二十六話
『〝ミナウラ〟での魔物の掃討ってのは、何も全部の魔物を倒す必要はこれっぽっちもねえんだ』
シヴァは言っていた。
『そもそも、〝ミナウラ〟に蔓延する通常よりもずっと濃い〝瘴気〟を払う事なんて土台無理な話だからな』
全てが払えない時点で魔物を根絶するという行為は不可能であると彼は指摘する。
とすれば、〝ミナウラ〟で行われている魔物の掃討。それはどうすれば終わるのだろうか。
『だからオレ達は〝ミナウラ〟のどこかに潜んでやがる魔物の頭を殺す必要があるんだ。早い話、そいつさえ殺せば、取り敢えずまた一年程度の平穏がやってくる。定期的に生まれやがるとんでもねえ魔物を倒し、新たにそれが生まれ、また倒し、新たに生まれ。言っちまえば、その繰り返しなのさ。簡単だろ?』
魔物を殺しても意味がないとは言わない。
けれど、どこかに潜んでいる魔物のリーダー的存在を殺さない限り、この掃討に終わりはやって来ないぞとシヴァは俺に教えてくれていた。
〝ミナウラ〟とは他から言われているようにまごう事なき————〝呪われた街〟である。
他よりずっと空気中に存在する〝瘴気〟の密度が高いせいで定期的にこうして掃討の段取りを組まなければ、隔離する為に存在しているであろう傷跡だらけの壁すら食い破って魔物が他の村や街へと襲いに向かうからだ。
ただ、それに関する対処の仕方は既に確立されており、シヴァ曰く、魔物共の頭を殺せば何とかなるらしい。
そして。
『最後に一つ、オレからの有難い忠告だ。間違っても、ユリウスの常識が〝ミナウラ〟で通用するとは思うんじゃねえ。頭部を飛ばせば息絶えたと判断する常識も捨てとけ。いいか、あのくそ貴族は伊達に死神と呼ばれてねえ』
くそ貴族とは恐らく、〝戦姫〟——ビエラ・アイルバークの事なのだろう。
文字通り、死をすぐ側に感じられる場所であると。シヴァは一方的にそう俺に告げてから〝ミナウラ〟に足を踏み入れるや否や、「ここでお別れだ」と言って俺達は別れていた。
* * * *
「————酷いねこれは」
〝ミナウラ〟の街並みを見回しながら、俺はひとりごちる。
焼き焦げたような廃墟がそこら中に立ち並んでおり、所々血のような跡が散見。
心なし、空気もずしりと重くなったような気にすら陥る〝ミナウラ〟の街。
ただ、いくら高く聳え立つ壁に外から隔離されているとはいえ、入り口付近はまだぽつぽつと人の姿が見受けられた。
「街というより、これはもう戦場かな」
びゅぅ、と吹き散らされる灰のような、砂礫のような何か。続くように、焼け焦げた独特の臭いが俺の鼻腔をくすぐった。……あまり、好きにはなれない臭いである。
「…………冒険者か。一人で来るとは命知らずな」
足を止め、〝ミナウラ〟の景色を確認する俺を見て、どこからか侮蔑の声が上がる。
恐らく、俺の幼い容姿がその感情を助長してるのだろう。「たまにいるんだよ、お前みたいな勇敢と蛮勇の言葉の意味を履き違えた馬鹿が」なんて言葉が幻聴されたが、きっとそれは俺の勘違いではないと思った。
声の発声源は何処だろうかと見回し——発見。
少し離れた場所で、壁に凭れ掛かり、包帯に巻かれ手当てをされていた足を伸ばす中年程度の男性が俺の視界に映り込んだ。
親父よりも少しだけ歳上だろうか。
忌々しそうに俺を見詰めるその男は、痛みに蝕まれているのか、苦悶の表情を浮かべながらもひたすら俺に呆れの感情を向けてくる。
「騎士、か」
男の身なりから俺は男の正体を端的に断定。
「忠告は有難く受け取っておくよ。何せ、王国の騎士様からの忠告だからね」
きっと、俺よりもずっと戦闘経験のある人間からの有難い忠告である。だから胸に留めておくくらいの価値はあると思った。
ただ、俺に話しかけた人物がたとえ誰であれ、これからの予定に一切の変更はない。
嘗て、ある埒外の『星斬り』の修羅は語った。
————ひたすらに、強く在りたいと。強くなるのだと渇望し、手を伸ばし続ければ、いつか到る事が出来ると思った。
そんなとんでも過ぎる理屈を当然のように語っていた。そして、そんな人間に憧れを抱いてしまったのが俺という命知らず。
強くなるにはこうするしかないのだという極端に偏った知識しか無いが為に、そもそも信じて疑っていない。
