四十四話
「————堅実だから、です」
ソフィアが目を輝かせて足を踏み入れた人気のスイーツ店————名を〝プロッソル〟。
アムセスが店のオーナーらしき人物と話をするや否や、案内をされた奥のテーブルにて美味しそうにデザートを頬張るソフィアを蚊帳の外に、俺は彼へそう告げていた。
だから、貴方の誘いには乗れない、と。
「堅実に、それこそ一つ一つ経験を積み重ねて行き、実力を付ける。その一連の行為が間違っているとは言いません。寧ろ、それはこれ以上なく正しい。考えが歪んでいるのは俺の方でしょうね。ですが、堅実に強くなったところで、得られるものは————常識の範疇の〝強さ〟でしかない」
それは記憶の中の『星斬り』が親友に向けて口にしていた一言。つまり、受け売りである。
「俺が目指す〝最強〟ってやつは、人がいう普通や当たり前の埒外に位置しているから〝最強〟なんです。安易に届かぬ頂であるから、〝最強〟なんです」
そこに、言わずもがな堅実さなんてものは不要でしかない。
「……君の言い分は分かった。だけど、そういう事情なら、尚更理解に苦しむね」
己が納得するだけ理由があっての発言なのだとアムセスは一応の理解を示してくれる。
しかし、向けられる渋面に変わりはない。
「強くなりたいなら、もっと貪欲になるべきだ。得られるものは全て得る。経験は全て己の物とする。リスクを好むのは君の自由だけれど、得られたであろうものすら捨て置いて無謀に前に進もうとするのはあまり賢い選択肢とは思えないね」
正しかった。
それはどこまでも正しいものだった。
強くなるという目標を掲げたならば、アムセスの言い分の通りに行動する事こそが正解であった。
「でしょうね」
だから、肯定する。
己が持つ考えを貶める結果になろうとも、事実、アムセスの言い分の方が正しいと他でもない俺が理解しているから。
ただ、既に『星斬り』が証明してくれている事実であるが、正しい事を正しいようにやった人間が到れるほど、〝最強〟は易くないのだ。
故に————。
「それを分かっているのに、どうして、」
「簡単な話です。俺は、自信を付けたくない。腕を折って、死にかけて、限界ギリギリの状態で、運良く勝てたって事実が欲しいだけですから」
自分の限界以上を、自分の強さでもって勝ち取る。壁を越えるとはつまり、そういう事であり、それを経験した時、間違いなく無傷とはいかない。
死にかけたならば、己が強いという自信も、慢心も生まれようがない。なにせ、死にかけているのだから。
「それであれば、自信がつく余地はありませんし、次戦えば今度は己が殺されるだろうっていう〝怯え〟の感情も齎してくれる。俺が求めてるのは、ただ、それの繰り返しですから」
アムセスは、心底理解出来ないと言わんばかりの表情を見せる。
ただ、ソフィアと同様、スイーツを頬張るリレアは相変わらずねと、呆れ混じりに笑っていた。
「……無茶の先に待っているのは、死のみだよ」
「ですが、無茶を貫いた先にしか待ってない頂ってやつがある事を俺は知ってしまっている」
それこそが————『星斬り』。
故に、いくら阿呆としか形容しようがない思考であると己自身ですらも分かっていようとも、変える事ができない。
その憧憬に酔い痴れてしまったが最後、抜け出す事は叶わないのだから。
「俺から言わせれば、下手に自信を付けてしまった方が、余程死にやすくなる」
だから緊張感もくそもない大勢の魔法使いに囲まれる中で、魔物を討伐して中身の伴わない結果と報酬を得る事に興味はないのだと俺は吐き捨てる。
「俺はまだ、止まれないから、貴方の誘いに応じる事は出来ません」
そう、締めくくる。
すると程なく、
「————は、は、は」「ははははは!!」「ハハッ」「あはははは!!!」「ハハハハハ!!!!」
弾けたように響く断続的な笑い声。
至極真面目に答えてあげたというのに、どうしてか、俺は腹を抱えて盛大にアムセスに笑われる羽目になっていた。
「……いや、ごめんよ。君を馬鹿にしたいわけじゃないんだ。ただ、その考えが面白くて。やっぱり、君とこうして話をしてみたいと思った僕の直感は正しかったというわけだ」
「…………?」
周りの客からの視線すらも集まる中、俺は疑問符を浮かべて小首を傾げる。
