第八十二話 注目
第八十二話 注目
サイド 大川 京太朗
入学式の翌日。学校の視聴覚室にて先日の探索の映像を見ていた。
『おおっ!』
振るわれたマンティスの鎌を盾で受けるタンクの視点。
金属製の盾と、曲がりなりにも生物のパーツがぶつかったにしては硬質な音が響く。二度、三度とそれが繰り返されるも、唐突に攻撃が止んだ。
『忍法・影縫い』
パーティーメンバーの一人である忍者装束の少年が印を結びながら、ダンジョン内の陽光に似た光に照らされて伸びたマンティスの影を踏みしめているのだ。
壊れた玩具の様に体を軋ませながらも関節を動かそうとするマンティス。だが、雄叫びをあげながら別の少年が突っ込んできた。
『おおおおおらああああ!!』
大剣二刀流という奇抜なスタイルでもって叩き込まれた攻撃が、マンティスの体を三つに引き裂く。
バラバラになったそいつから視線を切り、カメラは後方に向けられた。
『アクアバレット!』
そこでは青い水着の上からマントと三角帽子を身に纏った魔女っぽい少女が、杖から放った水の弾丸でジャイアントビーを撃墜している所だった。
戦闘音につられてきたらしい巨大蜂が落とされた所で、カメラが揺れる。視線が下げられれば、頭を失ったマンティスが鎌でタンクの片足に組み付こうとしている所だった。
だが、死体が残された命令でやったに過ぎない。不安定な体制で組み付いたので力も入っていなかったのか、タンクの防具に傷をつける事もなく蹴り飛ばされた。
ドロップ品を回収した後、近くにあったゲートで帰還。そこで映像は終了した。
「はい。これが犬山和樹君のパーティーの記録だね」
担任の酒井先生がそう言って、部屋の明かりをつけた。
「いいコンビネーションだった。それぞれの役割をきちんと考え、仲間を信じて行動していたのが見て取れたね」
その言葉に露骨に機嫌を良くするタンクこと犬山。そして例の魔女が隣で『褒められちゃったねー』と囁いている。カップルかな?
「ただ、最後に油断してしまったのはいただけないな。首を落とされても動くモンスターはいる。消滅まで警戒を怠ってはいけないよ」
しかし、付け加えられた言葉に犬山が眉間に皺をよせた。その後ろで忍者と二刀流が『言われてやんの』と小さく言葉をもらしている。
そうだよなぁ。虫系に限らずモンスターは基本しぶといし、ミノタウロスと戦った時は心臓ぶち抜いて油断した覚えがある。今でもあの時脇腹を抉られたのは軽いトラウマだ。
「後ろの味方を気にするのはいいが、『自分は安全』と思い込まない様に。悪い癖がついてしまって、勝てた戦いで大怪我をしては笑えないからね」
「……うっす」
うわぁ、思いっきり機嫌悪っ。
教室の空気が悪くなるのを感じながら、ノートに酒井先生が言った事をそのまま書いていく。
先日の探索で『舐めプ』と思われて信用を失っているかもだから、真面目な姿を見せなきゃってのもある。だがそれ以上に『元自衛官の覚醒者』の意見だ。初回だからか当たり障りのない内容ではあるが、覚えておいて損はない。
なんだかんだ、『神代回帰』前から『命を懸けて戦う事を仕事にしていた人』だ。実戦は二年前からだろうが、それでもプロ。極力その言葉を咀嚼しようとする。
そこから二、三個改善点を言った後、先生はまた部屋を暗くした。
「次は大川京太朗君のカメラを見てみようか」
あ、僕の番か。
……やべぇ、緊張してきた。今更どうしようもないのは事実なのだが、それでも他人にこういうの見られるのってなんか変な感じする。
変な事してるなー、とか。気持ち悪いなこいつ、とか。そういう風に思われないといいのだが。
そんな事を考えていると、自分の探索の様子が画面に映し出される。
……うわー。こうして見ると反省点めっちゃ出てくるじゃん。きっつ。
そこは剣じゃなくってダガーで戦う場面じゃん。そっちの場面はいっそトラッシュ掴んで投げた方がよくない?あ、ちがっ、ここのクリアリングは魔眼に任せて突っ込んだ方がいいって思った場面で、決して認識が甘かったとかではなく……。
こぉれはぁ……公開処刑ですね。
いたたまれねぇ。今すぐ言い訳を動画に合わせて語りてぇ。たとえ恥の上塗りだとしても、なんか言いたい。
けど酒井先生の感情が読み取れない目がめっちゃこっち見てんだよ。いや本当にどういう感情?わからない……僕は雰囲気で口をつぐんでいる。
三十分ちょいの探索風景がノーカットで流され、部屋の明かりが戻った。
だが、動画が終わったのに教室は静かなままだ。誰も何も言わない。他の人の時は軽くざわつくのに、なんで?
