二十五話
人を襲う存在である————魔物。
彼らはこの世界において、ありふれた存在だ。
そんな彼らは一体どうやって生まれているのか。答えは簡単である。
魔物は、〝瘴気〟から生まれる。
空気中に存在する〝瘴気〟。その集合体が何らかの姿を象り、魔物としてこの世界に根を張って生きているのだ。
「————別名、〝呪われた街〟。他じゃ〝ミナウラ〟はそう呼ばれてる」
他と比べ、特別〝瘴気〟の多い街——〝ミナウラ〟はそれ故に魔物が多く、〝呪われた街〟と呼ばれているのだとシヴァは隣で歩く俺に向けてそう言った。
「〝瘴気〟が多いって事はつまり、魔物の質も通常とは異なって段違いに強え。〝ミナウラ〟に向かい、死んだ奴の大半はその差異のせいで死んだって話だ」
〝瘴気〟が多ければ多い程、生まれる魔物の質は上がる。
〝呪われた街〟とまで呼ばれる〝ミナウラ〟付近で生まれた魔物である。
その質は推して知るべし。
「だからこそ、名をあげる場としてはこれ以上なく都合が良かった。あの〝ミナウラ〟で魔物の掃討に加わり、オレは名をあげる。そろそろ、色々と無名ってんのもしんどくなってきたんでな」
そう言ってシヴァは、ぽんぽんと軽く腰に下げる剣の柄に触れた。
「名剣————グラシア。こいつの名がオレの名より売れてるせいであーやって頻繁に賊に狙われる羽目になってたってわけだ。そろそろ、得物に負けねえくれえオレの名も轟かせておきてえと思ってよ」
「へぇ」
俺が村から出て来たばかりの世間知らずと知ってか。シヴァはそうやって〝ミナウラ〟に向かう道中に頻繁に話を振ってくれていた。
これまでの話から判断するに、恐らく、村にやって来ていた冒険者であるリレアやロウが言っていた「変異種」。
それが常に〝ミナウラ〟では当て嵌まると考えた方が良いのかもしれない。
「ところで、ユリウス」
「うん?」
「ずっと不思議に思ってたんだが、あんた一体、その剣は何処で、誰に習った?」
ウォルフの一件以降。
数回に渡り、魔物と出くわしては斬り伏せて来た俺とシヴァであるけれど、俺の剣————つまりは、技や立ち回りが気になっていたのだろう。
そんな質問を不意に投げ掛けられていた。
「村人と言うから我流かと思えば、それにしちゃ、些か完璧過ぎる。かと言って誰かに習ったのかと思えば……そこまで斬る事に磨きがかかった剣を教えられる人間がとてもじゃねえが、そこらにいるとは思えねえ」
〝斬る〟という行為にのみ、心血を注いだ結果、生まれたような剣技。
身体の負担なぞ、〝斬る〟という行為の前では些細でしかないと究極的に割り切った剣だなと、褒めてるのか貶しているのか判断つかない言葉が俺の鼓膜を揺らす。
……本当に、シヴァの言葉の通り過ぎてすぐには返す言葉が思い浮かばなかった。
そして数秒ばかりの黙考を挟み、
「良いでしょ?」
にぃ、と喜悦ここに極まれりと言わんばかりの笑顔を俺は浮かべる事にした。
『星斬り』のあの男の記憶は俺だけの唯一無二。たとえ誰であれ、あれだけは奪う事も、見る事も出来やしない。文字通り、本当に俺だけに許されたものである。
故に、良いだろ? と俺は宣うのだ。
「でも、いくら羨んでもこれだけは教えてあげられないよ。なにせ、俺の剣に関する全てを教えてくれた人はこの世界にはいないからさ」
死んでいるだとか、それ以前の問題。
そもそも彼はこの世界の住人ですらない。
俺が知る限り、この世界に『星斬り』という行為に人生を捧げた人間がいるなんて話は聞いた事がない。つまり、それが答えである。
「…………」
悪い事を聞いてしまったと後悔をしているのだろう。シヴァはあからさまに表情を曇らせた。
ここで、死んでいないとちゃんと言ってあげるべきなんだろうが、夢で見た剣士が己の師であるからと言って誰が信じてくれるだろうか。
仮に、信じてくれる人がいるとすればそれは恐らく、ソフィアくらいのものだ。
だからシヴァには悪いけれど、このまま勘違いをして貰う事にした。
