二十七話
「だぁぁぁあ!!! 翼が鬱陶し過ぎるっっ!!!」
時に、ひしゃげた建物に身を潜めながらも、あの投擲が効かなかった事を踏まえてどう対処したものかと悩みながら俺は駆け走り続けていた。
とどのつまり、斬ればいいだけの話なのだが、あの化け物が翼を使って自由に飛び回っている以上、心血を注いだ一撃を撃ち放っても敵に届かない可能性が高過ぎる。
リスクリターンを踏まえた上で物事を判断してしまうと、とてもではないが身体へ極端に負担を強いられる『星斬り』の技は使えない。
どれだけ優れた一撃だろうと、当たらなければそもそも意味がない。
「……火ぃ吐くわ、飛び回るわ、好き勝手建物ぶっ壊しまくるわ、厄介にも程あるでしょ……っ!」
〝ミナウラ〟の入り口から離れんと走り続ける中で俺に狙いを定める魔物の手札は徐々に明らかとなっていた。
まず、翼が生えている。
機動力の良さは勿論、上空を飛べる為、天井が吹っ飛んだ廃墟ばかり立ち並ぶ〝ミナウラ〟において、隠れる場所は殆ど皆無。
そして何と言っても、火を吐く。
口から火炎を放ちやがるのだ。
極め付けに痛みに鈍いのか、建物にぶつかろうと進むと決めたならばひたすら直進をしてくる。
その為、廃墟が立ち並ぶ入り込んだ場所に途中、逃げ込んでみた俺であったけれど、その建物ごと突撃し、破壊してまで俺を追いかけてきた。
最早、手のつけようがない暴走具合である。
「……手っ取り早く倒すのなら、やっぱり何か策を講じてあの機動力を削ぐしか無いんだけど……」
自由にびゅんびゅん飛び回るあの魔物を尻目に俺は呟く。
けれど、一向に解決策は浮かばない。
シヴァのような魔法が使えていたならば。
そんな事を一瞬ばかり思ってしまうが、今ここで無い物ねだりをしても仕方がないのは言わずもがな。故に、小さくかぶりを振り、肺に溜め込んでいた息をはぁ、と吐き出す。
「生憎、頭の出来は良い方じゃあなくてね」
ざり、と音を立てて地面を踏み締め足を止める。走る事十数分。もう十分だろうと判断し、俺は背後から迫る魔物へと再び向き直った。
「小難しい作戦を立てようとすると俺の場合、頭がパンクしちゃうんだ。だから————」
だからやっぱり、真正面から立ち向かって斬るしか無いんだよねと、胸中で自分の能に対して呆れながら————静謐に、哮る。
「————お望みどおり、相手してあげるよ。何の理由あって魔法使いを狙ってるのかは知らないし、どうして俺なのかもどうでもいい。ただ、ただ、糧になれ。お前は、『星斬り』に到る為の、俺の糧にする————っ!!!」
食らうか。食らわれるか。
俺に用意された選択肢は二つに一つ。
ならば、掴み取る選択肢は決まっている。
さぁ————来い。
馬鹿正直に俺に突っ込んでこい。
翼のない俺があの魔物へ攻撃をまともに直撃させられるとすれば、恐らく無防備に突撃してくる一度目のタイミングのみ。
腰に下げていた無骨な剣を右の手で引き抜きながら、俺は喜悦に口角をつり上げる。
次いで、切っ先を一度地面に向けてから、タイミングを計る。
「———————!!!」
言葉にならない雄叫びが上がっていた。
鼓膜が破れてしまうのではと思わず懸念を抱いてしまう程の大声量。
馬鹿正直に立ち向かおうとする俺に対し、舐め腐りやがってと怒ったが故の威嚇だったのかもしれない。
だけど、それで頭に血をのぼらせてくれるのであれば、僥倖。願ってもない展開である。
思い浮かべるは、『星斬り』の御技。
使うたび、撃ち放った側の人間である俺の腕が威力に耐え切れずに折れてしまうという結果に幾度と無く見舞われてきた一撃。
「は、ぁ————っ」
俺は、大きく息を吸い込んだ。
オーガの時は無我夢中過ぎて気付けなかったが、この一撃の威力は込めた魔力に依存する。
しかも、俺の魔法である——〝刀剣創造〟はまるで『星斬り』の技を放つ為だけにあるのではと錯覚する程に魔力伝導があまりに良過ぎた。
故に、その威力は推して知るべし。
程なく俺は大地に向けていた切っ先を移動し、上段に、空へと向け直す。威力は落ちるがそれでも、腕が折れないようにと気に掛けながら魔力を流し込み、
「手、足っ、纏めて千切れ飛べッ————」
僅かに発光を始める剣身には目もくれず、恐ろしい速度で間合いを詰めてくる魔物へ焦点をあてながら、ダンっ、と力強く音を立てて大地を踏み締める。
鉤爪を俺目掛けて伸ばし、引き裂こうとする魔物へ「馬鹿が」と言わんばかりの嘲弄を顔に貼り付けて————次の瞬間、手にする無骨な剣で孤月を描いた。
輝きの伴うそれはまるで、夜空に煌く、
「—————〝流れ星〟」
振り下ろすと同時、宙に描かれる三日月の軌跡から斬撃のような一撃が眼前目掛けて撃ち放たれ————それは獰猛に魔物へ牙を剥き、強く突き立てる。
これ、は、間違いなく致命傷……っ!!
