六十七話
* * * *
〝纏い〟を俺の身体に叩き込んでくれたゼノア・アルメリダに礼を告げ、俺は〝魔法使い狩り〟の居場所をリューザスから聞くべく、一度騎士団の詰所へと戻ろうとした、のだが。
「……何かあった、のかな」
来た時とは一変してやけに、慌ただしかった。
そして程なく、何があったのかと周囲を見回す俺に声がかかった。
「おお、丁度いいとこにいた。その様子を見る限り、ちゃんと〝纏い〟を覚えやがったみたいだな」
リューザスであった。
口角をつり上げ、喜色に笑む。
ただ、表情の端々に焦燥感のような感情が散りばめられており、只事ではないナニカに見舞われた事は最早、確定といえた。
「……何かあったの?」
「ああ、まぁな。完全に不測の事態だ。飛ばした場所が飛ばした場所なんでもうちっとばかし時間に余裕があると思ってたんだが、〝魔法使い狩り〟の奴が暴れ出してやがった。居場所を教えるって約束を反故にしちまう事は申し訳ねえが、〝纏い〟を覚えたばかりで悪ぃが、今からオレらは〝アルステッド〟の下に向かわなきゃならねえ」
「……アルステッド?」
本当に時間がないのだろう。
早口に、リューザスの口から言葉がまくし立てられる。
ただ、その発言の中に聞き慣れない人名を聞き取った俺は反射的にそう聞き返していた。
「アルステッドってのは、今回の〝魔法使い狩り〟による一件の首謀者だ。それと、〝魔法使い狩り〟の野郎は、さっき帰ってきた騎士団長が食い止めに向かってっから心配いらねえぞ」
確かな信頼をその騎士団長に向けているのだろう。〝魔法使い狩り〟に対して、一切の心配はいらねえと彼は本心から述べていた。
「……そっか」
「なぁに残念そうな顔してやがんだ」
「いや、俺は〝魔法使い狩り〟と戦いたかったからさ」
煮湯を飲まされたからという理由もある。
でもそれ以上に、強い敵に打ち勝ちたかった。
それこそ、まさにあの〝魔法使い狩り〟のような。
「……だったら、さっさと終わらせりゃ良いだけの話だ。アルステッドの野郎を手短に片付けて、〝魔法使い狩り〟を倒しに向かえば良い。とはいえ、アルステッドの野郎も相当エグいらしいけどな」
あの〝魔法使い狩り〟を操っていた人間である。ただ者でない事は言わずもがな。
下手をすれば、〝魔法使い狩り〟よりも余程厄介な人間である。
そう言わんばかりのリューザスの物言いに、つい、頰が緩んでしまう。
「あぁ、それでなんだがな。アルステッドの野郎を探さなきゃなんねえんだが、坊主は心当たりねえか? そいつ、今はアムセスっつー名前に変えて過ごしてるらしいんだが————」
* * * *
「……アムセスさんから、手紙を預かっていますよ。きっと今日の何処かしらのタイミングで、ユリウス君が自分を訪ねてくるだろうから、そこで渡して欲しい、と」
リューザスにアムセスの居場所を尋ねられた俺は、すぐ様、彼のいた冒険者ギルドへと向かっていた。
しかし、探していた姿は何処にも見当たらず、ギルド職員の人間に居場所を尋ねると、俺宛に預かった手紙とやらを受け取る事になっていた。
「はぁん。こっちの行動は全て御見通しって事かよ。ったく、気に食わねえなあ」
一緒についてきてくれていたリューザス漏らす不満げに言葉を耳にしながら、俺は渡された手紙の封をあける。
そこには一枚の紙が入っていた。
「で、なんて書いてんだ?」
ずいっと、手紙の内容を覗き込んでくるリューザスに、中身を見せながら、
「西にある灯台で待ってる、だってさ」
「……西の灯台。あぁ、あそこか。ここからさほど離れちゃいねえ。急げば三十分もありゃ着く程度の距離だ」
ここで、リューザスが持ち前の魔法————転移を使うと言い出さない理由はおそらく、今は下手に力を浪費したくないが為ゆえなのだろう。
「……待って。もう一枚手紙入ってた」
