六十九話
「……後悔する事になるよ。たとえここで僕を止められたとしても、あの時、素直に僕の手を取っておけば良かったって」
「その時は、俺が今のあんたの立場に立つだけだよ。一人で国相手に大立ち回りでもしてやるさ」
「ふ、ふはっ、あはははははは!!! 成る程、君はそういう考えなのか。しかし、理性的なのか、馬鹿なのか、はっきりして欲しいものだねえ。でも、そういう考えは嫌いじゃない。ただ、今は相容れないってだけで」
————でもだから、尚の事、残念で仕方がないよ。君を、殺さなくちゃいけなくなった事が。
そう言って、何処からともなく、アムセスは得物を取り出す。
銀に輝く剣身を持った一対の短剣。
泰然としたその立ち姿に隙はなく、〝魔法使い狩り〟の男に勝るとも劣らない実力者であると俺の中の勘が告げていた。
周囲には複数人の魔法使い。
対してこちらは、二人だけ。
とはいえ、不利な状況なんて今更だ。
俺からすれば、いつだってそんな状況であった。故に、関係はあまりない。
そんな感想を抱き、柄を握り締める手に力を込めると同時、
「————あのさあ。私達も下手人を探してたんだし、見つかったなら見つかったで、報告の一つでもしに来てくれてもバチは当たらないと思うわよ?」
呆れの感情に塗れた声が俺の鼓膜を揺らす。
遠間から聞こえてくる声。
それは、リレアのものであった。
そして、その側には先の爆音のせいだろうか。
忙しなく周囲に視線を向けるソフィアまでいた。
「なんでここにいるんだ? みたいな顔してるわねえ。でも仕方ないじゃない? 君がこうして一人で先走るわけだし。だから、つけさせて貰ってたのよ。ソフィアちゃんも、君を放っておけないっていうしね」
リレアの言葉には一理あった。
俺の性格や、世話焼きなソフィアの性格。
それらを踏まえて考えると、ここにリレアがいる事にそこまで疑問は覚えない。
だから、不自然な点があるとすれば一つだけ。
俺は兎も角、側にはリューザスまでいた。
果たしてリレアは、ソフィアと共に行動しながら、俺とリューザスの両者に今の今まで気付かれず、どうやって後をつけていたのだろうか。
「……つけていた、だあ?」
リューザスも、俺と同じ場所に引っ掛かりを覚えたのか。眉根を寄せながら、不信感の滲んだ声音で呟く。
「そういう〝魔法〟なのよ。私のはね」
リレアの魔法を、俺は知らない。
だけど、魔法という存在は、「あり得ない」行為を「可能」とするもの。
故に、そう言われては、納得する他なかった。
他でもない同じ魔法使いである俺と、リューザスだからこそ。
「後をつけていた事に対しての謝罪はしないわよ? だってユリウスくんが悪いのだから。それに、ソフィアちゃん相手に無責任すぎなのよ」
そして、何故か責められる。
側にいたソフィアも、その言葉に同調するようにお世辞にも機嫌の良いとは言えない表情を浮かべていた。
「君の考えは一応、私は分かる。剣士が自己中な生き物である事も含めて一応、ね。ただ、これは私の口から本来言うつもりは無かった事なのだけれど、君はソフィアちゃんが治癒の魔法を学んでいたか、理由を知ってる?」
「……それは、ソフィアに才能があって、それを伸ばしたかったからで、」
俺より先にリレア達と共にソフィアが村を出た理由も、恐らくそれ。
そう思って言葉を返すと、殊更に呆れられた。
「その理由は、」
「ちょっ!? リレアさん!?」
無遠慮に理由の言葉を並べ立てようとするリレアを、ソフィアが何故か止めようとするも、リレアの口が閉じられる事はなく。
「危なっかしい幼馴染を放ってはおけなかったから。ついでに言うと、大怪我をしてまで自分を助けてくれた馬鹿な幼馴染の助けになりたかったから、なんだって」
「…………」
思わず、閉口してしまう。
「ユリウスくんが、誰かに憧れて、その誰かを目指してる事はよく知ってるわ。なにせ私、剣の稽古に付き合ってたもの」
剣士とは、剣で語る生き物だ。
故に、剣を交えれば大概、それとなく分かってしまう。
