六十八話
* * * *
「————それは、もう数百年以上も昔の話。一人の革命家がいた。圧政を敷く暴虐な君主による治世から、どうにか無辜の民を守ろうと立ち上がった革命家がいたんだ。それが、今の王家の先祖にあたる人物」
リューザスと共に西の灯台へと向かった先。
背を向けて地面に腰を下ろしていたアムセスが、こちらの存在に気付いてか。
語りかけるように、言葉を紡ぎ始める。
「そしてその革命家の思想、理念に共感を覚え、手を貸した大半の人間こそが、今の貴族達の先祖さ。ただ、『誰もが幸せに暮らせる世界を』そんな言葉で人を纏めていた筈の連中が、今ではコレだ。だったら、かつてのように、殺してでも変えていくべきだろう。そんな腐った治世に価値はないとかつてのように変えるべきだろう。そう考える僕は、間違ってるかな?」
そしてアムセスはゆっくりと立ち上がる。
待ちくたびれたよ。
そう言わんばかりに凝った体をほぐすような動作を数秒。
やがて、彼は俺の方へと向き直った。
「今のこの国が腐っている事は紛れもない事実さ。それは、実際に騎士団を抜けた君がよく知ってるはずだ。リューザス元副騎士団長」
「否定はしねえよ」
リューザスは、国を支える王家や貴族に愛想を尽かし、騎士団を抜けた人間。
今はこうして一緒になって事の対処に当たってはいるが、だからといって一度抱いたその感情が解消されたわけではない。
「だから、貴族を殺そうが殺すまいが、ぶっちゃけオレにゃどうでもいいんだ。もう、騎士団の人間でもねえしな」
騎士団に属していない以上、守る義務は発生しない。
「だが、そのてめえの自己満足にオリヴァーを巻き込みやがったその一点が、オレは許せねえってだけだ」
オリヴァーに殺されるのならば、仕方がない。
自分の死すらも、過去の罪悪感から受け入れていたリューザスにとって、そのオリヴァーを利用する行為は到底許せるものではなかったのだ。
「あいつの兄貴を守れなかった事はオレ達の罪だ。だから、オリヴァーへの罪滅ぼしってんなら、オレはそれが死であろうと受け入れる。そのつもりだった」
「なら、受け入れれば良かったじゃないか」
「ああ、そうだな。それが、紛れもないオリヴァーの本心ならば、そうしても良かったぜ? ただ、それは違うだろうが? アルステッド・ベルナバス」
リューザスが何気なく口にした人名。
それは恐らく、アムセスの名前なのだろう。
ただ何故か、理由は分からないけど引っ掛かりを覚えた。
共感も感銘も、本来ならば何も覚えるはずの無いただの言葉。
しかし、ベルナバスという言葉が俺の中にある記憶の片隅で煩わしく引っ掛かった。
「べるなばす」
そして、ひとりごちるように声に出し、考える。しかし、何処かで聞いた事があるような印象のみで、進展はない。
ただ、目の前に広がる現実は、悠長に俺を待つ事をしてはくれず、アムセスとリューザスの間で話は先へ先へと進んでゆく。
「本当にてめえがオリヴァーに手を貸したいだけだったのなら、じゃあコレはどう説明する気だよ? えぇ? この、洗脳済みの魔法使い共は、よ」
指定された西の灯台には、一見するとアムセスしかいないように見える。
だが、リューザスがそう指摘した直後、〝認識阻害〟のような魔法で存在を隠していたのか。
数名もの冒険者らしき者達が姿をあらわす。
それは、アムセスが魔物を倒す為にと集めていた人達なのだろう。
ただ、その瞳はどこか虚ろで、とてもじゃないが彼らが正常な状態にあるとは思えなかった。
「……魔法使いを集めた理由は、初めからこの為に?」
一応、聞いてみる。
すると、アムセスは心外だと言わんばかりに普段と何一つ変わらない笑みを俺に向けてきた。
「いいや。それは違う。僕はあくまで、魔法使いには手を出す気はなかった。ただ、僕の方でもちょっと予想外の事が起きちゃったんだ」
そして、流し目でアムセスは虚ろに立ち尽くす数名の魔法使いを見遣る。
恐ろしく、底冷えた瞳を向けていた。
「この腐った貴族社会を変えられるとすれば、それは一体、どんな要素だろうか。今朝のこの話のこと、まだ覚えてるかい」
「……覚えてるよ」
俺はその問いに対して、純粋な力と答えた。
今朝の話だ。
流石にまだ覚えてる。
「そういえば、君に聞くだけ聞いて僕は答えてなかったよね」