すぐにでも向かおうと、冒険者ギルドを後にしようとするリューザスであったが、もう一枚手紙が入っていた事に気づいた俺は慌てて彼を制止する。
しかし。
「…………」
「ぅん? なんて書いてたんだよ」
その内容が、予想の斜め上をいくものであったが故に、即座にリューザスに伝えるという行為を忘れてしまう羽目になった。
「……この国と、星斬りについての関係を教えてあげよう、だぁ?」
硬直してしまっていた俺に変わって、再び覗き込んできたリューザスがその内容を声に出す。
「そもそも、星斬りってなんなんだ……って、あぁ、星斬りっていやあ、坊主が目指してるもんだっけか」
俺が星斬りを目指している事については、一切隠していない。
誰がそれを知っていたところで不都合はないし、己が星斬りを目指していると宣言する事で自分の退路を断ち、追い詰めてしまう。
そう考えて、口癖のように言葉にするようにしている。
「……まぁね」
「なんか、うちの国と因縁でもあったのか?」
「さぁ? どうだろ」
かつて見た記憶を、どうにか掘り起こす。
しかし、因縁だとか。
そういったものに心当たりは、ない。
「でも、まぁ、行ってみれば分かるんだろうね」
ただ、一つ、疑問が残る。
それは、何よりも根本的なもの。
「どうしてアムセスが、わざわざ俺にこんな事を教えようとしてくれるのか、もさ」
王都について間もない頃からそうだったが、アムセスは基本的に、俺達に優しい人間であった。
ここでいう達は、ソフィアや、リレアを指す。
だからこそ、リューザスから〝魔法使い狩り〟を裏から操っていた、と言われてもイマイチ、現実味に欠けていた。
そして今度は、星斬りについてわざわざ教えてくれるらしい。
若干、親切を通り越している気すらする。
「…………」
何気ない疑問。
しかし、呟きに近かった俺の言葉を拾ったリューザスは、小さく笑いながら答えてくれた。
「そりゃきっと、坊主が貴族じゃねえからだろ」
「貴族じゃないから?」
時間は掛けてられない。
だからか、歩きながらリューザスは言う。
「ああ。アルステッド……いや、アムセスって男は、貴族を憎んでる奴なんだわ。ただ、その反面、貴族以外には随分と優しい奴らしいぜ。特に、貴族と関わりのない魔法使いにはな」
言われて思い出す。
そういえば、〝魔法使い狩り〟と初めて出会ったあの時、俺は王都から出て行けと忠告を受けていた。
巻き込みたくないと、そう言わんばかりに。
そして、アムセスからは討伐に混ざる気はないかと何度か誘いを受けていた。
それはもしや、関係のない人間は可能な限り巻き込みたくなかったが故の行為であったのではと、考えが頭の中に浮かび上がる。
ならば確かに、アムセスは優しい人間なのだろう。
「とはいえ、オレが言うべき言葉じゃあねえが、アムセスの根っこにある考えは正しいもんだと思うぜ。貴族の中にゃ、ロクでなしって呼ばれる連中はごまんといる。ぶっ殺してえって思う気持ちも分からなくもない。そんだけ、腐敗した貴族が横行し、横溢してるからな」
元とはいえ、国に仕えていた騎士団の人間。
だからこそ、全面否定でもするのかと思えば、紡がれた言葉は殆ど、アムセスの行為の肯定でしかなかった。
……そういえば、彼は国に失望し、騎士団を辞めた人間であったか。
しかしながら、今現在こうして、アムセスをどうにかしようとしている人間であるにもかかわらず、当たり前のように肯定するものだから、少しばかり驚いてしまう。
しかし、言葉にはまだ続きがあった。
「だが、選んだ方法が最悪だ」
アムセスが選んだ方法は、彼の思う腐った世界を変える為、その原因となった貴族を無差別に全て駆逐してしまうというもの。
だからこそ、リューザスは「最悪」と口にしたのだろう。
「そして、その為に他の人間の復讐心まで利用してやがる。そうせざるを得なかったといえばそれまでだが、それでもオレは、その方法が正しかったとは思わねえ。だからこそ、こうして止めようとしてるんだがな」
