五十六話
直後、ギリ、と奥歯を力強く噛み締め、歯軋りをする音が聞こえたようなそんな気がした。
そしてスゥ、と見えていなかった筈の姿があらわになると同時、憤怒に塗れた声がやってくる。
「……邪魔をすれば容赦はしないといった筈だが」
「承知の上だよ。承知の上で、俺はあんたに戦ってくれと言ってるんだ」
視界に映る〝魔法使い狩り〟の男の表情はやはり以前と同様に阻害されているのか、上手く認識が出来ない。
けれど、見えてないにもかかわらず、その相貌は怒りに今も尚痙攣している。そんな確信があった。
「……ロクな理由もないのにか」
「理由なら言った。あれこそが、俺があんたの邪魔をする俺なりの正当な理由だよ」
「あんなものは理由とは言わん……ッ!!!」
哮る。
今にも斬り掛かりそうな様子で、〝魔法使い狩り〟の男は腹の底から声を出して叫び散らす。
もしこれが仮に、親の仇であるだとか、彼が殺そうとしている人間が俺の身内であったならば、きっと〝魔法使い狩り〟の男は此処まで怒ってはいなかったのだろう。
何故ならば、それらは是であると誰しもが肯定出来るような理由であるから。
しかし、俺がほざく内容は万が一にも万人に共通して言える理由ではなかった。
そして、そんな理解の埒外に在る思考であるからこそ、彼は理解が出来ない。
理解が出来なくて、叫び散らす。
そんなふざけた内容を言うにとどまらず、あまつさえ本心であると宣い、真っ当な理由を持つ己の邪魔をお前はするのかと。
「……もし仮に、お前におれを止めるだけの正当な理由があったならば、よかろう。戦闘に酔い痴れるお前のその欲に、幾らでも付き合ってやる。だが、お前は違うだろうが————ッ!!!」
怒りを湛えた瞳は、俺に焦点を引き結んで動かない。一挙一動一切を見逃さないと彼の姿勢が全てを語っていた。
「戦う理由が何処にあるッ!? おれに剣を向け、立ち塞がる理由が何処にあるッ!?」
「理由なら幾らでも挙げられるだろうけど、強いて言うなら、あんたが強いから」
「……強くなるために戦うと。そんな下らない理由で関係のないおれを巻き込んだ事が真、正当であると?」
「少なくとも、俺の中ではそれが正当な理由だった。だから、こうしてあんたの邪魔をしている」
「……っ、ふざ、けるなぁぁぁぁあああッッ!!!」
それは正しく、血を吐くような絶叫であった。
俺の考え方がおかしい事くらい指摘されずともとうの昔より、分かっていた事だ。
誰もに認められないことも、誰よりも俺が知っている。
身を以て、思い知らされてきた。
だけどそれでも俺であるからこそ、これだけは言わねばならない。
「————俺は、ふざけてない」
「それをふざけてると言うんだッ!!!」
決してそれは、共感が欲しかったから口にした言葉ではなかった。
「……俺の発言に対して、あんたがどう思おうがそれは勝手だ。それを無理矢理に縛り付ける権利を俺は持ち合わせてない。だけど、これは何処までも正当だ。この想いは、何処までも正当で、間違っている筈なんてないんだ」
「正当なわけがあるか……ッ!! そんな下らない動機の何処に正当さがあるものか!!」
「それが困った事に、俺の中ではあるんだよ」
その発言が、〝魔法使い狩り〟の男の神経をこれ以上なく逆撫でるであろう事を分かっていようとも、俺は正常を装って平気で吐き捨てる。
「あれを見てしまっては、憧れざるを得なかった。どこまでも綺麗な理由のために無茶を続けて、身体の限界なんてものは知らないと、あの男は最期の最期まで剣を振り続けてさ。たった一つの約束の為に、愚直に最期までありったけの心血を注いでみせた男に俺は魅せられたんだ。だから、代わりに彼の無念を晴らすと決めた。だから俺は、強くならなきゃいけないんだ。強くなって————星を斬らなきゃいけないんだ」
だからこれは、俺にとってはどこまでも正当なのだと、手前勝手な暴論を並べ立てる。
「……話にならん」
そして、がしゃりと音が立った。
その音は、紛れもなく俺を殺すべき障害として認識をしたと告げる殺意の伴った音であった。
嗚呼、そうだ。それが正しい。
否定をするのであれば言葉でなく、剣でなければ、俺はどれだけ待とうが、正論を並び立てようが、納得をする気はこれっぽっちも無かったから。
「……お前如きが本当におれに勝てると、そう思っているのか」
「いいや。それこそ冗談。勝てないだろうと踏んだから、此処にいるんだ」
「……成る程、狂人の類か貴様」
「好きに呼べばいいよ。呼び名にこだわりは無いんでね」
そして、会話が止まり、場に降りる静寂。
「……分かった。そこまで言うのであれば戦ってやろう。ただし、一瞬だけだがな」
「それは楽しみだ」
一瞬。
俺に向けられたその言葉に嘘偽りはないと、直感で理解する。やがてやって来るであろう攻撃を待ち構えて————
「————〝加速〟」
その言葉が魔法の名称であるのだと判断出来たその時既に、俺の前から〝魔法使い狩り〟の姿は忽然と消え失せていた。