だから、今教えてあげる。
そう言って、最終的に友人の話であると煙に巻いていた筈の話題を何を思ってか、アムセスは持ち出した。
「百点満点の回答を教えてあげよう。それはね、大勢の犠牲だよ。犠牲こそが、変革を齎す核たる要素となり得る!! それを除いて、他に道はない……ない、んだけどね、それを理解出来ない人達がいたんだよ。この期に及んで、ね」
それがコイツらなのだと言わんばかりに、虚ろに立ち尽くす数名の魔法使いを見詰めたのち、何も無かったかのように視線が俺に向けられた。
「過激と思うかい? でも、こうでもしないと何も変わらない。いや、違うな。何も変わらなかったがここでは正解か」
すると、あからさまに側にいたリューザスの顔が険しいものに変わる。
恐らくは、アムセスがそう言うに至った事情を知っていたのだろう。
「だから、本意ではなかったけれど、能力を使わせて貰ったんだ。ここで、邪魔をされるわけにはいかないからね」
予知系統、と聞いていたが、おそらくあれは嘘だったのだろう。
〝魔法使い狩り〟の存在から考えるに、アムセスの能力は、精神に作用する洗脳系統である事は間違いない。
「……で、てめえは一体何をする気なんだ? 今のこの貴族社会を変える為に、貴族をぶっ殺して、その後はかつての王家がそうであったように、今度はてめえ自身がさっきの言葉のように、革命家として王位に就くってか? ベルナバスの末裔である、お前自身が」
そこで漸く、気に掛かっていたベルナバスという言葉に対する違和感が氷解する。
俺はかつて、八歳の誕生日を迎えたその日に、星斬りの男の生涯を見た。
その悉くが戦地だった。
映り込んだ記憶、その殆どに、闘争が付き纏っていた。きっと、争乱期だったのだろう。
戦争は度々起こっていたし、人死も今よりずっと馴染み深いものであった。
「そりゃ、少なからず許せねえわな。かつてこの国を建国したてめえの先祖を打ち倒し、民の幸せの為、革命を行った連中が、今ではその殆どが腐ってる、となりゃあな」
余裕めいた笑みを浮かべていたアムセスの表情が、若干歪んでいた。
不快であると言わんばかりに。
ただ、その変化を指摘するだけの余裕は、俺の頭の中に今は残されてなかった。
……そうだ。ベルナバスという名前が俺の頭の中で引っかかっていた理由は、かつて星斬りの男の記憶を目にした中で聞いていたから。
ただ、彼の側にいた剣士の男が、「ベルナバス」の名前を特に嫌っていた。
それもあって、意図的に星斬りの男含め、その言葉を口にする事は殆どなかった。
だから、すぐには思い出せなかった。
けど、もう思い出した。
ベルナバスとは、星斬りの男が生まれた国の名前。
そして、彼の側によくいた親友であった剣士の男。
確か彼の名前が、
「アウグレン・ベルナバス」
気付けば、口を衝いて言葉が出ていた。
俺のその発言に反応して、リューザスの問いに答えようとしていたアムセスは、それを中断してまで目を大きく見開いた。
「……驚いた。君はその名前を知ってるのか」
本当に、アムセスは驚いているようで、笑みを貼り付ける事すら忘れて彼は言葉を紡ぐ。
だが、側にいたリューザスはその名に心当たりがなかったのか。
眉根を寄せて難しそうな表情を浮かべていた。
「どこでその名前を知ったのか……って、問い質そうかと思ったけど、ぁあ、君はそうだった。星斬りに少なからず縁がある人間だったか」
なら、彼の事を知っていても不思議ではないかと言葉を締めくくる。
だが、それも刹那。
アムセスは何を思ってか、語り出す。
「アウグレン・ベルナバスは、ベルナバス王家がまだ存続していた頃に存在した王家の人間だよ。もっとも、彼は王家の人間でありながら、十の頃には既に、ベルナバスの名を捨てていたけどね」
知ってる。
その理由も、そして、名を捨てて何をしていたのかも、俺は見てきたから知っている。
「捨てた理由は至極単純なもので、単に、彼は腐敗したこの世が嫌いだったんだ。特に、その象徴である王家を嫌っていた。だから、ベルナバスの名前を真っ先に捨てた」
だからこそ、アウグレンは己がベルナバスと呼ばれる事。そもそも、ベルナバスという言葉自体を嫌っていたのだ。
そして同時。
陳腐な感傷を覚えた。
星斬りの男が生きていた時代がどれだけ昔なのか。それは知らない。