掲げた目標に到る為にはこうするしか手段は無いのだから仕方がないじゃんとどうやっても帰結してしまうのである。
故に、言葉を投げかけてきた男から視線を外し、再び足を進めようとした。
「……どういう経緯で〝ミナウラ〟へ来たのかは知らんが、」
忠告一つでは気が済まなかったのか。
負傷した騎士の男は更に言葉を付け足そうとして。けれど、どうしてか、言い終わるより先に口を閉ざしてしまう。
どうしたのだろうかと感想を抱いた直後。
濃く深い〝黒〟が俺に被さった。
それは、影だった。
大きな、大きな影であった。
「チ、ィ……————ッ!! あのクソ野郎が反応したって事はお前、魔法使いか……!! お、ぃっ!! そこからさっさと逃げろ!!! 命知らずッッ!!!」
舌を鳴らす音。
次いで、怒声。
言うなれば、それは〝呪われた街〟と呼ばれた〝ミナウラ〟からの俺への洗礼だったのかもしれない。
俺を覆った影は、二年前に相対したオーガですら優に上回る程の大きさであった。
そして気付けば、半ば反射的に飛び退かんと俺の足が動いていた。
程なく、俺のいた場所が鋭利な何かで貫き穿たれる。それは————何かの爪であった。
「……ま、じかっ」
いきなりの戦闘開始。
そのあまりの容赦のなさに苦笑いをもらさずにはいられない。
はっ、と顔を上げると、そこには背中から翼を生やした巨大な化け物がいた。
前の脚による一撃は、容易く地面を砕き割っている。もし、反射的に動けていなかったら、俺がどうなっていたかなぞ、想像に難く無い。
体格差は歴然。
普通にやっては勝てないだろう。さあどうするか、と一瞬のうちに次に起こすべき行動を考える。そんな折、
「何してんだお前ッ!! ここからさっさと離れろクソ餓鬼!!! その魔物を〝ミナウラ〟の外に出す気かお前はッ!?」
悲鳴のような怒号が再び俺の鼓膜を揺らした。
「その魔物は魔法使いに反応する変異種だ!!! いいからとっとと奥へ走れッ!!!」
魔法使いに反応する変異種。
そんな話は冒険者であるリレア達からも一度として聞いたことはない。
けれど、ふと、常識は捨てておけと忠告してくれたシヴァの言葉が脳裏を過った。
……成る程、そう言う事なのかと今更ながらに言葉の意味をきちんと理解する。
こんな俺の十数倍はあろう魔物がもし、俺の村にでも向かってみろ。
……後悔してもしきれない事態に陥る事は容易に想像が出来た。故に、
「————わかっ、た」
騎士の男の言葉に従う選択肢を掴み取る。
現に、大声を叫び散らし、足を負傷して身動きが取れない騎士の男には目の前の化け物は全く反応を見せていない。
ぎゅうぅ、と絞られた猫のような双眸はじっ、と俺だけに焦点をあてている。
だから、向けられた言葉は真実であると判断。
「だけ、どっ! 自分で望んだ事とはいえ、初めからでかい壁過ぎないかなあっ!?」
泣き言のような言葉を洩らしながらも、腰に下げる剣すら手にしていない無手となっている両手を開き————
「————〝刀剣創造〟」
解号をひとつ。
直後、光の粒子が生まれ、手元で集約。
短剣が形取られ、程なく手の中に収まる一対の短剣。
————ひとまず、逃げるにせよ目を潰す。
焦燥感に駆られる中で、最適解と思える行動を正しく認識。あの図体だ。
斬る事は骨が折れるだろうが、しかし刺し貫くだけであれば。
「これ、でもッ!! 食らっとけ————っ!!!」
駆け、逃げ出そうとする挙動をほんの一瞬だけ見せてから————俺はぐるりと身体を再度反転。その動作の勢いすら利用し、手に握る短剣を右、左の順に投擲。
放り投げられた短剣は狙い過たず、魔物の双眸へと向かい——けれど、ガキン、とやがて聞こえてきた硬質な音によってそれは阻まれてしまったのだと理解。
タネは分からない。
だけれど、眼球を刺し貫く手前で何か、見えない障壁のようなものに投擲した短剣は弾かれていた。
「……そう都合よく事は運ばない、って?」
仕掛けた事により、一層強く向けられるようになる殺意。敵は翼もある上、そもそもどんな能力で、何の魔物なのかすら分からない現状。
これは流石に拙いかと。
一旦この場は退くべきだ。
そう結論付けた俺は、流石は〝呪われた街〟と称賛を向けながら、苦笑いを浮かべた。








