四十九話
「……それは、どういう」
「だってアレ、どこからどう見ても真面じゃないじゃない? しかも、私の記憶が正しければ、騎士団の中で魔法が扱える人間は二人のみ。騎士団長を務めるベルナデット。副団長を務めるゼノア・アルメリダ、この二人だけの筈なのよ」
だから、明らかに〝認識阻害〟の魔法を使っているであろう目の前の騎士の男の存在を、おかしいと、ソフィアの疑問に対して言い切ってみせる。
「つまり、アイツは騎士を騙るナニカ、って?」
そう言って俺は眼前で佇んだまま、一向に動こうとしない正体不明の騎士の男を見詰めながら言葉を発した。
「限りなく、その可能性が高いと思うわよ」
そして恐らく、目の前の男の正体は————件の〝魔法使い狩り〟である可能性が高い。
そんな事を考えていた折、何を思ってか、男は俺を指差し、続け様、ソフィアを指差した。
程なく、
「お前ら二人、悪い事は言わない。王都から出て行け」
今までに聞いた覚えのない無機質な声が俺達の鼓膜を揺らした。
どうやら、言葉を交わす余地はあるらしい。
いや、この状況を考えるに、コレは案外、言葉を交わす状況を作りたかったが故のものなのかもしれない。少なくとも、現段階では敵意は感じられなかった。
「何で?」
「おれに、お前ら二人を殺す理由がないからだ」
それはまるで、王都に留まる人間は殺すと言わんばかりの言い草で、思わず眉間に皺が寄る。
「故に、こうして機会を設けてやった」
「……へえ。ちなみにだけど、あんたが巷で噂の〝魔法使い狩り〟って認識で問題はない?」
ダメ元で尋ねてみる。
すると、
「お前の言う〝魔法使い狩り〟が誰を指す言葉なのかは知らないが、王都で魔法使いを殺してまわっている人間であれば、それはおれだな」
親切にもそう答えてくれた。
ならば、懸念はここで断ち切っておくべきだろう。即座にそう判断し、頭の中で「〝刀剣創造〟」と、解号を唱えんと試みた直後、
「だが、お前がおれに刃を向ける理由はもう無いと思うが?」
「…………」
その予期せぬ一言に、思考が停止する。
……そうだ。俺が〝魔法使い狩り〟を打ち倒そうと考えていた理由は、己らに危険であるから。
しかし、目の前の〝魔法使い狩り〟と名乗る男は王都を後にすれば殺さないと言う。
それが嘘偽りのないものである確証はどこにも無いが、それがもし本当であるならば、男の言う通り、俺が刃を向けんとしていた当初の理由は消え失せる。
「王都から出て行けばおれはお前ら二人には害を与えないと言っている。であれば、お前がおれに敵意を向ける理由は何処にもないだろう?」
「……それを馬鹿正直に信じろって?」
俺が怪訝にそう尋ねると、男は面白い事を言うのだなと言わんばかりに身体を震わせる。
「なにやら勘違いをしているようだが、お前に用意された選択肢は二つだけ。王都に留まり、餌食になるか、後にするか。それだけだ。これ以上の妥協はない」
要するに、俺に許されているのはその二つの中から選ぶ行為だけであり、疑問を抱こうとも、それを目の前の男が解消してくれる事はない、と。
「……成る程? だけどさ、真正面から来るわけでもなく、こんな魔法を使って話す機会を設けるようなヤツをどう信じろっていうんだよ」
〝認識阻害〟の魔法を既に使用されている以上、ここは最早相手のテリトリー。
思い通りにいかなければ殺すと言わんばかりの状況下に置いておきながら、おれを信じろというのは些か無理があり過ぎるだろうが。
そんなヤツの言葉を馬鹿正直に信じられるほど、幸せな頭をしていない。故に。
「〝刀剣創造〟」
得物を創造。
「立ち向かうのは勝手だが、折角のおれの良心を無駄にするべきではないと思うがな」
「……良心?」
「そうだとも。これはおれの良心故の行為だ。まさかとは思うが、おれが魔法使いを殺している理由。それがただの快楽や一時的な感情から来るものであるとお前は思っているのか?」
「…………」
その問いに対して、俺は返事出来なかった。
どうして〝魔法使い狩り〟が魔法使いを殺しているのか。その理由について、ロクに考えていなかったから。
「まぁ、お前やそこの娘であるならばその答えであっても、責めはしない。なにせお前らは関係ない人間なのだから」
そしてそれ故に、良心がこうして働いたのだがなと男は付け加える。
「おれは人殺しであるが、誰彼構わず殺す下衆ではない。おれはおれなりの正義に則って殺しを行なっているだけだ」
だから、邪魔をしてくれるなと。
男の身体から立ち上る圧が、口程にものを言っていた。
「……人を殺してまわる行為に、正義もクソもないと思うけどな」
殺してまわっている対象が、犯罪者等。
救えない類の人間であるならば、恐らくここまでの大事にはなってはいない。
