六十五話
ユリウスとゼノアが剣を合わせている頃。
騎士団の詰所に新たな来客があった。
否、来客ではなく戻ってきた、というべきか。
「————しっかし、まさかあんたがこのタイミングで帰ってくるたぁな? もう少し早く帰ってくる事は出来なかったのかね? なあ————」
かつて副団長という地位に据えられていたリューザスとは無論、知らない仲ではなく、十年来の知己の名を呼ぶように、親しみを込めて彼は名を呼ぶ。
「騎士団長ベルナデット?」
明かりを反射し、強く煌めく金糸を思わせる髪を邪魔にならないようにとシニヨンにして纏めた女性。茫洋たる海原を想起させる紺碧の瞳には、ほんの僅かに疲労が滲んでいた。
何処か人を寄せ付けない鋭い威圧的な雰囲気も相まって、知己でもなければ話しかける事は何としてでも避けるだろう。
そんな感想すら抱いてしまう。
「……リューザス」
「言いたい事あるだろうが、ぜんぶ後回しだ。手ぇ貸せベルナデット。五年前の、清算をする」
「ああ、分かってる。お前までこの件に首を突っ込んでいるとは知らなかったが、事の全貌は全て〝百貌〟の奴から聞き出した」
「……〝百貌〟っ、つーと、メルドラのヤツか」
「わたしが王都を離れていた理由もそれが理由だ。〝百貌〟のヤツの対処に追われていた」
〝百貌〟のメルドラ。
姿を変幻させる魔法を扱うが故に〝百貌〟などという名前をつけられたその者は、第一級の大罪人であった。
それ故、その目撃情報が上がったという事で騎士団長であるベルナデットがわざわざ呼び出され、その対処に向かっていた。
それが今から、数週間前の話。
「後一歩のところまで追い詰めはしたが、王都の件を聞いて引き返してきた。ついでに言えば、この件、メルドラのヤツまで絡んでる」
「……おいオイ、マジかよ……!!」
「今回の〝魔法使い狩り〟の一件、首謀者の名はアルステッド。六年前にある貴族を殺した事で死罪になった罪人だ」
「……死罪になった人間が首謀者、だぁ?」
「メルドラだ。メルドラが、〝百貌〟を使って身代わりを突き出してたんだ。要するに、アルステッドとメルドラの関係は六年も前から続いてる」
六年前。
ある貴族の一家が惨殺された。
相当恨みを買っていたのだろう。
誰もがその感想を抱いてしまう程に、殺し方は凄惨を極めていた。
元々、誰かに慕われるような貴族でもなかった事もあり、周囲から同情の念が向けられる事も殆どなかった。
そして行われた挿げ替え。
殺されたのが貴族の一家だけであった事もあってか、事件からひと月程度は随分と騒がれはしていたが、程なく人々の記憶からは風化した。
「……という事は、ベルナデットを王都から引き離す事も————」
「恐らく、あいつらの作戦の内だったんだろう。現状、〝百貌〟と真面に戦える人間はわたしくらいしかいないからな」
〝百貌〟が現れたとなれば、ベルナデットは十中八九、その件に追われる事となる。
特に、大罪人指定されている〝百貌〟に煮え湯でも飲まされたのか。
メルドラをどうにかして捕まえようと躍起になっている貴族も少なくはない。
「ついでに、わたしの不安を煽る為か、べらべらと〝百貌〟のやつが喋ってくれたよ」
お陰で、どちらを優先するべきなのかが定まった上、後一歩のところまで追い詰めはしたが、逃げに徹する〝百貌〟を仕留めるとなれば最低でも一週間は掛かると踏んだ。
だから、慌てて引き返してきたんだがなと、ベルナデットは苦笑いを浮かべる。
「やつらの目的は、貴族の大粛清だ」
「……そんな事をすりゃあ、国が終わるぞ?」
「それが目的なんだろうさ。あいつらにとって貴族は憎悪の象徴だ。それで国が終わるなら、終わってくれとでも思ってるんだろう」
「…………」
リューザス自身、国の貴族に失望し、騎士団を辞した人間だからこそ、声高にそれは間違ってると言う事だけは憚られ、口籠るしかなかった。
「そして、あいつらのもう一つの目的は、貴族に与する魔法使いの排除だ」
「……成る程な。そう、言うことかよ。だから、オリヴァーに手を貸したってか……!」
だからこそ、〝魔法使い狩り〟が存在しているのだ。
〝蒐集家〟という反則過ぎる魔法使いに国に与する魔法使いを殺して強化させ、強大な魔法使いすら排除する為に。