か、帰りたい……そんなに駄目だった?こんなお通夜みたいな空気になることってある?
「では、大川君。君の探索での反省点があったら聞かせてくれるかな」
「え、あ、はい」
酒井先生にふられ、慌てて立ち上がる。椅子が動く音がやけに響いた。
「その……なんというか、全体的に警戒が足りていなかったなって。スペック上無傷で突破は可能ですが、万が一を想定してもう少し慎重に動くべき場面がいくつかあった……なぁと思いました」
気まずい。けど満足してくれた様で先生が頷いたので、できるだけ静かに着席する。
「そうだね。今日提出してくれた昨日のレポートにもそう書かれていた。この映像を見返して、今後はよりいっそう慎重な探索を心掛けてほしい」
「はい……」
「今日の所はここまで。明日は加藤君のパーティーのカメラを流すから、今回視聴したクラスメイトの映像の感想を各自持ってくるように。では、皆教室に戻って次の授業の準備をしなさい」
そんな感じで授業が終わり、ノートと筆箱をもって立ち上がる。一刻も早くこの場を去りたかった。
「なあ京太朗」
「なんだよぅ」
だというのに熊井君がひそひそ声で話しかけてきたので、軽く眉間に皺をよせる。
「変な勧誘には引っかかるなよ。杞憂だとは思うけどな」
「うん?」
「なあ、大川……君」
何言ってんだこいつと思っていたら、なんか話しかけられた。
えっと……ごめん、誰だっけ。まだクラスメイトの顔と名前が把握できていない。見知らぬ男子生徒に少し警戒する、
「え、うん。なに?」
「大川君ってソロなの?パーティーとかは?」
「いや、今は組んでないけど……」
レイラ達はカウントされないので、冒険者制度的には完全なソロ冒険者である。
そう答えると、その男子生徒は笑みを深めた気がした。
「だったらさ、俺らとチーム組まない?」
「え?」
「ほら、ダンジョンの探索って周囲の警戒とか複数の敵と戦う時とか、人数がいた方がいいじゃん?」
じゃんと言われても。
というか待ってほしい。そんなぐいぐい来られても困る。明らかに年の離れている相手ならともかく、同年代と話すのはどうにも緊張するのだ。
視線を泳がせるも、謎の男子生徒は更に距離をつめてきた。怖い。
「ソロで十分な部分はあるかもしれないけどさ、やっぱり頭数は正義だって言うし」
「おーい、京太朗と筋肉だるまー。早く教室に戻らないと次の授業おくれっぞー」
「誰が筋肉だるまだが白モヤシ」
熊井君がこちらの首根っこを掴んで、廊下にいる相原君と魚山君の方へと歩いていく。
「あ、ちょ」
「ご、ごめん。僕はまだ一人で気楽にいたいので……」
慌てる謎の男子生徒にそう言い残して、引っ張られるままに廊下へ。
「……とりあえず、ありがとう」
「おう、感謝しろよ」
「感涙にむせび泣いてもええんやで」
「報酬はエッチな触手写真集でいい」
「いや魚山君は何もしていないし、そもそもそんな物はない」
「!?」
業の深い業界を探せばあるかもしれないが、下手にそっち方面を探ったら戻れなくなるから行きたくない。
なにやら無駄にショックを受けた顔の魚山君を放置し、廊下を歩く。
「もしかしてだけどさ……僕のカメラの映像が流れた時の沈黙って、わりと好意的な理由?」
「好意的って言うと少し語弊があるな。どっちかというと、『伸びていた鼻がへし折れた』ってところだ」
「鼻……」
相原君が歩きながらニヒルな笑みを浮かべる。
……無駄に似合うな、そのモーション。やはり顔か。
「覚醒者になって、『冒険者』だの『モンスター』だの。俺らの年頃で燃えない奴はモグリさ。皆が皆、『自分は特別』だと思ってここに来ている」
