五十八話
夜闇に包まれた王都の街。
故に言わずもがな視界は夜闇に覆われ、満足に見えてはいない。
そして、先の一撃の余波にて眼前を立ち込める砂煙。確かな手応えを剣越しに感じる最中、
「——–—……ではお前は、おれにどうしろと言うんだ」
……声が、やってきた。
勿論、加減はしていない。にもかかわらず、俺の耳朶を覚えのある声音が掠めていた。
たとえ直撃させたところで仕留めきれない気がする。心の何処かで抱いていたそんな予感は見事に的中。
晴れてゆく砂煙越しには仁王立ちする人の影が一つ。やがて俺の視界に映り込んだその相貌には若干の鮮血が垂れ流れていたものの、やはり致命傷には程遠く、防がれたのだと理解をした。
「……さぁね? 気に食わないとは確かに言ったけど、俺がその問いに対する答えを知ってるとは一言も言ってないし。それに、俺が何を言ったところで今更あんたの考えは変わらないじゃん」
……いくら劣化とはいえ、〝流れ星〟が通じなかった。
胸の奥に湧き上がった動揺を押し止めながら、俺は言葉を返す。
「…………」
無言で、敵意の乗った視線が向けられる。
ただ、その気持ちは痛いほど分かってしまった。好き勝手に叫び散らし、思考を全否定した挙句、己の心の裡を叩き付けておきながら、肝心の正解を知らないと抜け抜けとほざくのだ。
激昂されて然るべき行為であるという自覚はあった。
「お前の言葉は、ただの綺麗事だ」
「だろうね」
「……それを知った上でお前は、その綺麗事をおれにまで一方的に押し付けるのか」
「いや、実のところ俺自身も驚いてるんだ。あんなに感情的になるとは思ってもみなかった。力説するつもりはこれっぽっちもなかった。なのに、あんたを見てると無性に叫び散らしたくなったんだよ」
一体、どうしてだろうかと、胸中にて己が抱いてしまった疑問を反芻する。
その答えは、既に決まっていた。
「……あんた、口では容赦はしないとか言ってたけど、ハナから俺を殺す気ないでしょ」
違和感を感じたのは、初めて出会った時。
それが確信に変わったのはつい先程であった。
「殺意はある。敵意もある。だけど、何がなんでも殺し切るって感情があんたからは感じられないんだ」
俺を殺しに来た〝オーガ〟や〝ジャバウォック〟にはあって、〝魔法使い狩り〟の男には欠落していたものであった。
きっと俺は、彼のその思考を心の何処かで悟っていたが為に、苛立っていたのだ。
虚仮にしてくるその行為に。
だから、考えを否定する上で綺麗事を立て続けに並べ立てるという挑発行為を敢行していたのだろう。しかし、結果はこのザマである。
「かと言って、不殺を貫いてるわけでもない」
事実、〝魔法使い狩り〟の男は幾人もの魔法使いを殺しているはずだ。
……なのに、俺を口では容赦はしないと言いながらも、決定打を浴びせては来ない。
いや、一応殺そうとはしてるのかもしれない。
だけど、己が持ち得る全てを費やしてまで何が何でも俺という障害を排除するという気概がどうやっても俺には感じられなかったのだ。
とどのつまり、中途半端なのだ。
〝魔法使い狩り〟の男は、きっと中途半端に綺麗事を貫こうとしている。
故に、積極的に俺を殺そうとはしていないのだろう。
そう考えると腑に落ちた。
「という事はつまり、あんたはあんたの復讐に関係のない人間は極力殺さないようにしてる、ってところなのかな」
それこそ、俺のような側迷惑でしかない人間すらも含めた上で。
「だけど、それなら尚更疑問が残る。それをするならなんで、あんたはあんたの兄を死に追い込んだ貴族だけを殺そうとしないんだよ?」
ただ、その考えは明らかに矛盾していた。
関係のない人間は殺さないのであれば、騎士団の人間を殺す必要はどこにも無い。