でも、こうして今、星斬りを名乗ろうとしている俺と、かつて親友と認識されていた者の子孫がこうして対面している。
奇妙な偶然もあったものだ。
素直に、そう思った。
「そして、彼自身は、王家を嫌いながらも、革命に賛同はしていなかった」
だからこそ、星斬りの男と彼は馬があった。
————そもそも、革命をしてどうなる。誰もが手を繋ぎ、綺麗な世界を作りましょうとほざくヤツを信じろと? 馬鹿らしい。
だからこそ、中途半端な治世によって苦しめられた過去を持つ星斬りの男のその一言に、アウグレンは同調していたのだ。
「何故ならば、その革命では、第二のベルナバスが生まれるだけでしかないと分かっていたから。そして現実、そうなってしまった」
避けられない現実であるというように、アウグレンが危惧していた通りの未来に落ち着いてしまったとアムセスは言う。
「だから僕は、純粋な力こそがものを言う世界を作るべきだと思った。専制君主とは程遠い、力を持った魔法使いが支配する新しい世の中を」
そして、この手を取れと言わんばかりにアムセスは右の手を差し伸ばしてくる。
今の貴族や王家を滅ぼした後、魔法使いが上に立つ世界を作るのだと彼は言う。
「無理だと思うかい? いいや、これは可能だ。少なくない犠牲を必要とするけれど、これは可能だ」
そう言い切った瞬間。
どこか遠くから、思わず振り向いてしまう程の爆発の音が聞こえてくる。
遅れて、ずずず、と心なし地面が揺れた。
「……て、めえ」
それが目の前の人物、アムセスによる仕業であると断定したリューザスが睨め付ける。
しかし、当の本人はどこ吹く風に笑うだけ。
おかしな事は何も起こっていないと笑うだけ。
故に一切、彼はその怒りの言葉に取り合おうとしない。
「それに、なぁユリウスくん。君が本当にあの星斬りの後継者であるならば、僕とは別の理由で、今の王家を見逃す事は出来ない筈だ」
……そして、手紙に書かれていた星斬りとこの国の関係性へと話が繋がってゆくのだろう。
「この、星斬りという名を徹底的に消した今の王家の事はさ」
なぜ。
そんな疑問が一瞬浮かび上がる。
しかし、だとしても関係はないかと結論を出す。
「かつて星斬りの男は、革命家であった今の王家の先祖の邪魔をしていたらしいからね」
革命。邪魔。
その二つの単語のお陰で、ある光景が思い起こされる。
それならば、一つ心当たりがあった。
己の剣の技量を磨く。
ただそれだけの理由で、軍勢を敵に回していたあの光景の事は、よく覚えていた。
アウグレン・ベルナバスが、こいつ馬鹿だ。
なんて言って大笑いをしていた記憶までもが蘇る。
「まぁだからこそ、名は勿論の事、その存在ごと消されたらしいんだけども」
星を斬る。
その目的を果たす為といって、名を消されるくらいの恨みは多く買っていた記憶しかない。
だから、名を消されたと聞いても納得しかない。
とはいえ、多くの人間に恨まれてる以上に、無愛想ながら、彼は多くの人間に慕われてもいた。
それが、俺でいう剣を振るときに何かしらの理由を求めようと思うキッカケ。
星斬りの男が喧嘩を売る理由は、誰かを守る為だとか。受けた恩に報いる為だとか。
一見すると自己中なだけに見えるのに、実際はそんなもので溢れていた。
だから尚のこと、彼の存在には憧れた。
「————恨む気持ちはないかい? 君の目指す先である〝星斬り〟の男は、今の王家によって存在ごと抹消された。その存在を知っている人間は最早少数だ」
囁くような声だった。
ただ、大声で叫んでいるような様子はないのに、その声は俺の頭の中で強く響く。
少し、奇妙な感覚だった。
「あれほど鮮烈な功績を残した人間も、過去を千年遡っても片手で事足りる程だろうさ」
それは間違いなく、そうだと思う。
憧れによる俺の中でだけの上方修正はあるだろうけど、それでも、あの技量は突出していた。
「おい、坊主」
何故か、側でリューザスが俺を呼んでいた。
理由はわからない。
わからないけど、どうしてか。
向けてくる表情は焦っているように見えた。
続け様になにか言って来てたけど、アムセスの声によってリューザスの声はいとも容易く掻き消える。
俺との距離は、アムセスよりリューザスの方がずっと近いというのに。
「にもかかわらず、その存在は消された。理由はただひとつ、不都合な存在であったから」
