三十七話
一歩、二歩と、刀剣を足場にして宙を駆け上がる。
攻撃を当てるのであれば、急所を狙う。それが、闘争に身を置く者達が当然であると認識している鉄則。
故に、見上げても尚、全貌見えない〝ジャバウォック〟の全貌を見下ろす為に俺は上空へと無心に駆け上がる。
そしてやがて、地上から十数メートルと駆け上がったあたりで
「————ふ、はっ」
薄い唇を吊り上げ、瞳を細めて俺は笑った。
……というより、笑うしかなかった。
宙を駆け上がった事で、一時的に俺と〝ジャバウォック〟の視線の位置は同じとなった。
故に、更に強く感じられる圧倒的な威圧感。
その規格外さにぶわりと一気に汗腺が開く。
全身を覆う緊張感を誤魔化さんと浮かべた笑みは過去一番に変な笑みであった。
鏡を見ずとも、それだけは理解出来た。
「ちょ、何してるのユリウス君ッ!?」
どこからともなく悲鳴のような叫び声が聞こえた。それは、フィオレの声。まるで狙ってくれと言わんばかりに宙を駆け上がった俺の行動が理解出来なかったのだろう。
ただ、フィオレには悪いがその声を俺は黙殺した。
……どくん、と普段よりずっと大きく響く心音。それら全てが耳障りであるとして、無視を敢行。
そんなものに気を取られるな。
集中だ、集中。
ちゃんと思い浮かべろ。思い浮かべて、模倣しろ。意識は全て、剣にのみ向けておけ。
ひたすら己にそう言い聞かせ、全ての音をシャットアウト。肌を撫でる風にすら気は向けない。
「————は」
身体を巡る酸素が希薄となって漸く、呼吸すらも忘れて集中していたのだと理解。慌てて肺に空気を取り込みながら、俺は剣を天高く振り上げた。
行う事はただひとつ。
烈風の如く白刃を虚空に走らせる。
ただそれだけの単純な行為。
しかし、記憶の中の規格外過ぎる男は、たったそれだけの単純な行為をあろう事か〝魔法〟レベルにまで昇華させていた。
あの男は剣を振るう事で斬撃を生み出し、それを打ち放つ事で、〝星が降る夜〟を己なりに再現して見せていた。
〝魔法〟を扱えない人間が、自前の努力とセンスと天賦の才のみで、〝魔法〟レベルにまで技を昇華させた。剣を振れば振るほどその規格外さが身に染みて分かる。
最早、人間技ではないと。
そもそも、剣を振るって斬撃を生み出すなんて事が出来るものか。数年剣を振っていたけれど、そんな事が起きる予兆というものはこれっぽっちもなかったのに。
「——————!!!!」
何かの叫び声だろうか。
びりびりと大気が震えていた。
お陰で剣を持つ俺の手すらもそれのせいで若干、震えてしまう。
「……俺はまだまだ未熟だから、ちょっとだけまたズルをさせて貰うよ」
言い訳をするように、そう告げた。
『キミがその、〝流れ星〟? を放つ際に毎度の如く腕がへし折れる理由、やっと分かったわよ』
それは今から一年前の話。
冒険者の一人————女剣士リレアは興味本位で俺の鍛錬に付き合う中で、そんな事をある日突然言い放ったのだ。
『キミって恐らく、〝魔力〟の扱いが恐ろしいくらいに上手くて、それでいてド下手なのよ』
『……どういう事?』
鼓膜を揺らしたのはそんな矛盾を孕んだ一言。
『キミも薄々は理解してたでしょうけれど、普通、剣を振っただけで腕が折れる程に自傷するなんて事はあり得ないの。何かとてつもなく頑丈な的に対して剣を振るったならばまだしも、キミの場合は宙に向かって振るっても腕がへし折れてる』
……本当に、その通りであった。
ただ、〝流れ星〟の威力が威力なだけに妥当な代償であると踏んでいた俺は疑問に思いながらも、勝手に納得をしていた。
しかし、リレアはそうでなかったのだろう。
どうやらその原因を模索していたらしい。
『唐突だけど、キミは〝魔力〟についてどこまで理解してる?』
『……〝魔法〟を扱う上で必要なもの。人間誰しもに備わってるもの。そのくらいかな』
