五十四話
『—————今と昔。全てをひっくるめて己が最強であると、名を轟かす。それが出来るのであればたとえ悪名であろうと構うものか』
『……オイオイ、そりゃ完全に悪人のセリフじゃねえかよ』
俺ではない、違う人間の記憶を見ていた。
俺は、懐かしい記憶をふと、思い返していた。
『……仕方ないだろうが。普通に、普通らしく、普通に生きていてはどう足掻こうが、『星斬り』を成す事は勿論、〝最強〟なんてものは夢のまた夢なのだから』
『……まぁ、何となく言いたい事は分かる』
それは『星斬り』の男と、その親友の男の会話であった。
『とはいえ、私も禽獣ではない。強くなる為に戦い、そして戦う為に——戦う。そんな馬鹿としか形容しようのない言葉を吐く私ではあるが、それでも理性はある。故に、なけなしではあるがな、私は、私が間違っていると判断した奴のみをこれでも相手にしているつもりだ』
『……だから、国を変えようとしてた革命家でさえ斬ったってか。く、はは、はははッ、そんな理由だったと聞きゃあ、あの連中、マジでお前を殺しにくるぜ』
……ま、もう手遅れではあるがなと笑いながら男は言葉を付け加えた。
『そもそも、革命をしてどうなる。誰もが手を繋ぎ、綺麗な世界を作りましょうとほざくヤツを信じろと? 馬鹿らしい。何より、私如きが立ち塞がっただけで頓挫する革命なぞ、革命とは呼ばん』
『おっかねえなぁ』
『何処がだ。……革命にせよ、復讐にせよ、全てにおいて中途半端が一番タチが悪い。ならば、私が砕いてやった方が世のため人の為というヤツだろうが。中途半端であるから、私のような人間が生まれるのだから』
その言葉を耳にし、男の表情が引き攣った。
……そういえば、そうだったなと。後悔の色が目に見えて表情に現れていた。
そもそも、幾ら今や規格外と呼ばれる『星斬り』の男であっても、最初から強かったわけではない。彼もまた、例に漏れず、弱者であった時期があり、そして何より彼は——被害者であった。
『星斬り』の男は、他者の独善によって起こされた行為の被害者であったが故に、剣を執った人間である。だからこそ、その言葉にはどこか彼らしからぬ熱が込められているようにも思えた。
『真に世界を変えたいと願うのであれば、圧倒的な武を以てして全てを叩き伏せ、圧政を敷いて己の思考がどれ程素晴らしいかを説く以外に方法はない』
断言する。
それ以外に道は絶対に存在し得ないのだと彼は言い切ってみせる。
『こりゃまた、随分と過激な思想だ』
『当たり前だろう。行動を起こした人間が損するだけならいい。それは至極当然であるから。だが、国とは狡賢い生き物だ。その出来事をアイツらは嬉々として利用し、更なる圧政を敷く。お陰で無法者は更に溢れ、弱者には悪意に呑まれて死ぬ未来しか待っていない』
やがて、満を持して『星斬り』の男が言葉を紡ぐ。
『重ねて言おうか。立ち塞がって何が悪い? 壁となって何が悪い? 私の都合でその理想を砕いて、何が悪い? そもそも、国が腐っているのであれば、それらの行動は断じて起こすべきではない。そいつが取るべき行動は、大衆を扇動するのではなく、密かに力を付け、ひとりで勝手に上層部を一思いに暗殺するべきだ』
『そんな物言いをするってこたぁ、もしかしなくても、『星斬り』お前、王でも殺す気なのかよ?』
『馬鹿いえ。そんなつまらないものに私は興味はない』
にべもなく一蹴。
『何を勘違いしてるのかは知らんが、これは結局どこまでもいこうが建前だ。私が強くなる為の、斬る為の建前でしかない』
私は世界一、自己中ではた迷惑な奴だ。それはお前も一番知ってるだろう? そう言って、彼は屈託のない笑みを浮かべていた。
『ブレねえのな』
『当たり前だろう。王も、貴族も、そこらのゴロツキも。誰もがそうだが、人間とは生来、自己中心的な生き物だろうが? 私だけに〝綺麗〟さを求めるな。馬鹿らしい』
強くなり、星を斬りたいから剣を振る。
