三十二話
「……赤髪、か。ん。分かった。じゃあ、わたしがその人回収してくるよ。流石に今回ばかりは、ビエラちゃん抜きで事を進めるわけにはいかないからねえ」
程なく、此方に背を向けていたフィオレは再び向き直り、そして視線を————アバルドへと向けた。
「それと、念の為一応アバルドもわたしに付いてきて。伝令役が一人欲しいの。それも、一番確実に役目を果たせる人間が」
「……そういう事でしたら喜んで引き受けさせていただきます」
フィオレの言葉に対して二つ返事で了承するアバルドであったが、どうしてか途中に妙な沈黙を経て発言していた。
その理由は分からない。
けれど恐らく、本意ではないという彼なりの意思表示なのだろう。
アバルドのそんな反応を見てしまったからか。これから起こる出来事に、あまり良い予感はしなかった。
だから、なのかもしれない。
「————もし」
気付けば、俺は声を上げていた。
「もし、その赤髪が〝ジャバウォック〟とやらを怒らせていた場合、貴女はどうするんですか」
その発言に、フィオレは少しだけ驚いているようであった。けれど、それも一瞬。
先程手渡されていた紙をフィオレが指差し、「一番下。プランB」と言う。
言われるがまま視線を落とすと、そこにはビエラちゃんが帰ってくる前に敵が動き出した場合は、と記載されており
「……時間、稼ぎ」
「そういう事」
続く一文を読み上げると、満足そうにフィオレは頷いてみせた。
「そして時間稼ぎをする場合、わたしの能力が一番適任なの。何より、この中から死者を出しちゃったらわたしがビエラちゃんにドヤされるんだよ? だから、わたしが行くの。わたし以外はあり得ないの」
それを聞いて、何となくだけどビエラ・アイルバークという人間の為人が見えてきたような、そんな気がした。
満月の件といい、恐らくだが、ビエラは人死を嫌っているのかもしれない。
……どうして、一番の戦力と考えられている彼女が〝ミナウラ〟を離れているのかと疑問に思ったが、もしかするとその事が関係しているのかもしれない。……いや、そうであると仮定すれば全ての辻褄が合う。
だからつまり、そういう事なのだろう。
そして同時に自覚する。
俺という人間の命が、ビエラ・アイルバークに気遣われていたという事実を。
「……なる、ほど」
……これは効く。
〝星斬り〟を成すとほざきながらも、現実は己の預かり知らぬところで気遣われていたと。
ビエラが実際どう思っているかなぞ、俺の知る由もない。けれど間違いなく、フィオレの発言を踏まえて答えを導き出すとすれば、俺は彼女に気遣われていた。そうとしか思えなかった。
故に。
「なら、俺もついて行きます」
「ねえ、わたしの話、聞いてた?」
声のトーンが低くなる。
顔は笑っていたが、向けられる瞳はこれっぽちも笑ってはいない。
きっと、呆れているのだろう。
怒っているのだろう。
「聞いてました。聞いた上で、俺は言ってます。何より、時間を稼ぐなら人手は多いに越した事はないと思いますが」
加えて、〝ジャバウォック〟に向かって行った赤髪の魔法使いの正体は、恐らくはシヴァだ。
シヴァだけが〝ジャバウォック〟と一人で相対出来て、戦えて、名をあげる機会に恵まれて。
……それは流石にズル過ぎやしないか。
「それに、赤髪の魔法使いは恐らく俺の知り合いです。魔法の能力も一応知ってる。回収するのであれば、俺がいた方がいいと思いますが」
「キミが今ここで赤髪の魔法使いについて話してくれればそれで解決とは思わない?」
「俺の性格は何となく理解してるでしょ?」
「助けてあげた恩を仇で返しちゃうんだ?」
「仇で返したくないから、ついて行かせてくれって言ってるんです」
「……平行線だねえ」
どちらも妥協する気は微塵もなかった。
だから、どこまでも会話が平行にすれ違う。
「別に、何もわたし一人で〝ジャバウォック〟を倒すわけでも、ましてや倒せる筈もない。言ったでしょ? わたしはあくまで時間稼ぎ。なのにどうして、キミはついて来ようとするの?」
