五十二話
「……あー、色々と聞き忘れてた」
逃げるように部屋を後にしたのち、詰所からも離れて数分後。宿に向かって歩きながら俺は、そういえばゼノアが〝魔法使い狩り〟の正体やら動機やらも教えてくれると言っていた事を思い出す。
折角なら聞いておくのも有りだったかなあと若干、後悔の念を抱きながらも別にその部分は無くても困らないかと割り切る。
「ただ、まぁ……聴覚か」
情報を教えて貰うだけ教えて貰っておきながらああして不義をしてしまった事に対し、ゼノアには罪悪感があるものの、存外あまり強くは感じていなかった。
理由はきっと、あの瞳が原因。
全てを見透かしたかのような瞳をじっ、と見詰めていたからか、どうしてか思ってしまうのだ。
……確たる理由はないけれど、ゼノアは俺が彼女の申し出に対して首を縦に振らない事を予め知悉していたのではないのか、と。その上であえて言葉を尽くしていたのではないのかと、どうしてか無性にそう思ってしまう。
「確かに、対策は単純明快だけど、安易にそれは実行出来ないよなぁ」
聴覚を無くす方法は簡単だ。
鼓膜を潰せばいい。
ただ、それをするとゼノアが言っていた通り、とてつもないハンディキャップを背負う羽目になる。
「でも、姿が見えないんじゃ、ただ一方的に俺が斬られるだけになる」
聴覚が大事であるからと考え過ぎては一撃も与える事なく死ぬ、という可能性も十二分に有り得る。
「せめて、目の前にいるって状況を作り出せれば何とかなるんだけど」
その状況に持っていけさえ出来たならば、やりようはある。〝ミナウラ〟の時より多少無茶をする事になるだろうが、眼前全てを僅かな間隙すら許さず、攻撃で埋め尽くしてしまえばいい。
〝星降る夜に〟で覆い尽くしてしまえば、たとえ目に映る光景が偽られていようが、倒せるだろうから。
「……ま、そこはリレア達と相談になるのかな」
そんなこんなで、ぶつくさとひとりごちながら歩く事十数分。
黄昏色の空に夜闇が混じり始めた頃、漸くたどり着いた宿の前で佇む二人の影。
どうも、ソフィアとリレアは俺よりも先に戻って来ていたらしい。
「そっちはどうだった?」
「ダメね。元々、〝認識阻害〟を扱ってた魔法使いの交友関係が狭過ぎるからか、知己すら探すのに一苦労。欠陥なんてもっての他だったわ」
「あたしは教会の人達に聞こうとしたんだけど、そんな物騒な話に首を突っ込むもんじゃないって怒られただけ」
二人ともが疲労感を表情に貼り付けながら、肺に溜まっていた息を吐き出す。
教会とは、ソフィアに〝治癒〟の魔法を教えてくれているシスターがいる場所。
〝ミナウラ〟で出会ったアバルドのように治癒系統の魔法であれば他者からの師事は不可能に近いが、世間でよく知られる怪我を癒すだけの一般的な〝治癒〟の魔法であれば、使い手も多く、師事する事で己のステップアップをはかる事が出来る。
故に、ソフィアは度々、教会に顔を出しては〝治癒〟の魔法をあるシスターから習っていたらしく、その伝手を頼ろうと試みたがどうにも撃沈してしまっていたらしい。
「で、キミの方は?」
「聞けたよ。本当かどうかは分からないけど、〝ミナウラ〟で俺の命を助けてくれた人が頼れって言ってた人だし、まぁ、信じていいと思う」
「へぇえ」
「で、聞いた話によると、〝認識阻害〟の欠陥は自分の聴覚を封じてしまえば、〝認識阻害〟の影響を受けないで済むって一点だけ」
「ふぅん、なら————」
聴覚捨てちゃえば良いって話ね、と早合点しようとしたであろうリレアの発言を遮って、俺は言葉を続けた。
「————ただ、あの〝魔法使い狩り〟の能力が〝蒐集家〟って魔法らしい」
「〝蒐集家〟?」
「要するに、色んな魔法を扱える魔法使いって事。だから、聴覚を捨てたところであんまり意味がないって言われた」
「あー……そういう事。だとすれば……あー、色々と面倒になってくるわね」
リレアがくもった表情のまま、前髪を掻き上げる。そして、掻き混ぜる。
「ただでさえ、面倒な事実が発覚したのに、二つ目ともなるといよいよ手に負えなくなってくるわね」
「……面倒な事実?」
眉を潜める。
ダメだったとは言っていたが、どうにも何か目新しい事実を掴んでいたのかもしれない。
怪訝に俺が首を傾げると、今度はリレアではなく、ソフィアが口を開いて教えてくれる。