目的を明確にしてる分、腹に一物かかえて表面では友好的に手を差し伸べる奴らよりよっぽど私の方が良心的だろうが。
そう、彼は口にしていた。
————剣士って生き物は特に、我儘なんだ。
そんな一言を添えて。
* * * *
「————かつての騎士団所属の魔法使いが襲われる、ねえ」
リレアが言う。
ゼノアとの会話の翌日。
俺はゼノアの口から聞いてた言葉を俺なりに噛み砕いてリレアへと話していた。
〝魔法使い狩り〟の目的とは、恐らく五年前の騎士団に所属していた魔法使いを殺す事。
そしてその果てに、現騎士団長とやらを殺す、と言ったところだろうか。
本当にゼノアの言った通り、死んだ兄への弔いの為の復讐であるならば、〝魔法使い狩り〟は間違いなく、五年前の騎士団関係者が狙われる。
「確かに、キミの言う話が本当であるならば、その可能性は限りなく高い。……事実、これまで狙われてきた魔法使いはキミの言う通り騎士団に何らかの関わりを持ってた者達だったわ。でも、」
だけど、と。
疑念を帯びたリレアの視線が俺を射抜く。
「そういう事なら、キミが剣を振るう理由は何処にもないんじゃなくて?」
ああ、その通りだ。
彼女の言う通り、俺が剣を振るう当初の理由であったものは消え失せた。知らぬ存ぜぬを通しておけばひとまずは俺達には害は無いだろう。
だがしかし。
「まさか。だって、理由は作るものじゃん?」
対抗するようにそう言ってやると、リレアは一瞬ばかりポカン、と呆けた顔を浮かべ、やがて吹き出しそうになるのを、奥歯を噛むようにして身体を震わせて耐えようと試みていた。
ただ————勘違いする事なかれ。
俺という人間とはつまり、どこまでも『星斬り』に憧れた人間だ。どうにかして最強へと到り、星を斬った果てに、己の憧れが真に最強であったのだと証明したいという熱を根底に据える度し難き馬鹿である。
それが臓腑の裏にまで染み付いた救えない人間だ。故に。
「……あぁ、そうだった。キミは、そういう人間だったわね」
やってきたその言葉に、俺は目尻を曲げた。
「それで、わざわざこうして私にそれを教えた理由は……その間、私にソフィアちゃんを頼むとでも言いたかったのかしら」
「そういう事」
流石はリレアである。
付き合いがそれなりにあるからか、随分と察しが良かった。
「……なら、今回は貸しイチね、と、言いたいところだけど実際、一人で大丈夫なの?」
「さぁ? どうだろう」
大丈夫とは言わない。
そもそも、俺は〝魔法使い狩り〟に勝てる見込みがないから挑みたいのだから。
「ただ、今回は節介を焼きたくもあるんだ」
「節介?」
「そ。俺なりの、お節介」
俺は、俺の独善に従ってあの〝魔法使い狩り〟に現実を叩きつけてやりたいのだ。
もし仮に、バミューダとやらの弟で、でっち上げられた情報に踊らされているのだとすれば、是非とも「馬鹿」と言ってやりたい。
心優しき人間は、自責の果てに自刃し、上層部はそれを利用し、汚い部分は下の者に全て押し付けた。そして時を経て、復讐に身を焦がすその人間の弟は、兄への弔いの為、兄の同僚であり、罪のない魔法使いを殺して回っている。
そして、同僚達はそれを受け入れてしまっている。心優しき人間を己らは死なせてしまったと考えているから。
いやはや、とんだ茶番である。
まるで、誰かが己の欲望を満たす為、愉悦に身を震わせる為に考えたシナリオのようでもある。
全く以て気持ちが悪いという他ない。
故に、その違和感を拭う為。
恩人でもあるフィオレの知己を助ける為。
そして、村へ被害が及ばないようにする為。
そうして、さも、正義感の強い善人のように綺麗な理由を並べ立て、俺は迷いなく剣を握るのだ。さながら正義の味方のように。
そしてそこに罪悪の感情は一切存在し得ない。
何故ならば————人間とは生来、自己中心的な生き物であると俺は知っているから。
己が行為を己が肯定出来てしまっている時点で、そんな感情が生まれる余地は何処にもないのだ。








