五十一話
場に降りる沈黙。
それは一秒、二秒と続き、十を回ろうといったところで、俺はゼノアの先の発言に対して言葉を返さんと口を開いた。
「……それは、俺の頭の中を覗いた上での発言ですか」
あえて、その言葉を選ぶ。
フィオレの事まで見透かしているなら話は早かった。故に問う。
あんな自己中心的な理由で〝ミナウラ〟に向かった前科がある俺の思考回路知った上での発言なのかと。
「はい。……理由は単純明快です。貴方が、〝魔法使い狩り〟と呼んでいる男の能力が————〝蒐集家〟であるからです」
「〝蒐集家〟……?」
「ええ。貴方も既に目にしたのでしょう? あの男が〝認識阻害〟の魔法を扱っていた瞬間を。〝蒐集家〟とは即ち、魔法使いを殺せば、その魔法使いが扱っていた魔法を強奪出来るようになる魔法です」
「……その魔法の欠陥は」
「同時並行に蒐集した魔法を扱えない。私が知っている欠陥は、それだけですね」
要するに、たとえば〝認識阻害〟を展開している最中に、既に蒐集済みの魔法を新たに展開する事は不可。
もしそうしたい場合は、〝認識阻害〟を一度解除しなければ次には移れない、と。
つまり、そういう事なのだろう。
「だからこそ、此方としては貴方には手を引いていただきたいのです。どうか、相手の攻撃手段を増やさないで《・・・・・・》頂きたく」
「……俺が殺されると?」
「戦えば間違いなく。それに、〝認識阻害〟の欠陥は貴方のような剣士には決して突けない」
俺のような。
その言葉選びに少しだけ引っかかる。
「貴方のような〝本能〟に基づいた戦闘勘に身を任せている方々にとって、五感は何があろうと失うわけにはいかない筈です」
そう言いながらゼノアは右の手を己の右の耳へと伸ばす。そして、耳を主張しながら
「〝認識阻害〟の欠陥は、聴覚に作用している魔法である事です。つまり、聴覚を何らかの方法で捨ててしまえば一切の効果は発揮されません。……しかし、〝魔法使い狩り〟の男は〝認識阻害〟以外にも魔法を蒐集しています。たとえ〝認識阻害〟を封じられたところで彼にとっては痛くも痒くもない」
〝認識阻害〟を封じても、次の一手がある。
それを封じてもさらに次の一手が。
だから、〝魔法使い狩り〟の男と俺とではあまりに相性が悪すぎると。戦えば、間違いなく殺され、手にする魔法を蒐集されるだけだとゼノアは指摘しているのだろう。
「……それで、貴女はじゃあ俺にどうしろと?」
「ですから、手を引いていただきたいと」
「…………」
少しだけ黙考し、俺は考え込む。
まだ全てを聞いてはいないが、魔法の能力を聞く限り、あの男はまだ様々な手段を隠し持っている筈だ。
ただでさえ、〝認識阻害〟と呼ばれる魔法一つに頭を悩まされている状況。
確かに、倒す事は難しいかもしれない。
冷静に現状を俯瞰したならば、たとえ俺であっても無理であると笑っていたかもしれない。
しかし、だ。
危険だから背を向ける。
勝てないと判断したから、道を変える。
それは、ダメなのだ。
他の理由であればまだ妥協の余地があったかもしれない。けれど、その前提だけは、何があろうと俺は。俺だけは、認めちゃいけない。
一度でも『星斬り』と名乗ってしまった以上、そんな下らない理由で背を向ける事はあってはならない。
冷静に物事を考える事は大事だ。
戦力分析も大事だ。
だけど、それはあくまで〝大事〟の範疇。俺の行動指針の決定打にはなり得ない。
故に————。
「話は、分かりました。でもごめんなさい。それは、無理な相談ですね」
俺は拒絶した。
「……何故、と理由をお聞きしても?」
「簡単な話です。そもそも、俺自身があの〝魔法使い狩り〟を信用してない上、あろう事かアイツはリレアすら殺す気でいる。理由は十分。だったら、殺すしかないでしょう?」
リレアは、俺にとって恩人の一人。
色々と世話を焼いてくれた恩がある上、何より死んで欲しくはない。
戦うだけの理由なんてものは、これだけあれば十分過ぎる。
