三十四話
「……にしても壮観だな。〝ミナウラ〟はフィオレ・アイルバークの庭とはよく言ったもんだ」
領民ゼロの荒れ痩せた大地を治めているのは若き二人の姉妹。〝屍姫〟と〝戦姫〟と呼ばれるアイルバーク家の息女達。
「魔物発生の為に大地に魔物の屍骸を埋め、己の手駒を潜ませておく。同時に使役出来る数は百を超えるとは聞いちゃいたが、誇張じゃなかったとは恐れ入る」
そう言って、地中から現れいでた魔物共に向かって感嘆めいた言葉をシヴァは投げ掛けていた。
ただ、一つ疑問に思う。
眼前に広がる光景を前に、感心するシヴァからはどうしてか、目の前の巨大な生命体——〝ジャバウォック〟へ今すぐに攻撃を仕掛ける気配が感じられなかったのだ。
……いや、戦意は確かにあるのだと思う。
現に、〝刺し貫く黒剣〟と呼んでいた魔法を行使し、今も尚、警戒するようにシヴァは漆黒の剣を浮かばせているから。
しかし、八方塞がりの状況にでも陥っているのか。警戒心を向けるだけでアクションを起こそうとはしていない。
「ところで、早い者勝ちって言ってたけど、仕掛ける気がないんならアレ俺が貰っちゃうけど?」
そんな悠長な事をしてると俺が奪ってしまうぞと。
けれど、その言葉に対して反論がやってくる事はなかった。
うるさいだとか。黙っとけ、だとか。そんな威勢の良い言葉は一切聞こえてこない。
そして、俺の予想とは裏腹にシヴァは苦し気に静かに口を歪めていた。
程なくその口を開かせ、何かを俺に言おうとして
「なら、俺が貰う」
直後。発言を遮るように、俺がそう口走った。
きっとナニカがあるのだろう。
シヴァが躊躇してしまう程のナニカが。
だから恐らくシヴァはアドバイスか何かでもくれようとしていたのかもしれない。でも、その答えを聞くより先に俺は彼から視線を外した。
情報は大事だ。
戦闘において、それは一、二を争う程のものだと俺も思ってる。ただ、俺が得るアドバンテージは、〝星斬りの記憶〟だけで十分。寧ろこれでも、貰い過ぎなくらい。故に。
「何が立ち塞がろうが関係ない。何もかもを斬り裂くから、〝星斬り〟なんだよ」
己が身を弁えない大口。
でも、星を斬るのであればそのくらいで丁度いい。
「……随分とデカい口叩きやがる」
面白おかしそうにシヴァは笑っていた。
「なにせ俺は、〝星斬り〟だからね」
とんでもなく現実離れした偉業を成すのだとほざくような阿呆の発言は、これまた尋常とは程遠いと相場が決まってる。
そう、胸中にて己を納得させて破顔した。
涯なき渇望はどこまでも心を焦がす。
俺の頭の中に存在する〝星斬り〟の男の技術は紛れもなく最強である。一片の揺らぎすらなく頂点に位置している。誰が何と言おうと、至上であると俺が認識している。
————俺がそう思うのだから、きっとそうなのだ。
理屈らしい理屈もないのに、どうしてかその感情はどこまでも信が置けた。
「そういえば、そうだったな」
「うん。そういう事」
俺のすぐ側にいるシヴァの力量は知っている。
賊との戦い。〝ミナウラ〟から飛び出そうとした魔物の対処。それらを見てきた俺だからこそ、俺の力量はシヴァを凌駕出来ていないと言い切る事が出来た。そして、それが揺るぎない現実。
今から相対する敵は己より高次に位置すると判断したシヴァが、様子見をしようと試みていた相手。普通に考えるならば今から俺が起こそうとする行為は無謀であるとその蛮勇を嗤われて然るべき場面。
だけど、それが何と俺は黙殺する。
絶対的な厳然たる差があろうが。壁があろうが。障害が立ち塞がろうが————〝星斬り〟ならば、その常識を悉く斬り裂いて先へ進むまで。
俺の中で、いつまでも燦然と煌めく記憶。その本来の持ち主たる男は、そうやって道を切り開いていた。憧れへと、手を伸ばし続けていた。
故に答えは既に、己の中に。
「だ、から————」
気が付けば、全身の血液が沸騰したような感覚に見舞われていた。
同時、何かが囁いてくる。
