五十五話
「————俺の運が良ければきっと現れる」
「……普通はそれ、運が悪いって言うからね」
じっ、と、ある人物の姿を見下ろせる場所で注視しながらも気付かれないようにと身を隠し、一定の距離を保っていた俺がそう口にするや否や、側にいたソフィアが呆れ返っていた。
リレアと話をしたその日の夜——日付が変わる頃。
俺とソフィア、そしてリレアの三人は外にいた。言わずもがなそれは、〝魔法使い狩り〟の男を打倒するという目的を掲げた俺の都合のせい。
本当は何処か別の場所にいて欲しかったのだが、ソフィアにはイヤだと拒絶され、リレアからはキミがぶち殺されたら代わりに相手してもらおうかなと愉しげに剣へ手を伸ばす始末。
故に三人行動であった。
「でもこれ以上、手札を増やされちゃ更に手が負えなくなると思うけどね」
だからやっぱり、このタイミングで出会った方が運は良いじゃんと己の意見を支持する。
……でも、そもそも戦うって選択肢を選ぶ事自体が間違いなんだよ。と、間髪いれずにため息混じりの正論が飛んできたのでこれ以上は口を噤む事にした。
視線の先————〝魔法使い狩り〟が横行するこんな時期に、ふらふらとした足取りで呑気に深夜の王都を散歩する男の心情が掴み切れない。
己が万が一にも死ぬとは思ってないのか。
はたまた、危険意識の欠如。もしくは、死んでも良いとでも思っているのか。
……ま、恐らくは後者だろうが。
「でも、雨が降っていてくれたのは僥倖だった」
「……というと?」
「どうにも、〝認識阻害〟って魔法は、やっぱり無条件に全てを思い通りに変えられるわけじゃないらしいよ」
首を傾げたのはリレアだった。
そんな彼女の為に指を差す。
そこには水溜りが数多く点在していた。そして、雨は既にあがっているというのに、時折、水溜りが波紋をおこしていた。
まるでそれは、誰かが踏み抜いた跡のように。
やがて、その波紋が生まれる水溜りの距離の間隔が小さくなってゆく。全ての認識を阻害できるのであれば、欠片の証拠すらも徹底的に認識を阻害してしまえばいい。なのに、恐らく〝魔法使い狩り〟の男はそれをしていない。
否、何らかの理由があって出来ていないと捉えるべきだろう。
「リレア。日が変わるまであと時間はどのくらい?」
「あと2分ってところね」
「……へぇ。って事は、〝魔法使い狩り〟の男はどうにも、気持ち悪いくらい律儀なヤツらしいね」
己が定めたルールに則り、律儀に五日目を待つ気でいるのだろう。
……俺達に警告をしてきた事から予想は出来ていたけれど、己が定めた拘りは最後まで捨てきれないヤツらしい。
であるならば、もう時間はないか。
「じゃあ————始めよっか」
しん、と、ただ闃として、寂として静まり返る王都の夜。
その中で俺は己の魔法を口にしながら一際大きく、俺という存在を主張せんと魔法を行使————〝刀剣創造〟。
キィ、と刃音を響かせる。
それが、始動の合図。
これでもう後には引けなくなった。
そう自覚をして、口角を曲げ——俺はその場から飛び降りて一目散に駆け出した。
「え、ちょ、っ、ユリウス!?」
何をしているのだと、事態を満足に飲み込めていなかったソフィアが驚愕に声を上げるも、その声を黙殺。
そして勿論、ソフィアの声がちゃんと聞こえているように、俺の聴覚は健在。ゼノアから教えて貰った〝認識阻害〟に対する対策は行っていない。けれども、決して無策に駆け走っているわけではなかった。
————ゼノアは心を読む能力の持ち主だ。
そこに嘘偽りはないだろう。
ただ、ほんの僅か、拭い切れない痼のようなものが俺の中にぽつりと残っていたのだ。
心を読める彼女であれば間違いなく俺がこの度し難き戦闘馬鹿な考えに至るであろう事は分かっていた筈だ。
そしてゼノアは今回の〝魔法使い狩り〟の行為に対して肯定寄りの言葉を口にしていた。あの夜、俺に向けられた慟哭は間違いなく彼女の本音であった筈なのだ。
ならば、何故、ゼノアは俺に〝魔法使い狩り〟についての情報を提供した? 欠陥を教えた?