「うん。あたしが〝魔法使い狩り〟について尋ねようとして、首を突っ込むなって教えてくれたシスターから言われた言葉なんだけど、何もするなって言われたの。何もしなければ、あたし達には被害はないだろうからって」
話の脈絡から察するに、ここでのソフィアの言うあたし達とは俺達ではなく、教会の人間という括りを指しているのだろう。
だが、不思議に思う。
〝治癒〟の魔法を使えるシスターを始めとして幾らか魔法使いがいるだろうに、どうして〝魔法使い狩り〟からの被害がないと言えてしまうのか。
ぐるぐると渦巻く疑問。
地頭の出来が決して良いワケではないからか、それが指すワケというものが一向に見えてこない。
そんな折。
「そこで私、ちょーっと考えてみたのよね。あの〝魔法使い狩り〟の男、あの時、〝復讐〟って言ってたでしょう? だから、王都の魔法使いに恨みを持っていて、尚且つ、教会には恩、若しくは手出し出来ない理由があって、それでいて、騎士団が不用意に動けない————騎士団の長がいないこのタイミングを狙えば今の騎士団は殆ど動けないと知る輩。そう考えるとある答えが浮かび上がったのよねえ」
丁寧に条件を一つ一つ組み合わせていくと、ピッタリとそれに当て嵌まる人物が偶然にもいたのよねえとリレアが言う。
「時に、ユリウスくんは王都の治安を守る役目を負ってる騎士団に、どうして魔法使いが二人しかいないのか。その理由について知ってるかしら?」
「……いや、知らないけど」
「実は、五年くらい前までは騎士団って結構な人数の魔法使いが属してたのよ。私達を苦しめてくれてる〝認識阻害〟。その本来の使い手であった魔法使いも、その一人だったわ」
へぇ、と思うが、抱いた感想は本当にそれだけ。その事実が一体、彼女のいう面倒な事実とどう関係しているのか、さっぱり分からなかった。
「当時の騎士団は、多くの魔法使いを抱えていたりと、それはそれは勇名轟いた王国自慢の騎士団だったわ。……でも、周りから持ち上げられるうち、慢心が生まれてしまっていたのよね。で、騎士団の中で伝染するその慢心が、とある失態を引き起こした————俗に言うカザレアの悲劇ね」
カザレアの悲劇? と、聞き慣れない言葉に対して聞き返すと、リレアは「ええ」と言ってそれについて語り始めてくれた。
「事の発端は、とある盗賊集団にある貴族家の令嬢が拉致された事がきっかけだった筈なんだけれど……彼女の救出にあたって、どうしてか中々腰を上げようとしない当時の騎士団長に痺れを切らして先走って助けに向かった人がいたの。名は確か————バミューダ。でも結局、何かを予見してたからなのか、堅実の姿勢を崩さなかった当時の騎士団長の選択が正しかったの。結果、先走ったバミューダのせいで捕らえられていた令嬢は死に、数十の民間人も犠牲になった」
自分なら出来る。
そんな慢心が生んだ悲劇ねと彼女は言う。
騎士団のトップである当時騎士団長の意見を支持していたならば、恐らくは犠牲が生まれようとも、もっと少なかった筈であると。
「ただ、令嬢を助けようと試みていたバミューダは九死に一生を得たんだけれど、その責を押し付けられて処刑され、当時の騎士団長も責任を取って騎士団を去り、今の騎士団が出来上がった感じねえ。副団長にあのゼノア・アルメリダが据えられた理由は五年前の悲劇を起こさない為だと誰もが言ってるわ。今の騎士団に殆ど魔法使いがいないのも、十中八九、統率を図る為でしょうね」
成る程。
お陰でカザレアの悲劇とやらに関しては、十分理解した。ただ、やはり疑問は拭えない。
そもそも、そのカザレアの悲劇が今の〝魔法使い狩り〟とどう関係しているのだろうか。
「その話にはまだ続きがあって、バミューダの処刑に対して、助命を嘆願していた人達がいたのよ。バミューダはただ助けようとしただけなのに、責任を取って処刑はあんまりではないか、とね。そんな訴えをしていたのが当時の教会の人間達と————バミューダの弟であるオリヴァー。私は、オリヴァーが〝魔法使い狩り〟なんじゃないかって睨んでる。何が面倒な事実かって言うと、要するに、件の〝魔法使い狩り〟は、もし私の予想が正しかった場合、教会に匿われてる可能性が限りなく高いのよ」
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