五十七話
転瞬、周囲一帯を支配するは無数の星降。その模倣。数える事が億劫になる程の物量を前に、
「ここは街中だぞッ!?」
やって来る逼迫した声。
それは当初、〝魔法使い狩り〟の男に狙われていた男性の叫び声であった。
「ある程度は加減してるけど……出し惜しみすると俺が殺されかねないんで、ね」
だから、その言葉に対して満足に耳を傾ける事は出来ないなぁ? と言葉を返す。
かつて〝ミナウラ〟の街にて放った〝星降る夜に〟の威力と比べれば児戯もいいところ。腕が悲鳴を上げていないのがその証左。
しかし、この時この場においては、技の威力など二の次で構わなかった。
そして、降り注ぐ星光。
それは無差別に大地へ向かって飛来を始める。
「————見つけた」
俺がそう言うが早いか、地面を強く蹴りつけ、肉薄を開始。
先程声を荒げた男の言う通り、ここは街中。
〝ミナウラ〟の時のように何もかもを圧し潰す勢いで放つわけにはいかなかった。
故に、この〝星降る夜に〟は見せ技。相手を仕留める決定打としてではなく、単に索敵の為だけの一撃。
だからこそ、一部の星光が撃ち落とされたかのように見えた事実に対し、落胆の色も見せる筈がない。
ただ、
「防いだら必然、居場所は露見するよ、ねえッ!!」
喜色満面で俺は叫び散らす。
避ける隙がないのであれば取れる選択肢は二つだけ。受けるか、防ぐか。
そして後者を選び取ったが最後、たとえその姿が見えていなくとも、何処にいるかなど明白。
「————っ、!! ぐ、ッ!?」
響き渡る虚しい鉄の音。
目の前には当たり前の光景が広がっているというにもかかわらず、ちゃんとした手応えが苦悶の声と共にやって来る。
しかし、その抵抗感も即座に薄れてゆく。
なれど、
「誰が逃すか————ッッ!!」
手にする剣を蛇のように絡み付かせる事で退く事を安易に許さない。
いくら誤認していようが、そこにいる事実に変わりはない。故に、攻撃は当たる。
「一発くらい食らってけ————〝流れ星〟————!!!」
鍔迫り合いの最中にもかかわらず、十全に力を街中で出し切るわけにもいかず、その事実をこれ幸いと捉えて真面に振り切る気のない〝流れ星〟を撃ち放つ。
直後、ミシリ、と地面が陥没。
姿が見えずとも、阻害をした上で認識されていては〝認識阻害〟とはいえ、意味を為さない。
だからこそ、〝魔法使い狩り〟の男は隠していた姿をあらわに、別の魔法へ切り替えようと試みたのだろうが、既にそれは判断が遅過ぎたと言わざるを得ない。
刹那、一瞬ばかり拮抗を見せるも、肉薄した勢いすらも巻き込んで強引に〝魔法使い狩り〟の男を前へと押しやらんと力を込める。
「こ、のっ、ッ、ああああぁああァァァアッ!!!」
己を鼓舞するかのように大声を上げ、もっと、もっと、もっと。と言葉を反芻。
やがて、耐え切れなくなったのか。
〝認識阻害〟の効果を失い、姿を晒していた〝魔法使い狩り〟の男は勢いよく後方へと吹き飛ばされる。
そこらに散らばる小石や、砂を巻き込み、数度にわたって地面を接地。ボールのように飛び跳ねながら石造りの壁へと激突。
「〝刀剣創造〟」
続け様、己の魔法の名を紡ぐ。
無手の左手に再度、無骨なナイフ状の得物を創造。
「オイオイオイ」
……本気か、アンタ?
