七十六話
* * * *
王都で利用する事になっていた宿屋。
その屋根の上。
斜面になった場所に腰掛ける俺は、雲一つない晴れ渡った空を見上げながら呟く。
「騎士団の仕事はいいの? ゼノアさん」
隣には、副騎士団長を任されていた騎士服に身を包んだ麗人、ゼノア・アルメリダがいた。
ある程度言葉を交わしていたから、彼女がサボりとは無縁の生真面目な性格をしているという事は知っている。
だから、そう聞かずにはいられなかった。
「たまには休めと、言われてまして」
「そうなんだ」
騎士服だから、仕事中なのかと思ってたけど、どうにもそうでないらしい。
「それで、アムセスは?」
あれから、二日経過していた。
事の顛末はリレアやソフィアから聞いていたけど、具体的な事までは聞けなかった。
だから、折角なので尋ねてみる事にした。
「アルステッドは、あれから姿を消しました。ですが、代償からして、まず生きてはいないでしょう」
「あぁ、代償がどうとか言ってたね」
「ええ。読んではいませんが、あれ程の魔法ともなると代償も相当なものだった筈です」
ゼノアの魔法は、〝心読〟。
故に彼女であれば、余裕さえあれば、知ろうと思えば全て知る事は出来ただろう。
「ちなみに、〝魔法使い狩り〟の魔法の代償は?」
あまり聞いて欲しくない話だったのか。
ゼノアは言葉を詰まらせる。
でも、それも刹那。
ここまで首を突っ込んだからには話さなければならないと思ってくれたのか。
「喪失です」
「喪失?」
「はい。彼の魔法の代償は、〝蒐集家〟含む、得た魔法全てを失う事です。なので、申し訳ありませんが、」
「別にいいんじゃない?」
恐らく、ゼノアが俺の下に訪ねてきた理由は、ソレだったのだろう。
これまでの行動。理念。思想。境遇。
そして————代償。
彼女らの関係からして、アムセスは兎も角、オリヴァーは見逃してくれ。
そんな内容かなと察して、笑い混じりにそう答えてみる。
拍子抜けするほどあっさりな俺の返事に、ゼノアは驚いているようであった。
「それに、そういう事ならわざわざ俺のところに来なくても良かったのに」
「……そういう訳にはいかないでしょう」
「いや、そうじゃなくて。そもそも俺は、何も気にしてないからって意味だよ」
極論、俺はオリヴァーやアムセスがどうなろうがどうでもいい。
「ど」が付くほど身勝手な俺の自己満足に強制だったものの付き合ってくれた事に対して感謝の念は抱いてる。
でも、彼らに向ける感情は言ってしまえばそのくらい。というか、それしかない。
「とどのつまり、今回の騒動が解決したんなら、それで良いんじゃない?」
俺のその答えに、ゼノアはあからさまに深い溜息を吐いた。
「……そんな曖昧な理由で命を張ったんですか」
「そういえば、フィオレも似たような事言ってたような気もするなあ」
フィオレ・アイルバークの名を持ち出す。
困った事があれば、ゼノアを頼れと言っていた彼女の言葉がなければ、今回の一件はもしかすればまた違った顛末に見舞われていたかもしれない。
「まぁ、ここではコレを理解出来るシヴァや、リレアが異端なんだろうけどね」
共闘し、魔物を一緒に打ち倒してみせた赤髪の剣士————シヴァや、リレアの事を思い出しつつ、笑う。
「死んだ時は死んだ時、みたいな?」
当分は無茶が出来ないように。
と、あえて治癒の魔法で治してくれず、包帯ぐるぐる巻きにされて未だ痛む右肩を見やりながら、俺は事もなげに呟く。
それが、紡がれた親交に対して背を向ける行為であると分かった上で、こうして敢行してしまってるのだから、本当に俺という人間は救えないと思ってしまう。
「……共感しかねますね」
拒絶の感情を突き付けられる。
でも、俺はそれで良かった。
この感情は、俺だけのもの。
俺だけの、憧れであり、輝き。
だから、俺が知っていればそれで良かった。
故に、破顔を維持する。
「ねえ、ゼノアさん」
「……なんですか」
「誰かの生きた記憶を、他の誰かに見せる。そんな魔法が存在するって話、聞いた事ある?」
あの時のアムセスの言葉が俺の脳裏を過ぎる。
俺が得たこの記憶は、誰かの魔法によるものである可能性だって、あるというあの言葉。
それが何故か、喉に刺さった小骨のように、俺の中で痼のように残っていた。
「そんな魔法があるという話は……聞いた事がありませんが、ただ、魔法に不可能は無いかと」
「ま、そうだよね」
これまで、多くの魔法を目にしてきた。
攻撃特化の魔法から、洗脳に、死者蘇生の真似事まで。恐らく、魔法に不可能はないのだろう。
だからきっと、あの時俺に向けられたアムセスの言葉が真実である可能性は、十二分にあった。
「それが、どうかしたんですか?」
考えてみる。
仮にもし、あの時みた光景が、誰かの手によって意図的に見せられたものなのだとしたら、俺は生き方を変えるのだろうかと。
あの日抱いた熱は、失われるのだろうかと。
「ううん。ただ、少しだけ気になって」
でも————そんな事を考えてみて尚、俺の答えは変わらなかった。
それもその筈だった。
その程度で左右されるならば、そもそもゼノアから、考えが理解出来ないと言われていなかっただろう。
「……私からもひとつ、よろしいでしょうか」
「なに?」
「アルステッドの考えに、何故あなたは賛同しなかったのですか」
まるでそれは、ゼノアの目からは俺が賛同するとしか見えなかったと言われているようで。
「彼の考えは、何処か壊れていました。結果的に、被害を抑えられたものの、彼は間違いなくこの王都を壊すつもりだった。そして、貴族と魔法使いを徹底的に潰し合わせるつもりだった」
