三十六話
脳裏に浮かんだのは————かつての情景。
記憶の裡。
* * * *
『————お前のソレは、最早病気だ。来る日も来る日も〝星斬り〟、〝星斬り〟ってよ。白痴にでもなったか? あん?』
果てし無く広がる荒野。
数刻前まで轟音が忙しなく轟いていた戦場の空は、暗雲に閉ざされ、不気味な斜陽に染められていた。
すぐ側で、挑発でもするように言葉を突きつけられながらも、もう一人の剣士の男は『そうだな』と言って笑うだけであった。
『これは最早理屈じゃないんだ。……そして、この行為をどこまでも貫こうとする私の正気を証明する手段なんてものも何処にもありはしない』
だから————好きに宣えと。
別に理解なんてものを求めた覚えはなく。それはこれまでも。これからも一切変わらない不変であると剣士の男は言う。
『言ってしまえば、それこそ当人たる私にだってソレは分からん。お前の目に、狂気と映る程〝星斬り〟に執着を見せる私は本当に狂っているのかもしれないし、そうでないかもしれない』
ただ、やはり理屈ではないのだと。
他でもない己が正しいと判断している。ならば、その道に殉ずる理由はそれだけで十分。
共感はいらないし、理解もいらない。
同情も、ましてや協力も、全てを必要としていない。だから、私以外の人間にどう思われようが関係ないと剣士の男は締めくくった。
『……へっ、完全に手遅れだよお前は』
『知っている』
『そんなに、約束ってもんは大事かねえ?』
『無論』
刹那の逡巡すらなくそう言い切ってしまう。
他者の意見にこれっぽっちも耳を傾ける気がないと言わんばかりの頑迷具合に思わず、話し相手の男は空を仰いでいた。
相変わらず手の施しようがねえよと、愚痴をこぼしながら。
『……幼少の、それこそ、物の道理すら十全に理解してるか怪しかった頃の大口だ。私も馬鹿げてるとは思うが、それでも果たす他ないだろうが? それが、既に死んだヤツとの唯一の約束とあっては、な』
『幾ら何でも律儀過ぎんだろ』
『お前もきっと、いつか分かる』
—————たとえこのまま死ぬとしても、あたしは怖くないよ。……だって、私には****がついてるから。だから、怖くない。怖くはないよ。たとえ死んだとしても、あたしは星になって、特等席で****の勇姿を見届けるだけだから。
『あんな真っ直ぐな目で、ああ言われては、私は断れんよ。無様は晒せんよ。だから、一生涯を懸けてでも、私は星を斬ろうと試みるのだ。……いいや、一生涯どころじゃない。この生がダメなら次の生。それでもダメならその次の生。当然のように間違いなく私であるならば、費やす』
幼少の頃の戯言だったというのに、彼女はそれを馬鹿正直に信じ切っていて。
……命旦夕に迫る中、そんな姿を見せられては、たとえそれが法螺話だろうが、真実にしなくちゃいけないだろうが。
それが、どこまでも理解されない剣士の男の根幹。戯言でしかない〝星斬り〟を成すと口にして止まない理由。
『……やっぱ、お前は正気じゃねえわ。んな真っ直ぐな目で、狂い切った言葉を当然のように宣える人間が正気であってたまるものか』
————お前のソレは、病気を超えて最早呪いだ。
相手の男から見て、剣士の男の瞳はどこまでも真っ直ぐだった。瞳の奥に湛えられる決意と覚悟は紛れもなく本物だった。
けれど、そこに宿る煌めきはどうしようもなく危うく、とてもじゃないが正気であるとは口が裂けても言えなかったのだ。
『ま、ぁ、お前の言葉は分からないでもない。確かに、星を斬るなんて戯言をほざくには、正気じゃ到底無理な話だ』
しかし、既に成すと決めた。
何を犠牲にしようとも、星を斬り、証明すると決めた。
誓ったのだ。あの時、あの場所で。
剣士の男は肯定したのだ。
彼女の、あの言葉を。否定をして今まで通りの生活をするという選択肢もあった。平凡な剣士として、生き続けるという選択肢は確かにあったのだ。
しかし、剣士の男は見栄を張る事を選んだ。
平凡に、という選択肢を他でもない彼が握り潰したのだ。
だから、どうあっても背は向けられない。
『けれど、私は斬るしかない。それが全てだ』
『だから、己を追い込む為に吹聴してるってか? 馬鹿の一つ覚えのように、私は〝星斬り〟だから、〝星斬り〟だからってよ』
『さてな』
『……はっ、俺とお前。一体何年の付き合いだと思ってんだか』
『……それもそうか』
彼らは親友だった。
幼馴染みとも呼べる間柄であった。
だから、大抵の事は言葉を尽くすまでもなくお互いがお互いに理解出来てしまう。
故に、剣士の男は観念したように
『……丁度良いのだ。〝星斬り〟という言葉は私にとって何より丁度いい。その言葉は、何度でも熱に浮かされる私に現実を叩きつけてくれる刃となってくれる。私の自信をズタズタに斬り裂いてくれる。だからこそ、丁度良いのだ』
そう、口にする。
『〝星斬り〟と名乗れば必然、笑われる。夢見がちな男と大半の人間は嘲笑うだろうな。馬鹿にするだろうな。なにせ、それだけその行為は途方もない偉業なのだから。しかしだからこそ、私は〝星斬り〟と名乗らなくてはいけない』
