第八十七話 地下へ
第八十七話 地下へ
サイド 大川 京太朗
東郷さんの話から、更に一週間。九月も中旬に入り、セミの声もあまり聞かなくなった。覚醒する前は季節の変わり目でよく風邪をひいていたが、この身体になってからは病気知らずである。
自分は今、『ダンジョンの間引き』という理由で学校を休み車に揺られていた。
嘘は言っていない。ただ、そのダンジョンが普通なら入ってはいけないほどに危険なだけ。
結局、この仕事の事を両親含め誰にも口外していない。万が一があれば死ぬかもしれない。人間、意外と簡単に死んでしまうものだとよく知っている。
だからこそ、死ぬ時は死ぬのだ。ネットの例文と見比べて必死に遺書は書いておいたけど、弁護士の立ち合いとかないと法的には駄目らしい。難しいものだ。まあ、そもそも何を書けばいいのかあまりわからなかったから、随分と滅茶苦茶な内容になってしまったけど。生きて帰れば読まれる事もないから問題ない。
……我ながら、少しだけ死生観がズレてしまったかもしれない。人の死体を何十も間近で見ればこうもなるか。まったくもって嫌な世の中になったものだ。
自衛隊の車に揺られてたどり着いたのは、富士演習場。そう、矢橋さん達が働いているあそこだ。
ただ、防衛装備庁の知り合い達が出迎えてくれる事は当然なかった。今回のコレは極秘の計画らしいから、彼らが知らないのも無理はない。たぶん研究室の奥で実験でもしているのだろう。
前に来た時とは違う出入り口を通って入った先には、一際頑丈そうな建物。高い塀に有刺鉄線。いくつもの監視塔。要塞じみたそこだが、魔法的にも色々な仕掛けがされているらしい。自分の拙い魔力探知でも、ここがかなりの防御力を持っている事がわかる。
そんな施設内に通されて、たどり着いたのは会議室らしき場所だった。広い室内にいつくも並んだ机と椅子。部屋の前の方にはモニターや司会者用の机もある。
既に十人ほどの人間がいるその部屋は、しかし沈黙に包まれていた。そして、自分もまた口をあんぐりとあけて呆然とするしかない。扉をあけた状態で、立ち尽くしていた。
部屋の中央、そこに仁王立ちする存在に理解が追い付いていなかったのである。
ほぼ裸の背中がそこにあった。
黒い紐だけは見える染み一つない白い背中に、下半身もお尻がビキニに包まれただけで形のいい臀部がよくわかる。むっちりとしつつも長い脚には膝から下だけが具足を履いているだけで、重要な血管が多い太ももは一切防護されていない。なんなら内ももの黒子も見えてしまっている。
いや、一応身に纏う物は他にもあるのだ。ただ、それが防具どころか服ですらないだけで。
『チャンネル登録者数10万人突破』『最高再生数150万回』
そんな事が書かれた旗を紐で背中に括りつけており、胴体には『超人気動画投稿者!!』というタスキまで肩からかけている。
そんな奇妙過ぎる格好の女性は、頭部をバケツヘルムで覆っていた。キャラ被りである。
……駄騎士?
探索の様子を動画化している冒険者は数入れど、その中で最も高い知名度を持つ女性。駄目な騎士……じゃなかった。駄目じゃない騎士こと駄騎士さんである。事あるごとにバズっては炎上しを繰り返した結果ネットでは『不死鳥』というあだ名がつけられているとか。
雪女に守護精霊。そして最近は探索にこそ連れていないけど『キキーモラ』を使い魔として契約したとかで、また名前がネットニュース上がっていたはず。
『キキーモラ』
海外に伝わる妖精の一種であり、働き者の家に住み着き家事の類をやってくれると伝承で語られている。ただし、怠け者な家の主は殺してしまうという逸話もあるとか。
現代に現れたそれは『Dランクモンスター』であり、契約者が働き者である限りは従順に仕えてくれる。怠け者の場合は、契約を切って野良化してしまう危険があるが。
……そういや駄騎士さんって毎日動画投稿していて、内容も探索風景中心だから凄まじい頻度で探索をしている働き者ではあったな。
というか日本の社会人だいたいが契約できそうな気がする。魔力さえあればだけど。
なお、キキーモラの外見は『犬耳メイドロリ』である。もう一度言おう、『犬耳メイドロリ』である。基本的に北欧系の美少女だそうな。
一部の人達が覚醒修行に走りそしてキキーモラのダンジョンに突貫したのは言うまでもない。
閑話休題。
とにかく、そんな有名人が何故か会議室の中央でビール箱を積み上げた台の上で仁王立ちしているのだ。誰だって遠巻きに見て、関わらない様に視線を逸らしている。いや、偶にチラチラ見ている人もいるけど。
あ、無言で写真撮った奴が。あれいいのかな?
