?』
氷漬けを避けるために慌てた様子で体を這いだすその個体目掛け、走る。
縦長の瞳孔がこちらに向けられ、すぐさま毒の霧が放たれた。だがあいにくと固有異能のおかげでそういった物は効かない。
ボロボロの足場を踏み砕きながら前進し、霧を突っ切って肉薄。奴の口内へと切っ先を刺し込んだ。
刃が貫通するも蛇の身体をこちらに絡みつかせようとするナーガを持ち上げ、一本背負いの様に剣を思いっきり振り下ろす。
上顎から脳天にかけて切り裂かれながら刀身から放たれたその個体は、勢いよく先に床へ落ちたナーガに衝突した。
『ジ、アァ……!?』
下敷きになった個体が悲鳴をあげながらも這い出ようとしているが、今しがた落とした方は上顎から上を血みどろにして息絶えているのか動かない。
そこに、追撃として氷の槍がいくつも降り注いでいった。
それを見ながら、また魔眼が発動。慌ててその場から跳べば、戦闘の衝撃で木製の足場が崩れてしまった。
手早く済ませる事ができたが、もしもここで長期戦になっていたらきつかったな。あまりにも地の利が向こうにありすぎだ。
他の足場に乗り移っていき、レイラ達の元へと戻る。チラリともう一度下を見れば、二体とも粒子となって消える所だった。
ドロップはなし、と。
「お疲れ様です、主様」
「ああ。けど、思った以上にスムーズにいけるな……」
「事前に聞いていた通り、相性の良いダンジョンのようですね」
レイラの言葉に頷く。
奇襲の多いダンジョンだがリーンフォースの索敵能力と自分の魔眼でほぼ対処が可能であり、毒の霧はこのメンツだと雪音以外効かない。
更に、ナーガは氷の類の攻撃に弱いらしいのだ。特に伝承でそんな事が語られていた覚えはないが……まあ蛇だしなぁ。単に自分があっちの神話に詳しくないだけかもしれないけど。
「ふふっ、褒めてくださっても構いませんよ?旦那様」
「ありがとう。頼りにしてるよ、本当に」
「はい!」
珍しくドヤ顔を浮かべてきた雪音に苦笑してから、兜の下で表情を引き締めた。
「けど全員油断しないように。相手の牙も爪もこちらを殺すには十分な鋭さだ。絞めつけも骨をへし折られる可能性がある。注意して」
「「はい」」
『了解』
そして、まだ無事な足場を通って別の通路に入っていく。これもまた、何度かカーブするも僅かだが上り坂になっている。
少しずつ上がっていく通路と各部屋。それらでナーガと戦闘をしつつ進む事、約一時間半。
途中周囲を警戒しながらの休憩も挟んだが、それでもきつい。体力は『林檎』の再生力のおかげで問題ないが、精神的にはかなりまいっていた。
雪音も似た様な状態だが、レイラとリーンフォースは比較的消耗が少なそうだ。少し申し訳ないが、休憩中は彼女らにメインで警戒をしてもらった。
「何体ぐらい倒したか、覚えている?」
『現在、ナーガを九十八体討伐しております』
「ありがと」
リーンフォースに軽く礼を言って、黄色い天井を見上げた。
討伐報酬は今回貰う予定はないが、自分達の許容戦闘回数の目安にはなる。どうも、思ったより戦っていたらしい。ドロップは最初の一個だけだったけど。
……ゲートを発見したら、そこからほとんど離れずに時間経過を待った方がいいか。元々退路を確保したらそこ中心に動くつもりだったけど、その範囲を狭めて動くとしよう。
まあ、まだゲートは見つかっていないから捕らぬ狸の何とやら、だが。このダンジョンで三時間四時間と過ごすのは勘弁である。頼むからそろそろ見つかってほしいものだ。
更に進んでいくと、通路が少しずつ広がっていく事に気づく。
一車線分の道幅だったのが倍ほどに。天井も五十センチは確実に高くなっている。レイラの出している魔法の光が届く範囲が変わったから、間違いない。
事前情報にそんな感じの事が書いてあった事を思い出しながら進んでいけば、案の定扉に行きついた。
真っ黒に染められた両開きの扉。そこには金色の宝石がいくつも飾られ煌びやかでありながら、奥から放たれる魔力の濃度に吐き気さえ感じさせた。
この先に、このダンジョンの『B+』がいる。
引き返すかどうかを一瞬考え、首を横に振った。
戻った道の先にゲートがあるとは限らず、無駄に消耗するだけかもしれない。それならば、この奥にいるものと戦ってでも先へ進むべきだ。
そう理屈で考えた後……ふと、もしかしたらと思う事があった。
自分にしては好戦的な思考に、僕は『B+モンスター』と戦ってみたかったのではないか、と。
ミノタウロスには、辛勝だった。ファイアードレイクとは、ほぼ相打ちだった。そして、ドラウグルが融合体となる事で『B+』相当になった時には、レイラを死なせてしまった。
