四十六話
そこは、王都の離れに位置する開けた場所。
周囲にひと気はなく、耳を澄まさずとも葉擦れの音が闃として耳朶を掠めていた。
「どう? 良い場所でしょ?」
リレアが言う。
あれからギルドに寄り、討伐の報告を済ませた俺達は彼女に案内をされてこの場所へとやって来ていた。
リレアの手には、既に鞘に納められた剣が握られている。柔和に笑んでみせる彼女の挙措は悠然としており、今から俺と剣を合わせて仕合うと誰が予想出来ようか。
それ程までに、今のリレアは一切の違和感ない自然体であった。
「ここはね、私のとっておきなの。私、あんまり人に鍛錬してる姿とか見られたくないから」
だから、この場所は時間を掛けて探したのよと彼女が言う。
「そういえば、キミは〝ミナウラ〟に行ってたんだっけ。すっかり聞き忘れてたけど、どうだった? 〝戦姫〟ビエラ・アイルバークは」
ここであえて尋ねるという事はつまり、ビエラの為人について聞きたいわけではないのだろう。
聞きたい事柄は、強さについて。
「さぁ?」
「あれ、もしかして会わなかったの?」
「話しはしたよ。だけど、俺と一緒に戦ったのはビエラ・アイルバークの姉のフィオレ・アイルバークと、シヴァって剣士とだけ」
「へええ。シヴァって剣士は知らないけれど、あの〝屍姫〟と、ねえ」
シヴァも言っていたが、フィオレは〝屍姫〟の名で通っているのだろう。
リレアの口から当然のように出てきたその発言からそう判断。
「得られたものはあった?」
「それはもう、沢山」
「たとえば?」
「己の未熟さに気付けた、とか?」
「それ、前も聞いたわよ」
呆れられる。
「そうだっけ?」
「そ。前というより、何かを成すたびにいつも言ってるわね。得られたものは己の未熟さに気付けた事だってね」
でも、事実それが真実なのだから否定は出来ない。出来るのは、笑って誤魔化す事くらい。
「……ま、いいわ。元より素直に言ってくれるとは思ってなかったもの。キミが何を得て、どう成長したかなんて剣で聞かせて貰うだけだから」
程なく、からん、と小さな音が立つ。
それは、鞘が地面に落下した事で生まれた音であった。
その挙動を前に、俺はす、と目を細める。
やがて、
「〝刀剣創造〟」
紡ぐ解号。
機能性だけを重視した無骨な剣が創造され、俺の右手にそれは収まった。
今回の立ち合いにおいて、原則魔法は禁止。
ただ、俺の場合は得物を帯剣していない為、この一度限り、魔法は許される。
身体からこれでもかと立ち上らせる警戒心と圧を前にして、リレアはそれを待っていたと言わんばかりに、獰猛に笑む。
しかし、表情とは裏腹に纏う気配は抜き身の刃のように冷ややか。故に、彼女が熱に浮かされた様子は感じられなかった。
油断してると早合点をして挑めば、間違いなくその瞬間に全てが終わる。そんな予感が脳裏を過ぎる。
「さ、て。準備は良いかしら?」
丁寧にそう、訊いてくれる。
最早殺気でしかない闘気を容赦なく発している彼女の姿を前にして、何を今更。なんて言葉が浮かび上がったけれど、それをのみ込んで俺は少し離れた場所で待機するソフィアの姿を横目で確認した後、小さく首肯した。
「そ。なら————始めるわね」
転瞬。ぞわりと、身の毛がよだつ。
直後、死神もかくやという殺気が俺という人間全てを刺し貫いた。
しかし、それに構う事なく、躊躇う事なく、俺は力強く踏み込んで行く。それが始動の合図。
直後、ぶわりと吹き荒んだ風が俺を覆い尽くした。
視覚が捉えていたリレアの姿は、その現象と連動して忽然と掻き消える。残ったのは踏み足の接地による擦り音。
これから襲い来る攻撃がやって来る可能性としては、左右、もしくは背後から。
————神経を研ぎ澄ませろ。
肌で感じる風は何処から生まれている。聴覚は、戦闘勘は。それらをコンマ以下の時間で踏まえ、答えを出す。
恐らくは、背後————ッ!!