知っている。
「一度泥を塗るに飽き足らず、彼は色々とやっていたからね。その存在は、邪魔と言う他なかった事だろう」
最終的に、星斬りの男は隻腕となっていた。
ベルナバスの血を継いでいた友人の為に、彼は片腕を捨てた。
ぶっきらぼうで、愛想もあまりなくて。
だけどそんな彼は、唯一親友とも呼べる相手の為、星を斬るという夢を持ちながらも、腕を躊躇いなく捨てるような情に溢れた人だった。
————だからこそ、その名を消されているこの現実は、尚のこと許せないじゃないか。
「…………」
声には出していない筈。
しかし何故か、頭の中で考えていた事に肯定の言葉をアムセスが投げ掛けてくる。
それは、甘露のように甘い誘惑染みたものであった。思わず身を委ねてしまいたくなるほどに、心地の良い言葉。
……でも。だけど。
「彼がこの時代に生きていたなら、きっとこう言ったと思う」
その先の言葉を待ちわびるアムセスに向けて、
「そんなものは、どうでもいいってね」
俺は言葉を吐き捨てる。
直後、俺の周りを覆っていた暗い紗のようなものが取り払われたような感覚に見舞われた。
側にいるのに、何故かその存在が遠く感じられたリューザスのことも、普段通りに感じられる。
頭の中に響いていたアムセスの言葉も、もう遠い。
やはり、先程までのアレは奇妙な感覚だった。
「あの人は、多くの人間に認められる為に剣を振っていたわけじゃないから。もし彼が本当に星を斬った事実があって、それを消されているのなら、彼は怒ったと思う。でも、きっとあの人はそれ以外の事実に然程も頓着はしないと思うよ」
きっと、それで?
の一言で終わらすんだろうなって容易に想像が出来てしまう。
彼は、そういう人だったから。
「……ハ、やっぱり、〝精神操作〟は君には効かないか」
〝精神操作〟。
それが、アムセスの魔法の名前なのだろう。
ただ、自嘲染みたその発言は、そもそも効かないと分かっていたような口振りであった。
「とはいえ、何故わからない……!? このままでは国の腐敗が進むだけだと何故わからない?」
正直なところ、俺は貴族についてはよく知らない。だから、バカでも分かるような事くらいしか分からない。
「……いや、正直なところ、俺はアムセスさんの考えは悪くないと思ってるよ」
貴族が腐っている。
その話は至るところで耳にする。
だから、その貴族を排除しようとする考え自体はきっと間違っていないのだろう。
しかしだ。
「ただ、それが本当に叶うならばの話だけど」
「……どういうことかな」
思い起こされる星斬りの言葉。
————国とは狡賢い生き物だ。その出来事をアイツらは嬉々として利用し、更なる圧政を敷く。お陰で無法者は更に溢れ、弱者には悪意に呑まれて死ぬ未来しか待っていない。
「それが確実に成せるという保障は? 中途半端に行なって、中途半端で終わったら。……魔法使いにとって、生き辛い世界になると思う」
俺みたいに勝手気ままに生きるというならば問題はない。
たとえ、魔法使いにとって生き辛い未来が訪れようと、大した被害はないから。
ただ、そうなった時。
治癒魔法の素養を持った幼馴染————ソフィアのような人間はどうなる? と考えて。
「それこそ、無法者が今より溢れ、弱者には悪意に呑まれて死ぬ未来しか待っていない。そんな世界に。だから、今はまだ、否定させて貰うだけ」
アムセスは、黙々と己が恨む貴族を殺し続ければ良かったのだ。
きっと、それが続けば悪事を働く貴族が殺されるという噂が広まり、ある程度の抑止力になったことだろう。
でも、それはしなかった。
アムセスは、それを何故かしなかった。
「……あくまで、僕の考えを否定するというなら、殺さなくちゃいけなくなるんだけど」
かつて俺はアムセスに告げた。
この世界を変える為には、純粋な力が必要不可欠であると。
だから、我を通す為に力尽くで障害を退ける。
その行為は正しいと思う。
「勿論。何より、魔法使いが支配する新しい世界、なんて言われても、その魔法使いを魔法で操ってる人が口にするそんな世界を、馬鹿正直に信じられるわけもないしね」
そして俺は、向けられる殺意に応えるように、小さく〝刀剣創造〟と呟き、剣を右の手に収まるように創造した。