だが、今ならばと。それらを乗り越えた今なら、打倒できるのではないか。圧倒できるのではないか。
それを確かめずにはいられないのだ。
存外、僕は浅ましい男だったらしい。愚か者である事は、自覚していたつもりだったんだけどなぁ。
「このまま戦闘に入る。皆、いい?」
「了解しました」
「お任せください!」
『了解』
三人と頷き合い、一度深呼吸をしてから扉を蹴破る。
中に跳び込んで視界に入ったのは、一体の『王』だった。
三メートルはあろう巨体。犬に似た頭部に、鱗で覆われた筋骨隆々の胴体をもつ。腰から下と両肩の先は猛禽類の様な体毛に包まれ、足先や両の前腕は鷹のそれに見えた。
そして、ゆっくりと繭が解けるように広げられた四枚羽。ゆらりと、その背後で動く蠍の尾。
中東で語られる熱病を伝える風の神。邪悪な風の王者――『パズズ』。
ナーガとは違う神話に語られる存在でありながら、やけにこの砂の広間に合っている。今までの部屋よりも数回り広いこの場所には、流れ落ちる砂以外何もない。
玉座すらもない大きな部屋の中で、迷宮の王者は深紅の瞳をこちらに向けた。瞬間、理解する。
この存在に玉座など、ましてや神殿なども必要ない。ただそこにいるだけで、その場所が奴にとっての領土なのだ。
その威容に硬い唾を飲みながら、左手をリカッソから離し柄を両手で握る。この魔力。この立ち姿。なるほど、間違いなくミノタウロスに匹敵する。
大丈夫だ、勝てる。やれる。自分は、自分達は強くなった。それを証明するのだ。誰でもない、己自身に。
『報告。六時の方向より魔力反応有り』
踏み出そうとしたその足が、リーンフォースの声で止まる。
馬鹿な。道中のナーガは全て倒しながらここまできた。すぐに自分達の背後をとれる個体はいないはず。
そんな考えが脳裏をよぎってから、兜の下で顔をひきつらせた。
「まさか」
『魔力反応識別完了。正面にいるパズズとは別の個体と断定。急速に接近中』
そして、その言葉からすぐに新たな魔力の気配を後方から感じ取る。
「……リーンフォースと雪音は後ろから来るのを抑えてくれ。正面のを倒し次第、そっちに加わる」
『了解』
「わ、わかりました!」
剣を握り直し、悠然とこちらを見下ろすパズズと相対する。
二体同時とか……聞いてないんだが。これだけの威容を放つのだから、もう少しどっしり構えていてほしいものだ。それでもここはダンジョン。決闘をする場所ではない。
もとより数でこちらが勝っている。卑怯とは言わない。だから、『二対一』でいかせてもらう。
「レイラ、アレを使う」
「はい!」
自分の背中に、彼女の小さい手が添えられるのがわかった。
何か攻撃がくると考えたのだろう。両腕を組んで立っていたパズズの翼がブワリと動き、病魔ののった風が押し寄せる。
だがそんな物は効かない。風圧でサーコートをはためかせながら、兜の下で吠えた。
―――あいにくと、僕の技量はこの肉体を使いこなすにはあまりにも拙い。いつかは十全に扱い切れる時がくるとしても、それは遠い先の話だろう。
だから、今は。
「僕の体を使え、レイラ!」
「疑似身体解除。魔力の循環を確認……疑似憑依を開始します」
レイラの身体が粒子に変わり、自分に流れ込んでくる。それは彼女がこの身に戻る時と同じ光景。
違うのは、その意識が残ったままだという事。
使い魔との融合がリスクを伴うのは、それが元は別の存在だから。では、『元は同じ存在』ならば?
混ざり合うことなく共存した意識は、同じ視界で眼前の敵を視る。
魔装がその形状を変えていく。胴体を木製ながら銀で塗装された胸甲が覆い、両肩から背を濃緑のマントが覆う。それらに薄緑の蔦が模様として描かれ、自分が被る兜の両側頭部から木製の角が生えてきた。
捻じれたそれは悪魔の様で、しかしその下の装いは騎士の様でもある。武骨過ぎるバケツヘルムが異彩を放つその魔装を纏い、ツヴァイヘンダーを腰だめに構えた。
『モード:樹王――戦闘行動を開始します』
「いくぞ、パズズ。この力がどこまでのものか、試させてもらう!」
声帯を揺らすのは自分の声だけなのに、彼女の声もまた周囲に響く。
もはや様子見などできぬとばかりに、風の王者は両腕を解いて腰を低く落とした。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――ッッ!!』
咆哮と共に、風となって迫る怪物。答えるように、自分もまた真正面から突っ込んだ。
石畳を踏み砕き、風圧で砂を巻き上げながら。爪と刃が衝突した。
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