とはいえ、それはゼノアが話してくれた事実に嘘偽りがないとするならば、の話ではあるのだが。
だけど、彼女のあの時の発言が嘘であるとは俺には思えなかったのだ。
「……よく知ってるな」
「ゼノアさんから聞いた。あんたの兄は政争に巻き込まれて死んだってね」
「……嗚呼、おれもそう聞いた。だが、事実は少し違う。囚われていた貴族の令嬢を助ける為に、兄は命を張った。そして、巻き込まれながらも九死に一生を得た兄に対して全ての責任を押し付け、騎士団の連中が兄を死に追い込んだ。それが嘘偽りない事実だ」
まるで、その現場に居合わせていたかのような物言いで彼は言う。
そこに、迷いは一切入り込んではいなかった。
同時、理解する。理解をしてしまう。
彼とゼノアの間には致命的な食い違いがあるのだと。
ゼノアの言葉を信じるならば、目の前にいる〝魔法使い狩り〟の男は、国の上層部にとって都合よく改変された事実だけを信じてしまっている。
「だとしてもきっと、兄は殺しは望んでいないだろう。あの人は〝ど〟が付くほどの平和主義者だったからな。だが、おれは許さん。たとえ死者の感情を蔑ろにする事になろうが、おれは許さんよ。散々、騎士団の人間は全員が家族のようなものだと宣いながら、結局は一人を犠牲にしてまで保身に走った。これをお前は許せと? ……冗談じゃない」
しかし、疑問に思う。
当事者の弟であるにもかかわらず、事の真実を五年経っても騎士団の人間が彼に伝える機会が本当に一度も無かったのだろうか、と。
であるならばやはり、ゼノアが俺に嘘を吐いたか。はたまた、本当にその機会に恵まれなかったか。聞けば聞くほど、頭がこんがらがる。
そんな、折。
「————それは違うッ!!!」
背後から、感情のこもった力強い声が轟いた。
それは〝魔法使い狩り〟の男から狙われていた魔法使いの男の声であった。
「……バミューダをオレ達が救えなかったのは紛れもない事実だ。それを今更取り繕う気はねえ。だが、オレ達は誓って保身になぞ走ってねえ……!! 一人を犠牲に? そんなクソ野郎はあの時の騎士団にゃ、一人としていなかった!!! まさかとは思うがてめぇ、あのクソ貴族共の言葉を信じてんのか」
荒れ狂う感情に身を任せて男は叫び散らす。
……とてもじゃないが、嘘をついているようには見える筈もなかった。
「どうしてバミューダを救ってくれなかったんだとてめぇが恨んでるってんならまだ分かる。どうして五年越しにこんな真似をするのか、理由はてんで見当もつかねえが、それでもてめぇの気が晴れるってんなら甘んじて受け入れるつもりだった。……だが、一人を犠牲に保身に走った? オレ達がバミューダを犠牲にしたと本気で思ってんのかてめぇ」
瞳の奥には確かな怒りの感情が湛えられていた。あろう事か、お前がそれをいうのかと魔法使いの男は怒っていた。
「……その事実が、国の上層部によって広められたって俺はゼノアさんから聞いたけど」
だから、〝魔法使い狩り〟の男がそう捉えていてもなんら不思議な事じゃ無いのではと俺は問い掛ける。
しかし、即座に否定の言葉が返ってきた。
「……当時、新米だったゼノアの嬢ちゃんは知らねえだろうが、オレは比較的バミューダと仲が良かった人間だ。だから、あいつが弟に愚痴混じりの手紙を定期的に送ってた事をオレは知ってる。だからこそ信じられねえ。貴族っつー生き物ほど信じられねえもんはないと口癖のように言ってたバミューダの弟が、くそ貴族の言葉を真に受けてる事実がオレにゃ信じられねえよ。オイ、それは一体、誰に吹き込まれたよ?」
「……あくまで、シラを切るつもりか」
〝魔法使い狩り〟の男の相貌————こめかみに青筋が浮かび上がる。