と、即座に追撃を掛けようとする俺を見て、そう言わんばかりに襲われかけていた男が声を上げるも、それを黙殺。
あの程度でくたばるような奴でない事は先のやり取りで誰よりも理解している。
だからこそ、飛んでいったであろうその先へ向けて、一切の逡巡なく投擲。
投げ終わった直後、即座に創造。
そして再度投擲。創造。それを三、四度繰り返した辺りで聞き覚えのある声が鼓膜を揺らす。
声の出どころは、俺の背後だろうか。
「……成る程。その年頃でここまで出来るのであれば天狗になるのも頷ける。誰彼構わず挑みたくなる気持ちも分からんでもない」
しかし、その声音に憤怒どころか焦燥めいたものすら一切感じられず、やはりあの程度では致命傷には程遠いかと歯噛みする。
……あまりに相手の手札が多過ぎる。
恐らくは〝加速〟と呼んでいた魔法で距離を詰めたのだろうが、恐らくその魔法が出せる速度はやろうと思えば人が認識出来る速度を上回る事が出来ると踏んでおいた方がいいだろう。
……薄々予想出来てた事であるけれど、分が悪いにも程がある。
「……だが、であればこの実力差が分からないお前ではないだろうに」
何故挑む? と言外に問い掛けてくる。
言葉を挟むその行為は余裕の現れ。
いつでも、それこそ不意を突かれようが万が一にも敗れる事はないと悟ったが故に言葉を投げ掛けることが出来たのだろう。
「ハ、……だから言ってるでしょ。俺は、相手が強ければそれで良いんだよ。そしてそこに大小にかかわらず、戦う理由があれば実力差は足を止める理由にはならないんだよ」
そして振り返りざまに得物を振るい、風切り音が一度、鼓膜を揺らす。
綺麗に躱されたらしい。
「でも、これでもちゃんと俺の中で線引きはしてる。スレスレだって自覚はあるけど、通り魔になるつもりはないからね。……一つ教えてあげよっか。俺があんたの邪魔をする理由はあんたが強いから。そして、あんたの〝復讐〟が気に食わないからだよ。だから、剣振って否定をしてるわけ」
「……気に食わない、だと?」
「ああそうだよ。ゼノアさんから聞いたよ? あんた、死んだ兄の為に復讐をしてるんだって?」
「…………」
聞かされたあの話が真実であると鵜呑みにしていたわけではなかったので、ここであえてその真偽を確かめんと話を振る。
沈黙は、肯定。
「なら尚更、俺はあんたにこう言わなきゃ気が済まない。『星斬り』の男に憧れた俺だからこそ、これを言わなきゃいけないじゃん。耳の穴かっぽじって聞けよ〝魔法使い狩り〟!! 〝復讐〟? くっ、だらねえ!!!」
転瞬、ぞわりと背中が粟立つ。
俺に焦点を当てたまま離さない〝魔法使い狩り〟の男から殺気をこれでもかと言わんばかりに向けられたからであると、その現象に見舞われたワケはすぐに分かった。
しかし、関係がない。
「〝復讐〟をして何を得られるよ? 満足? ああ、そうだろうね、それが正論だ。あんたの為の〝復讐〟なら、その行為が正しいよ。でも、あんたがこうして行おうとしてるのは兄の為の〝復讐〟なんでしょ? だったら、俺は笑わなきゃいけない。愚か過ぎるって腹抱えてあんたを嘲笑わなきゃいけない!!」
直後、不意にやってくる直線的過ぎる剣撃。そしてそれを、手にしていた剣で受ける。
いくら不意を突かれたとはいえ、直線的であれば問題なく対処は出来た。
「誰かの為の〝復讐〟なら、そいつの意思を蔑ろにしちゃいけないだろうが!!! ゼノアさんは言ってたよ!? あんたの兄は正義感の強い人間だったって!! なのに、そいつの〝復讐〟の為に人を殺し続けるってさぁ!! あんた馬鹿だろ!? これを愚かしいと言わずしてどう言い表せっていうよ!?」
続け様に二度、三度とひたすらに剣戟の音は鳴り響く。感覚は次第に短く。
しかし、頭に血が上っている人間の一撃ほど防ぎやすい攻撃もなかった。
俺は正論を説いて説教したいわけじゃない。
俺という人間がそんな柄じゃない事は誰よりも俺が分かってる。これはただ、説教ではなく、強引な理由付け。
そして俺が憧れた『星斬り』の生き方と〝魔法使い狩り〟の男の思考が全く異なっていたからこそ俺は語る。どこまでも彼に憧れる俺だからこそ、この状況下で語らずにはいられなかった。
不条理に見舞われた果て、命を落とした幼馴染みの為に剣に生涯を捧げた正真正銘の規格外の生を。