戦う機会は心配せずとも、必ず後でやってくるというのに。
フィオレの目が口程にものをいう。
そしてだからこそ、彼女は俺の心情を理解する事は叶わなかった。
「……もう知ってると思いますが、俺が〝ミナウラ〟へやって来た理由は強くなりたかったから。己の前に立ちはだかる高い壁を、越える為。ただそれだけ」
こうして、勝手気ままに見張りの制止を振り切って〝ジャバウォック〟の下へ赤髪の魔法使いが向かって行ったという話を耳にして。
お陰で、目が覚めた。
たかだか変異種一体に手間取られただけでどうやら俺は随分と及び腰になっていたらしい。
「だったら尚更————」
あえて今行く必要は無いんじゃないかと指摘するフィオレの言葉に重ねるように。
「————死んで当たり前の先に存在する壁を越えるからこそ、意味がある」
正気の状態で、そんな狂った言葉が当然のように口を衝いて出ていた。
「俺の目から見て、貴女達は強く映る。とても、強く。ビエラ・アイルバークを初めて見た時も、自分よりずっと格上の人間だと剣を構えるまでもなく理解しました。でも、だからこそ、それじゃあ意味がなくなる」
そうだ。意味がないのだ。
ビエラ・アイルバークがいて。
フィオレ・アイルバークとその仲間達もいて、その中に交ざって〝ジャバウォック〟を倒す。
ああ、あぁ、確かにそれであれば十二分に倒す事が出来るだろう。けれど。
それは幾ら何でも————生温すぎやしないだろうか。
その事実に、気付いてしまう。
俺が申し出を受けた理由はそうするしかなかったからだろうが。腕が折れ、一人では逆立ちしても無理だろうと思ったからじゃないのかと言い聞かせる。
そして、今、諦念を抱く原因となったその腕は完治した。
ならば、俺のやる事はもう決まってる。
「だから、俺を今連れて行ってください」
「……訂正。前にユリウス君に、キミはビエラちゃんと似てると言ったけど、全然違うや。似てるようで、全然似てない」
だろうなと思う。
恐らくビエラが力を求める理由は〝人死〟を己の側から遠ざける為。そのためにひたすら強くなろうと試みているのではないのかと俺は予想する。
対して俺は、彼女のような高尚な理念など抱く余地もなく『星斬り』という行為に憧れ、骨の髄まで痴れているただの馬鹿。
いくら力を求めようが、死んでは意味がなくなる。全てが水の泡となる。
なのに、それすら容認して俺は突き進もうとする阿呆である。同類がそう何人もいてたまるか。
「……じゃあ、ひとつだけ聞かせてくれる? わたしを納得させられたなら、お望み通り連れて行ってあげる」
場に、驚愕の声が混ざる。
周囲にいた者達の声だ。
しかし、フィオレはその声に一切耳を傾ける事なく、一心に、俺へ意識を集中させていた。
「そうまでして、キミは何を成したいの?」
「————『星斬り』を。俺は、その為に強くなる努力をしてる。その為に、俺は今を生きてる。俺は、星を斬りたいんだよ」
「……それは、一体何の為に?」
「『星斬り』の剣技が、最強であると知らしめる為に。俺の憧れが真、最強であったと、過去を含めた人間全てに認めさせる為に」
だから俺は、剣を振るっているのだと彼女に告げた。
「……成る程、あの魔法はどこまでもキミらしいものであった、と。……あーあ、思わぬ拾い物って思ったのに、こりゃタチの悪い時限爆弾だったかなあ」
はぁあ、とため息を吐き、諦めるような素振りと共にフィオレは苦笑い。
「分かった分かった。そこまで言うならもうわたしは止めない。だけど、ひとつだけお約束ごとがあるの。最後にそれだけ聞いてくれる?」
「……何ですか?」
「簡単な事だよ。言ってどうこうなるような話じゃない事は承知の上だけど————出来れば、死なないでね。死体が転がってると、ビエラちゃんが悲しむから」
気遣いの出来るお姉ちゃんは大変なんだよ。
そう言って、再びフィオレは俺に背を向ける。
「あんまり時間もないし、もう行くよ。ほら、ついておいで。ユリウス君」








