七十五話
次で二章終わりです。
めっちゃ時間かかってすみません。
* * * *
「……ばっかじゃないの」
〝流れ星〟を撃ち放った後、身体を支えきれず、つんのめるようにバランスを崩し、地面に倒れ込む事になった俺の視界に広がる暗澹とした鈍色の空。
そこに割り込むように、心底呆れたと言わんばかりの言葉と共にソフィアが顔を覗き込んでくる。
身体はもう、力を入れても殆ど動かない。
どうにか、頑張ってぷるぷる震えるくらい。
自分勝手に、自己満足の為に首を突っ込んでみた結果がこれ。
だから、ソフィアから向けられるその言葉に、弁明の余地すらなく、俺は力なく笑って受け入れる他なかった。
「それは、今更だろ」
村のみんなは当然知ってる。
俺が馬鹿な事くらい、〝星斬り〟を目指して鍬の残骸を振るっていた時から、みんな知ってる。
故に、俺は今更と告げる。
「でも……ああ、うん。これだから。これだから、面白い」
そのまま破顔した。
無理を敢行して、死にかけになって。
それでもと意地を張って。
世界は広いのだと思い知らされて。
力の籠らない両の手で、どうにか握り拳を作りながら一層、俺は笑みを深めた。
「本っ当、堪らないなあ、コレ」
センスも経験も、才能も。
何一つとして持ち合わせていなかった俺が、こんな猛者達相手に大立ち回りが出来ていた。
〝星斬り〟の技は、すげえだろって心の中で自慢をした直後に、声がやって来る。
ひゅー、ひゅー、と掠れた息遣いを、合間合間に挟みながら、その声の主は言葉を紡いだ。
「まっ、たくさあ、昔も今も、変わらないねえ……!? 君達は、さぁ」
アルステッド・ベルナバスは、笑う。
でもそれは、面白いから笑っているわけでなく、皮肉故に、笑っているのだと一瞬でわかった。
何せ彼は、かつて〝星斬り〟と呼ばれていた男の側にいた者の子孫。
であるならば、その皮肉にもある程度の納得はいく。この命知らずな無謀さはきっと、俺の憧れと遜色ないだろうから。
「なぁ、ユリウスくん。一つ、質問いい、かな」
身体は動かない。
側でソフィアで治癒の魔法を掛けてくれてはいるが、それでも起き上がるにはもう少し時間がいるだろう。
だから、俺の目から、アムセスの状態が分かるはずもない。致命傷を負っているのか。
それは偽装なのか。
ただ、疲れているだけなのか。
一つ確かに言える事は、アムセスがまだ生きているという事実のみ。
とはいえ、俺の身体が動かない以上、彼からの質問はどうしても耳に入ってきてしまう。
「どうして、君は……ソレを知っている?」
それは、至極当然の質問だった。
事情をある程度知っている人間であれば、どうしても疑問に思ってしまう点。
ただ、俺が想像している通りの疑問であれば、その答えを当人である俺ですらも知らない。
「オリヴァーから聞いた時は、ただの、真似事だと思ってた。でも、直に見るとよくわかる。それは、まごう事なく〝星斬り〟の技、だ。……君はどこで、それを知った?」
寧ろ、俺が聞きたいくらいだった。
8歳の誕生日を迎えたその日、俺は星斬りの剣士と呼ばれていた男の生涯を、夢という形で追憶した。
その理由も、きっかけも、何も分からない。
だから、アムセスから向けられるその問いに対する正しい答えを俺が述べられる筈もなくて。
「夢を、見たんだ」
ただ、コレが求めている答えでないと分かった上で、真実を俺は告げる。
「たった一つの約束の為に、星を斬ろうと決めた大馬鹿な剣士の夢をみたんだ」
それが、原点であり、俺が〝星斬り〟の技を使えてしまえる理由。
とはいえ、夢で見た。などという一笑に付して然るべき理由を前に、何故かアムセスは口を噤んだ。ふざけるな、と言葉を重ねる事はなかった。
「……ふ、はっ、なる、ほど。成る程、それで、その魔法なのか。それ、で、その思考回路なのか」
それどころか、気の抜けたように笑って、納得したと言わんばかりの言葉を続けた。
「魔法ってやつは、そいつの人生そのものだ。そいつの闇であり、光の象徴。魔法の能力にだけは誰であっても嘘はつけないからね。……ぁあ、いや、オリヴァーだけは、そうでもなかった、か」