『ええ。それで間違ってないわ。でも、若干言葉が足りてない。〝魔力〟ってものは、体外に何らかのカタチで放出する事で、〝魔法〟に昇華する存在なの。キミのように「創る」魔法であったり、魔法師のように、「打ち出す」能力であったり、〝魔法〟というものは多種多様に存在する。そしてキミの〝流れ星〟は、殆ど〝魔法〟に近いわ。……いいえ、それは最早、〝魔法〟に相違ないわね』
……ただ、私も使おうと思えば使えるでしょうけど、絶対に使いたくはない〝魔法〟ね。と、苦い顔を浮かべてリレアは小声でそう補足した。
『あえて言うならそれは、斬る魔法。本来、〝魔力〟は放出するか、均等に身体の中で巡らせるものなんだけれど、それをキミは〝流れ星〟を放つ時だけ、剣を持つ手へ一点集中させているの。〝魔法〟は〝魔力〟の集合体。つまり、キミの場合は極端な負荷をかける代わりに己の腕を限界まで強化してるって事。だから、必然、とんでもなく威力の大きい一撃が生まれる反面、耐え切れずに腕は折れる』
だからこそ、意識的か無意識的かはさておき、その技に至れてしまった点だけを見るととんでもなく〝魔力〟の扱いが上手い。
本来、腕に〝魔力〟を押し留めるなんて事は土台無理な話であるから。
ただ、にもかかわらず、毎度の如く腕を折るその様をみて、扱いがド下手であるとも彼女は指摘したのだ。
『ひとつ聞きたいのだけど、キミのそれ。一体誰から教わったのかしら?』
『……どうして?』
『だってキミ、その技が完全じゃないからずっとこうやって鍛錬してるんじゃないの? 自分が追い求める理想との差を、無くすために』
『…………』
図星過ぎて言葉を失う俺に対して、
『私も一応これでも剣士だから、憧れに手を伸ばす気持ちは分かるのよ。私も、そうだから』
彼女はそう言って、笑ってくれた。
……とはいえ、リレア曰く、俺は〝魔力〟をためる事が出来る人間らしいけど、実際のところ〝魔力〟のため方なんてものは俺には分からない。
なにせ、意図的に一点に集中させようと試みるといつも失敗していたから。
成功するのは決まって、〝流れ星〟を放とうと試みるその時だけ。
「……はは」
リレアはそれを才能と呼んだ。
しかし、魔法や魔力に頼らず、目を見張るほどの威力を自前の力のみで撃ち放っていた男を見ているからか、俺はそれがズルであるとしか思えなくなっていた。
けれど、今の俺はそうしてでも修練を積み、一歩でも高みへ近づかなくてはならない。
俺のような凡人は、ズルをして漸くこの土俵に手を掛けられるのだから。
故に、ソレを使う事に対する躊躇いは微塵もなかった。
「なぁ————ッ!! お前は、〝星が降る夜〟を見た事があるかっ!!!!!」
堪えきれずに俺の口の端は吊り上がっていた。
いいからこっちを向けよ〝ジャバウォック〟。そんな想いを込めて、腹の底から思い切り声を出す。
転瞬、フィオレが展開する〝埋め尽くす屍骸人形〟と彼女に意識を向けていた〝ジャバウォック〟の焦点が俺にあてられる。
やってくるその緊張感は、やはり段違い。
けれど、それに構っている余裕なんてものは持ち合わせていない。だからこそ、既に振り上げた剣を振り下ろすモーションに移っていた。
チャンスは一回。
成功しても、しなくても、恐らく俺の腕がまともに機能してくれるのはこの一回だけ。
「無いんなら、精々刮目しとけよ……!!! この、理不尽の塊を—————!!!!」
〝星斬り〟の男が己の技と呼べるもの全て、星由来にしている理由は、星という存在が理不尽の塊であると他でもない彼が認識していたから。
だから、理不尽の塊に対抗するには己もまた理不尽の塊になる事こそ近道である。
そう結論づけていたからこそ、彼の技は全て————!!!
「撃ち墜とせ—————ッ!!!」
さあ、避けられるものなら避けてみろよ。
これから流れ落ちる光は全て、お前に牙剥く流星群。
重ね放つ怒涛の星降に、逃げ場なんてものは存在しない。
「————〝星降る夜に〟————ッッ!!!!」