だとすれば、〝百貌〟がアルステッドと呼ばれる男に手を貸す理由も分かる。
メルドラの天敵とも言える魔法を扱うベルナデットという存在の前では、敵の敵は味方。
という図式が成立してしまう。
更には今回、アルステッドは騎士団という存在すら壊滅に追いやろうとしている。
今後の為にも、協力しない手はないと結論を出したのだろう。
だとすれば、あえてベルナデットの気を引かんとあえて己の存在を世間に知らしめ、危険に晒した事も納得がいく。
「もう知っているかもしれないが、アルステッドの能力は精神系統。それも、やろうと思えば自我すら奪える強烈なヤツだ」
「……対策は?」
「そこまで知らない。だが、あくまで能力は精神系統。だから、心の弱い人間を矢面に立たせなければ何とかなる」
一件、無敵のように思える精神系統の魔法であるが、その実、弱点は多い。
何より、前提条件として操る対象の心が弱くなければその効果の一切が発揮されない。
いわば、相手の弱味につけ込み、自我を奪って操る能力。故に、基本的に戦闘向きではない能力として知られていた。
……ただ、それはあくまで普通の使い方。
「だが、アルステッドの場合は殆ど自分の魔法をそういう使い方で扱おうとしないらしい」
「……精神系統の魔法の癖してか?」
「曰く、自分を操るらしい。精神系統の魔法を自分に掛ける事で、無理矢理にリミッターを外して戦闘能力を向上させる。そんな使い方をするそうだ」
戦闘能力は、戦闘系の魔法使いと同等か、それ以上。更には精神系統の魔法も使える上、側には〝蒐集家〟の魔法使いもいる。
流石に、王都にいる人間だけでは手に負えないと判断してベルナデットが引き返したのも仕方がないと言える程の状況であった。
「ところで、ゼノアの姿がさっきから見えないが?」
リューザスは何か知らないかとベルナデットが問い掛ける。
「稽古中だ。まぁ、あれを稽古と呼ぶかは人それぞれだろうがな」
「……あのゼノアが、か?」
「オレが無理矢理に巻き込んだっつった方が正しいんだろうがな。将来有望な魔法使いに〝纏い〟を文字通り、身体に叩き込んでる頃だろうよ」
「…………。成る程。無鉄砲な人間を止めようとしてるのか」
一瞬の黙考を挟み、ゼノアの性格。
そしてリューザスの訳ありと言わんばかりの物言いを踏まえた上で答えを出す。
その結論は、正鵠を射たものであった。
しかし。
「いんや、無鉄砲って程じゃねえさ。少なくとも、オレよか、余程戦えると思うぜ。だが、餓鬼だ。それも、死にたがりにしか見えねえ餓鬼だ。ゼノアには、それが許せなかったんだろうな」
「……ゼノアが騎士団に入った理由は、確か子供が理由だったか」
「そう言うこった」
子供を守りたい。
そんな理由で入団してきた己の部下の顔を一瞬ばかり脳裏に思い浮かべながら、修練場がある場所へと一度だけ視線を向け、数秒程見詰めたのち、リューザスへと戻す。
「だが、恐らくあまり時間はない。わたしがこうして戻って来る事も向こうの作戦の内だろう」
それを理解していて尚、戻らないという選択はなく、業腹とはいえ、相手の予定通りに動くしかなかったと伝える。
「恐らく、殆ど向こうの準備は既に整ってると考えた方がいい」
万が一を考え、その身を危険に晒してでも、一時的にベルナデットという一大戦力を王都から引き剥がしたのだ。
入念に準備は行われていたと考えるべきだろう。
「だから、もう手遅れとは思うが一応、お前達にも伝えておく」
周囲にいるリューザスを除いた他の騎士達にも伝えるように、
「灰色髪の男を見つけたら即座にわたしに知らせろ。能力は精神系統。だから、間違っても一人で対処しようと思うな」
確固たる自我を確立した自信の塊のような人間を除いて、万が一を考えて接触は避けろと言う。
「〝百貌〟の言葉ではあるが、わたしの目がそれは真実であると告げていた。だから伝えておく。六年前に処刑された事になっていた犯罪者アルステッドは、今現在、名と貌を変えて王都にいるらしい」
そして告げられる〝真実〟。
「————名を、アムセス。見つけ次第、わたしに知らせろ。いいな?」