笑われるという事はつまり、己の武が星を斬るまでもなく、未だ誰もが認める〝最強〟から程遠いという事実に他ならないのだから。
『結局、何が言いてえんだよ』
『そうだな、私は星を斬ったから〝星斬り〟なのではない。星を斬るから私は〝星斬り〟なのだ』
『……ったく。んなこと言われても違い分かんねえよ』
もっと分かりやすく簡潔に言いやがれと、投げやりに男はため息を吐いた。
しかし、男は程なく相好を崩す。
何故なら、言葉を交わす剣士の男はそういうヤツなのだと彼は理解した上でこうして行動を共にしていたから。だから、お前らしいよと最終的にはいつも笑えてしまう。
男が、こうして己を〝星斬り〟と名乗り続ける阿呆と共に行動する理由はただひとつ。
単純に放っておけないからであった。
決して口にはしない。
約束したからと恐らく彼は死んでもその言葉だけは口にしない。
しかし、間違いなく薄らと理解してしまっている筈なのだ。きっと、己に〝星斬り〟を成す事は不可能であると。
けれど、誰かの為に必死にその生を捧げ、誰かの為にそれたらんとする。
その為に心血を注いで足掻く姿は何処までも滑稽で、醜くて、哀れで、華奢な腕よりもずっと儚くて————そして、それはどうしようもなく尊かったのだ。
『っ、と。そんなこんなと言ってる間にお迎えが来たみたいだなぁ?』
ここは焼け灰舞う涯なき荒野。戦場の大地。
争乱は未だ終わりを知らず。
『どうやら奴等、俺らの事はよぉく知ってるらしい。やけに踏み込んでこねえと思ったら、後ろにヤバそうな魔法使いを潜ませてたとはなあ。近接じゃ勝負にならねえからってか?』
距離は目算数百メートル。
豆粒のようなシルエットと、やや大きめの魔法陣が虚空に描かれている事実を認識出来るくらい。
『どうするよ? なぁ————〝星斬り〟』
悩んでも構わねえが、あんまし時間は残ってねえぞと男は緊張感の感じられない笑みを浮かべながら口にする。
『時に、お前は〝星が降る夜〟を見た事はあるか』
『あん?』
『アレは理不尽の塊でな。星の速度なんてものは人間の足では到底追い付かないと知りながら奴等、唐突に降ってくるのだ』
私はどうにかして斬りたいというのに、あれでは斬るに斬れないと彼は言う。
『空に浮かぶ星を斬る肩慣らしに、降り注ぐ星でも斬ろうかと思ったのだが、これがまた難しくてな。降ってくる場所が分かっているならまだしも、分からないにもかかわらず空から降る星をまともに斬る事は不可能だと悟ったさ』
『ほぉ? お前にしちゃ随分とまともな意見じゃねえか』
『だから、対抗して私も星を降らせる事にした』
『……訂正だ。お前はやっぱりお前だったわ。ぶれる余地っつーもんが微塵も感じられねえ』
『剣が届かないのであれば、どうにかして剣ではない斬るという攻撃手段を届かせるまで』
『……何する気だ?』
『言っているだろうが。私も星を降らすと』
* * * *
「……星が降る、夜?」
「あれは綺麗なものでね。目にも留まらぬ速さで夜闇に紛れて無数の星が降り注ぐんだ」
この目で実際に見た事はないが、それでも記憶が覚えていた。星が降る夜の幻想的光景を。
「……それが一体どうしたってんだ」
「簡単な話だよ。接近出来ないのなら、接近せずに倒すまで。何も、近付かないと斬り裂けないだなんてルールは何処にも存在しないんだから」
故に————俺も星を降らす事で対象を斬り裂いてやる事にした。
「……成る程な。だが、じゃあなんで始めからそうしなかったよ?」
「痛いところを突くね」
「当然だ。オレがあんたの立場なら、一番初めに接近した際に違和感を感じ取った直後、それにシフトする。間違いなくな」
「…………ん」
そして挟む一瞬の沈黙。
やがて、
「本音を言うと、その技に対する自信ってものが絶望的なまでに無くてね」
本音を吐露する。
続け様、どうなるかは分からないけどと前置きをしてから
「まぁ、取り敢えずやってみるよ。なにせ、此処は親だろうが使えるものは何だろうと使う場所————〝ミナウラ〟の街。分不相応の記憶だろうが、そこに例外なんてものはないんだから」
「あ、ん?」
どういう事だ? と、眉間に皺を寄せるシヴァ。しかし、それに対して馬鹿正直に説明する事なく、俺は彼の言葉を遮った。
説明をしようものなら間違いなく、膨大な時間を要する羽目になるから。
「で、なんだけど、シヴァにひとつ謝らなくちゃいけない事があるんだ」
これは星が降る夜を模した技。
流れる無数の星を叩き落とし、それを斬り裂かんと願った一人の規格外が編み出した〝星斬り〟の技である。
「もし、万が一に上手くいったとして、シヴァにも少なからず被害が出ちゃうかもしれないから」
だから、ごめんねと予め謝っておく事にした。
「……なんだ、そんな事かよ。なら構わねえ。ちょっとやそっとでくたばる程オレはやわじゃねえよ」
「それもそっか」
シヴァの強さは既に俺の知るところ。
俺が繰り出す劣化模倣であれば、いらぬ心配であったかと、軽く笑う。
そして。
「じゃあ、お言葉に甘えて試してくるよ」
直後に思い浮かべるひとつの解号。
足場を創り出す為に、俺はそれを言い放った。
「————〝刀剣創造〟」