「それに、俺の頭を覗いたなら既に分かってた事でしょう。俺の思考なんてものは、勝てない戦いであろうが、上等。死んで当然、それも上等。そういった無謀の先にある壁を越えてこそ、初めて意味がある。そんな考えなのだから。いやぁ、俺はやっぱり、運が良い《・・・・》」
かつて〝ミナウラ〟にて、フィオレから向けられた視線と実によく似た視線を向けられる。
それは、理解が出来ないと俺の正気を疑う感情が乗せられた見覚えのある瞳であった。
だけど、仮にこの場にいたのが俺でなく赤髪の剣士————シヴァであったとしてもきっと同じ言葉を口にしていた事だろう。
そして間違いなく言うはずだ。
羨まし過ぎんだろ! そこ代われ! と。
「ま、ぁ、これは親父も、ソフィアも、誰も彼も、たった一人を除いて一切理解されなかった思考です。だからこれが可笑しいって自覚は人一倍あります」
その一言を前に、渋面を貫いていたゼノアの片眉が僅かに跳ねた。ならば何故と、彼女は無言で俺に訴えかけてくる。
「でも、一度憧れてしまったんなら、たとえどんな障害に見舞われようがそれへ手を伸ばさずにはいられない。欲しいものに向かって手足動かしてひた走る。俺という人間は、そんな救いようのない馬鹿なヤツだから」
生涯の目標として、『星斬り』の男を据えるくらいだ。たった一つの約束の為に生涯全てを捧げた大馬鹿に憧れた人間ってのは、これまた救えない大馬鹿であると相場がきまっている。
「……ええ。そうですね。貴方は救えない馬鹿だと思います」
ゼノアは俺に万が一にも勝ち目はないと考えている。だから、彼女にとって俺の行為というものは勇敢でなくただの蛮勇にしか映らない。
「ハはっ」
向けられた言葉を数秒かけて味わった後、俺は笑う。屈託のない笑みを浮かべて、まさにその通りだと肯定するように破顔した。
「————……もし仮に、私達があなた方を守ると言えばその答えは変わりますか」
「ええ、間違いなく変わりますよ。もしそうなれば、俺は今抱いている理由を捨ててきっとこういう事でしょうね。『であれば、俺はソフィア達を守ってくれる貴女方に報いる為に戦いましょう』、と」
とどのつまり、一つでも真面な理由が生まれてしまった時点で最早言葉を尽くして止める術なんてものは何処にも存在していないのだ。
「この人生ってのは俺にとってたった一度のもの。巡り合う機会も、たった一度きり。だったら、戦う理由があるのにそれをおめおめと取りこぼすなんて馬鹿な真似、出来るわけないじゃないですか。特に、俺の場合は尚更に」
真っ当な理由があるのに、手を伸ばさないだなんてそれはもう、馬鹿としか言いようがない。
勝てないと言われる。
それはそうだ。元より俺ですらそう思っている。そう思っているが故に壁なのだから。
ただそれは、その時点での俺には勝てないという事実を言われただけに過ぎない。
だったら、超えてしまえばいい。子供でも分かる簡単な話だ。これは、己の限界を超えて勝てばいいだけの話。
俺の記憶に存在する『星斬り』の男が負けるビジョンが一瞬でも見えたわけじゃあるまいし、引き下がる理由は何処にもない。
「胸に抱いた憧れがある限り、俺は手を伸ばし続けますよ。心の中にある憧れの感情に嘘をついて生きる。そんな人生を受け入れられる程、俺は器用な人間じゃありませんから」
未だ燦然と輝く『星斬り』の記憶は、忘れることも、消す事も、背を向ける事だって出来ないし、許してはくれない。
ありのまま、受け入れるしか道はないのだ。
「情報提供感謝します。お陰で、あの時よりもずっと真面に戦えそうです」
土俵にすら立たせて貰えなかったつい数時間前の出来事を思い起こしながらそう告げて、俺は立ち上がる。
「————……あのフィオレが匙を投げたのも、今なら分かる気がしますね」
去り際、ゼノアのそんな独り言が聞こえてきたが、俺は聞こえないフリをして頭を下げてから部屋を後にした。








