四十七話
「あ、ハ。アハハ、はは、はははははハハハハハハ!!!!」
響く、響く、鳴り止まぬ。
轟く剣戟の音は、上限知らずに高まって行き、とうの昔に余裕もって視認が出来る速度というものは超えてしまっていた。
最早お互いがお互いに視認に先んじて本能に身を任せ、最適解を予想して剣を振るっている状態。視線の向けられる先、筋肉の動き、直前の剣の軌道。なけなしの判断基準が存在するものの、一瞬であれ、音すら置き去りにするこのやり取りの前に、〝考える〟という行動は最早自殺行為に他ならない。
故に、なけなし。
銀に煌く軌跡は際限なく雨霰のように俺へと降り注ぎ————ほんの一瞬だけその勢いが消えては直後、一瞬前よりも更に速度を上げて円弧を描く剣線が二方向から襲い来る。
ひたすらそれの繰り返し。
まさしくそれは————チェンジオブペース。
狂笑轟かせ、まるで理性や冷静さを捨てたかのように立ち振る舞うリレアであるが、その実、戦い方はどこまでも合理的。
だが、本能に身を任せて彼女なりの最善の二文字を掴み取っているだけなのだと頭では分かっていても、身体が追い付かない。
しかも、独特ともいえる戦い方をされているせいでやはり、守勢に回るしかなかった。
「そんなんじゃ、私には勝てないわよッ!? ねぇ、ねえ! ねええええええ!!!」
「……っ」
攻めに転じなければ勝機がないという事は指摘されずとも分かっている。
けれど、それを行えるだけの隙が全く見当たらない。故に耐え忍ぶ事でジッ、とその瞬間を待ち続けていたのだが、どうにもリレアにはそれが面白くなかったらしい。
言葉と共に、限界まで圧搾した闘志滲む視線が俺を射抜き、ひたすらに訴えかけてくる。
「攻、撃する暇を与える気がないくせに、そんな事をよく、言えた、ねッ!!」
限界まで引き絞られた矢の如き勢いを伴ってやって来る縦横無尽の連撃。その軌道を予想しながら行うギリギリの綱渡り。程なくガキンッ、と聞き慣れた金属音が鼓膜を殴りつけ、それが二度、三度と立て続けに響き渡る。
言葉ではそう言っているが、当の本人たるリレアが虎視眈々と俺が攻撃に転じるその瞬間を狙っている事なぞ、丸わかりである。
故に、その挑発に乗るのも一興かと思ってもやはり、思うように踏み込めない。
狂気に囚われているようにみえて、その実、あんな状態の癖して無駄を一切省いた戦い方になっているのだから迂闊に行動を起こせないのだ。
さぁ、どうすると、まさに八方塞がり。
ただ、時間をかければかけるほど不利になるのは俺の方。であるならば————。
「————ふふ、あははっ」
俺が覚悟を決めると同時。
まるでそれを待っていたと言わんばかりにリレアは目を細め、不気味としか形容しようがない笑みを浮かべた。
「そう、それよそれ」
そして言葉でも肯定される。
私が待ちわびていたのはそれである、と。
明らかにそうと分かる喜悦を瞳の奥に湛え、きひ、とまた嗤った。
……リレアの望んだ通りに行動を起こす事は釈然としなかった。
けれど、打開策がそれしかないのだから待ち構えられていようとも、やるしかない。
それに、決して勘違いする事なかれ。
あくまでこれは手合わせの範疇。間違っても殺し合いではない。
これでもかと浴びせられる殺気ですら、鬼気迫るものではあるものの、それはこの状況を最大限楽しんでいるからこその副産物。
なればこそ、失敗は恐れるだけ損だ。
負けても全てが終わりというわけではない。
故、に————未だ続く雨霰ごとく降り注ぐ連撃を防ぎながらも、フゥッ、と鋭い呼気と共に脳内で渦巻く邪念を俺は吐き出す。
そして、再度、飛び退いて後退。
「…………うん?」
覚悟を決めたかと思えば、向かってくる事なく、距離を取った。その矛盾を孕んだ行動に、リレアは眉をひそめた。
……どういう事か。
まさか、臆病風でも吹いたか、と。
そして、鞭のように虚空に幾つもの円弧を描いていた剣線の動きを止めてリレアは俺の様子を見て————そして、更に眉間に皺を刻んだ。
距離を取るや否や、半身のみを向けて奇妙な構えを取った俺の姿を目にしたが故に。
「……ふざけてるのかしら?」
「ふざけてない。俺はいつだって真面にやってる」
