六十二話
————良いんですか。あの少年を、止めなくても。
ユリウスが冒険者ギルドを後にした事を見計らい、そう言ってアムセスに声を掛ける一人の男性。名を、ロドリゲスと言った。
だが、心配しているような物言いの割に、言葉には殺気に似た苛立ちめいた感情が込められていた。
その理由は、ユリウスが〝魔法使い狩り〟を中途半端に触発させる事で此方に不都合な事が降り掛かる可能性があるのでは。
それを案じた上での発言であったから。
「良いよ良いよ。あそこで『話し合い』を。なんて生温い事を言うようであれば、また話は違ったけれど、そうじゃないなら僕が止める理由はないね」
————それに、もう誰にも止められないところまで足を突っ込んでるしね。
アムセスは、視線を合わせる事なく声を掛けてきたロドリゲスに対し、苦い笑いを微かに頰に含ませながら返答をする。
「あ、そうだ」
そして何を思ってか。
ふと思い付いたかのようにアムセスは声を弾ませる。
「折角だし、君の意見も聞かせてよ。この国を変えんとするならば、一体何が必要なのか、をさ」
「……あの少年が答えていたでしょうに。それが答えなのでは」
「いやいや。確かに答えとしては間違ってなかったけれど、あれじゃあ足りないよ。あげられる点数は精々が20点程度だね。テストなら落第だよ」
ロドリゲスの眉間に、皺が寄った。
……そもそも、このアムセスという人間が何を考えているのか。彼の行動のその真意は一体何であるのかがロドリゲスは分からないでいた。
……否、厳密に言えば知っていた。
彼の目的は、〝魔法使い狩り〟から魔法使いを守る事であると公言していたから。
だが、ロドリゲスには、アムセスの目的がそれだけであるとは思えなかったのだ。時折、アムセスから感じられる筆舌に尽くし難い「得体の知れない」コレは一体何なのだろうか。
その答えが、分からずにいたのだ。
しかし、
「————答えは簡単さ。大勢の犠牲だよ。腐敗したこの国を、貴族を変えるには、大勢の犠牲が必要不可欠なのさ。それこそ、数十と年月が経とうと風化させられない程の犠牲がね」
それがあって漸く、変えることが出来る。
貴族も、国も、現状に甘んじる腑抜けた民草共も。犠牲があれば、間違いなく変わるよ。対岸の火事の範疇を超える犠牲であれば、変わらざるを得ないから。
アムセスのその返答を聞いて漸く、その正体が分かった気がする。ロドリゲスはそんな感想を抱いていた。
「アム、セス。……貴方は」
「でも、安心してよ。誓って僕は、魔法使いに対しては余程の事がない限り、決して手を出さないから。魔法使いという存在の価値も、強さも、僕は誰よりも知ってるし評価してるからね」
その理由は、口にしない。
けれど、彼はだから君を含めた僕の呼びかけに応じてくれた魔法使い達に、敵意はないと言葉を続けていた。
そして、ロドリゲスは薄らと悟り始めていた。
どうしてアムセスが大勢の魔法使いを集めたのか、を。
「手は出さ、ない……?」
犠牲を是とすると口にするアムセスの言葉を信ずるならば、間違いなく〝魔法使い狩り〟が横行するこの状況は彼にとって願ってもない事態である事だろう。
そして、元騎士団の魔法使いを殺している〝魔法使い狩り〟の存在は果たして一体誰に一番都合が良いのだろうか。
そもそも、〝魔法使い狩り〟は何故、最近になって王都にやって来たのだろうか。
ぐるぐると脳内で渦巻く疑問の数々。
そして何より、先程アムセスはどうして、ユリウスと呼ばれていた少年に対して、あんな嘘を吐いていたのだろうか。
ロドリゲスの記憶が正しければ、アムセスという魔法使いの能力は間違っても予知系統ではなく、魔物や、人形といった無機物を『操る』能力の魔法使いであった筈だ。
「……まさか、貴方が王都の魔法使いを集めた本当の理由は、魔物の討伐の為などではなく————」
もし、や。
貴族という存在に人一倍憎悪を抱く〝魔法使い狩り〟のその行為を、助長する為なのではないのか。
