六十六話
* * * *
嵐を思わせる。
それ程に苛烈を極める怒涛の連撃であった。
目で追う事がやっと。
秒を経るごとに傷は増えてゆき、痛いと思う間もなく、次の攻撃がやって来る。
油断をしていたわけじゃない。
無論、俺は強くも何ともない。
その自覚をしていて尚、ゼノア・アルメリダの持ち得る〝心読〟と〝纏い〟をあわせた戦闘は規格外に過ぎた。
————絶対に止める。何が、なんでも。
傍目からでも一目瞭然な程に、そう考えているからなのだろう。
油断も隙もあったものではない。
一切期待はしていなかったが、子供の身なりにもかかわらず、舐めて掛かってくるような様子は何処にも無かった。
しかし。
でも、だからこそ、俺は感謝しなくちゃいけないのだろう。笑わなくちゃいけないのだろう。下手に策を弄するのではなく、真正面から戦い続けなくてはいけないと思った。
本来、剣士にすらなるはずで無かったただの村人相手にこれ程の剣の使い手が、俺を対等に見てくれているのだから。
剣士として生きると決めた俺にとって、これ程嬉しい事があるものか。
「……何が、おかしいのです」
何も、おかしくなどない。
これはおかしいから笑っているのではなく、嬉しいからこそ、笑っているのだから。
だけど、それを言葉に変えて答える暇すら今の俺にはなく、返事が出来ない事が何よりも申し訳がなかった。
けれど、今は口ではなく手を動かしていたかった。忙しなく合わさる金属音が、いやに心地よく感じられたから。
「…………」
その閉口の訳は、心を読んだからなのか。
はたまた、返事をする余裕すら切り捨てていると判断を下したからなのか。
……その真偽のほどは不明であったが、それが何故なのかを考えろと言わんばかりにひたすら攻めに徹していたゼノアが距離を取った事で剣戟の音が止み、一転して沈黙が場に降りた。
「……これ以上は、命に関わりますよ」
時間にして、十分。
いや、もっと少なかったかもしれない。
ただその間に容赦ない剣戟にあてられていた事あり、殆ど満身創痍。
血だらけの死人もさながらな状態に俺は陥ってしまっていた。
〝纏い〟を盗んでやる為に、幾度となく攻撃を受け、己の目で直視し、真似てはみたが、困った事にコツを掴むどころか一度として使えてすらいない。
こういうやつを、絶望的なセンスと言うのだろう。様子を見にきた関係のない騎士団の人間も、俺の姿を見て呆れていた。
「……そんなものは、知らないね」
時間は、有限だ。
誰もが羨む天賦の剣才を手にした人間ですら辿り着かなかった頂に、凡人が手を伸ばすのだ。
死にかけだからと一々止まっていては、本当に届かなくなる。
「俺に許された結末は、届いたか、届かなかったか。その二つだけだ。届きそうだったって事実は、一番いらないんだよ、ね……ッ」
だから、突き進む。
突き進むしかないんだ。
それがろくでもない宿痾であると指摘されて尚、悲観されて尚、憐れまれて尚、自覚して尚————それでもと。
「星を、斬る。それを成すまで、俺に止まる気は更々ないよ。たとえそれが、誰もに無謀であると笑われたとしても」
感覚の薄れてきた右手が掴む剣の柄に力を込め、地面を踏み締める。
力を込めた事で、傷口から血が僅かに噴き出し、生命の危機という名の危険信号が脳に伝達される。
けれどそれを、強引に意志で以て掻き消してまた一歩と踏み出す。
「……ッ!! なぜ、そうも貴方は————!!」
生まれた間合いを再度詰め、俺がゼノアに斬りかかった事で強制的に発言が中断。
虚空に描いた銀の軌跡が交錯し、散らばる火花にお互いが目を細める。
からの、鍔迫り合い。
カタ、カタカタカタ、とまるで金属音が意思を以て震えでもしているかのような音が断続的に響く。
膂力の軍配は、性別の壁の前に、大人と子供という名の決定的な壁に苛まれており、積み重ねた鍛錬の量を含め、普通にやれば俺に勝ち目は万が一にもない。
故に満腔に力を込めて、
「ん、な……!?」
余す事なく全身を使って押し飛ばす————!!