「まあ……僕も似た様な時期がつい最近まであったけど」
気持ちはわかる。
漫画の中にしかなかった魔法とか、超人的なパワーとか。それを突然手に入れて、更には力を振るう相手と舞台まで出現した。
『俺が主人公だ』『僕は英雄になるんだ』『私が上に立つ』
そう思うのは、不思議ではない。僕だって、自分が凄い人間になったんだと。心のどこかで思っていた。
『YUUURRRRYYYYYYYYYY――――!!!!』
あの日、『本当に特別な人』ってやつを見たから、無意識に覚えていた傲慢は吹き飛んだ。等身大の自分になれた……と、思う。だといいなぁ。
……自分がそう思っているだけか、あるいは一時的なもので思い上がっている部分が残っているかもしれないけど。それを言い出したら、人間誰しも己を特別視しているからキリがない。
本気の本気で自分自身の事を『かえの利く存在』と思っているのなら、そいつは心が壊れていると思う。
「つまり、お前は教室の奴らの伸びていた鼻をへし折っちまったわけだ」
「……相原君が言うのか、それ」
出席番号順に映像を流されたのだ。彼の探索風景だって皆見ている。
雪女も出していなかったし、召喚したオークも二体だけだったが。それでもかなり順調な探索をしていたと記憶している。そもそも、僕は『B+』で相原君は『Bランク』。ほとんど差はない。
「言うさ。インパクトはお前の方が強かったし。それより、ここから大変だぜ。お前」
「さっきみたいな勧誘とか?」
「鼻っ柱が折れてすぐに動いた奴。様子見を決め込んだ奴に、我関せずって奴。そして嫉妬を全開にしている奴。喜べよ、お前がクラスの中心だぜ」
「嬉しくねぇ」
日陰から少しだけ出てみたいと思った事はあるが、的になりたいわけではない。
自分はほどほどにチヤホヤされ、一目置かれたい。決して渦中の人になりたかったわけではないのだ。
いや、渦中の人と言うより、『火中の栗』かな。それとも林檎?焼き林檎は好きじゃないなぁ。
「と、言うわけで頼みます相原大明神。なんかいい感じによろしくお願いします」
「遠慮がなくなったな、同志」
「同志ではないです」
「ならマイフレンド。と言っても、俺だって万能ってわけじゃない。ま、元々コネづくりの為にこの学校に来たんだ。お前との縁も疎かにはしないさ」
「こっちこそよろしく」
自分は相原君からリーンフォースの鎧や、ガードウッドの武装を買っている。整備も彼に頼む事になるだろう。
そして、彼もまた愛玩用ゴーレムをレイラから買っている。そのメンテナンスは、こちらで請け負っているのだ。
つまり、お互いに『縁』はできている。今回のは、貸りになってしまうが。クラス内政治で彼に勝てる気は毛頭ない。なんなら小学生にも負ける自信が僕にはある。
クラス内政治とか大袈裟だって?そういうの疎かにすると、将来苦労するってネットで言ってた。
「……なんか俺らなしでポンポン進むなぁ」
「だねぇ」
熊井君と魚山君の言葉に、二人へ振り返る。
「いや、ごめんだけど君らも巻き込むと思う。というか既にアレかも」
「そりゃおめぇ。四人でいる所を散々見られているだろうからな。もう実質全員俺の派閥って思われてるぞ」
「いやお前がトップ扱いは腹立つな」
「俺だっててめぇと仲間扱いは嫌に決まってんだろ筋肉だるまぁ」
「んだとモヤシてめぇ」
なんかいつもの光景に戻ったので、少し安心して教室に入る。
言われてみれば、確かに自分へ向けられる視線が変わった気がする。少なくとも、自己紹介の時の興味ゼロって目はなくなった……かも?