案の定、シャッター音に反応して駄騎士さんがその人の方を向く。
「私はいいですが、無断で撮影はやめた方がいいですよ?私はいいですが。むしろ撮って!そして褒めたたえる文章と共にネットにあげてください!!」
いいのかよ。
ネットで度々言われているが、承認欲求の権化である。いやいいんだけどね別に。
それにしても……なんというか、やはりこの人は『生々しいエロス』がある。
レイラや雪音、リーンフォースをといった『完成されたエロス』とは違った、リアルにあるエロイ身体というか……少し落ち目のグラビアアイドル的な?
とりあえず有名人だしせっかくだからと自分もスマホで撮っておく。他の人達もスマホを取り出し、しばらく会議室にシャッター音と『そこ、もっとローアングルでお願いします!』『ポーズをとるので、胸の谷間を強調する感じで』という駄騎士さんの指示だけが響いた。
……僕ら、なんのために集まったんだっけ?
「あー……っと」
その時、室内に武骨な声が響く。驚いて振り返ると、そこにはいくつも勲章っぽいのをつけた自衛官のおじさんがいた。
慌てて道をあけつつ、スマホをしまう。彼は眉間に深い皺をよせながら、しかし何を言うべきか迷う様に口を『への字』にさせた。
「……この施設内の事をあまり知られるわけにはいかないので、後で各自写真を消して頂きたい」
「「「はい」」」
「なんとぉ!?」
妙な一体感で頷く冒険者一同。唯一驚愕した様子の駄騎士さんをよそに、そのおじさんは部屋の前の方へ。
先ほどの言葉、かなり強引に絞り出した様だったが、妙に覇気がある。普段から有無を言わさず人を従えている感じだ。そんな雰囲気に自分もつい従ってしまう。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私は陸上自衛隊の水無瀬三佐という者です。今回の作戦での責任者となっております」
三佐……たしか、海外で言う少佐だっけ?かなり偉い人が出て来たな。
それぞれ席についていく冒険者たち。流石に駄騎士さんも普通に席に着く。ビールの箱はアイテム袋にしまっていた。
……どうでもいいけど、あのビキニアーマー魔装じゃないよね。まさか魔装以外にわざわざあんなもん用意したの?しかも着てきたの?新手の馬鹿なの?
