二十八話
〝怯えてこそ、剣士なのだ————〟
勝ったと思った。瀕死の重体。
これは勝負があったと確信を抱いた。
しかし、間違いなく致命傷を喰らったその状態で、必殺の一撃が俺目掛けて飛び出して来たのだ。そしてそれは見事、俺の左腕を潰した挙句、こうして俺に「怖い」と、怯えの感情を抱かせてくれた。
とんでもないヤツである。
「……いや、怖いね」
胸中に留めていた感情を吐き出しながら、体勢を立て直し立ち上がる。
甲高い奇声を上げ、救援を求める魔物に対して自分よりも格上であるという認識はあった。
恐らく勝てないかもしれないと。
けれど、心のどこかで思っていたのだ。
技さえ当たれば負ける事はないだろうと。
……その慢心が、仇となった。
身体を斬った。致命傷を与えた。
だから、追撃はない。
その理屈は、理論は、論理は————一体誰が決めた? 答えは単純だ。誰も決めてない。ただそれが、当然であると俺が決め付けていただけの一方的な偏見。
「くそったれ」
毒を吐き出し、頭を一度リセット。
そして、思考を巡らせた。
————ここからどうする。
と、自問を始める。
恐らく、程なく此処へ〝ミナウラ〟の魔物が殺到する事だろう。元より俺の個々としての能力は決して高くはないというのに、その上、この状態で多対一で相手をする事は間違いなく不可能。
呆気なく数に圧倒されてお陀仏が順当だろう。
だから、逃げろ逃げろと本能が警笛を鳴らす。
今の俺の手に負える範疇を既に超えてしまったのだと、左の腕から伝う痛みと共に虫の知らせのような声がやってきていた。
「……うるさい」
黙殺出来なかった訴えに、反応する。
一旦黙れよその雑音。
そう強く思い込む事で漸く、本能からの訴えに背を向ける事が出来た。
魔物が押し寄せる。
あぁ、ああ、嗚呼。それは大変だ。
よくもやってくれたなという思いが思考を埋め尽くしていた。けれど、逃げるといって、果たして〝ミナウラ〟の何処に逃げる場所があるのだろうか。
……恐らくは、ない。
だったら、答えは決まってる。
俺にとっての脅威は今のうちに一つでも減らしておこう。殺しておこう。
つまり、——————叩っ斬るッ!!!
そう、自答した。
「根本的な解決は〝痛い目〟を見る他ない。……先達の人間はよく言ったもんだよ。だから、常識は、捨てる事にした。だから、翼は片方斬り落としたけど、お前は飛べると仮定しとく」
それは『星斬り』の男の言葉。
そして漸く、ハラが決まる。
オーガとの一戦からもう二年が経った。
魔法を使えるようになった。
経験を積んだ。知識をつけた。
あの時よりもずっと、精神も成長した。
でも、————変わらない。
変わらないんだ。あの時から、何もかも、変わらない。変わっていやしない。
変わらず俺は、まだ弱い。
その事実に対する認識を揺るぎないものへと変える。そして。
だからこそ。
「手負いだろうが、関係ない。お前は強いから、だから、真正面から正々堂々不意打たせて貰おうか————!!」
強いお前が悪い。だから、文句は受け付けないと手前勝手な暴論を吐き散らしながら、俺は唇を盛大に歪め————
「とり、あえずッ!!! その口斬り落とすッ!!!」
大地を踏み締める。
後方へと土塊を蹴り上げる。
そして————肉薄を開始。
だらり、と力なく垂れ下がった左腕へ一瞬だけ視線を向け、止血をする為にも早く終わらせなければと己を更に追い込む。
早く早く早く早く早く。
その二文字が忙しなく俺を急き立てる。
時間はないぞと己に強く自覚させる。
そして。
「————ひとまず、黙れよお前」
ひたすらに甲高い奇声を上げ続ける魔物との距離を刹那の時間でゼロへと変化。
そのまま、無我夢中に叫び続ける魔物の身体を飛び乗りながら移動。程なく、頭部へと到達。