辺りには勿論、ひと気はなく、静まり返る夜の街。故に、辛うじて聞き取る事の出来た足音。
半ば反射的に、後ろへ向かって振り返ると同時、虚空に手にしていた剣を走らせ——衝突。
確かな手応えがやって来る。
しかし直後。
「〝重力制御〟」
「い゛、ぎッ!?」
ずしん、と息をつく暇もなく合わさった剣を伝ってやって来る衝撃。それはまるで己の体重が数倍に膨れ上がったのではと錯覚してしまう程の圧迫感があった。
そして、秒を経るごとにその圧迫感が増加。増幅。拡大。
「…………お、ぃ、おい」
気付けば、俺の足下の地面はひび割れ、陥没、陥没、陥没。その範囲は広がるばかり。
最早それは、圧迫感というレベルを大いに逸脱してしまっていた。
そして、悟る。
……やはり〝魔法使い狩り〟は、俺の数段は格上であると。
この圧迫感の正体は間違いなく魔法。
ミシリ、と身体中の骨すら軋みあがり、このまま現状維持を貫くのはあまりに愚か。故に。
「こ、のっ〝な、がれ星〟————ッ!!」
一旦、距離を取らせる為に放たんと試みるは『星斬り』の御技。身体が満足に動かない状態であろうが関係ない。
カタカタと合わさり、震える剣を手にする相手目掛けて俺は〝流れ星〟を撃ち放たんと試みる。だが、返ってきたのは冷ややかな言葉。
「————それは、二度目だろうが」
「っ、!?」
故に此方は十全な応手が打てるぞと。
失望の眼差しが俺を射抜くと同時、これをしてはまずいと本能が理解をした。そして、すんでのところでそれを取り止め、手を変える。
「終わりだ」
「〝刀剣創造〟ッッ!!!!」
逼迫する状況下。
最善を掴み取らんと、魔法を行使。
無手の左腕にナイフ状の刀剣を創造————そしてそれが、二本。
何か更に此方へ仕掛けようと試みていた〝魔法使い狩り〟の男の眉間目掛け、逡巡なく投擲。
「……ぷ、はぁっ!!」
流石にこれは拙いと判断してか、〝魔法使い狩り〟の男は飛び退いて後退。
直後、俺の身体を蝕んでいた圧迫感が消え失せ、貪るように酸素を肺に取り込んだ。
「……器用な奴だ」
「よく言われるよ」
放り投げ、地面に突き刺さっていた得物が己の手を離れた事で崩壊を始め、風に流れて夜の闇に溶け込む様を一瞬ばかり確認し、そう言葉を返す。
「だが、先のやり取りで十分底は知れた」
「へぇ……で?」
会話の最中でもお構いなしに、銀の軌跡を描いて直線的に斬り掛かり、生まれる火花が辺りに散らばる。
「分かって、ない。何も分かってないよあんた。俺とあんたの間には埋めれない決定的な実力差がある。嗚呼、そうだろうね。それは俺も自覚してる。だけど、それが何だよ?」
思いの丈を吐き散らしながらも、俺は忙しなく剣を振るう。どうしてか防御に徹する〝魔法使い狩り〟の男目掛けて、何度も、何度も。
剣戟の音は鳴り止まぬ。
「確かに、それが当たり前だ。当然だ。常識だ!! だけど、強くなる為にはその当たり前は一番不要だろうが!!」
底が知れたから。
……だから、一体何だと言う。
乱暴に得物を叩き付けるように振るいながら、俺は感情を言葉に変えて吐き捨てる。
「そんな当たり前の言葉に、今更何の意味があるって言うんだよ!?」
怒り故の言葉ではない。
これは、彼が俺よりもずっと強い相手にもかかわらず、底が知れたと判断するや否や、追撃をかけるまでもないと手を緩めた事による失望のあらわれであった。
対等に扱えとは口が裂けても言わない。
もしかすると、彼の魔法である〝蒐集家〟は使用するたびに代償を払う魔法なのかもしれない。故に、手を緩めたという事も十二分に考えられる。
ただ、剣戟の世界において弱者であろうと、彼らが時には強者を喰らう事実を知らない彼ではないだろう。
だからこそ、その代償は大きいぞと言い放つ。
五体満足でいられると思うなよと目で訴える。
「四の五の言う前に、斬り伏せてみろよ!! 俺はあんたの復讐を愚かと蔑む敵だぞ!?」
故に。
「だから————一遍、痛い目見ときなよ」
夜天に向かって俺は剣を掲げた。
そして、正眼に。
「チィ……————ッ!!」
次の俺の行動を察したのか。
余裕の感情を表情から消し、男は強く舌を打ち鳴らす。そして、スゥ、とその姿が霞の如く薄らと消え失せる。
その正体はまごう事なき————〝認識阻害〟。
しかし、関係がない。
「判断力は凄いけど、残念ながらそれは悪手だね」
此処は避けるのではなく距離を詰めて、何がなんでもこの技を使わせないようにする事こそが正しい選択肢。
避ける隙など、前後左右、たとえどこであれ許さない。
そして、断片的な記憶の欠片が脳内で蛍の如く乱れ舞う。斬り裂く記憶が、鮮明に浮かび上がる。
抗う為の手段は此処に。
なればこそ、口を開き紡ごうか。
「撃ち墜とせ—————ッ!!!」
今いる場所を中心として剣を手にしたまま、虚空を斬り裂くようにして、身体を旋回。
生まれる軌跡。星の如く眩く煌めく剣線。
「————〝星降る夜に〟————!!」