これは、稽古であって、稽古ではない。
言うなれば、意地の張り合いだ。
だから、負けるわけにもいかなかった。
「……こ、のッ」
地面を蹴り付ける音が、二度。
……いや、三度。
「流石に、慣れてきたよ」
「……恐ろしいまでのセンスですね」
その賛辞は、素直に受け取る事は出来なかった。
〝纏い〟を身をもって覚える為に攻撃を食らい続けていたお陰で、〝纏い〟の扱いではなく、対処が出来るようになった。
望んだ結果が得られていない時点で、センスがあると言われても皮肉にしか聞こえてくれない。
一瞬にして背後に周り、剣の柄の部分で打突を行おうと試みていたゼノアから今度は俺が距離を取る。
「……ほんと、勘弁してほしいね」
苦笑いが出た。
先の俺を気遣うような打突もそうだが、時折、視界がぐらぐら不規則に揺れている。
血を失い過ぎてるのか。
それとも、そういうダメージの与えられ方をしているのか。はたまた他に何か理由があるのか。
確かな理由は分からない。
けれど、連日の度重なる戦闘によって蓄積された疲労も関係しているのだろう。
限界は、すぐ側にまで迫っていた。
「……そう思うのなら、今すぐに剣を手放して諦めてください」
「それは今はまだ、出来ない相談かなあ?」
「……まだ、そんな口がきけましたか」
相変わらずの返答をしてやると、怒りの滲んだゼノアの眼差しが、更に強い輝きを帯びたような。そんな錯覚すら抱く羽目になった。
激昂をどうにかして抑え込んではいたが、紡がれた声音から否応なしに感じられる静かな怒りとでも形容すべき感情は全く隠しきれていない。
「これでも、しぶとさだけが現状、唯一誇れるものでね」
……これは俺の勝手な想像でしか無いけれど、平時であれば多分、ゼノア・アルメリダという人は俺に〝纏い〟だろうが何だろうが、教えてくれたんだろうなって、剣を交わす中でそんな感想を抱いた。
何故なら、向けられる剣筋は勿論、先程から叫ばれる言葉、その一つ一つが一貫して俺を気遣うものだったから。
大人は子供を守る存在である。
一時期は、〝魔法使い狩り〟の憎悪を受け入れようとしていた人間とは思えない程の強靭な意志のあらわれでもあった。
「そんな顔をせずとも、貴女が正しいよ。全てにおいて、貴女が正しい。それは間違いなく。俺の言い分なんて全てが破茶滅茶だ。常識なんてちっとも知らない夢見がちな馬鹿の言い分だよ」
ただ、誰もに無理だと笑われて。
愚かだと嘲られて。
それでもと努力を重ねて、夢見がちな馬鹿を貫いて、あと一歩のところまで手を伸ばして見せた男の生涯を俺は見てしまったのだ。
だったら————突き進もうとする理由は、これで十分じゃないか。
〝心読〟を使って俺の心を読んでいるであろうゼノアに晒すように、あえて、心の中で言葉を唱える。
「でも、だからこそ、目指す事に意味があるんだ。誰も成そうともしない馬鹿げた事を目指すから、本気になれるんだよ……! 全てを捧げたいと思えるんだよ!!」
ゼノアの心遣いは心の底から有難いと思う。
気遣うその心は、まさしく民を守る騎士のあるべき姿だ。称賛されて然るべきものだ。
責任を重んじるそのあり方も素晴らしい。
だけど、その気遣いに俺は甘えてる場合じゃないんだ。足を止めてる場合じゃないんだ。
全ては————星を斬らんが為に。
だから。
「……だったら尚更、引くべき時は弁えるべきです……ッ!!!」
だから、だから。
「貴方一人が加わったところで、骸が一つ増えるだけです。それならばまだいい、子供が目の前で死ねば、それだけで動揺が伝わる。そうなれば————」
だから。だから。だから。