確かに、〝蒐集家〟なんて魔法の持ち主である彼だけは、唯一、誤魔化しが利く存在だろう。
空気を和ませようとでも思ってか。
冗談めかした様子で力なく、アムセスは笑った。
「でも、〝精神操作〟なんて魔法に恵まれた僕だからこそ、それは身をもってよく知ってる」
俺は、剣が必要だった。
〝星斬り〟の男の技に耐えられる、頑丈な剣が。あの時は、場を打開出来る武器が必要だった。
「僕の場合は、裏切られ続けた人生でね。だから、魔法はこの通り。信頼とは程遠い魔法だ」
人を操る魔法。
それは、人を信じられなくなってしまったが故に発現したものなのかと理解する。
直後。
「そしてだからこそ、僕は誰一人として信用していない。分かるかい? 僕の一番の目的は、誰にも口にはしてないんだよ」
やや遠く離れた場所から、一際大きな爆発音が轟いた。
「……抜かった、ねえ? ベルナデット? 予想外の邪魔が入りはしたが、この勝負、僕の勝ちだ」
その一言が告げられると同時、ふと、かつて夢で見た記憶が思い起こされる。
それは、星斬りの男の記憶。
彼の幼馴染として、側に居続けた男————アウグレン・ベルナバスの、生き様。
彼は、望んだ結果を得る為ならば、自分を駒として徹底的に使い潰すような人間だった。
その為ならば、犠牲をどれだけ強いろうと、関係がないと割り切るような。
だから、先の爆発がアムセスの本当の目的であったのだと悟る。
「……あの方角は」
少し離れた場所にいるであろうベルナデットと呼ばれた女性は、心当たりがあったのか。最後まで言葉を紡ぐ事なく絶句していた。
「あそこは、公爵の屋敷がある場所ね」
補足するように、リレアが言う。
「成る程。警戒が分散した隙に、襲う予定だったのね」
ただ、爆発音が響き渡ったにもかかわらず、リレアの表情に然程の変化はなく。
「あの公爵は特に民から嫌われる性格をしていたし、貴方が狙おうとする理由はよく分かるわ。特にあいつは、私から見ても救えない奴だったから」
アムセスのような人間であれば、そこを狙うのは当然であると言うように言葉を並べる。
対する返事は、くひ、と息だけで行われた笑い声が一つ。
それは肯定の意であった。
「……というか、事前に貴方が集めてた魔法使いの数が少ない理由はそれね」
「ま、ぁ、今更バレたところで、どうにも出来ないから否定はしないけど、さ」
満足した結果が得られたからか。
気付けば、アムセスの口調は先ほどより若干、柔らかくなっているような気もした。
とはいえ。
「……でも、慣れない事、するもんじゃないね。アレで、いけると思ったんだけどな」
最後のあの〝流れ星〟でどうにかなると思ってた。でも、結果は先に俺がくたばっていた。
視界を埋め尽くすほどの魔物の量を考えれば、あれが最適解だったと思うけれど、それでも、後先考え無さすぎた。
「にしても、最後の最後で奥の手出してくるとか、ずっこくない、かなあ?」
地面に大の字で仰向けに倒れる直前。
目にした光景は、アムセスを何故か庇うように結界のようなものを部分的に展開したオリヴァーの姿であった。
〝蒐集家〟とはよく言ったもので、魔法が次々に飛び出してくる。
正直、底が見え無さすぎて嬉しさ半分、勘弁してくれという呆れ半分の心境だった。
「でも、ま、ぁ、立ち塞がった物は、何だろうと俺は斬り裂くだけなんだけどね」
その想いが天に通じたのか。
言葉の通り、即席の結界らしきものは粉々に斬り裂いてやった。でも、それが壁となったせいで倒しきれなかった。
それが全て。
「……なあ、アムセスさん。あんた、やろうと思えば、貴族の暗殺くらい屁でもなかっただろ」
直に戦って、よく分かった。
今回はどうにかなりはしたけれど、アムセスと俺の間には、確かな実力の差が存在していた。
だからこそ、言わずにはいられない。
かつて、星斬りの男が言っていた言葉。
暗殺でもすればいい。
それは、可能であったのではと尋ねずにはいられなかった。
でも。