「誰かの為の〝復讐〟なんだろうが!! それを平気な顔して穢してんじゃねえよ!!!」
振るって、振るって、振るい続ける剣戟は時間と共に激しさを増して行き、最早、虚空には振り終えた銀の軌跡しか残らない。
その昔。
一度は己の意思で捨てた剣をある契機を経て、再び執った剣士がいた。
剣を再び手にした理由は、不条理に見舞われ、瀕死の重体に陥った幼馴染みからの末期の言葉が、幼き日に約束した事に関してであったから。
強くなると誓った日の言葉を持ち出されたから。故に、彼は再び剣を執り、その言葉に報いてやろうと考えた。それが死者への手向けであると信じて疑わなかったから。
そして同時に、彼は復讐者でもあった。
一方的に世話を焼いてくる相手。
それだけの認識であった筈の幼馴染みとはいえ、彼にとってはやはり掛け替えのない人間であり、彼女を襲った不条理をひどく恨んだ。
だからこそ、彼女が常々、平和な世界を望んでいた事を知っていた彼はあろう事かある日、各国の王に対して触れを出した。
————如何なる理由があれ、他国へ戦争を仕掛ける行為は許さないと。
死んだ幼馴染みの理想を代わりに掲げ、それを実現させる。戦争の絶えない時代にて、それをする事こそが、きっと彼なりの復讐でもあったのだ。
……故に、俺は心酔した。
その理想と、思考と、行為全てが綺麗だったから。淀みなく透き通っていたから、俺は憧れた。だからこそ、俺は彼の代わりに成そうと考えた。彼の代わりに、彼が成せなかった『星斬り』を、俺が。そして最強を証明しようと。
「嗚呼、尚更負けられない、負けられなくなった!! そんなクソみたいな思考を持つやつに負けてられるか!! 斬り伏せるッ!!」
好き勝手に叫び散らす。
最早、思い浮かんだ内容をそのまま吐き散らかしてるせいで自分が何を言っているのか。
その判断が正しく出来てない気がする。
しかし、それでも一つ言える事があった。
俺は、〝魔法使い狩り〟が途轍もなく気に食わないのだと。
「相手は格上、それがどうしたよ!? 相手が強いからと引くのは腑抜けがやる事だろうが!! 『星斬り』と俺が一度でも名乗った以上、理由がある限り、どれだけ実力差があろうと関係ないんだよ!!!」
眼前には高く、高く聳え立つ壁が幻視される。
しかし、それがなんだ。
その程度の壁をぶち壊せず何が『星斬り』か。笑わせる。
剣戟の音は、まだ鳴り止まず、気づけば感情を吐き散らしながら剣を振るう俺を相手に、〝魔法使い狩り〟の男は防戦一方となっていた。
やがて、〝魔法使い狩り〟の男はぎり、と下唇を噛み締め————口を開く。
だが。
「……〝加速〟」
「————それは……二度目、だろうがッ!」
先程の意趣返しのように、俺は叫ぶ。
一度見たからと言って安易に対処できるものでない事は明白。しかし、俺はあえてそう叫んだ。
きっと、対処出来る。
己の中に浮かび上がった根拠のないその感情にどうしてか、その時ばかりは信が置けたのだ。
そしてやって来る————不思議な感覚。
それは、リレアと手合わせをした際に見舞われた不思議な感覚そのものであった。
まるで足に翼が生えたのではと錯覚する程に突然、足が軽くなる。
「いい、加減……ッ!! 黙れ————ッ!!!」
憤怒に表情を歪め、必殺を期した一撃が背後からやって来る。
本来であれば、それを辛うじて認識出来たとしても身体が追い付かず、襲い来る攻撃に反応出来る筈がなかった……のだ。
しかし現実は、異なっていた。
認識した直後、反射的に足が動いていた。
そして、俺の背後に回った〝魔法使い狩り〟の、その更に背後へと移動を遂げていた。
「————な、っ」
驚愕の声があがる。
魔法も無しに、魔法を上回って見せたその正体不明のナニカに対して。
使用した当人ですらも理解し切れていなかったが、どうこう言っている暇はない。そして、その一瞬に生まれた隙を俺は見逃さなかった。
防御すら満足に取れないであろう致命的な隙。
「今、度は、加減無しだ————」
剣を振りあげ、既にモーションには入っていた。地面を割る事になるだろうが、この機を逃すわけにはいかない。そう、言い訳をしながら撃ち放つは『星斬り』の御技。
「斬り裂けろよ————〝流れ星〟————!!」








