五十話
「……面倒な事になったわね」
張り詰めていた空気が弛緩。
肺に溜め込んでいた空気をはぁあ、と吐き出しながらリレアはこめかみを軽く押さえていた。
「……ただ、得られるものも多くあった」
「というと?」
「あの男は、以前殺された〝認識阻害〟を扱っていた魔法使いじゃないわ。アイツは、あんなにも饒舌じゃなかった」
「とすると、あいつは何らかの手段を用いて魔法を模倣なり強奪なりをしたって事……か」
「それが妥当でしょうね」
ともすれば、あの〝魔法使い狩り〟の男はまだ、他に別の魔法を扱える可能性だって十二分にあり得る。
「けど、目先の問題はあの〝認識阻害〟の魔法……」
他に魔法を使えるかもしれないと警戒をしようとも、そもそもあの魔法に対しての打開策すらないこの状況下。
〝認識阻害〟への対策を立てない事には前へは進めない。
「それについて、なんだけれど、もしかするとあそこの連中なら〝認識阻害〟に対する欠陥を知ってるかもしれない」
「あそこの連中?」
「そ。丁度二年前までその〝認識阻害〟の魔法を扱ってた魔法使いは、騎士団に所属してたの。だから、騎士団所属の人間なら、もしかすると知ってるかもしれないわ」
————ただ、どうしてか未だに〝魔法使い狩り〟の件に顔を突っ込んでくる事なく、沈黙を貫いている騎士団が事情を説明したところで協力してくれるとは思い難いけれど。
苦々しい表情でそう口にするリレアの呟きに、確かにと同意する。
ただ、そんな折にふと、ある一言が脳裏を過ぎった。それは、〝ミナウラ〟の街にて出会ったフィオレ・アイルバークから教えて貰った〝魔法の言葉〟。
『困ったことがあれば、あの子に便宜を図って貰うといいよ』
彼女が口にしていた名は確か——ゼノア・アルメリダ。
「……なら、それについては俺がダメ元であたってみるよ。幸い、伝手があるから」
リレアだけに留まらず、ソフィアからもそんな伝手をどこで作ったんだと言わんばかりの責めるような厳しい視線を一斉に向けられる。
居心地が悪くなって、ぷぃと顔を背けると「まぁ、いいわ」とリレアが呆れ混じりに一言。
「それより、当然のように話してたけど、キミ達二人、王都を出る気はないの?」
「私は三人でいた方が安全だと思うから」
「俺達にあの男の言葉を信じろって?」
リレアの問いを前に、俺とソフィアの言葉が重なった。
「……一応、聞いただけよ。私だってあの男の事はあまり信じられないもの。ただ、私を気遣って王都に留まるって選択肢を選んでるのなら、それは無用な気遣いって言いたかっただけ」
「そっか」
「ええ。でも、そういう事ならひとまず今日のところは別行動を取らない?」
「……というと?」
「さっきのあの男の言動を振り返る限り、今日時点で私達を含めて魔法使いを殺す気があの男にはない」
そうだ。
あの状況下であれば、手傷こそ負っていたかもしれないがあの〝魔法使い狩り〟の男が圧倒的有利な立場に立っていた。
にもかかわらず、何一つとして攻撃は仕掛けて来なかった。
つまり、本当に彼に殺す気はなかったのだ。
だったら、この保険があるうちに出来る限りの事をするべきだとリレアは言いたいのだろう。
「ああ、そういう」
合理的だと思った。
殺せる状況で殺されなかった。
その事実が保険となっている事に一抹のもどかしさが残るものの、今はそれを最大限活用するべきである筈だ。
だから、リレアのその提案に乗っかる。
「キミはその伝手とやらを使って騎士団に。私とソフィアちゃんも、こっちはこっちで何か知ってそうな人に手当たり次第当たってみるから」
「分かった」
打ち倒すにせよ、〝認識阻害〟の魔法をどうにかしない事には何も始まらない。
だから、その魔法の欠陥を探す事が何よりも先決であった。
* * * *
どんな魔法にも、ただ一つの例外なく欠陥が存在している。それが周知の事実であり、絶対の摂理。そして、その能力の幅によって付き纏う欠陥の大小も異なってゆく。
だからこそ、魔法使いを相手に回すのであればその欠陥を見つける事こそが打倒する近道。
何故ならば、いかに魔法使いが〝理不尽の体現者〟などと呼ばれようが、その摂理から逃れる事は不可能なのだから————。
「————と、まあ、魔法使いについて語ってみましたが、結局のところ欠陥って見つかるようで案外、見つからないんですよね」
それこそ、自己申告でもされない限り。