斬れ斬れ斬れ斬れ。真正面から斬り伏せ、あのデカブツをさっさと倒してしまえ。
普段ならば訝しむところであるが、今の俺は微塵も疑問に覚える事なく、それに従うように腰に下げていた剣を抜いて————
「とりあえず、一当てしてくる」
どこか不気味に黒く変色した土塊を後方へと蹴り上げ、肉薄を始めた。
一呼吸。二呼吸。
時間を経るごとに変わりゆく視界の景色。
〝埋め尽くす屍骸人形〟と呼ばれていた数多の魔物だったものに気を取られかけるも、自制。
そして丁度、〝ジャバウォック〟は俺でなく、先の攻撃を邪魔した原因へ敵意を向けた後————尾を振るおうとしていた。
好機到来。
そう判断するや否や、ミシリと音を立てた事に目もくれず、より一層思い切り柄に力を込める。
図体がどでかい分、完全には避けられまいと判断して頰が裂けたような笑みを俺は浮かべた。
〝ジャバウォック〟との距離は既にあと十数メートルといったところ。
駆け走る現状。此処ならば、今から撃ち放つ動作に入っていても十二分に届くと判断。
だから、脳天目掛けて撃ち放て————。
故に一切の躊躇いなく、
「————〝流れ、」
渾身の一撃を叩き込もうとした刹那。
筆舌に尽くし難い違和感に突として襲われる。
ジワリと走る脳の内側を灼くような痛み。
直後、どうしてか、酩酊感のようなものに全身が支配される。
「……あ?」
そのせいで踏ん張り切れず、踏み外す。
たたらを踏み、どうにか立ち直そうと試みたところで漸く感覚が元に戻る。
————なん、だ……? 今の感覚……。
先の不思議な感覚に対し、黙考。
しかし。
「おいユリウスッ!!! 余所見してんじゃねぇよ!!!」
直後にやって来た頭に響く怒声のお陰で我に返る。気付けば、すぐ側にまで標的を俺へと変えていた〝ジャバウォック〟の尾がすぐ側にまで迫って来ていた。
「く、そがッ」
不幸中の幸いか。シヴァの声が聞こえた時点で、俺の手は既に剣を盾にせんと動いていた。
程なく衝突。
やって来るかつてない衝撃に、眉根が寄った。
そしてふわりと大地につけていた足がそこから離れる。軽々と、俺の体躯が浮き上がっていた。
「チィ……————ッ!!」
助かったと言葉を向けようと一瞬、視線を向けた先————シヴァは舌を打ち鳴らし、天に向かって手を掲げていた。
連動するように動き始める浮遊する漆黒の得物の数々。恐らくは助けようとしてくれているのだろう。だけれど、今はまだ、必要ない。
そう己に言い聞かせ、盾がわりに扱っていた剣の柄へと左手も伸ばし、両手で握る。
「っ、ぐぅ————ッ!!」
思い切り歯を食いしばり、薙ぎ払わんと繰り出された尾による一撃を耐えて、耐えて、耐えて————そして、宙に浮かされた状態のまま、今出来る最大級の不敵な笑みを浮かべる。
今は、贅沢を言ってる場合じゃない。
だから過程なぞ、すっ飛ばせ。
胸中でそう言葉を並べ立てる。
そして、先程強引に中断させられた技を、震える手でもう一度行使せんと試みる。
「こ、んの……—————っ」
剣を中途半端に振り上げ、己を襲う攻撃をやっとの思いで耐え忍んでいる状態。
足は地面に付いておらず、踏ん張ることすら不可能。どう足掻こうが、宙に浮いてしまった時点でなされるがまま、突き飛ばされる未来しか待ってはいない。
けれど、どうしてか、そんな状況下でも何とかなる気がした。だから、抗う。
己に出来る最大の抵抗を見せる。
「なめる、なあああぁああぁぁぁッ!!!」
魔力が巡り、得物が僅かに発光。
そして程なく、ぐぐぐと常識を度外視して押しやられる速度が目に見えて激減。
劣化模倣の更に劣化。
故に、その技の名を口にする事すらおこがましく、とてもじゃないが言葉に出来なかった。
だから、人知れず胸中だけで。
己に牙を剥く鋼鉄のような尾に向けて一言。
————〝流れ星〟————
直後、めきりと剣越しに何がが壊れる感触が、強引にそう呟きながら振り抜いてみせた俺の下に届いた。