その言葉からは、信念のようなものが感じられた。罪悪感故に、一時期は〝魔法使い狩り〟に殺される事を許容していたうちの一人とは思えないものだった。
「……まぁ、良い貴族もいるし、全てを殺すって考えは流石に俺もやり過ぎと思うかな」
追従しながら、リューザスが語った言葉に、俺は同調した。
思い返される、〝ミナウラ〟での一件。
魔物の討伐の為、名目上、兵士を求めて村にやってきたビエラ・アイルバーク。
彼女が、彼女なりにどうにかして多くの村を助けようとしていた事を俺は知っている。
心配症で、世話焼きでもあった姉のフィオレ・アイルバークの事も。
ゼノア・アルメリダも、そうだ。
だからこそ、貴族が全て悪いという考えに俺も同意する気はなかった。
しかしながら、
「でも、それだけ過激な考えを抱くに至った理由があるのなら、止める事は不可能だろうね」
たった一人の幼馴染の為に、星を斬ると誓った剣士がいたように。
どんな出来事に見舞われても揺るがない確かな理由を手にしているのならば、止める手立てはないだろう。
それこそ、彼の心臓の鼓動を止めてしまわない限り。
「そいつぁ、ゼノアが坊主を止められなかったように、ってか?」
「そういう事」
面白おかしそうにリューザスが言う。
確かにその通りだなって思って、俺も一緒になって笑った。
きっと彼女が本気で止めに来ていたならば、身体の端々に見受けられる裂傷は、この程度で済まなかった筈だ。
でも現実、俺の身体の傷は軽傷で済んでしまっている。俺がアムセスの下へと向かう事をリューザスが止めようとしない程度の傷だ。
「しかし、星斬りとやらの秘密たぁ、気になるねえ。坊主の目指す先ってのは、オレも少なからず興味がある。秘密って言うくれえだ。そう呼ばれていた奴が昔に一人はいたんだろ? どんな奴だったんだよ」
西の灯台までは、まだ距離がある。
だから、それまでの時間潰しも兼ねての問い掛けなのだろう。
もしくは、アムセスの言う星斬りの秘密で俺がどう転ぶかを予測する為か。
とはいえ、語る事には何の躊躇いもない。
むしろ、語りたい。語り尽くしたい。
あの男がどれだけ、凄いのかを。
「世界で一番自己中で、義理堅くて、アホで、馬鹿で、無鉄砲で、友達は碌にいなくて、」
「おいおいオイ!? 罵倒ばっかじゃねえか。本当に坊主はそんなもんに憧れて————」
仕方がないじゃないか。
本当に、彼はそんな奴だったのだから。
……でも。
「————それでもって、誰にも成せていなかった偉業を、たった一つの約束の為だけに本気で成し遂げようとした世紀の大剣豪。それが、星斬り」
「…………」
一見、馬鹿のようにも思える。
否、大多数の人間は馬鹿と言うのだろう。
ただ、俺は違った。それだけの話。
「最後のその部分が、最高に格好良く見えたんだよ、俺には」
「……いんや、訂正しよう。く、ハッ、ははははは!!! いいな、いいじゃねえか。確かに、オレもそういう奴は嫌いじゃねえ」
初めに口にしてた罵倒っぽい部分は兎も角な。
そう言って、リューザスは言葉を締めくくる。
「無鉄砲な馬鹿は嫌いだが、死に物狂いで何かを目指す奴は好むところだ。よし、分かった。いざという時はオレが坊主だけは何があっても逃がしてやる。だから、安心して戦ってくれやがれ」
「いいよ、そういうのは。死んだ時は死んだ時。大人しく、鍛錬不足だったって諦めるからさ」
「……はんッ、可愛げのねえやつ」
どうせ、話の最中にどうにかして、その話に結び付けるつもりだったのだろう。
なんて感想を、何故か抱いてしまう。
きっとその理由は、リューザスが向けてくる保護者染みた視線が原因なのだろう。
ゼノアといい、リューザスといい。
騎士団にいた奴は、お人好しが随分と多いらしい。