「それもあって、俺は『星斬り』を成したいんだ。あの剣士の技は真、星に届き得るものだったんだって、代わりに証明をしたいから」
俺の憧れは、星にすら届き得る最強であったのだとどこまでも知らしめたいのだ。
「……はん。成る程、そういう事かよ。理想に殉じようとする馬鹿は馬鹿でも譲れない確固たるモノを持った馬鹿だったってわけだ。いいじゃねえか。そういうのは嫌いじゃねえ」
寧ろ、オレ好みであると。
俺の抱く思想が、シヴァの琴線に触れたのだろう。喜色に相貌を歪め、彼は呟いていた。
そしてならば、これ以上の確認は無粋かと力なく笑い、
「そんだけの理由があるってんなら、これ以上は何も言わねえ。あんたくれぇの餓鬼が死地に向かうってんなら先達として殴りつけてでも止めてやろうかと思ってたが、やめだやめだ。そんだけの覚悟があるやつを餓鬼とは言わねえ。それじゃ、ま、————とっとと魔物をぶっ殺して、ひとつ、名ぁ、轟かせるとするかぁ!!」
乱暴に、言葉を叫び散らす。
そんな俺達の目の前にはどでかい傷だらけの古びた壁があった。
天高く聳え立つ壁がそこにはあったのだ。
そして————。
「————門番なら、きっちり〝ミナウラ〟から出て来たやつは殺しとけよ。なぁ————〝刺し貫く黒剣〟」
紡がれる魔法の————解号。
転瞬、地面から漆黒の剣が生え————そしてそれはどこまでも天高く伸びる。
シヴァ曰く、彼の魔法は俺の魔法ととても似通っており、能力は任意の場所に剣を生み出す事。
ただ、彼の魔法は一時的に生み出すだけのものであって、俺のように己の得物として使う事は出来ないらしい。
直後、どさり、どさりと音を立てて落ちてくるナニカ。それは翅を持った虫型の魔物であった。
「魔法、使い……っ」
「何驚いてんだか。今時、魔法使いなんてさして珍しくもねえよ。あんたらのとこの〝戦姫〟やオレ。それに、ここにいるユリウスだって使える。珍獣扱いすんじゃねえ」
聳え立つ壁。
その付近に立ち尽くす数名の門番らしき男を呆れ混じりの視線で見据えながらシヴァは言葉を唾棄した。
そしてそのまま彼らの下へと歩み寄る。
「どいつが持ってるのかは知らねえが名簿、あんだろ? ……さっさと出してくれ」
一瞬、名簿? と頭上に疑問符が浮かぶがそれも刹那。
「……ユリウス。あんた、一応、招集されたから〝ミナウラ〟に来たって事にしてんだろ? だったら、まずはそれ終わらさねえといけねえだろうが」
〝ミナウラ〟にたどり着いたら、呼び掛けに応じた事にする。と言っていたビエラ・アイルバークの言葉が思い起こされる。確かに、何かに俺が来たという痕跡を残しておかなければ折角の行為が無に帰してしまう。
「国ってところは意地きたねえ事を平気な顔でするが、その反面、絶対に無理と断じてる事に関してはどこまでもきっちりしてやがるからな」
過去に何かがあったのか。
忌々しげに言葉を並べ立てるシヴァをよそに、事情を察した門番の男は苦笑いしながら「……村人がここに来るとは命知らずだな」と言って俺に名簿のようなものを差し出してくる。
渡された名簿に視線を落とす。
それは、ビエラから渡されていた地図が描かれた上質な紙であった。
「村の場所は分かるだろう? そこに魔力印を押してくれればいい」
魔力印。
それは、この世界において契約を書面で交わす際に必要とされるものである。
リレアからいつか王都に来るなら必要になるからと言われ、村にいた頃に押し方は教えて貰っているので俺は言われるがまま、己の村の場所に親指を押し当てた。
「どうせ他の村の連中は来られねえ。どでかいの押してやれ」
そう言って楽しげに笑うシヴァを横目に見ながら、俺は魔法を扱う時に酷似した要領で紙へ印を押した。
「これで、村の税が上がる事は無くなったが、ユリウスも後に引けなくなった」
「俺は幼馴染みとの約束を破ってまでここに来てるんだ。今更引き返す気はこれっぽっちもないよ」
「……ったく、悪ぃやつだ」