「あ、は、ッ」
振り返りざまに振るう得物。
躊躇なく振り抜いたソレは、今にも俺を斬り裂かんと振るわれていた凶刃を薙ぎ払う。
生まれる金属音。
しかし、合わさった硬質な一撃に目もくれず、お互いの剣がどちらともなく弾かれるや否や、負けじとお互いに迫らせる剣。
二度、三度と剣戟の音は轟き、生まれた火花は大地に落ちる。ほどなく、リレアは慣れた様子で一秒に満たない時間で剣を逆手へと持ち替え。
そして繰り出されるは、槍士顔負けの突き。
それは怒涛の連撃となって放たれ、篠突く雨の如く降り注ぐ。最小限の身動きで身を翻し、躱そうと試みるも避け切れず、赤い線が幾つか頰に生まれ走る。
ぷくりと赤い液体が浮かび上がった。
「————っ、」
このままでは拙い。
そう判断をして、右足の爪先に力を込めてバックステップ————後ろに後退。
直後、にぃ、とリレアの口角がつり上がった。
けれど、好機を見出し、喜悦に表情を歪めるその行為を行ったのは俺も同じ。
更に踏み込んで距離を作らせまいと肉薄するリレアの行為を先読みし、既に手にする剣は上段に掲げてある。
————圧し潰せ。
防がれる予感を度外視し、そのまま剣を振るって直線的過ぎる一撃を放つ。
やがて剣越しに伝わる硬質な感触。
カタカタカタカタ、と刃同士が合わさり、震える音が一際大きく響き渡った。
しかし、その均衡は長くは続かない。
片や上段に放った一撃。
片や、逆手持ちに切り替えたまま、上段から放たれた一撃を受け、耐えている状態。
つまり。
「ふっ、とべ————ッ!!!」
————俺の方が断然有利。
勝負を急いだなリレアと胸中にて嘲りながら気合一閃。
ミシリ、と悲鳴の音を立ててしまう程に力強く剣の柄を握り締め、身体ごと押し潰さんと力を前へと撃ち放つ。
だが、
「————甘いわよ」
鼓膜を揺らす嘲弄の声。
しかし、関係がない。気にするな。虚勢だ。
そう言い聞かせるも、突として剣から伝わる抵抗感がふっ、と消え失せる。
目の前には依然としてリレアの姿が。
剣はお互いに合わさったまま。なのに、どうしてと疑問符を浮かべるも刹那。答えにたどり着く。
————受け流し。
……いや、だけれど、受け流しをさせないように撃ち放っていたのに。と納得出来ないと言わんばかりの感想が脳内で溢れ返る。
しかし、そうこうしている間もリレアは次のモーションへと移っている。故に、それらの感情を全て彼方へと追いやった。
グダグダと悩んでいる暇は何処にもないのだと判断をして。
「ほ、ら——!! 次行くわよッ!!!」
ぎりり、とバネのようにリレアが身体を捻り、先の一撃を受け流してみせた彼女はまるで裏拳のような要領で旋回。
そのまま「攻撃するぞ」と丁寧に宣言されながら放たれる攻撃が俺に向かって獰猛に牙を剥く。
だが、今の俺は渾身の一撃を上段から撃ち放ち、受け流された事で勢い余って踏鞴を踏みかけている状態。それはまさに————死に体と言えるもの。
しかし、避けなければならない。
だから、避けろ。避けろ。避けろ。
ひっきりなしに己へ言い聞かせ、横へと強引に身体を投げ出す。程なくすぐ側を通過する銀色に煌く刃。
————ギリギリ、過ぎる……!!
鋭い呼気を吐き出しながら、リレアを見遣る。
すると暇など与えないとばかりに、再び銀の軌跡を俺の眼前で描き、一瞬遅れて風を斬り裂く音が届く。今度は、リレアが上段。
先程とは真逆の展開だった。
そしてどこまでも傲岸に放たれるは————先程の俺と全く同じ挙動で繰り出す一撃。
受け流せるものなら受け流してみろ。
真似出来るものなら真似をしてみろ。
悪鬼を想起させる鈍い光纏う瞳で好戦的に俺を射抜きながら、勢いよく上段から頭蓋目掛けて渾身の一撃が放たれる。
「こ、の……」
純粋な剣の技量のみでいえばリレアは俺の数段上の境地に位置している。
故に恐らく、先程の真似をしようとしたところで彼女は彼女なりに対策をしているだろうし、そもそも、同じ芸当が出来るとは思わない。
だから俺は受け流すのではなく、襲い来る一撃を相手の得物ごと両断すべく思い切り空に向かって剣を走らせる。
やがてやって来る重い衝撃音。
耳を劈く金属音は辺りにびりびりと木霊した。
「あ、ハ、はははっ」
戦闘音に混ざる哄笑。
お互いを襲う衝撃に、お互いが僅かに身体をもっていかれてしまい、後退。
なれど、開いた距離はすぐさま俺とリレアが大きく踏み込んだ事でゼロへと移り変わる。
そして何度目か分からない繰り出される一撃に対し、視認に先んじて身を捻り——回避。
直後、転じるカウンター。
「もら、った————ッ!!!」
斬り上げ、一閃。
しかし、いくら待てどやって来ない斬り裂いたという感触。眼前に散ったのは鮮紅色の液体ではなく、見飽きた赤い閃光——火花である。
このままではラチがあかない。
そう判断したのは俺だけではなかったのか、どちらともなく仕切り直しと言わんばかりに飛び退いた。
気付けば、まだ数合だというのにひゅーひゅーと喘鳴のような音が口から漏れ出ていた。
「……流石に一筋縄じゃいかない、ね」
苦笑い。
額にぽつぽつと脂汗を浮かべながら俺は言葉を並べ立てる。
「そりゃそうでしょう? 私が一体、何年剣を振るってきたと思ってるのよ。……だけど、やっぱりキミの成長速度は異常過ぎるわね」
「そりゃどうも」
「……ま、嫉妬してもこればっかりは仕方がないし、良い剣の相手が出来たと思って思い切り楽しませて貰うだけだけど」
そう言って、きひ、と女性らしくない笑みを浮かべ、リレアは腰に下げていたもう一振りの剣を引き抜いた。
そして、再び鞘を地面に落とす。
————双剣使い。
リレアが扱う剣は俺が扱っている剣より刃先が短く、リーチの長さよりも扱いやすさを重視した造りとなっている。
右と左。
リレアの両の手に剣が収まる。
その泰然とした立ち姿に隙なんてものはある筈もなく、彼女の身体から発せられる威圧感は数段上昇。
色々と酔ってしまうからあまり双剣で戦う事を好まないリレアであるのに、あえてソレを選んだという事は本当に手加減をする気はないらしい。
「さ————、溜まってた分、いつもの倍楽しませて貰うわよ? ……ふ、ふふふ、あはははは」
右、左に奇妙なステップを踏みながら大きく轟き始める笑い声。まさしくそれは狂笑。
楽しくて仕方がないとばかりに喉を震わせ、身体を揺らし、大気に声を響かせる。
やがて、笑い声がピタリと止み————それと同時、土塊が二方向から宙に舞う。
それが再開の合図。
程なく響く金属音。虚空を彩る火花は幾度となく辺りに飛び散って行く。