だがまあ、僕からすると自分なんぞにそこまで警戒とかする必要もないと思うが。
花園さんは言わずもがな。赤城さんみたいなやべぇ人もいるし、その仲間である桜井さん達もかなりの実力者に思えた。レイラ達を含めてならともかく、自分単体などたかが知れている。
向けられる視線に気づかないふりして、自分の席に向かった。
この状況、悪い事ばかりではない。敵も作ってしまったかもしれないが、それ以上に『侮られない』のはでかい……はず。
覚醒者だらけの学校だ。トラブルも起きよう。そういう時、発言力ってのはあるに越した事はない。
胸を張り、堂々と歩く。見たければ見ろ。自分は今の所逃げも隠れもしない。
――なお、内心でそう吠えるも人の視線に慣れていないのはどうしようもない事実なわけで。
変に緊張して右足に左足がもつれて転びかけた。
「ふぁっ、の、ぬ……」
慌てて体勢を立て直し、両足を床につける。
ふぅ……。
僕を見ないで下さい。
* * *
サイド 酒井 次郎
生徒達が出て行ったのを見送って、視聴覚室の鍵を内側から閉めてから電話をかける。
『やあ、酒井。どうしたんだい?』
二回ほどのコール音で出てきた昔の知り合いの声に、少しだけ悩んでから口を開く。
「……お前が言っていた例の少年。俺の生徒になったぞ」
『おや、それはなんたる偶然。すまないが、良く見てあげてくれると嬉しいな』
「どうやって手を回した?」
『なんのことやら』
知り合い……今は『東郷美代吉』と名乗る彼に、ため息をついた。
こいつに口で勝てる気は全くしない。昔から人付き合いが苦手で、自衛隊に入って少しはマシになっただけの己ではこれ以上食い下がっても無意味だ。
「お前が気にするだけあって、随分と戦い慣れている子だったよ。随分と修羅場をくぐってきたらしい」
『ミノタウロスにファイアードレイク。そしてドラウグルの融合体。四回も氾濫に巻き込まれ、うち三つで強敵相手に勝利している子だ。恐らく民間の覚醒者では頭一つ抜けているよ』
「個人的には、ここで教えられる事なんぞほとんどないと思うがね」
『そこをどうにかして、更に育てて上げるのが君達の仕事さ。頑張ってくれ』
「簡単に言ってくれる……」
こんな事ならば教員免許なんぞとるんではなかったなぁ……。
自分とていい歳だ。自衛隊を辞めた後はのんびり田舎で教師でもと思っていたら、『神代回帰』にこの学校。
……本当に、自分はここにいていいのだろうか。かつての仲間や後輩が、今も最高難易度のダンジョンで戦っているのに。
「……なあ、東郷」
『なんだい、酒井』
「本当にあの子を例の作戦に加える気か?民間人だぞ?」
秘匿事項を口にした自分に、電話越しだが東郷の気配が変わったのを察する。
どうせこの電話も公安で掌握しているのだろう。傍受だのなんだのは、そっちで対応してくれ。
『……人間同士の争いには直接関わらせない。それは絶対だ』
「だが、それでもまだ子供だ。十五歳の高校生なんだぞ」
『わかっている。だが、戦力は一人でも多く欲しいんだ。君だってわかっているだろう。かつての仲間達の為でもあるんだ』
「……なら、俺が」
『君では彼の代わりにはならない』
キッパリとそう言われ、口をつぐむ。
自分のランクは、『C+』。平均よりは高くとも、自衛隊で管理しなければならないダンジョンでは力不足だ。
だからこうして、隊に呼び戻される事もなく教師などをやらされている。
『すまない。厳しい言い方をしてしまった。だが、事実だ』
「……何のために、俺達は鍛えてきたんだろうな」
十八で自衛隊の門を叩き、それから厳しい訓練を積んできた。
高尚な理念だとか、気高い理想を抱いて汗と泥にまみれていたわけではない。それでも、矜持はあった。
だが、今では守るべき子供の代わりに戦場へ立つ事もできんのか。
なんのために……俺は、俺達は……。
『酒井。気を落とすなとは言わない。その道を選んだのはお前だ。後悔するのはいいが、前だけは向いておけ』
「わかっている……すまない、泣き言を言ってしまった」
『構わないよ。私の前でならいくらでも吐き出せ』
「そういう言葉は女にでも言っていろ。家庭をもつというのは、良いものだぞ?」
『あいにくと、まだまだ独り身の気楽さを手放す気はないのでね』
無理にでも笑う。気分が落ちている時こそ、笑って、飯を食って、眠るのだ。
そうでなければ、いざという時に動けない。戦えない。
「本人に伝える時は、俺も同席させろ」
『……わかった。一緒に下衆な大人になるとしよう』
「ああ。最悪な大人だよ。過去の自分が見たら、問答無用でぶん殴るぐらいにな」
本当に、こんな大人になりたくはなかったな。
通話を終え、数秒だけ目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、かつての同僚たちと家族の姿。
……俺は地獄行きだな。間違いなく。
とりあえず、今は教師として真面目に働こう。まずはそこからだ。
己に出来る事を、一つずつでもやっていく。不器用な自分には、それだけで精一杯だ。
生徒達のレポートと見比べながら、昨日の探索映像を見ていく。彼らが、少しでも迷宮に食われないために。
※学園ドラマを期待してくれているかもしれない読者の皆様へ。ぶっちゃけ学校内でそこまでのドラマとかは本編中でうまれません。基本的に相原がクラス限定なら教師と結託していい感じに回していくと思いますので。
あとこれダンジョン物なので、人間ドラマ的なのはあんま書けない作者の力不足です。
読んで頂きありがとうございます。
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