「オイッ!! 答えやがれ!! それは誰が言った!? 誰が、それが真実とてめぇに告げたよ!? なんでそれを頑迷に信じられるよ!?」
〝魔法使い狩り〟の物言いから察する事が出来るが、彼は先程口にした言葉が真実であるとまるで信じて疑っていない。
しかし、すっかり蚊帳の外になっていた俺ですらも思う。
どうして、そこまで信じる事が出来るのだろうか、と。その態度は他の可能性はあり得ないと割り切っているようにしか映らない。
「何故信じられるか? ……そんなもの、決まっているだろうが……ッ!! それは————」
今にも斬りかかるのではと思わせる形相で〝魔法使い狩り〟の男がそう言いかけた刹那。
からん、と正体不明の落下音が唐突に場に響いた。
思わず辺りを見渡し————確認。
音の出どころは、〝魔法使い狩り〟の男のすぐ側からであった。手にしていた得物は手から離れ、どうしてか、彼は「それは、それは……」と同じ言葉を不自然なくらい繰り返し始める。
その様子はどこか、困っているようにすら見えた。
「————それ、は?」
そして首を僅かに傾げ、〝魔法使い狩り〟の男はやがて、頭へ手を伸ばす。
頭痛に抗わんといった様子で頭を抱え始める。
……何がどうなってるのか、理解が追いつかない。
「ちが、う、違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!! あいつらが悪いんだ。すべて。全部。だからおれは、兄さんのために。兄さんのため? い、や、元々おれは、おれは? あいつがそれが正しいって、それが本当って、でも兄さんの手紙、には。ぇ、あ、う、あ、あ、ぎ、ぃ、たい、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い……ッ」
頭を押さえながら叫び散らす。
がむしゃらに、〝魔法使い狩り〟の男はただならぬ様子で呪詛のように言葉を並べ立て始めていた。
「チィ…————ッ、そう、言う事かよっ。オイッ、坊主!」
魔法使いの男は忌々しげに強く舌を打ち鳴らし、俺に向かって「坊主」と言葉を投げ掛けてくる。
「……今、間違っても下手な事を考えんじゃねえ!! 今のコイツは何処かの誰かに精神を弄られてやがる。……これは精神系の魔法使われ、記憶いじられた奴らが決まって起こす症状そのものだ。下手に刺激を加えれば何されるか分かんねえぞ」
少しばかり剣を握る手に、普段よりも多くの力を込めてしまっていた事が露見していたのか。
そう、先んじて注意される。
「……ここは大人しく諦めろ。素の状態で手加減されてた坊主じゃ万が一にも勝ち目はねえよ」
———多少、気味が悪くはあるけれど、それでも。
そう言葉を続けようとするも、そう言うより先に言葉を被せられる。
「もはや理性があるかどうか分からねえアイツに暴れられると間違いなく、死人が出る。元とはいえ、オレも騎士団の人間。それは見過ごせねえ。だから————頼む」
勝てるか勝てないか。
それはさておき、このまま続ければ死人が出る。薄々は気付いていた事実ではあるけれど、面と向かってそう言われては、引き下がらざるを得なかった。
強くなりたいという想いは真実。
それでも、無関係の人間を無意味に巻き込んでまで敢行するべきではないと判断出来るだけの正常さは残ってるつもりだ。
……ただ、そんな危なっかしい人間を放置すれば、それはそれで問題なのではないのか。
思わず抱いたその疑問に対し、
「問題はねえよ。この状態はいわば記憶が混濁してるだけ。十数分もすれば落ち着く筈だ。弄られた記憶と元の記憶が混在する最中に刺激を与える方がよっぽど危険なんだよ」
まるで心を読んだのではと邪推してしまうほど、的確な言葉がやってきていた。








