五十九話
「……精神を弄る、か」
そして、俺に向けられた言葉を小さく繰り返す。
……魔法ってものは何でもありだね。
辺鄙な村の生まれ故に、知識として知らない事があまりに多い俺は目の前の出来事対し、思わずそんな感想を抱いてしまう。
「確かに、あんたの言う通り、下手に刺激をしない方が良いんだろうね。でも、」
そして、魔法使いの男から、〝魔法使い狩り〟の男へと視線を向け直す。
「そ、うだ、そうだ、おれが、おれが殺す。違わない。何も、違わない。だから、だからだからだから、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!! あいつらを、全員、全員、全部全部何もかも、全て————!!」
「————刺激を与える与えない以前に、何もせずとも既に手遅れな気がするけどな」
聞こえてくる怨嗟の声に反応して俺は苦笑い。
「あいつが落ち着く前に、放って置いたらこれじゃあ俺ら、背を向けた途端に滅多刺しにでもされるんじゃない?」
「…………」
ありったけの恨言を言葉に変えて、ひっきりなしに〝魔法使い狩り〟の男は紡ぎ続ける。
そして、俺らに向けられる瞳の煌めきは危うく、どろりと混濁とした瞳は葛藤を跳ね除けて、殺意の衝動へと明らかに染まりつつあった。
「……全く、厄介な事になったもんだ」
刺激を与えるなと俺に警告をした魔法使いの男であるが、目の前の光景は彼の経験則を凌駕する出来事であるのか。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら彼は言葉を紡ぐ。
「……確かに、坊主の言う通りこりゃマズい。本来、精神を弄られたやつってのは元の記憶と弄られた記憶の明確な齟齬に苦しめられるんだが、あいつの場合、悪い意味で振り切れちまってる。……こりゃ、戦って黙らせるしかねえ……か?」
しかし、程なく小さく彼はかぶりを振って己の言葉を否定する。
「……いや、やっぱ分がわりぃな。二人掛かりでも真面に戦えば返り討ちにされる可能性の方があまりにたけえ」
とはいえ、言葉をひたすら反芻する行為を続ける〝魔法使い狩り〟の男に、説得や弁明の言葉が微塵も届かない事は火を見るより明らか。
故に、残された選択肢は武力行使以外存在し得ない。
目には目を。歯には歯を。殺意には殺意を。
剣を手にし、闘争に身を置く人間誰しもに共通して言えるただのありふれた約束事。
たったそれだけの事ではないか。
「でもやるしかない。やらなきゃきっと、殺されるんだから」
「……ハ、坊主にゃ、恐怖心ってもんがねえのかよ。……馬鹿でけえ殺意を向けられてるってんのに、そんな嬉しそうな顔を見せるヤツがあるか」
勿論、恐怖はある。
相手との実力差をこの状況下の中ででも推し量れるだけの冷静さは持ち合わせているとも。
ただそれでも、「仕方がない」という理由が欲しがっていた己がいる。やはりその感情にだけは、嘘は吐けなかった。
「……ったく」
そんな俺の態度に、彼は心底呆れていた。
やがて、
「いいか坊主。取り敢えずアイツの意識をてめぇに全部向けさせろ。そうすりゃ後はオレがなんとかする」
要するに、他のことが考えられないほど俺に集中させた上で時間を稼げ、と。
実に単純明快なオーダーである。
「分かった」
そして俺はその言葉を了承。
燃えるような怒気を体躯から立ちのぼらせ、今か今かと斬り掛かる機会を窺う〝魔法使い狩り〟の男の姿を射抜きながら
「それ、じゃあ————」
腹の底から、声を響かせる。
中途半端な終わりであったからこそ、身体を火照らせるこの欲動を貫けるのであれば最早、なんでも良かった。故に、
「—————続きといこっ、かッ!!」
喜悦に破顔させながら未だ手にしていた得物を上空へ向かって————横薙ぎ一閃。
一見、無意味に見えるその行動。