腹の底に響く冷ややかな声を伴い、ダン、と蹴りつける事で身を乗り出し、無骨な剣を振り下ろす挙動を見せる。
それと同時に紡ぐ解号。
「〝刀剣創造〟」
左手は満足に力すら込められず、右手には既に剣がある。
にもかかわらず、俺は魔法を発動させる。
〝刀剣創造〟は己の周囲に任意の剣を創り出す能力である。だから基本的に、己の得物に変えるぐらいしか用途はない。シヴァのように好き勝手に生み出し、そうする事で攻撃の手段へと変える事は出来ないのだ。
ただ、だとしても使いようはいくらでもある。
言葉に反応し、生まれ、集約を始める光の粒子。それは俺の右足の甲付近にて姿を晒した。
「俺の魔法は、こういう使い方も出来る」
創造する剣の柄を蹴りやすいように厚くする。
そして————宙へと身を乗り出し、斬りかかろうとする俺に気付き、漸く奇声を止めて反応を見せた魔物目掛けて、
「貫け」
手にする剣を振り下ろすのではなく、生み出した剣を容赦なく蹴り付け、流星を想起させる速度でソレは魔物へと飛来を始めた。
「——————ッ!!?」
次いで言葉にならない悲鳴が上がる。
そして、放った一撃によって痛苦に悶える巨体。がむしゃらに放たれる追撃。
魔物の巨体を駆け上がり、身を宙に投げ出した俺に避ける手段はない。
まごう事なき死に体。なれど。
程なく無様に叩きつけられ、俺の身体が投げ飛ばされる未来が————
「————もう出し惜しみはしない」
……やって来る事は、なかった。
理由は、宙に身を投げ出しておきながら、俺は更に上空へと逃げるように飛び退いたから。
「お前のように飛べはしないけど、何も、宙で戦えないと言った覚えはないよ」
足下には光の粒子が。
剣身の幅がひときわ大きな剣が創造されてはそれを足場に蹴りつける。
剣を創造——足場に変えて蹴り付け——剣を創造——足場に変えて蹴り付け。
そして—————ここに来て初めて、魔物の姿を俺は見下ろした。
見晴らしは良く、お陰で周囲からゾロゾロと此方へ集まって来る魔物らしき姿も見受けられる。
……さっきまで気配すら感じられなかったというのに、いくらなんでも早過ぎる。
可能であれば、愚痴を溢してやりたかった。
ふざけんなと。
……けれど、そんな暇すらありはしない。
「……へ、え」
そんな折、パカリと開く顎門。
姿を覗かせる整然と並んだ鋭利な牙。
思わず声が漏れた。
赤く染まった気体のようなものが魔物の口内で集約を始めていた。キィン、と聞き慣れない金切音のような音すら聞こえてくる。———恐らくは、火炎放出の前兆。
しかし、関係ない。
斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ。
呪詛のように胸中で言葉が繰り返される。
たとえ何であろうと、叩っ斬れと。
そして俺はその言葉に従うようにみしり、と軋む音すら黙殺して剣の柄を一層力強く握り締めた。
「上、等ッ…………!! それじゃあ勝負といこうか魔物ッ!!!」
声を荒げる。
身体を支配する高揚感に身を委ね、がむしゃらに叫び散らす。
放出される火炎ごと目の前の魔物を斬り裂けたならば俺の勝ち。
火炎に吹き散らされたならば俺の負け。
何とも単純明快。
逃げるぐらいならと迎え撃つ体勢を整える好戦的な敵を見据える俺の唇は、頰が裂けでもしたかのように歓喜に歪んでいた。
そして振り上げる。
「斬り裂けろよ—————」
赤い閃光が視界に入り混じり、辺りに満ちる熱気がこれでもかと肌を焦がす。
俺に出来る事は剣を生み出し、振り下ろし、斬り裂いてしまう事だけ。
故に、火炎ごと俺の眼前に立ち塞がる障害は例外なく、何もかも斬り裂いて退かしてしまえ。
決死の覚悟で、気炎吐き散らせ————ッ!!
「————〝流れ星いいいぃぃいッッ〟!!!」