言われてもみれば、あのアムセスならそのくらいはやりそうだって思えた。
「強くなりたいと願う貴方にとって、その展開というものは、忌避どころか、寧ろ望むところだったのではありませんか」
「否定はしないよ」
その言葉は、するりと俺の口から出てきた。
ゼノアの指摘の通りだ。
俺の願いは、争乱の絶えない時代であった方が、きっと届き易かった事だろう。
戦う相手に困らない、そんな時代の方が。
「じゃあどうして、」
邪魔をするような真似をしたのか。
そう問うてくるゼノアに対し、俺は当たり前のように己の考えを口にする。
「だって、理由がないんだもん。それに、俺にはアムセスや〝魔法使い狩り〟を相手にする方がよほど魅力的に映った。ただ、それだけだよ」
アムセスあたりが聞いたならば、ふざけるなと怒ってしまうかもしれない。または、一周回って笑ってくれるかもしれない。
でも、俺が賛同しなかった理由は、そんな理由だった。
けれど、それは裏を返せば、
「ただもし、理由さえあれば、俺はどんな結果が透けて見えようと突き進むと思う。たとえそれが、世界に喧嘩を売る行為であっても」
傲岸に笑いながら、不遜な言葉を並べ立てる。
すると、呆れた。と言わんばかりの溜息がまた、聞こえてきた。
その反応の理由は、俺の言葉が嘘偽りのない本心であると読んだからなのだろう。
「……長生きは出来ないタイプの人間ですね」
遠回しに、もっと良い生き方は幾らでもあっただろうにと指摘されているような気がした。
もっともな指摘を前に、唾液で落とし込む言葉すら見当たらなかった。
「これから、どうするおつもりですか」
「これから、か」
ひとまず、ソフィアに治して貰えなかった腕を完治させるとして。
その後は……まだ考えてすらいなかった。
そんな折。
「……もしよければ、ですが」
「ぅん?」
「団長が、今回の迷惑料代わりに、希望があればユリウス君に稽古をつけるのも吝かではない、という伝言も預かっております」
「騎士団長っていうと……」
「ええ、ベルナデットです。実力だけなら、王国の中でも五指。世界で見ても、十指に入る程の傑物ですよ」
残念な事に、ベルナデットと呼ばれていた彼女が戦う姿を見る事は出来なかったが、それでもこれまで培った戦闘勘があの人は強いと訴え掛けていた事を俺は知ってる。
ただ、王国で五指に入ると言われてもイマイチピンとこなくて。
「ベルナデットさんって、ゼノアさんよりどのくらい強い?」
そんな聞き方をしてしまう。
「……そう、ですね。私とユリウス君。あと、リューザスの三人掛かりなら、いい勝負が出来るくらいの差はあると思いますよ」
要するに、とんでもなく強い、と。
「なら……よし。決めた」
すっくと立ち上がり、そのままやや高い宿屋の屋根から飛び降りる。
「折角だから、その厚意に甘える事にするよ」
恩義を感じて貰う必要性なんてこれっぽっちもないけど、折角なのでこの機会を有効活用させて貰う事にした。
「というわけで、今から行って、」
「ユリウス~?」
————くる。
そう言うより早く、宿屋の側で俺の事を見張っていたソフィアに見つかった。
「最低でもあと一週間は安静、って約束したよね~?」
……治癒を引き換えに、半ば強制的にさせられた約束の事を思い出しながら俺は顔を引き攣らせる。
「……破ったら、簀巻きって約束もしたよね~?」
「ど、どうだっただろ」
とぼけてみる。
めちゃくちゃ説教をしてくるソフィアをどうにかする為、適当にはいはいと頷いていた事が完全に仇となっていた。
タチが悪いのは、それに関する記憶が微妙にあるという事。
誤魔化そうにも、何か覚えがあるような。
という心当たりのせいで、誤魔化し方がどうしても半端になってしまう。
「捕まえて下さい、リューザスさん」
「悪ぃな坊主。このお嬢ちゃんには借りがあってな」
あれ以来。
元騎士団の人間であるリューザスとも、度々話をする関係に落ち着いていた。
特に、あの騒動で負った怪我をソフィアに治して貰った事。加えて、無茶を敢行しようとする俺を見ていられないのか。
度々、こうして邪魔をしようとしてくる。
お陰で、ベルナデットの下に向かおうとしていた俺の肩は、がしりと掴まれていた。
「さぁてと、今日も療養がてら、オレとお話でもしようぜ」
それは、リューザスなりの礼なのか。
俺の性格を知った上で、彼はお話と称して、この世界についての事を詳しく教えてくれる。
特に、コイツには出来れば関わるな、等。
流石の俺も、それがリューザスなりの節介と分からないほど鈍感でもなかった。
ただ。
「……分かったよ、分かった」
そろそろ身体を動かしたかったのも、また事実で。
リューザスやソフィア、そして俺に構わず見せつけるように一人で鍛錬していたリレアの目を盗んで脱走を試みる俺であったが、リューザスに一瞬で捕獲され、ソフィアからひどく怒られる羽目となってしまっていた。
モチベ向上に繋がりますので、
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また、本作の第二巻が本日発売となってますー!!
9月7日にSQEXノベル様より発売した『理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?』とあわせてよろしくお願いいたしますー!
コミカライズも近日始まりますので、そちらも楽しみにしていただればなとー!
書影は下の方に貼り付けてありますー!