それに、話す限り、殺しはまだまだ続く上、恐らくその殺す対象にリレアも含まれている。
「別に誰かにこの行為の善悪について理解されたいと思ってなどいない。これはただの自己満足だ。過去とケジメをつける為の、自己満足。故に、お前の意見は聞いていない。分かるか?」
その言葉の通り、目の前の男は投げ掛けられる言葉の一切を拒絶していた。己を除き、何一つとして信用はしていない、と。
しかしならば。
「なら、俺がこうしてあんたに剣を向けても、仕方ないってわけだ」
そう言って俺は、手にする得物の切っ先を男へ向ける。
至極当然の帰結であった。
なにせ、男は己が起こしている行為について、理解を望んでいないのだから。
だったら、目の前の殺人鬼に、理解出来ないからと剣を向けて否定するのは当たり前。そんな危険なヤツの言葉は信じられないし、何より放っておくわけにはいかない。
「よせよせ。お前ではおれには万が一にも勝ち目はないぞ」
そう口にする目の前の男からは、腰に下げた剣を抜く気配は一向に感じられない。
……剣を抜かずとも、万が一にも負ける筈がないと確信しているが故の態度なのか。
ならば好都合。
その慢心を嬉々として突かせて貰うまで。
程なく俺は足に力を込め、肉薄するべく重心を移動させようとした刹那。
少し強めに、肩を掴まれる。
若干、爪が食い込むソレは、まるでやめろと言っているように思えて。
肩越しに振り返ると、そこには苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるリレアがいた。
「……今は、手の内を見せびらかさない方がいいわ」
どうしてか、無謀でもなく。挑むなでもなく。
手の内を晒すなと言って、リレアは俺を引き止めた。
「〝認識阻害〟の魔法を使われている以上、そもそもこうして目に見えてる事が真実とは限らない。恐らくは、目の前にいるように見えてるだけよ」
「……声も前から聞こえてるのに?」
「……そういう魔法なのよ。それに少なくとも、本当にあの男が〝魔法使い狩り〟であるならば、きっと今は殺されない」
だから、無理に今挑む必要はないのだと彼女は言う。
何より、五日に一度の周期に則るならば殺しに対する猶予はあと二日もある。どうしてあえて規則性を作り、警戒されると分かっていながらそれを貫いているのか。その理由は知らない。
ただ、リレアのその考えは正しかったのか。
「その通り。おれにお前らを殺す気は、今日の時点ではない」
まるで今日でなければ殺していたかもしれないと言わんばかりの言い草。
「……あの、さ、一つ聞いていい?」
突き付けていた切っ先をゆっくりと下ろしながら、俺は目の前の男に対して問い掛ける。
質問には答えないと言われた。
けれども、それを踏まえてでも聞いておきたかったのだ。
「あんたはあんたなりの理由があり、魔法使いを殺してる。それは分かった。でも、その拘りに何の意味があるのかが分からない。特別に、俺に教えてはくれない?」
理由があり、殺しを行っている。
そしてそれは彼にとって、曰く正義。
そこまでは分かった。
けれど、ならば何故、愉快犯のように五日に一度、魔法使いを殺す。などというルールを作ったのか。それがどうしても分からなかった。
殺したいなら殺せばいい。
それこそ平等に、殺意を振りまいて衝動に身を任せて殺したいだけ殺せばいい。でも、〝魔法使い狩り〟である男はどうしてかそれをしようとはしない。
……一体、何故だろうか。
「————簡単な話だ。恐怖のどん底に叩き落したいやつがいるからだ」
何の気紛れか。男が答えてくれる。
「五日が四日に。四日が三日に。三日が二日に。二日が、一日に。次第に狭まる間隔。次々に消えていく魔法使い。そうすれば、次は己かもしれないという恐怖を最大限味わわせる事が出来るだろう?」
「あんたの行為は正義じゃなかったのか?」
それではやっぱり、ただの愉快犯じゃないか。
「正義だ。正義だとも。正義であるからこそ故に、こうした手順を取っているに過ぎない。何故ならこの行為ですらもまた、正義であるのだから」
最早、理解をするだけ無駄かと悟る。
やはりどうやっても理解は出来ない。
そう俺は判断する。
「子供のお前にも分かるように端的に言ってやろうか————」
男は、俺が理解しようとする事を放棄したのを悟ってか。
「—————これはな、復讐なんだ。おれなりの、王都の魔法使いに対する、な」
そう言い放たれると同時、俺達に掛けられていた〝認識阻害〟の魔法が解かれでもしたのか。
視界がぐにゃりと歪む。
「部外者であっても、おれの復讐の邪魔をするなら女子供だろうが構わず殺す。忠告は、したぞ」
程なく明瞭になる視界。
眼前に映る光景の中に、〝魔法使い狩り〟の男は何処にも見当たらなかった。