「……ッ、人には、誰しもに限界があります!! 勇敢と無謀は違う!!! 今の貴方では、オリヴァーどころか、私にすら————!!!!」
だから、だからだからだからだからだからだからだからだから————。
……人のいう常識ってやつを、無理矢理ぶち壊すしかないんだよ。自分というこの身をベットして、死線に身を委ねながら命懸けの賭け事を行うしかないんだ。
そうして漸く、壁という名の限界が超えられる。
「…………、これで、終わらせます……ッ!!」
言葉による説得は不可能。
歴然の実力差を見せた上で、納得させる。
それも、不可能。
だったら、残された選択肢は本当の力尽くのみ。
程なく、先程俺が取った間合いが、一息のうちにゼロへと詰められる。
でも、それはもう飽きる程見た。
目で追って、アホほど傷を付けられた。
だから、どう対処すれば良いのかは、よく分かる。
「————」
迫るように振り上げられた剣を払うように、負けじと俺も合わせて振るう。
しかし、その一撃だけで終わらない事は当然の如く知っている。
次いで、目で追えるギリギリの速さで到来する二撃目を返す刃で処理。そのまま三撃、四撃目と凌いでいく。
行われる攻防を前に、埒があかないと判断をしてか。距離を取るようにゼノアは真後ろへと大きく跳躍。
その様を目にした俺は、あんたならそう来るよなと、これまでのやり取りのお陰で彼女の次の行動はそれとなく分かっていた。
故に、すぅ、と空気を肺に取り込みながらゼノアの下へと突っ込む。
〝纏い〟でもないただの肉薄だ。
これで相手の虚を突けるなどとは、微塵も思うはずが無い。
「……短期決戦、ですか……!!」
その通りではあった。
身体の疲れからして、十全に剣を振るえるであろう時間の限界は刻一刻と迫ってる事は分かってた。
……でも、そうじゃない。
言葉に出来ない不思議な感覚だけど、今なら使える気がしたんだ。
高速を極めた移動技術——〝纏い〟を。
そして次の瞬間、俺の足に羽根でも生えたかと錯覚してしまう程に、身体が軽くなった。
「…………ッ」
その奇妙な感覚に、驚愕したのは他でもないゼノア・アルメリダ。
一息で詰められる距離にいなかった彼女の顔が、いつの間にか、俺のすぐ目の前にあった。
「……嗚呼、成る程。この感覚か」
ただ、散々それまでに痛めつけられていたからか。身体の感覚が敏感になっていたお陰で、いつもなら全く理解出来ないこの奇妙な感覚が、少しだけ理解出来る。
己の身体を巡る魔力を〝纏わせる〟行為の、コツってやつが、とてもよく。
……本当に稀にしか出来ないこの状態がこうも実現出来てしまった理由の一端は、間違いなく目の前の女性、ゼノア・アルメリダにある。
彼女が執拗に〝纏い〟を使ってくれていなければ、多分、ここまで迅速を極めて使えてはいなかっただろうし、何より、厳然たる実力差というものを知らしめる為にリレアの時とは異なって積極的に傷をつけられていた。
それが偶然とはいえ良い方向に働いたのだろう。
やがて、戦う理由はもう無くなった。
そう言わんばかりに剣を下ろした俺に倣うように、彼女は身体を硬直させた。
「……感謝するよ、ゼノアさん」
こうすれば、恐らくリューザスが〝纏い〟と呼んでいたものが使える。
若干、曖昧ではあったけれど、己に取ってはそれなりに確かとも言える感覚を手にしながら俺は、驚愕に目を震わせて手を止めていた彼女に向かって告げた。
「お陰で〝魔法使い狩り〟の奴に、この前のお返しが出来そうだ」
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