「さ、ぁ? それは、どうだっただろうね」
嘯かれてしまう。
答えた際の声の調子からして、恐らくはワザとそんな答え方をしたのだろう。
とはいえ、あれだけ殺気をばら撒いていた筈のアムセスにダメ元で問い掛けてみたものの、拍子抜けする程あっさりと言葉が返ってきていた。
「……ところで、ベルナデット」
「なんだ」
「僕を、殺さなくていいのかい」
絶好の機会だと思うけど。
そんな言葉が続けられたような気がしたのは恐らく、気のせいではなかったのだろう。
ただ、それでもベルナデットが「そうだな」という事はなくて。
「何もせずとも死ぬ人間を、あえて殺す必要がどこにある。それに、お前は元々、死ぬ気だっただろ。散々引っ掻き回してくれた奴の願いを叶えてやる程、私はお人好しではない」
拒絶の言葉を叩きつけ、それに対してアムセスは笑って応えた。
「何より、代償があるだろう。私があえて手を下すまでもない」
代償。
ベルナデットが口にしたその言葉は、俺にとって聴き慣れないものだった。
それ故、無意識のうちに「代、償」と声に出てしまっていた。
「……魔法、には何かしらの弱点が必ず存在している。それは、不変の事実さ。ただ、」
俺の疑問に答えるように、アムセスは言う。
「その弱点にも種類が、あってね。まぁ、どこぞの研究者は、魔法使い自体を、『万能型』と『欠点型』って分けてるらしい、けど」
————ちなみに、ユリウスくんの魔法は『欠点型』にあたるよ。なんて補足される。
「『欠点型』は、文字通り、欠点がある魔法。明らかな弱点を抱えてる魔法は大体、こっちさ。でも、偶に僕の〝精神操作〟みたいに、一切の欠点がない魔法があって、ね。ただ、魔法の欠点がない代わりに、それらは総じて、代償を払う必要がある。この事は、あんまり知られてないけどね。『万能型』の魔法は、少ないからさ」
これまでの魔法の傾向から考えれば、精神操作出来る数は限られている。といった制限があるくらいの弱点は抱えてそうなものだが、頭上に広がっていたあの大量の魔物を考えると、間違ってもそんな制限があったとは思えない。
そして、その強大な魔法の効果を得た代償故に、ベルナデットは手を下すまでもないと告げたのだろう。
「……アルステッド」
そんな折、彼を呼ぶ言葉が聞こえてくる。
オリヴァーの声だった。
「どうして罪なき人間を、犠牲とした……!!」
街の惨状は目に見えて明らか。
故に、根っからの平和主義者である彼は吠えずにいられなかったのだろう。
しかし、返ってくるのは悪びれた様子の感じられない浮薄とも取れる言葉。
「それが、最低条件だったからさ。金で雇った魔法使いで周辺を固めてたあいつをぶっ殺すには、危機感を伝える必要があった。だから、多少の犠牲は仕方なかった。必要犠牲だった。でもほら、僕の考えは間違えてなかった」
「ふざ、けるな……!!!」
今にも掴みかかりそうな様子でオリヴァーが、怒る。
でも結論、望んだ結果を得られたのならば、アムセスの行為は彼にとっては正しかったのだろう。謝罪する様子はやはりない。
「……魔法使いが中心の世界を作るなんてほざく割に、聞いてれば扱いが雑過ぎるね」
「あぁ、あれは半分嘘。ああいえば、向上心の塊っぽい君は釣れるかなって思ってたんだよね」
どう? 迫真の演技だったろ? あぁ、でも、君に対してなら貴族に喧嘩売る方向に言いくるめるのがベストだったかな。
なんて、ほざく。
「……でもまさか、僕の半分も生きてないような子供に邪魔されるとは、思っても見なかったけどね。あぁ、クソ。魔法の効果が本格的に、切れてきやがった」
致命傷に似た傷を負っているであろう割に、随分と息が長い。
そんな事を思ってはいたけど、どうやらその理由には彼自身の魔法が関係していたらしい。
〝精神操作〟。
確かに、一時的な誤魔化しくらいなら、出来そうな魔法である。だから、納得する。
「……ともあれ、君が思ってる以上に、魔法には色々と種類がある。くだらない魔法から、厄介極まりない魔法まで。もしかすると、君が見たその夢も、誰かの魔法によるものかもしれないね」