やがて風の質が変わる。
靡く風の様子が、溢れる闘志に影響されてか、少しだけ変わった。
そのほんの僅かの変化を感じ取ってか、リレアの表情に浮かんでいた落胆めいた感情がふっ、と消え失せる。言うなればそれは————茫然と見惚れ、抜け落ちた、が正しいか。
きっとその理由は————その構えがあり得ないくらい堂に入っていたから、だと思う。
「何より————リレアが知ってる事が全てじゃない」
常道こそが何より、機能性に重きを置かれた最適解。その考えは間違っていない。
ただ、世界には常識では測れないような人間もいる。それこそ、人の言う常識の壁なぞゴミにも等しいと平気で叩き壊して前に進むような奴等が。
元より、楽に勝てる相手でない事は納得ずく。
「へぇ……?」
普通に戦い、剣を交えたところでジリ貧にしかならないのだから、勝つ為にはやはり攻め方を変えるしか道はない。
「————」
空白の思考。そして数秒もの間。
この時、この瞬間に限り、それをするだけの余裕があった。
そして脳裏を過ぎるソフィアの言葉。
リレアに負けたらその時は————。
そう口にする彼女の気持ちは一応、これでも分かってるつもりだ。何より、恐らくソフィアは親父からも何か言われている。
きっとそれは無茶をさせないでくれだとか、あのロクでなしをちゃんと見張っててくれだとか。多分そんなところ。
故に俺は、その気遣いは無用であると行動で以て示さねばならない。証明を、しなければならない。
そしてそれを成す一番の近道は、己の中に存在する『最強』を我が身で体現してしまう事————!
「本物には程遠い、けど、それでも————」
————こういう時にこそ、やってみる価値があると思ったから。
だから、「技」だけでなく剣技の根幹。
加えて体術でさえも模倣を試みる。
不思議と、両の脚は羽が生えたと錯覚する程に、物凄く軽かった。
「キ、ミ……さぁ、いつの間にそんな真似を、」
どうしてか、驚愕に目を見開いてリレアが呟く。その声は、面白おかしそうに笑っていた。
————手だけじゃなく、脚にまで魔力を。
そんな言葉が続けられていたが、悠長に言葉を聞き取る事なく、手にする剣に意識を集中。
やがて、俺は再びリレアへと肉薄を始めようと試みる。しかし。
「…………」
何を思ってか、無言でリレアは手にしていた双剣を手から離して落下させていた。
程なくからんと鳴る金属音。
「……流石に、その状態で戦うともなると、怪我だけじゃ済まなくなるわ」
……私が言えた義理じゃないけれど。
と、申し訳程度に言葉が付け加えられる。
「参った。それを使ったキミと剣を交わすのは魅力的だけど、……それをすると間違いなく私とキミのどちらかが大怪我するわ。〝魔法使い狩り〟なんて物騒な輩がいる以上、これより先は今はやめておく」
ここが、最終ライン。
理性で堰き止められるギリギリのラインなのだとリレアは言って、両の手を挙げた。
————降参よ。
と、言葉だけに留まらず行動でさえも。
……確かに、リレアの言う通り、〝魔法使い狩り〟なんて輩がいる中で致命的な怪我を負うのは得策ではない。
ただ、どうせならもう少しだけ剣を交わしてみたくもあったんだけれど、あくまでこれは手合わせ。
殺し合いではないのだと言い聞かせる事で己の中で一度燃え上がってしまった熱をゆっくりと鎮静化させてゆく。
それに連動するように脚が軽かったあの不思議な感覚も消えて行く。まるでそれは、〝流れ星〟を放つ時の感覚に似ていた。
「————にしても、どこで覚えたのよ。そんな芸当」
手から離していた双剣と、鞘を拾い上げながらリレアが俺にそう問い掛ける。
だけど。
「……さ、ぁ? 何となく、真似出来る気がしただけだから、俺には何とも」
俺自身もどうしてあんなに脚が軽くなったのか、理解出来ていない。
それがどれほどの行為であるのかも。
「……真似?」
「そ。俺が思い浮かべる理想を真似しようとしたら……気付けばああなってた」
言わずもがな、それは『星斬り』の男の真似である。
「真似しようと、ね。成る程。……その感覚、忘れない方がいいわよ。覚えておいて損はないと思うから」