理解されない思考であるとわかってはいるけれど、そこまでオーバーにリアクションする程のものだろうか、と。
「僕の魔法使いとしての勘、っていうのかな。魔法使いを見ると、この子は特に面白そうだなぁとか、そういった事が何となく分かっちゃうんだよね」
僕自身が予知系統の魔法使いだからって事も関係してるのかもね、と何気なく付け加えられたその一言。
————予知系統。そんなものもあるのかと、関心を抱いたのが顔に出てしまったのか。
「おっ、と。もしかして僕の魔法に興味出た? ま、予知系統の魔法は特に珍しいからね。今からでもどう? もしかすると、これから一緒に行動すれば僕の魔法の正体が分かるかもしれないよ?」
「……いえ、結構です」
「つれないねえ」
揺らがない俺を前に、アムセスは軽薄な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、となると、これから君達はどうするの?」
〝魔法使い狩り〟と呼ばれるナニカが横行する世情。いくら一人ではないとはいえ、動き辛いのではないか。
そう思ってなのか、アムセスは俺に留まらず、リレアやソフィアにも向けて問い掛けていた。
「————その、〝魔法使い狩り〟とやらに興味がありまして」
俺とソフィアとリレアの三人の中で一番年長であるリレアに決定権があると思っていたのか。
悩む素振りもなく、即座に返答する俺を意外そうな目で彼は見詰めてくる。
「折角ですし、一度戦ってみたいなと。何より、そんな物騒な輩を放っておくわけにはいかないじゃないですか」
申し訳程度に俺らしくない正義感に満ちた言葉を言ってやると、ぷくく、と嘘くさいと言わんばかりに何処からか笑い声が聞こえてきた。
笑ったのはソフィアだったのか、リレアだったのか、はたまたアムセスだったのか。
……事実は不明だけれど、笑ってくれやがった人間が一人でない事は確かであった。
「まぁ確かに、それもそうだ。そもそも、僕達が魔法使いを集めてる理由はその〝魔法使い狩り〟とやらから己の身を守る為でもあるからね」
一点に集結しておけば、いくら〝魔法使い狩り〟とはいえ、安易に行動を起こす事は出来ないだろう、と。
成る程確かに、その通りである。
「でも、そうだね。君達がアレと戦うならひとつだけ忠告しておくよ。最初から最後まで、目は使えないと思っておいた方がいい」
「……正体を知ってるんですか?」
「あくまで噂話程度なんだけどね。どうにも、相手は己の姿を消せる魔法を使うらしい」
まさに暗殺者らしい魔法だねと彼が言う。
「いくら歴戦の戦士とはいえ、相手の姿が見えないんじゃどうしようもない。しかも、不意を打たれたとあっては最早、ただの案山子だよ。殺されるのも無理はない」
それも、頑丈な鎧の上から一撃で対象の命を刈り取る技量の持ち主でもあると付け加える。
「…………」
それを耳にした俺は思わず口を閉ざしてしまう。
「もしかして、怖気付いちゃったかな?」
「————冗談」
すっかり沈黙してしまった俺をみて、至極当たり前とも思える感想を述べたアムセスに対し、俺は獰猛に笑んでみせる。
口を閉ざしていた理由は我慢していたからだ。決してそれは怯えていたからではない。
姿を隠す魔法。そして、そんな魔法を所持していながら歴戦の戦士に勝るとも劣らない技量。
何ともまあ————素晴らしき事か。
己に巡ってきた思いがけない幸運に、俺は思わず身体を震わせる。
「……分かってないわねえ。その子にそういう情報は、逆効果にしか働かないわよ」
本当に、会話に交ざってきたリレアの言う通りで、俺にとってそれは逆効果でしかない。
〝強さ〟を追い求める者達にとって、強者との戦い。そして得難い糧は求めて止まないものである。故に、強ければ強いほど、俺のような人間からすれば都合がいいと帰結してしまう。
「どうしてそこまでしてユリウス君に拘るのか。それは知らないけれど、この子を勧誘したいと思うのなら、その情報は悪手でしかなかったわね」
戦う理由は満足にある。
だからこそ、憚る必要はどこにも無い。
「————そういう事です。何より、強い相手だからって背を向けるようじゃ、〝最強〟は夢のまた夢。貴方もそうは思いませんか、アムセスさん」