それは、考えた事もない可能性だった。
ただ。
「随分と、親切に語るんだね。さっきまで、殺す気満々だったくせにさ」
殺す気満々だった事に文句を言いたいわけじゃない。むしろ、そうでなければ問題だった。
とはいえ、そんな相手に親切を働くアムセスの意図がイマイチ分からなくて。
「そりゃ、そうだろう。なにせ、君みたいなタイプが貴族共は一番嫌うし、困るからね。殺せない以上、腹立たしい相手ではあるけど、嫌がらせがてら、多少の親切は働くさ」
「……もしかして、馬鹿にしてる? それ」
「そうとも、言うし、そうでない、とも言う。結局、あいつらにとっての天敵は、持ち得た権威が通じない相手と、そもそもの話が通じない人間だ。理路整然と物事を語って言い包めようとしても、そんなのは知らん死ねと言われれば、それまでだろう?」
要するに、アムセスにとって俺は話が通じない人間であるらしい。
でも、否定をする気はない。
自分の考えがある意味破綻している事くらい、自覚しているから。
「だから、貴族にとって扱い易い人間は君達みたいな人間だ。ベルナデット?」
でも、と何か言いたげな息遣いをしたベルナデットを無視してアムセスは告げる。
「その、瞳。確固たる考えを持ってるのなら、ま、ぁ、いっか。それに、オリヴァーも使い物にならなくなった今、どう頑張っても倒せそうにない、しね」
空に広がっていた魔物は、その数をかなり減らしており、元騎士団の人間らしき者達がその対処に今も尚、あたっているようであった。
「にしても、意外だったなあ。まさか、オリヴァーに庇われるなんて。恨まれる事、結構してたのに、なんで庇っちゃうかなあ。お陰で痛い思いをする羽目になったじゃん」
冗談めかした様子で答える。
でも、その言葉には同意だった。
俺から見ても、オリヴァーがアムセスを庇う理由はないように思えたのに、どうして。
そう思った矢先、
「……民を巻き込んだ理由を、聞かずに死なせてやるわけにはいかなかった」
「……らしいねえ。実に君らしい答えだ」
どこまでも、純粋で。真っ直ぐで。
リューザスやゼノア達がオリヴァーを気に掛けていた理由が、よく分かる気がした。
「たったそれだけの理由で庇うとか、やっぱりばかだよ、君。そのせいで、君までくたばってんじゃん。……でも、そうだな、強いていうとすれば、誰もが皆、君みたいに純粋なわけじゃないって事さ」
その言葉を最後に、喀血の音が聞こえた。
かは、と口から血を吐き出したのだろう。
打ち水のような弾ける音がパシャリと響く。
しかし、直後、何事もなかったかのように、さぁてと、とアムセスは言葉を並べた。
「……そろそろ、時間切れみたいだね。んじゃ、くたばる前に最後のお掃除といくかなあ」
そして、足音が立つ。
次いで、大部分が失われたであろう魔物の哮り吠える声がまた、響き渡った。
「王都ごと、滅茶苦茶にする計画は阻まれちゃった、わけだし、最低限はなんとかしないと死んでも死にきれないからさ」
「……何する気?」
問うてみる。
すると、意外にもアムセスは答えてくれた。
「だから、最後のお掃除だよ。いやあ、突然の爆発に慌てふためく狗畜生共の姿が目に浮かぶねえ。ま、集まってるところを皆殺しにするんだけども」
結局のところ、アムセスの怒りは徹頭徹尾、貴族に向いている。そこに、嘘偽りはなく。
彼の最低限の目的は、公爵と呼ばれていた貴族の抹殺、であったのだろう。
ただ、それをするにあたって障害があったと。
公爵を守る魔法使いが厄介であったが故に、こんな騒ぎを起こしたのだろう。
……全く、俺が言えた義理じゃないが、はた迷惑な奴である。
「僕よりずっと、貴族共の方が厄介さ。ユリウスくんも、この生き方を続けるなら、思い知らされる日は近いと思うけどね」
俺が考えていた事を見透かしてか。
笑い混じりにアムセスは言う。
「だから、先祖のよしみで忠告だ。貴族には、気をつけるんだね。僕みたいに————なりたくないなら、だけどさ」








