四十三話
「……なら、そうと決まれば色々と準備をしておきたいし、早いところ報告を済ましておくべきね」
正論を説いて尚、説得は不可能。
だったら、もう割り切った方がいい。というソフィアの意見に最終的に同調したリレアがそう言って凄惨に広がる魔物の死体の山に目を向ける。
「討伐した証明に、心臓あたりに存在する魔石を持ち帰らないといけないんだけれど……」
そう言ってリレアは視線をソフィアへと移動。
「無理無理無理無理無理、無理です。あたしは絶対に無理です」
急に畏まった口調で、壊れたブリキ人形もビックリな速度でソフィアは首を左右に振っていた。
広がる酸鼻な光景。
尋常な人間であれば例外なく身を竦ませてしまう惨状を前に、彼女は拒絶反応を見せる。
「に、なるわよねえ……」
元々、ソフィアは血を見ただけで嘔吐していた側の人間だ。いくら人間ではなく魔物の血とはいえ、それが生理的嫌悪を催す臭いである事に変わりはない。
「キミも、ソフィアちゃんが血とか苦手な事知ってるでしょうに、もうちょっと上手く殺せなかったの?」
「俺は斬れればそれで良いって考えだから」
だから、上手く殺すとか、そんな器用な事が俺に出来る筈がないじゃんと一蹴。
……魔物の血は特に臭いからあまり触りたくはないのに。と愚痴りながらも、改善の余地が全くないと判断してか、会話はそこで終了していた。
* * * *
王都に位置する中央通りと名付けられた大勢の人が行き交う通り道。
ギルドに向かう場合、此処を通らなければならないとリレアに言われ、王都の地図が頭にはいっていない俺に気を遣って先行して案内をしてくれる彼女に追従する最中。
どん、と、俺の肩が何かとぶつかった。
「————っ、と」
ぶつかって来た相手側は急いでいたのか。
それなりに勢いがあった上、ガタイも俺より大きかった事もあり、俺は思わず尻もちをついてしまう。
俺が突然声を上げた事に反応してか、肩越しに後ろを振り向くリレア。そして尻もちをつく俺に手を差し伸べようとしてくれるソフィア。
己の注意不足であったと「ごめん」と口にしようとする俺であったが、それを遮るように一つの声が発せられた。
「おっ、と。ごめんよ。怪我はない?」
俺が転げた事に気付いてか。
ぶつかった男は足を止めて振り返り、気遣う言葉を投げ掛けてくれる。
爽やかな印象を受ける灰色髪の青年だった。
〝ミナウラ〟に向かう道中で出会ったシヴァとは真逆の印象を受ける風貌。
「尻もちついただけだから、大丈夫」
「それは良かった」
差し伸べられたソフィアの手を掴み、引き上げられながらも俺がそう言うと、彼は柔和な笑みを浮かべた。
本当に悪気はなかったのだろう。
だから、気にする必要はないよと言って再び歩を進めようと試みて、
「————……アムセス」
しかし、その行為はリレアの発言によって拒まれた。どうしてこんな場所にいるんだ。
そう言わんばかりの言い草であった。
アムセス。
それは、ごくごく最近、耳にしていた名前。
故に、それが一体誰なのかについては即座に考えが及んだ。
「あれ、そこにいるのはリレアさん? こんなところで出会うだなんて奇遇だなあ。もしかして、この子達は君の連れなのかな」
「ええ、まあ」
「へえぇ。じゃあこの子が」
直後、値踏みするが如く、頭上から爪先へとアムセスと呼ばれた青年は俺へ視線を這わせる。
「なら、ちょうど良かった。偶々予定が変わって僕の時間が空いちゃってね。どうだろう? この先の予定がないなら、何処か腰を落ち着ける場所ででも、僕と話してみる気はないかな」
「……貴方と?」
「そ。僕と」
視線を合わせるように中腰となり、どうかな? と、アムセスは目尻を曲げた。
口調であったり、雰囲気であったり。
それらが、貴族であるフィオレ・アイルバークとほんの少しばかり似通っていたからか。
俺はつい、畏まった言葉遣いをしてしまう。
「リレアさんから聞く限り、君は強くなりたいんだって?」
どうやら、アムセスにリレアは俺の事を何となくは話していたらしい。
「……ええ、まぁ」
「だったら、僕達と一緒に今回は行動してみるのも良い刺激になると思うんだけどな? 現時点で既に二十余名もの魔法使いが参加する予定なんだ。見て盗めるものも、沢山あると思うけどね」