しかし、その行為の意味はすぐさま、カタチとなって〝魔法使い狩り〟目掛けて襲い掛からんと獰猛に牙を剥く。
振り抜き様に放たれた魔力の残滓。
それがまるで空に蒔かれた星を思わせる輝きを帯び————やがて一点に向かってソレは降り注ぐ。
同時、己に確固たる殺意が向けられたと判断するや否や、〝魔法使い狩り〟の男は獣の如き敏捷性で、その場を後に。
真面に視認すら叶わぬ速度。
だが、
「目で追い付かないなら全方向に張り巡らせればいいよねえ……っ!?」
すぐ側で、「オレに配慮はねえのかよ……!!」と、悲鳴のような声が聞こえて来たがまぁ、心配は無用だろう。
現に、どういう手段を用いたのか、まだ〝魔法使い狩り〟の男に理性があった際の〝星降る夜に〟を既に彼は無傷で回避してみせている。
故に気を遣う必要は何処にもなし。
「撃ち墜とせ————ッ」
再び、虚空を斬り裂かんと手にする得物を横薙ぎに振るいながら旋回。
ミシリ、と耐えきれずに悲鳴を上げる骨の音を度外視しながら紡ぐ言葉。誘いの一手。
「————星降る夜に————!!」
一瞬にして俺の眼前一体を覆い尽くす無数の星降。そこに、無傷で潜り抜けられる間隙なぞ一点を除きある筈もない。
そして俺は、ニィ、と喜悦に顔を綻ばせる。
「だよ、ね。だよねだよね!! あんたなら絶対に、そう、くるって信じてたよっ!!!」
〝星降る夜に〟に対する最善手は、刹那の時間で距離をゼロに詰める事。
何故なら、俺のすぐ側にのみ、星降のない無害なスペースが生まれてしまっているから。
そして案の定、俺の目の前へと人影が一瞬にして躍り出る。なれど、それは予想出来ていた事。
記憶の中の『星斬り』の男も幾度となく〝星降る夜に〟を使う度にその欠点を突かれていたと俺は知っている。
……だけど、だからこそ取れる行動というものもあるのだ。
「でも、目に見えた弱点に対して対策をしてないわけが、ないよねえっ!?」
転瞬、力強く手で握る剣を僅かに持ち上げ————振る、う。
神速としか形容しようがない速さで以て、ひと薙ぎの後、袈裟斬り、逆袈裟、右に、左にと縦横無尽に放たれる斬り上げ。
それらをひと呼吸のうちに、撃ち放つ。
まさしく、飛んで火に入る夏の虫。
斬る斬る斬る斬る斬る————。
呪詛と言われても満足に否定出来ない感情を剣に込めながら、休む間もなく振るい続ける。
防がれたのだという確かな感触を味わいながら、何度も、何度も、ひっきりなしに。
「あんたは強い!! 俺なんかよりもよっぽど!!! だけど、倒せないと諦めるほどじゃあないんだよねえッ!!?」
感情に任せて叫び散らす。
高揚し、戦闘の熱に浮かされる様を晒しながら、更に二度、三度と剣を交え、手にする得物が折れかけである事実を理解して尚、黙殺しつつ、振るい続ける。
そしてさらに、一秒が何十秒にも引き延ばされたと錯覚する程、長い長い一秒が苛烈な攻防と共に十数回と経て、漸くぴしり、と聞き逃しようのない壊音が側で響く。
同時、吊り上がる口角。
奇しくも、その行動を起こしたのはどちらか一方ではなく、俺と〝魔法使い狩り〟の男。
その両者であった。
「————死ね」
ひび割れてしまった得物。
既に迫らせている一撃を満足に受けられる筈がないと判断してか、冷たい瞳と共におよそ情というものを感じさせない冷酷な声音が俺の鼓膜を揺らす。
確かに、〝刀剣創造〟を使うにせよ、剣を手放して、再度新たな剣を創造して対処する。それらの手順を馬鹿正直に踏んでいては恐らく、僅かに迎撃は間に合わない事だろう。
けれど、「剣を手放す」という行為がもし省けるとしたら、どうだろう。
加えて、右手で握る剣で受けられると想定した上での攻撃に対して、左手に握らせた剣で対処すれば、どうだろうか。
「————あんたがな」