王家や、貴族側についていた魔法使いの死を必要犠牲と判断し、可能な限り〝魔法使い狩り〟の戦力を増幅させる。そして、彼の宿願を果たさせる事。その為に、己が狩られるのではと誤認した魔法使いによる彼への邪魔をする可能性を消す事が目的だったのではないのか。
そう考えると、全ての辻褄が合うような気がしたのだ。数十人と揃った魔法使いという一大戦力。なのに、アムセスは〝魔法使い狩り〟に対しては日和見を決め込んでいた。
全員で探し出し、外敵を取り除こうとするのではなく、あくまで仕掛けて来たら返り討ちにするという方針を貫いていたのだ。
倒せば全て話が済むだろうに、あえてそうはしない。その理由は何故だろうかと常々思っていたが成る程、そういう理由であったのかとロドリゲスは納得し、その上でアムセスを問い質そうと試みて、
「だったら、君はどうするって言うんだい」
そんなロドリゲスの考えを見透かしてか。
程なく鼓膜を揺らしたその言葉は、紛れもなく肯定の意であった。
そして、何気ない様子で笑って言葉を返すアムセスの表情は、己の考えが正しいと信じて疑っていないようにしか見えないものであった。
「このまま〝魔法使い狩り〟が、騎士団連中の魔法全てを奪ったら次の矛先は貴族に向く。力を手にした彼は間違いなく因縁のある貴族を殺しに行くよ。するときっと、性根の腐った貴族は民や己の兵士を盾にして保身に走る事だろう。しかし、〝魔法使い狩り〟は全てを蹴散らしてでも殺しに向かう筈だよ。なにせ、家族の仇なのだから。……ま、必要犠牲の一つだね。こればかりは仕方がない」
だから、貴族が死のうと、罪のない民が死のうと、雇われただけの兵士が何人死のうとこれは必要犠牲の一つでしかないと、平然と言い切って見せる。
国の変革には、その程度の犠牲は当然必要であると。
「そして、追い詰められた貴族はこう言う事だろう。『自分は命令されて仕方なくやった』と。次に起こるのは責任の押し付けさ。それは、間違いない。なにせ、僕の時もそうだったから」
「僕の、時も……?」
「もう随分と、昔の話だけどね」
その詳細を今は語る気がないのか。
少しだけ悲しげに、アムセスは目を伏せた。
「関係のない人間は殺したくない。だから、恨みを抱く貴族だけを殺す。……そんな綺麗事を貫いた果てに待っているのは似たり寄ったりの貴族の挿げ替えさ。また、同じ事の繰り返し。憎らしい顔が少し変わるだけだよ。どれだけ凄惨に殺そうと、数ヶ月もあればその事実は風化する」
犠牲が必要であると口にする理由がそれであるのだと。言外に訴え掛けていた。
……事実、そうであったのだろう。
いやに実感の篭ったその言葉を前に、ロドリゲスは顔を顰めずにはいられなかった。
「だからこそ、丁度良かった。彼にとっても、僕にとっても。〝魔法使い狩り〟という存在は都合が良かった」
————だから僕は、彼の想いに共感出来たし、彼もまた、僕に共感してくれたんだ。
まるで知己のように話すその様子に、ロドリゲスは目を剥いた。まさか、貴方は〝魔法使い狩り〟と繋がっていたのか、と。
そして同時、嫌な予感のような、一つの可能性が彼の脳裏を過ぎる。
アムセスという男は、魔法使いである。
その事実に間違いはない。
そして、その能力が何かを『操る』能力であると聞いていた上、それを堂々と他の者達の前で既に披露している。
だがそれは本当に、アムセスから聞いていた通り、『操る』事の出来る対象は魔物や、無機物だけなのだろうか、と。
その対象に、『人間』も含まれる事は、ないのだろうかと。そんな考えが浮かんだ折、やって来る————否定の言葉。ただ、
「いや、僕は頼まれただけさ。他でもない〝魔法使い狩り〟である彼に頼まれただけ。自分は臆病な人間だから、どうか、出来る限りの甘さを僕の能力でもって忘れさせてくれと。そう頼まれ、それに応じただけだ。誓って、僕の意思ではないよ。それだけは言わせてくれ」
その発言はつまり、アムセスの『操る』能力は、人間にすら使用が出来る。
その事実の肯定に他ならなかった。