たとえそれが、一切口に出していない事であれ。
「ただ、失いたくない人の事はちゃんと気に掛けてあげないと。君は知らないだろうけど、そこの首謀者、君がいない時に私達の下に訪ねてきてたわよ?」
「…………」
目の前に夢中になるあまり、そこまで気が回っていなかったと心の中で歯噛みする。
俺にとってソフィアは失いたくはない人。
その自覚は、あの時のオーガとのやり取りで自覚していた筈であったのに。
巻き込まなければそれでいい。
だから、俺一人が先行する分には問題ないとばかり思い込んでいた。
「前が見えなくなる事は分かるし、生き急ぐ理由もよく分かるけど、ちょっと感心しないわねえ。あ、これ、人生の先輩からの有難い忠告だから」
手を伸ばし続ける事で掴み取れるものは「いつか」という可能性が存在し続けている。
でも、手から一度零れ落ちたものは、もう二度と元には戻らないものよ。
何気ない様子でリレアはそう言うけれど、その言葉には筆舌に尽くし難い重みのようなものが不思議と感じられた。
「……珍しく饒舌だね。普段、過去を一切語りたがらない貴女らしくもない」
「進んで語ろうとは思わないけど、別に隠そうとも思ってないもの。それに、魔法の効果がバレてしまえばもう隠す意味はないじゃない?」
この世界では、発現する魔法は基本的に、その使用者が強く願った事に関するものである。
たとえば死者の蘇生を願い続けたものであれば、それに準ずる魔法の能力となる感じに。
だから、人生の分岐点とも言える瞬間に魔法が発現する人が多いのもそれが理由。
故に、各々の魔法の能力さえ分かれば、その人にどんな過去があったのか。
大体の予想がついてしまう。
勿論、偶然という可能性も無きにしも非ずであるが、その可能性は極めて低いものであった。
「……で、貴女まで僕の邪魔をするのか」
「一応これでも私、王都の冒険者なのよ。人並みに繋がりはあるし、君に好き勝手やられると困るのよねえ。あぁ、勿論、そろそろ暴れたかったからとか、そんな理由もあるわよ?」
あっけらかんとした様子で言い放つ。
傍迷惑極まりない理由に、若干顔を顰めるアムセスであったが、説得の余地はないと判断してか、閉口。
「ただまぁ、静観するにせよ、私やソフィアちゃんに魔法を「使おうと」した時点で、それはナイわね」
その時点で、お前が笑顔になる選択を私が取るわけないじゃない? とリレアは告げた。
「……なぁ、坊主。それで、そこの嬢ちゃんと、おっかなさそうな子は味方って認識で良いのかね?」
「ソフィアもリレアも味方だよ。それは、信用してくれていい」
「そうかい」
物言いからして察せられていただろうが、一応、という事なのか、
リューザスから向けられたその問いに、俺は返事をする。おっかなさそうな子、とは恐らくリレアの事だろう。
そんな事を思った直後。
「————」
一対の短剣を手にしていたアムセスの姿が突如として掻き消える。
次いで、接地の音と共に、遠くから近くへと大きくなってゆく聞こえて来る風を切る音を耳にしながら、反射的に俺は創り出した剣を盾のように扱い、前面に出す。
直後、確かな感触が剣越しに腕を伝い、火花が辺りを物色した。
「ユリウスっ!?」
突然の変化にソフィアが声を上げるも、それに反応するより先に肉薄したアムセスの声がやって来る。
「……やるね」
カタカタ、震える得物同士。
鍔迫り合いの最中、称賛の言葉が向けられた。
「確かに、君の考えは間違ってない。気に食わなくなったら潰す。ああ、そうだね。その考えは実に正しいと思う。だけど、総じて、国が気に食わなくなった時には、致命的な何かを既に失った後だと相場は決まってる。丁度、僕や君の憧れの人のようにね」
先程から思っていたが、アムセスはやけに星斬りの男に詳しかった。
……いや、それは兎も角。
「……アムセスさん」
ただ一つ、釈然としない疑問があった。
「ぅん?」
「なんであんたは、ここに俺を呼んだんだ」
程なく動き始める数名の魔法使い達。