そして相手が予想していたであろう場所——ではなく、全くの逆の方向より、剣を創造しながら虚空に走らせるは、円弧を描く剣線。
ほんの一瞬。
〝魔法使い狩り〟の男が見せる驚愕に染まった表情に満悦しながら俺は、そのまま振り抜く。
やがてやって来る満足に力が込められおらず、抵抗の薄い硬質な感触。
だが、想像とは全く異なる場所からの一撃に対応し切れず、俺に向けられていた剣が弾かれるであろう直前に、俺の全身を覆い尽くすは確かな違和感。
「————ッ、ぃ、ぐっ!? こ、こで魔法かよ……っ!!」
————〝重力制御〟————。
ミシリ、と音を立てて地面がひび割れ、陥没を始める。その様を目にし、即座に己を襲う違和感の正体を看破。
しかし、何をされているか。それを分かったところで対処する方法が未だに判然としていない。
ずしんと全身に圧し掛かる重圧。耐え切れず曲がる膝。
見えない何かで頭の上から強く押さえつけられるているかのような感覚に、渋面を見せながらもすっかり勢いを殺され、相手の得物と衝突してしまった剣をそれでもと、最後まで振り抜こうと試みる。
既に必殺とは程遠くなり、恐らくはその攻撃が相手に届かないと知りながらも、俺がその姿勢を崩す事はなく。
「————よくやった坊主。お陰で、問題なくこいつを飛ばせる」
瞬きをするほんの一瞬。
その間隙を突いてものの数瞬で〝魔法使い狩り〟の男の背後に回り込んだ魔法使いの男はそう言いながら、右の手のひらを相手の身体に触れさせようと伸ばす。
そして程なく、
「ちったぁ、頭冷やしてこいよ————」
苛立ちめいた様子で紡がれる言葉。
俺に気を取られ過ぎていたせいで反応が一瞬ばかし遅れた〝魔法使い狩り〟の男は慌てて肩越しに振り返り、
「————〝強制転移〟ッ!!」
「ん、な……っ」
次の瞬間。
まるで最初からそこには誰もいなかったと錯覚してしまう程に忽然と、俺の前から〝魔法使い狩り〟の男の姿が跡形もなく消え失せる。
「……オレの魔法は〝強制転移〟。手で触れた対象を、好き勝手な場所に飛ばせる能力だ。これ以上、街中で暴れてもらうわけにはいかなかったんでな」
……ま、飛ばせる距離には限りがあるんで時間稼ぎにしかならねえがなと彼は言う。
ここに来て初めて、彼の魔法を耳にし、俺は成る程と納得をした。
〝魔法使い狩り〟の男には少なくとも、〝加速〟と〝認識阻害〟という手札があった。恐らく、触るだけであっても本来であれば容易ではなかった筈だ。
「ともあれ、助かったぜ坊主。てめぇの邪魔が入んなきゃ、オレはあのまま殺されてやるところだった。あいつが誰かに良いように扱われてるって事実を知らねえまま、よ」
単に俺は俺のやりたいように。したいように勝手気ままに行動していただけ。
だから、礼を言う必要なんて何処にもありはしないのに。
そんな事を思いながら、尋常でない重圧のせいで膝をつきかけていた状態からゆっくりと立ち上がる。
「ひとまず、オレはゼノアの嬢ちゃんのとこに早いところ向かう用事が出来ちまったんだが……」
そこまで口にする魔法使いの男であったが、何やら物言いたげな視線を俺に向けて来ていた。
「……よく考えてもみりゃ、まだ名前も教えてなかったんだっけか」
てめぇもよくもまあ、名前も知らねえヤツの言葉を真に受けられたよなあと勝手に呆れられる。
「自己紹介が遅れたが、オレはリューザス。もう既に言ったとは思うが、五年前までは騎士団にいた。で、そこで一応これでも副団長をやってた。ま、ゼノアの嬢ちゃんの前任者ってやつだわな」
気配の消し方といい、彼に向けての攻撃でなかったとはいえ、〝星降る夜に〟を無傷で避け切って見せる得体の知れない技量。
副団長をやってた。
その一言のお陰で、道理で、と疑問に覚えていた事柄が解消され、色々と納得してしまった。
そして改めて自覚する。
嬉しいことに、やはり世界はまだまだ広いらしい。