〝魔法使い狩り〟の所業に困り果てていたならばまだ分かる。だが、邪魔されると分かっておきながら、フィオレの知己であるからと全てを教えるだろうか————答えは、否。
詐欺師の有名な手口にこんなものがある。
99%の真実に、嘘を1%だけ混ぜ込む事でさもそれが真実かのように認識をさせられる、というものが。
「だから、その1%に賭けてみた」
一歩、二歩と駆ける、駆ける、駆け走る。
肌を撫でる夜風に目を細めながら、俺は柄を握り締める右手へ、一層力を込めた。
「〝認識阻害〟なんて能力は恐らく、現存する魔法の中でもトップクラスに厄介な能力だろうね」
それこそ、使う人間によっては記憶の中のあの『星斬り』の男にさえ、下手すれば一太刀いれられる。それ程までに規格外の魔法だった。
————距離はあと100メートル程。
「ただ、魔法の欠陥は全部が全部、欠陥らしい欠陥である事が常」
それはリレアの教え。
魔法には、〝絶対〟に目に見えた欠陥が存在している、と。加えて、魔法の能力によってはその欠陥は一つに留まらない、とも。
なればこそ。
「聴覚を殺さなきゃ、手も足も出ないだなんて事はあり得ない」
俺はそう言い切った。
特に、俺は運がいい人間であった。
たまたま偶然、ここ二日ほど雨が続き、そのお陰でヒントを得る機会を得てしまったのだから。
間違いなく、〝認識阻害〟も例に漏れず、何らかの致命的な欠陥を負っている。
聴覚を捨てれば効果が無くなる以外。それも、もっと初歩的な欠陥を。
「だとすれば、俺にもやりようがある」
どんな欠陥なのかは知らないし、それを容易く看破出来るほど、俺は勘のいい人間でもない。
ただ、今の俺には何かしらの欠陥があるという確信さえあれば、十分だった。
であるならば、剣を振るう中でそれを見つければいいだけの話。
故に、
「す、ぅ————」
息を吸い込み、肺に空気を取り込む。
ひとまずの俺の目的は、〝魔法使い狩り〟に、魔法使いを殺させない事。〝蒐集家〟の能力は恐らくその行為がトリガーであるだろうから。
とすれば、やる事は簡単だ。
どうにかして己の姿の認識を阻害させている〝魔法使い狩り〟の足を止めさせればいい。
たとえ目に見えて無かろうが、目的が分かってさえいれば、どこにその視認出来ない姿があるかなぞ俺にも分かる。
「斬り裂けろよ————」
脳裏に描くは、天を流れる光輝に包まれた一本線。敵を狙う必要はない。これはただ、相手の足を止めるだけの役割しか持たない単なる見せ技。
腕への負荷は最小限に。
その言葉を静謐に紡ぎ、
「————〝流れ星〟」
眼前目掛けて、撃ち放つ。
直後、闇夜を斬り裂かんとばかりに地面に罅を刻み込みながら奔る〝流れ星〟の斬撃。
その行為によって、警戒心を捨てていた魔法使いの男はギョッとした様子で駆け寄る俺を見詰め、彼方此方に存在していた水溜りからは波紋が止まった。
「手荒な挨拶で悪いね。でも、こうでもしないと止まってはくれないと思って」
だから仕方がなかったんだよと、駆け走っていた俺は足を止めて、姿を見せない〝魔法使い狩り〟に向けてそう言ってやる。
視界の先には隔てるように、魔法使いの男と視認出来ない〝魔法使い狩り〟の男の間に一本の線が生まれていた。
「でもどうせ、こうまでしてもあんたは長くは待ってくれないでしょ? だから、手短に」
驚愕の感情を未だ抱き、俺という存在に注意を向けているであろう今のうちに。
「あんたに頼み事があるんだ。なぁに、これでも俺も魔法使いの端くれ、今王都を騒がせてる件の〝魔法使い狩り〟さんなら諸手を挙げて喜ぶ頼み事だとも」
もし、今の俺の表情を目にしたものがいたならば、まず間違いなく『不気味』と形容するであろう満面の笑みを浮かべながら、俺は当然のように頭のおかしなセリフを吐き捨てんと試みる。
強くなる為に、あんたとぜひとも戦わせてくれよと大上段から言ってみせるのだ。
そう宣ってしまえるのが俺であり、何よりそれが俺にとって正しい選択肢と信じて疑っていないから。
だから、〝魔法使い狩り〟が激昂するであろう事を見透かした上で本心で吐き捨てる。強くなりたいから、俺は今からあんたの邪魔をするのだと。
「戦ってくれよ〝魔法使い狩り〟。なぁに、おかしな事なんて何にもないよ。なにせ、人間って生き物は誰もが自己中心的なんだから。俺みたいな奴が一人や二人、いても不思議じゃないでしょ? 何より、あんたの思い通りに事が運ぶほど、世の中は上手く出来ちゃいないんだよ」