でもエロイからいっかぁ。
「では、今回皆さんに協力して頂く作戦について説明を――」
そうして語られたのは、当然ながら事前に受け取っていた資料通りの内容だった。
それぞれ午前の部と午後の部に分かれてダンジョンに入り、自分は午前の部に入る。また、支給品として各種ポーションが無料で配られた。これは余ったら自分の物にしていいとの事。中々に太っ腹である。まあ三佐から『できるだけ積極的に使う様にしてください』とお言葉があったが。
自分も転売する気はないので、雪音が負傷した際は遠慮なく使わせてもらうとしよう。余ったら……実家の両親にでも送るか。貰い物だからそっちで必要になったら使ってという事で。けどこれ、消費期限とかあるのかな……。
そんなこんなで説明は終了し、最後に改めて意思の確認。誓約書にサインをした。
改めて、自分達は死地となりうる場所に向かうのだと会議室全体の空気が張り詰めるのがわかる。自分もその雰囲気に押されてか、硬い唾を飲み込んだ。
「……一自衛官として、皆さまのご協力に心から感謝します。どうか、全員無事に帰還してください」
そう言って、三佐含めその場にいる自衛隊の人達が敬礼してきた。どうにもむず痒さを覚え、視線をそらす。他の参加者たちも同じ感じだ。
いや、駄騎士さんだけ『なるほど、敬礼ってこんな感じに……動画の参考に……』とか言っていたが。どうも気が抜けるなぁ。
そう言えば、駄騎士さんは元々自衛隊に協力して間引き依頼を受けているという噂があったな。もしかしたら、彼女なりに先達として場を和ませようとしているのかもしれない。
なんというか、こう。あれだ。『割と真面目な人がチャラ男系やギャル系で売り出そうと無理をしている』感がにじみ出ているんだよな、駄騎士さんって。微妙に滑っている感じもするし。
少し空気が弛緩して、良く悪くもリラックスした状態で三佐の先導で地下に向かう。
蛍光灯が配置されていて明るいはずなのに、妙に薄暗く感じてしまう通路。一歩進む度に息苦しさを感じるこれを、自分はよく知っている。
魔力の濃度が高い。それもかなりの『殺意』が込められている。この先にあるダンジョンが、凄まじく凶悪なものであると第六感とも言えるものが理解しているのだ。
他の自衛官は離脱し、水無瀬三佐だけが残る。この人、覚醒者だったのか。
途中ロッカールームで準備を済ませた後、ゲート前に。ストア内の物と同様に、周囲にはいくつもの魔法陣と魔道具が配置された白い扉がある。
その近くに立って、水無瀬三佐がこちらを向いた。
「では、午前の部の皆さんはこのまま探索を開始してください。午後の部の方々は私と近くの待合室に移動を。ご武運を祈ります」
敬礼する彼に見送られ、午前の部の者達が入っていく。ここに呼ばれた者だけあってか、それとも三佐の『従える側の人』特有のオーラに押されてか、皆無言で粛々とゲートを潜っていった。
そして、自分もまた中に入っていく。
一瞬の暗闇のあと、抜け出た先。濃密な魔力の中、レイラ達を実体化させる。
魔法の明かりで照らされたそこは、かなり砂っぽかった。黄色い石造りの壁や天井は所々ひび割れており、サラサラと砂が流れ落ちて床に溜まっている。まるで砂漠の地下にある古代遺跡めいたその内部は、しかしちゃんと酸素が存在していた。
兜の下で小さく深呼吸。砂が肺に入って、などという事はなさそうだ。問題なく戦える。
「主様、カメラの方は」
「ああ。ちゃんと電池を抜いてある」
自分の身に固定されたカメラを軽く叩く。
討伐報酬は、今回いらない。それよりも安全を取らせてもらう。ここは『Bランクダンジョン』、出し惜しみなど無しだ。
「リーンフォース。このダンジョンにおいて全ての機能の使用を許可する。切り札の使い時はそちらに任せた」
『了解』
リーンフォースが搭載しつつも、『白銀の林檎』を……『炎龍の逆鱗』以外の動力を疑われない為に隠し続けた奥の手。それさえもこの場では惜しみなく使う予定だ。
引き抜いたツヴァイヘンダーの握り具合を確かめながら、軽く周囲を見回す。
出てきた場所は何かの作業場なのか、いくつかの台座がある二階分ふきぬけた広い空間だった。壁沿いに階段と、床から三メートル辺りにぐるりと部屋を一周する様に足場も設置してある。
この部屋から続く通路の方は……ぱっと見一車線分ほどの幅に天井は三か三.五メートルといった所か。普通に剣を振り回すには厳しい。
ここまでは情報通り。だが油断はできない。全てが想定通りだとしても、慢心は死を招く。
これから自分達は『冒険』をするのだ。普段の探索の様な『作業』ではない。多少なりとも、命を懸ける。
緊張し過ぎても、慢心し過ぎてもいけない。普段通りに、落ち着いて。もう一度、鼻から深く吸って口から息を出す。
「全員、探索開始。気を引き締めていこう」
「「はい!」」
『了解』
砂と石の通路を、一歩踏み出した。
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