と、銀細工のような長い睫毛に縁取られた瞳で、何処か気怠げに女性は俺に向かって理由は不明であるが、どうしてか魔法について、語ってくれていた。
あれから約一時間後。
リレア達と別れた俺は騎士団の詰所へとやって来ていたのだが、案の定と言わんばかりに見張り役の者達に「ここは子供がくる場所じゃない」と一蹴され、まともに取り合って貰えなかった。
そんな折、騎士服を身に纏った彼女と偶然出会い、どういう事か、彼女が間に入った途端、見張りの騎士は大人しくなり、詰所の中へ入る事を許容してくれていた。
「……ところで、貴女はどうして俺を中へ招いてくれたんですか」
見張り役の者達とは異なり、彼女には騎士団のある人物に会いたいとしか言っていない。
にもかかわらず、彼女は二つ返事でその要望を許容し、中へと招いてくれたのだ。
……好都合であるから黙ってはいたが、ここまで都合よく事が運ぶと不気味としか思えない。
そんな時だった。
「だって貴方、フィオレの知り合いでしょう。困った時は私を頼れって言われたから此処へやって来たんじゃないんですか」
唐突過ぎるその発言に、俺の頭の中が真っ白になる。確かに、その通りだった。
ゼノア・アルメリダという人物に会う為に俺は詰所へとやって来ていた。けれど、それはまだ誰にも言っていない言葉であった。
澄んだ瞳が俺を射抜く。
まるで、全て見透かされているような錯覚に俺は陥っていた。
「ええ。余す事なく聞こえてますよ。私のは、そういう魔法ですから」
また、魔法。
そしてこの状況、先の発言から判断するに、彼女の魔法というのは恐らく————
「申し遅れました。私の名はゼノア・アルメリダ。魔法の能力は〝心読〟。簡単に説明しますと、本心を聞き取る能力ですね。欠陥は、魔法を使っている際、聴覚が一切使い物にならない事と、疲労がとんでもない事くらいですかね」
……やは、り。と、思いながらも、魔法の能力をそこまで事細かに説明して良いのかと疑問に思う。そして、そこまで教えてくれたのならば俺も教えるべきだろうと慌てて口を開き、
「俺は、ユリウス。魔法の能力は————」
「————〝刀剣創造〟。欠陥は、己の肢体のすぐ側でなければ発現出来ない上、己の手から離れてしまった場合、十秒経たずに消滅してしまう、ですよね?」
先んじて答えを口にされる。
「すみません。見張りの騎士と何やら揉めていたので、勝手ながら貴方の本心を聞かせて貰いました。能力については、その時に。なので怒る事はあっても貴方が申し訳ないと思う必要は何処にもありませんよ」
それを聞いて、俺は彼女の事を随分と律儀な人だなと思った。
黙っていれば俺がその事実を知る事は終ぞなかっただろうに、あえてそれを開示し、謝罪する。
フィオレが困った時に頼れとゼノア・アルメリダの名を出した事も少しだけ納得出来てしまった。
「そんな事をしたら、私がフィオレに申し訳が立たなくなるじゃないですか。……と、無駄話はこれくらいにしておいて、時間も時間ですし、早いところ本題に移りますか」
詰所に位置する客間の一室。
木造りの長机を挟んで向かい合いながら、座って話すゼノアは一瞬、黄昏色に染まる窓を見遣ってから再び話し出す。
「————今日、私の下を訪ねて下さった理由は、〝魔法使い狩り〟について聞きたい事があったから、ですよね」
亜麻色の長髪を揺らしながら小首を僅かに傾げるゼノアは、そう言いながら目尻を曲げる。
柔和な笑みを顔に貼り付けながら、彼女は俺に告げる。
「〝認識阻害〟と呼ばれる魔法の欠陥。〝魔法使い狩り〟の能力、そして正体。加えてこういった事態に陥ってしまった理由。私が現時点において知っている全てを貴方にお教え致します。ただ、一つ、その代わりというわけではありませんが、お願い事があるのです」
「お願い事、ですか」
そこまでの情報を得ておきながらどうして騎士団は動こうとしていないのか。
全貌を知っているのにどうして、情報の共有を行なっていないのか。
続けられた言葉に対して、疑問が次々と浮かび上がる。そして恐らく、〝読心〟と言っていた魔法を扱う彼女だからこそ、俺の内心なんてものはあえて能力を使わずとも見透かしている事だろう。
しかし、律儀にその疑問を解消してくれる事もなく彼女は言葉を続ける。
そしてそれは、つい一時間前に出会った筈の〝魔法使い狩り〟の男が発した言葉と何の偶然か、殆ど同じ内容であった。
「はい。貴方には、この件から手を引いて頂きたいのです」