確かに、アムセスの言葉は一片の隙すらない完璧な正論である。しかし悲しきかな、俺の目にそれはやはり魅力的には映らない。
理由は単純明快。
俺の拭えぬ性分が原因である。
『星斬り』の男の戦闘技術こそが至高と捉え、それ以外は不要と割り切ってしまっている俺の性分が。
学ぶ事は大事だ。
それをする事で己が強くなれるだろう事も理解している。ただ、生涯に渡って〝化け物〟と謳われ、『星斬り』の為に心血を注いだ男の全てと、言い方は悪いが、小手先の技とではそもそも比べるに値しない。
見て盗む暇があるのなら、記憶の中の『星斬り』の男に少しでも近づけるよう、実践に身を投じ、その記憶の中にある技術を己のものとした方が余程、強くなれる。己を限界の先まで追い詰めた方が、ずっと。
そんな、確信があったのだ。
「特に、君はまだ若い。後学と思って、まず、僕の話を聞くだけでもどうだろうか?」
リレアの話を聞く限り、恐らくアムセスも魔法使いなのだろう。
言葉を交わす限り、きっとこの人は良い人だ。
リレアから俺の事を死にたがりとでも聞いたのか。本当に心底気遣ってくれているというのが言葉の端々からよく伝わってくる。
「うんと、そうだね。あそこに見える店で、なんてのはどうかな?」
アムセスがそう言って視線を向けて指を差したのは巷で噂の————スイーツ店。
「あそこの店の店長とは知己の間柄でね、折角だし、甘い物を食べながらでも」
ただ、いくら人懐こい愛想の良い笑みを向けられようとも、申し訳ない事に既に答えは出てしまっている。
だから、ごめんなさいと俺はアムセスに向かって断りを入れようとして。
「————行きます。ぜひとも行きましょう」
どこからか、声がやってきた。
勿論それは俺の声ではない。
それは、今までになく目を輝かせる少女の口から発せられたもの。
下手人は————ソフィアであった。
……なんでだよ。
程なくちょんちょん、と肩をつつかれ、俺の耳元にソフィアの口元が近づけられる。
「……あそこのスイーツ店、いっつも人で溢れてる大人気の店なの」
小声で教えてくれる至極どうでも良い情報。
興味ない俺からすると、へぇ、それで。
くらいの感想しか出てこない。
「へぇ、それで?」
反射的に、それは内心にとどまらず声にも出ていた。
転瞬、むぅ、と不機嫌に唸る声が聞こえてくる。どうやら俺の答えはソフィアが求めていたものではなかったらしい。
「……〝ミナウラ〟。置いてきぼり。好き勝手。おじさん。嘘泣きしてチクる」
「……っ、ちょっ」
思わずぶるりと身が震え上がった。
ついでと言わんばかりに、恐ろしい事を口走りやがる。
……そんな事をされてもみろ。
村長からは勿論、親父からもぶん殴られた挙句、二人から袋叩きに合う未来が透けて見える。
俺の将来はサンドバッグ待ったなしだ。
「…………」
アムセスの提案に乗れば、この様子を見る限りソフィアの機嫌は良くなるだろう。
しかし、断ると決めているのに、ほいほいと物に釣られて甘い汁だけ吸うのはいかがな物なのか。そう思うと安易に頷く事は出来なかった。
そんな折。
「————君がこの申し出を断るにせよ、ならば僕は、ぜひともその理由が知りたい。変異種のオーガを視界不良の中、一人で倒してしまうような規格外の少年の忌憚のない意見を」
そう言われ、反射的にリレアへ視線を向ける。
「……私は何も言ってないわよ」
「そう、リレアさんは僕には何も言ってない。聞いたのはただ、知り合いの魔法使いの少年にも、討伐に参加するか否かの意見を伺っておきたい、という事だけ」
ただ、リレアさん達の知り合いに、オーガの変異種を倒せる少年がいる事は周知の事実であるけれどねと、悪戯っぽく笑いながら彼は付け足した。
「こう見えて、人と話す事が好きな性分でね。僕の悩みを解消すると思って、どうだろう?」
……表情に出ていたのか。
俺が色よい返事をしようとしていない事も、それを踏まえて、色々と躊躇していた事も全てアムセスからすればお見通しであったらしい。
心の中で、見た目通りだよと付け加えながら俺は
「……分かりました」
そう口にした。