アムセスに操られているであろう彼らの対処に、リレアとリューザスが向かう。
「邪魔をされたくないんだったら、そもそもこんな場所に、俺を呼ぶ必要は何処にもなかっただろ」
「いいや。それがあったんだよ。あったから呼んだ。それが約束だったからね」
「約束?」
「これ以上、〝魔法使い狩り〟の邪魔を君にさせるわけにはいかなかったって事さ」
力任せに振るう剣を受け流し、アムセスは後方へと飛び退いた。
……確かに、アムセスのコレがなければ、俺は〝魔法使い狩り〟の下へと今頃、向かっていた事だっただろう。
「〝魔法使い狩り〟には、ちゃんとあの面倒臭い貴族に媚びへつらう騎士団長を始末して貰わなきゃいけないからね」
「……騎士団長が帰って来た事はてめえらにも伝わってると思ったが、そういう事かよ……!!」
故に、邪魔をしそうな筆頭候補をはじめから違う場所へと誘導してしまえばいい。
それが、アムセスの考えだったのだろう。
だから、俺はここへ呼ばれたと。
「君達は生ぬるすぎるんだ。全てにおいて、生ぬるい。悪徳貴族は罠にでも嵌めて罰すればいい。けれど君達は妨害をする程度で、それ以上は何もしなかった。なぁ、その結果どうなった!?」
声高にアムセスは言う。
「罪からどうにかして逃れ、言い訳を重ね、そして、何もなかったかのようにまた悪事を繰り返す。その繰り返しだっただろう!? ほらみろ、僕の考えの方が正しかっただろう。犠牲なくしては何も変わらない」
俺の知らない情報が錯綜する。
「君達が邪魔をしただけに留めていた連中を僕が始末したから、あいつらは表立って行動は出来なくなった! ……そうだろう? とはいえ、子飼いだった貴族を軒並み始末しちゃった事で親であるガヴェリア侯爵家の連中が荒れに荒れてたけどね」
〝魔法使い狩り〟と戦闘になったあの夜。
リューザスから告げられていたガヴェリア侯爵家には気をつけろという言葉を思い出す。
元騎士団の人達に悪事の邪魔をされた子飼いの貴族達が、次々と殺されていく。
まず間違いなくガヴェリア侯爵家の人間は怒り狂っていた事だろう。
ならば確かに、今回の一件、〝魔法使い狩り〟がアムセスによるものでなく、ガヴェリア侯爵家によるものとリューザスが勘違いしていた理由もよく分かる。
「貴族連中は、己の地位が誰にも侵されないと信じて疑ってない。だから、好き勝手が出来てしまう。だから、これを変えるには犠牲が必要なんだ。目を背けようにも背けられない多大な犠牲がね」
未来の、万の人を救うことに繋がる。
ならば、今の百の人を犠牲にしたところで安い犠牲だろう?
「なぁ、ユリウスくん。君は言ったな? 騎士団がいなくなると困ると。違うよ。それは違う。この現状が持続している原因はその騎士団にもあるんだよ。だから僕は、その犠牲に騎士団の連中を選ぶ事に何の躊躇いも抱かなかった!」
感情任せにまくし立てる。
歯止めがきかないのか。
目を血走らせながら、普段の冷静さをどこかに捨て置き、ひたすらにアムセスは語る。
「いいかい、ユリウスくん。この国の貴族の大半は腐っている。そして、騎士団とはその腐った汚物から形だけ民を守っている役立たずの緩和剤だ。なあ、この仕組みは本当に必要か? いざとなれば保身に走り、民を当たり前のように見捨て、殺し、犠牲とする事を許容し、その悲劇を『命には優劣がある』と言って笑うようなクソ共に本当に価値があると!? ないね。ないよ。ないんだよ。だから。だから僕は、」
「————だから、己の家族を助けられたかもしれなかったにもかかわらず、尊い犠牲であったと切り捨てた貴族への復讐を、真っ当に見える理由を盾にして今も続けているんですか。アルステッド・ベルナバスさん」
新しい声がアムセスの言葉に割り込んだ。
それは少し前まですぐ側で耳にしていた声。
「…………。随分と、狙ったようなタイミングで来るんだねえ? 現副騎士団長、ゼノア・アルメリダ?」
ゼノア・アルメリダの声であった。