思わず歓喜に身が震えた。
逃げるだけしかないと思っていたが故に生まれた侮り。それをものの見事に突いた一撃。
本物とは隔絶した劣化ではあるが、それでも致命傷は避けられない。
そう勝ちを確信する俺のすぐ側から、颶風を伴ってもう一方の鉤爪がやって来る。
その速さは、先程の数倍以上。
最早、目視出来たことが奇跡とさえ言えた。
「嘘だ、ろごッ————!?」
反射的に振り下ろしていた剣を盾に、防御を試みるが、コンマ数秒間に合わない。
直後、左の腕がみしり、と悲鳴があがった。
迫り来る爪は皮膚を食い破り、骨へと到達している。その上、恐るべき勢いで放たれた一撃は小柄な俺の身体をいとも容易く右方向へと投げ飛ばす。
痛みに声をあげる暇すら、そこには存在していなかった。
常識は捨てておけ。
……シヴァのその言葉をちゃんと理解したと思っていたが、どうやら認識が甘過ぎたらしい。
放り投げられたボールのように大地に幾度として弾む身体。足を地面に擦り付けてるのにそれは一向に止まる様子はなく、そんな中、辛うじて目視出来た————先の〝流れ星〟を真正面から食らった魔物の成れの果て。
身体の右半分。
約三分の一ほどが攻撃によってズレ落ち、その断面すら覗かせてるというのに、痛みに身を竦める事なく即座に反撃を仕掛けてくるその冷静さ。
……常識外れにも程がある。
「ぁ、ぐ」
胸中で毒づきながら歪に生える木の幹に身体を打ち付けられ、漸くの静止。
「かんっ、ぜんに下手、うっ、た……」
連撃猛攻で仕留めるべきであった。
腕に多少の負担がかかろうとも、〝流れ星〟を立て続けに、それこそ、一瞬の暇すら与えずに。
しかし、今後の。
シヴァのいう魔物共の頭と戦うならと考え、出し惜しみをしてしまった。そんな余裕なぞ、今の俺にはあるはずもないのに。
流血し、赤く染まり始めていた左腕から、ずきん、と鋭い痛みが伝う。
恐らくは、折れてしまっているのだろう。
思うように動かせない。
けれど、痛いからといって立ち止まっているわけにはいかない。ひとまず体勢を立て直し——
「ま、じか……よっ!?」
そう思った刹那。
再び、覚えのある影が俺を覆う。
鉄錆と肉塊の異臭を伴い、それは俺へと向かって来ていた。
本能に従うようにがむしゃらに身を横へ投げ出す。やがてやってくる肌を焦がす熱気。
魔物が火を吹きやがったのだと理解するより早く、鉤爪で吹き飛ばされた際に手放してしまっていた剣を再度、創造。
これ以上怪我を負うのはあまりに拙過ぎる。
数十秒前の自分を責め立てながらそう判断。
もう一度、〝流れ星〟を。
そう判断する俺を見てか。
痛々しい断面を覗かせながら地面に赤い水たまりを作る魔物は何を思ってか、ぱかり、と嘴のような口を開き、空へ向かって
「ピィィィィィィイイイッッ!!」
甲高い奇声をあげた。
「……おいおいおいおい」
その行動は知っていた。
故に、手が止まる。
……厳密にいうならば、それに似た行動という事になるのだが、俺はそれを知っていた。
それは、助けてくれ。という救援の合図。
魔物の一種の習性ともいえるものであった。








